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第六話:試験
 鬱蒼と濃密に生い茂った木々の隙間を颯爽と走り抜ける二つの人の気配があった。
 暗闇の中、木の根や窪みなどに足をとられることなく、突き進んでいく二人、それだけでも驚愕する事実なのだが二人は会話を交わしていた。
「雅人ちゃんの力から説明しましょうか、それでも、私の知ってる限りの事だけどね」
 のんびりとした口調で言うのは林堂千代である。
「母様は知ってたの?」
 隣を走る蓮が、千代に視線を向ける。
「そりゃね〜、これでも直系分家の一つを束ねる当主よ?」
 頬を両手で押さえながらクネクネさせ始める、男でなくても誰もが……あまりの妖艶な姿に、振り返ってしまうだろう。
 それでも足を止めることはなく、枝を蹴り更に跳躍し更に速度をあげた。
「な、なんで教えてくれないのよ?」
 追いつこうと枝を蹴ろうとした蓮だったが、枝が折れ思わず地面に落下しそうになる。。
 だが、体勢を空中で整えて、近くの枝に掴まる、そのまま腕の力だけで千代の隣まで飛んだ。
「教えても、蓮ちゃんには……何もできないと思ったからよ」
「…………」
 千代の言葉に蓮は黙り込むと、悔しそうに唇を噛み締める。
「はい、拗ねちゃダメよ〜?」
「拗ねてないわよっ!」
「ふふ、じゃれ合うのもここまでにして、話を続けましょうか」
 ――じゃれ合ってるのは、あんただけだ! と鼻息を荒くしながら千代を睨みつける。
「蓮ちゃんの霊力っていくつ〜?」
「私の霊力がなんの関係があるの?」
「いいから、教えなさい」
 有無を言わさぬ鋭い視線を向けられ、
「前回の測定日の時は、四百ちょっとだった」
 と、渋々言った。
「あら〜結構増えたわね、偉い偉い!」
 パチパチ、と軽く拍手してから「私は八百超えてるけどね〜」と自慢するのだった。
「自慢したいだけじゃない……私の霊力が、雅人と何の関係があるのか教えてよ」
 千代は人を怒らせるのが上手だ。と思いながら蓮は苛々が募るばかり。
「一般人で霊力は二十少ししかないのは知ってるわね?」
「知ってるけど……」
 一般人に備わってる霊力は二十、そして闇神使いに必要とされる霊力が二百以上である。
 闇神使いになるには、霊力だけじゃなく、生まれながら備わっている才能がいる。
 勉強に励んだからといって、なれるものではない。
 闇神使いに必要とされる霊力は二百だが、それと共に闇神やみがみ御術おんじゅつと呼ばれる五大精神が必要となる。
 天、紅、蒼、風、地と呼ばれる基礎元素――これが備わっていなければ、闇神使いになることはできない。
 例えば、武器だ。
 この世界に顕現するのに、天の精神を使う。これがなければ、自身の札を持っていようが、どれだけ霊力を送り込もうが、武器を出すことは叶わない。
「じゃあ雅人ちゃんの霊力はいくつでしょうか〜?」
「……六百ぐらい?」
「はずれ〜、雅人ちゃんの霊力はゼロよ?」
「はっ?」
 思わず足を止めてしまう、そして、千代も少し離れた場所で、足を止めると振り向く。
「雅人ちゃんはね……どれだけ鍛えようが、ゼロのまま。それどころか、闇神使いに必要とされる五大精神の一つも備わっていない」
「どういう事……一般人でも鍛えれば三十はいける。それなのに雅人がゼロ? そんなのおかしいわよっ! だったら――」
 蓮が言い終わる前に、千代が小さく……呟いた。
「――生きてるはずがない?」
「っ!?」
 霊力は生命力だ。それがないのであれば死んでいるも同然。
 霊力がない人間がこの世にいるはずがない。
 闇神でさえ生きるのに霊力を必要とする、生まれたばかりの赤子でも、霊力を備えて生まれてくる。
絶句する蓮を見つめながら、千代は口を開く。
「でもね、雅人ちゃんには力があった」
 千代は胸元から一枚の牡丹色の札を取り出した、闇神使いが使う神聖な札。
 自身の魂の形を顕現させる為に必要な札。
「雅人ちゃんの札は何色だった?」
「黒だったけど……」
 それを聞いて千代は悲痛な表情を浮かべる。
 感情を押し殺して、札を仕舞う。
「それが答えよ……」
 と、告げた。

    ○

 夜気を切り裂き軋めく音が辺りに響き渡る。
 土埃を巻き上げながら、雅人は後方に吹き飛ばされていた。
「はぁ――しぶとい!」
 大きく息を吸い込む。
 地を蹴り一直線に闇の守護像に突貫する。が、もう一体の守護像の拳が横から迫り来る。
 避けようとはせず、雅人はそのまま突っ込む。
 横から迫る守護像の拳が、雅人に直撃する。
 ガンッ――木を鈍器で殴りつけたように、鈍い音が響いた。
「もらうよ?」
 雅人は守護像の拳を、漆黒の刀で受け止めていた。
 刀から黒い霧が吹き出す、拘束するように守護像の全身に巻き付いていく。
 もう一体の闇の守護像が、書けてくるのを一瞥した雅人は、
「遅いよ……もう喰らった」
 言葉と同時に黒い霧は、守護像を包み込むと消滅した。
 怯むことのない闇の守護像は、掌に霊力を集め始めた。
「所詮は操り人形か」
 驚くべき加速で、目の前にまで迫った闇の守護像を、涼しげな表情で見つめる。
 闇の守護像は、掌に収束された霊力を雅人の眼前で爆発させた。
 辺りが一瞬、明るくなるが、すぐに暗くなる。
 闇夜に浮かぶ満月の光に照らされたのは、闇の守護像だ。
 雅人が立っていた場所には、直径三メートル程の大きな穴が空き、煙が立ち上っている。

『闇神ノ排除ヲカクニン。攻撃モード解除。同型守護像ガ、ハカイサレマシタ、修復ヲ開始シ――マス……』
 動きが止まる、それは突然だった。
 闇の守護像の胸元からは黒い刀身が突き出ている。
「だから操り人形なんだよ」
 闇の守護像の背後に立つ雅人が、黒い柄を握りしめながら呟く。
 黒刀から黒い霧が吹き出し、闇の守護像を覆い尽くしていく。
 程なくして消滅すると辺りに静寂が訪れる。
 雅人は深呼吸すると、中央に置かれた大きな岩に向けて、ゆっくり近づいていく。
 一歩手前で立ち止まる、手を岩にもっていくと――触れた。
「蝶……待たせたね」
「そうじゃな〜、三年ぐらいかの」
 雅人の背後から飄々《ひょうひょう》とした声が静寂を打ち破った。
 だが、雅人は後ろを振り向かず、口の端をつりあげた。
「やっぱり来たね、ばあちゃん」
 予想していたこと、別段驚かなかった雅人は優しい笑みを作ると、背後に立つ祖母に振り向いた。
「本当に雅人はせっかちじゃの〜」
 御堂本家当主"御堂久美子"その姿はただの小さな老婆だ。
 闇神使いの頂点に君臨している、未だに現役として前線に立つ老婆でもある。
「試験を始めようかの?」
「試験? それなら終わったよ、闇の守護像でしょ?」
 祖母の言葉に訝しげな表情を浮かべる。
 困惑する雅人を見て、作り笑いを浮かべた。
 どこか挑発めいた、人をあざけているようにも見える。
「ワシを倒せば合格じゃよ?」
「そうくるとは思ってたけど……本当に戦うの?」
 気乗りしない雅人だが、祖母は準備体操を始めていた。
「ワシに勝てると思っておるのか?」
「ばあちゃんは、僕の能力知ってるでしょ?」
「知っておるが――弱点も知っておるの」
「弱点?」
「うむ、可愛い孫の為に説明してやろうかの」
最後に大きく背を後ろに反らすと、起き上がりざまに呟いた。
 ――戦いながらの……。
 懐から白い札を取り出すと霊力を込め始める。
 札が白く発光する、それは周りの闇を照らし世界を白く染めていく。
「雅人の弱点はの、闇神にしか効かない所じゃな」
 祖母が持つ白い札が弾け飛び世界が白く染まる、急速に闇を照らし割り込む隙を与えず、夜空さえも白く染め上げていく。
 雅人はその光景に目を奪われてしまう、闇が消えていく、深淵の世界が白く染められていく。
 なにもできず、もがくこともできず、圧倒的な祖母の霊力の前に染め上げられる。
「はは……」
 雅人の口から乾いた笑い声が漏れた。
 滅茶苦茶だった。三年間死にもの狂いで集めた霊力が、祖母に余すところなく消されていく。
 闇神を滅する力、雅人がどれだけ望もうとも、手に入れられない力。。
 ――浄化の力。
「どうじゃ、ワシもまだまだ現役じゃからの。諦めるなら今の内じゃぞ?」
「まさか……諦める訳がない!」
 肩をすくめる。地を蹴り矢の如く、驚くべき速さで距離を縮める。
 祖母の目前で雅人は黒刀を振り上げた。だが、既にそこに祖母の姿はなく。
「まだまだじゃな、遅すぎる」
 ゾクリと背筋に寒気が奔る。
 放たれる殺気に慌てて振り返るが、祖母の武器である白いステッキが眼前まで迫っていた。
「がっ!?」
 顔面を強打され苦痛に、顔を歪ませる。まともに攻撃を受けてしまった雅人は、地面に叩きつけられる。
「なんじゃー、もう終わりかの?」
 白いステッキを肩へかけ、苦しむ雅人を見下ろした。
 雅人は地に手をつけ起き上がろうとする。
 頭を何度も振る。
「まさか……これからだよ」
 不敵とも言える笑みを作り立ち上がった。
 ――こんな所で負ける訳には、いかないんだ……。
 片手で黒刀の柄を強く握りしめ、祖母へと刀身を向ける。
「天一式」
 小さく呟かれた声は辺りに浸透していく。
 刹那――雅人を中心に闇が溢れ出す。ダムが崩れて水が溢れ出すように、闇が辺りに波打ち広がっていく。
「雅人……お主、どこでそれを……」
 その光景を見て祖母は驚愕の表情を浮かべた。
黒天鏡こくてんきょう
 白く染まった世界に、深淵が訪れる。周囲の光を喰らい尽くしていく。
 急速に世界が白から黒へ、黒から深淵に変貌を遂げる。
 そして――――雅人と祖母を喰らった。
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