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第八話:敗北
 鬱蒼と生い茂る樹海、常人ならば足を踏み入れることのない闇が支配している。
 暗く冷たい世界で、ある場所へ向かう二つの気配があった。
 夜目の利く獣だったなら、別段驚くことでもないのかもしれない。二つの気配は枝や葉の隙間から覗き込む月の光に照らされ正体が露わになる。
 それは人だった。驚異的な速度で飛ぶように駆けている。余人がこの場所にいたならば、さぞ驚いたことだろう。
 何も見えない暗い中を躊躇することもなく、放たれた矢の如く木々の隙間を転ぶことなく走り続けていた。
「母様、答えってどういうこと? なんで、あの札が答えなの?」
 前を走る女性の背に向けて蓮は叫ぶ。
 先程の出来事を思い出す。
 会話の途中で圧倒的な霊力が世界を白く染め上げた。神秘的な光景だった、思わず見とれてしまったが、母である千代が突然走り出した。
 それも束の間、瞬く間に世界が再び闇に浸食された。
 見たことがある闇、感じたことがある力、奥底に秘められた優しく暖かい気配を滲ませた霊力を蓮は知っていた。
 それは、雅人の霊力だ。
「蓮ちゃん……雅人ちゃんの力はね」
 前を走る千代が速度を落とすことなく言った。不思議なことに十メートル以上の距離もあるにもかかわらず、一句も聞き逃すことなく聞き取れた。
 蓮は無言、これ以上離されないように必死に追いかける。
「霊力を喰らう力なの」
 薄々気づいていた蓮は、その言葉に動揺することはない。
 洋館で見た黒い霧が、そうだったのだろう。
「あなたは息をする時、意識してる? 人が無意識に酸素を取り込むのと同じように、雅人ちゃんの場合は、その時に必要最低限の霊力も取り込んでるの」
 空気には、霊力が微々たるものだが含まれている。そう――人は常に霊力を取り込んでいる。
 だが、霊力を取り込んでも息を吐き出すことで、身体には止まることがなく吐き出された息と共に外に出される。
 雅人の場合は霊力を吐き出さず体内に蓄積することで、人と同じように生命を維持していた。
 千代は急に立ち止まる。
 蓮も慌てて距離を保ったまま立ち止まる。
「雑神とか霊力で構成された者達を喰らう時は、意識しているのよ。料理を食べる時のように口を開けてね」
 ゆっくりと振り向くと千代は蓮に言った。
「汚い言い方だけど、人が食べた物を吐けるように、雅人ちゃんの場合も霊力を吐くことができるの」
 蓮は納得した表情を浮かべる、それならば霊力を分け与えれたのもわかる。
「私たちのような人間は、いずれ限界が来る。食べたら満腹になるように、霊力もいずれ限界に達し、それ以上は上がらなくなる」
「雅人には限界がない?」
 蓮は自然と口にした言葉に、悲痛な表情を浮かべ千代は言った。
「言ったでしょ? 雅人ちゃんも同じ人間、取り込める霊力の限度は決まってるのよ。このままじゃいずれ限界がくるわ」
 雅人がそこまでして霊力を集め続けるのか。なぜそこまでして危険を冒すのか知らない。
 知ることすらできず、わかってあげることすらできなかった。気づかなかった悔しさから、蓮は歯を食いしばり拳を握りしめる。
「だから早く行かなきゃ、止めてあげなくちゃいけないの。それができるのは、周りにいる私達の役目なのよ」
 顔を伏せた蓮に向けて優しく声をかけると走り出した。
 小さく頷いた蓮は、自身の頬を両手で叩くと、千代の背中を追いかける。

    ○

 突如出現した闇にに喰われた祖母と雅人は、光が差し込まない世界、深淵の世界で対峙していた。
「ふむ……まさか、この技を使ってくるとはの」
 祖母"御堂久美子みどうくみこ"が、自分の事のように嬉しそうに言った。
「どこで覚えたのじゃ? これも我流かの?」
 嬉々とした声音を弾ませながら言った祖母に、雅人は怪訝な表情を浮かべる。
 もっと驚くかと思っていた、喜ぶのではなく怒るのだと思っていた。
「我流だよ……父さんと母さんは、この道を進ませるつもりはなかったみたいだから、教えてくれないだろうからね」
「そりゃの……」
 祖母の悲しそうな顔を見て雅人は、父母を思い出した。
 雅人の力に気づいた父母と同じだ。
「でも、僕はこの力があってよかったと思ってるんだ」
 雅人は握りしめた漆黒の刀を見つめて呟いた。
「この力があるから、蝶を取り戻せる。この力があったから、生きていられる」
「お主の力は、人間には荷が重すぎる。いずれ壊れる、それは誰であってもの……」
「わかってるよ……だから――蝶を助けたら、もう無理をするのはやめるよ。でも、それまでは僕は――止まらない」
 決意を込めた瞳、祖母はその瞳を見て、小難しい顔を作り、白いステッキを握りしめた。
 その動作をみて雅人も刀を握り直し、そして刃の先を祖母へと向けた。
 刹那――二人の姿が消える。
 闇に染まった世界で、火花が散る。まるで夜空に打ち上げられた花火のように、綺麗に闇を照らし、散っていく。
 お互いの武器が交差する。頬をかすめ血が滲んでも二人は止まらない。
 斬り、払い、突き、攻撃を繰り出していく。ガギッ――お互いの武器を重ね合う。擦り合わされた刀身とステッキの間に、火花が収まることなく散り続ける。
 もう歳だと言うのに、雅人以上を押し返す力は、さすがとしか言いようがない。
「ちっ」
 雅人は舌打ちをする。距離をとるために、地を蹴り後ろに飛んだ。
 好機と見た祖母は、白いステッキに霊力を込め始めた。
 白く発光していく、それは闇を滅する白光。
 その光に対抗するように、黒い霧を溢れ出させると、祖母が吐き出す霊力を喰らう。
「やはり人の内にある霊力は喰えぬのか」
 漏れる霊力を暗い、祖母自身に襲いかかってこないのを見て呟いた。
「だったら?」
 雅人は祖母の背後に回り込み刃を逆さにして、祖母の肩へと振り下ろした。
 目の前から祖母の姿が消える。雅人は冷静に辺りの気配を探る。
 探り終えた雅人は、黒刀を背負うように背中へと回す。
 ドンッ――。
 背中から重い衝撃が伝わってくる。吹き飛ばされないように踏ん張る。
「ほう〜、やるのう?」
 背中越しに聞こえた声が聞こえて、雅人は弾かれるように地を蹴り跳躍した。
 先程までいた場所を見やる、そこには雅人を見上げ、嬉々とした表情を浮かべる祖母がいた。
「くっ」
 勝ち誇った、悦に入る祖母を見て雅人に焦りが生まれる。
 さすがとしか言いようがなかった、さすが闇神使いを束ねる長だ。
 攻撃を仕掛けてくる度に、祖母の霊力に闇が掻き消されていく。
 徐々に霊力が削り取られていくのを感じていた。
 ――このままじゃ……。。
 勝てない。霊力を消耗し勝てたとしても、意味がない。
 どうすればいいのか、考え始めた雅人は、祖母から気を逸らしてしまった。
「雅人や、迷いを見せたら負けじゃの」
 ――しまっ……。
 動揺している間に、祖母が雅人の眼前まで迫っていた。
 祖母は様々な経験を積んできた、それとは反対に雅人は付け焼き刃だ。
 その結果がでてしまったのだろう。雑神ばかりを相手にしてきた日々。
 人間を相手に戦ったことのない雅人には、精神的な攻撃が一番効果的でもあることを祖母は見抜いた。
 白いステッキが雅人の胸元を貫くように、突きつけられた。
「ぐぶっ!?」
 胸元を襲う衝撃、死んだという感覚、受け身をとることも叶わず地へと叩きつけられる。
 息もできず焦点が合わない目、それでも、手放してしまった刀を手探りで見つけようとする。
 地に突き刺さった黒刀を見つけた、その隣には祖母が立っていた。
 祖母の手が黒刀に伸びていく。
「まっ、ぐぅっ、まって……」
 身体が思うように動かない、雅人は地を這いずりながら、五メートル離れた場所に向けて手を伸ばす。
 それを冷淡な表情で見つめていた祖母が、口を開いた。
「……お主は、呼ばれた理由がわかっておったはずじゃの?」
 その言葉に雅人が息を呑む。
「ま、まってよ! お願いだよ、ばあちゃん……」
 慌てて言ってから、起き上がろうとするも、腕に力が入らない、再び地へと顔をつけてしまう。
「お主がどれだけ、戦ってきたのかわかる。全ては蝶の為なのじゃからの」
 刀を抜き、そして、雅人に切っ先を向けた。
「手紙に書いておいたのを見たのじゃろう?」
 刀には霊力が溢れていた。この刀の霊力だけで、闇神と同等の力はあるだろう。
 よくここまで、掻き集めたものだと、祖母は内心感心した。
「蝶の半分の核は封印している、と……それで来たのじゃろう?」
「そうだよ……」
 雅人は黒刀の切っ先を悲しそうに見つめながら呟く。
「ワシはの……もう半分の核を探しておったんじゃがの」
 黒刀を持ち上げると嬉しそうな笑みを浮かべる。
「それは雅人が持っておった。気づいたのは最近じゃがの」
 雅人は拳を握りしめる、怒りが沸き上がってきた。
 祖母が知っているということは、わかっていたことだ。知っていながら、蝶の核である刀を簡単に手放し奪われてしまった。
 ――情けなくて、涙がでそうだよ……。
 手紙に書かれていたのは、蝶の核があること、それは黒刀を喰らった時に気づいていた。
 核は人で言えば魂のようなもの、だから霊力をかき集めれば蝶が戻ってくると思った雅人は、雑神を喰らい続けた。
 ただひたすらに、霊力をかき集めた。
 どれだけ集めようと、それでも蝶が戻ってくることはなかった。
 なぜか、とは考えなかった、霊力が足りないだけだと自分に言い聞かせた。ただ戻ることだけを信じ続けて雅人は戦い続けた。
 地方に引っ越してからも、それは変わらない父母の目を盗みながら、雑神を退治し続けた。
 そんな時に届いた祖母からの手紙。蝶の核が半分であること、もう半分は封印してること、最後には、帰ってこいと書かれていた。
 絶好の機会、いい状況だと思ってしまった。一族の者は、ほとんど地方や海外にでていた。
 今この土地を守ってるのは、数人の使用人と林堂家の者しかいなかった、それもそのはずだ、全ては祖母が仕組んだ事なのだろう。
 ――僕が甘かっただけ……。
 自分の力を過信した事、罠だとわかっていたのに来てしまった。勝てるだろうと甘い気持ちで訪れた。
「諦めるかの?」
 その言葉に雅人は――。
 それを見た祖母は皮肉混じりの笑みを作った。
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