第五話:宣言
ある山国に"闇神使い御堂家" の一族が住んでいる。
四方を木々と大きな塀に囲まれ、塀の長さは端が見えないほど長く。
その塀の内側の中央には、本館と呼ばれる大きな古い和式の屋敷がある。
本館から離れた場所に、東館、西館、南館、北館が本館を護るように建てられている。
それぞれの屋敷は、御堂家直系分家が守護している。
そして……東館と呼ばれる屋敷の廊下を、憤然とした足取りで林堂蓮が歩いていた。
――雅人のあの力は……
廃墟と化していた洋館の雅人の姿が脳裏に浮かぶ。
闇神使いの能力を持たない雅人が使っていた力。
――それに、最後のあれは……。
雅人は何も言わず蓮を治癒すると、霊力まで回復させて、忽然と姿を消した。
蓮は止めることも声をだすこともできず……ただ寂しそうな雅人の後ろ姿を見送ることしかできなかった。
――ていうか、女の子を一人にして普通帰る!? 腹立つ!
そんなことを考えている間に、蓮はある部屋の前に止まる。
「父さん、入るわよ!」
返事を待たずに扉を蹴破る。
「なっ、なんだ!?」
筋骨隆々の男が驚いた表情で、扉があった場所を見つめている。
逞しい上腕二頭筋が自慢の男であり、サイズの合ってないフリルのついたピチピチエプロンをつけている。
この男こそが蓮の父にして、林堂家副当主"林堂幸長"だ。
「父さん! 聞きたいことがあるの!」
父に近づいて行く蓮だったが、
「蓮ちゃん」
女性の声が、よこあいから聞こえて足を止めた。
視線を向ける。ソファーに座っている妖艶な女性が、蓮を睨んでいた。
額に脂汗がじっとりと浮かび始める。
「かっ、母様、ただいま帰りました」
頭を下げた蓮に、女性は笑顔になると、手を振り始めた。
「はーい、おかえりなさーい」
胸元を必要以上に露出させ、艶かしい印象を与える。
母であり、大黒柱でもある林堂家当主”林堂千代”だ。
「母様はなにしてるの? ここ……父さんの部屋じゃ?」
「今日から私の部屋になったの、こっちのほうが私の部屋より広いって不公平でしょ?」
顎に人差し指をあてて、首を小さく傾げて微笑む。
近くでは、悔しそうに……否、泣きそうな顔を伏せる幸長が、身体を震わせている。
哀れな姿を一瞥してから、蓮は気にせず質問を続ける。
「でも、前の部屋はどうするの?」
「聞きたい? 蓮ちゃん聞きたいの?」
なぜかニヤニヤと、悪代官のような笑みを浮かべている。
「母様、気持ち悪い」
「げぶぅっ!?」
蓮の代わりに殴られた――幸長が、床に倒れて悶絶する。
「蓮ちゃん、言葉には気をつけなさい? お父さんみたいになりたくないでしょ?」
「なぜ……」
と、幸長は呻き、涙目で見ていた。
「で、知りたいの? 知りたくないの〜?」
「知りたいです……」
瞳を輝かせ、身を乗り出した千代に、渋々返事をした。
「雅人ちゃん帰ってきたんでしょ?」
「は? ……なんの関係が?」
「またまた、とぼけちゃって、この子は〜」
口に手を当て高笑いする千代を見て、蓮は訝しい表情を浮かべる。
「はぁ……やっぱり帰ってきちゃったのね」
蓮の表情から何を読み取ったのか、千代は先程と違い悲しそうに目を伏せた。
「母様?」
母の態度が解せない、なぜ悲しそうな表情を浮かべるのか。
「そうか……雅人君が帰ってきたのか」
「父さん?」
幸長が倒れていた場所へと視線を向けた。
腕を組んで、床に座り込む幸長、こちらも先程とは違う真剣な顔つきになっている。
態度がガラリと変わる二人に更に眉間に皺を寄せる。
「母様、雅人が帰ってきたの知らなかったの?」
他の直系分家の者達は地方や海外にでていて、今この土地にいるのは使用人を合わせても十人にも満たない。
そもそも雅人は本家の子供だ。帰ってくるのであれば父や母の耳にも入るはず、だが二人の顔は……。
「蓮ちゃん、三年前の雅人ちゃんの事――覚えてる?」
「忘れられるわけないでしょ……」
辛そうに言うと、あの頃の雅人を思い出してしまう。
それだけで、胸が張り裂けそうになる。
「じゃあ、また雅人ちゃんが、あんな感じになっちゃったらどうする?」
千代が何を言いたいのかわからない。
だが、はっきりと口にした。
「嫌に決まってるでしょ」
「ふふ、なら行きましょうか?」
「え、どこに?」
優しい笑みを作った千代に、蓮は意味がわからず狼狽する。
「ならん! 私は反対だぞ!」
幸長は立ち上がると怒気を含んだ声で叫ぶ。
「だから、あなたはバカなのよ?」
千代は素早く立ち上がり、幸長との距離を縮める。
鳩尾に拳を叩き込むと、そのまま跳躍し幸長の顔に跳び蹴りをいれた。
「ぐぅ、千代……お前なにをしているのか、わかっているのか?」
首をひねりダメージを減らした幸長は、意識を刈り取られることなく、片膝をつき睨みつける。
「しつけよ?」
薄笑いを浮かべて言った千代の言葉に、幸長の顔から血の気が引いていく。
千代が手を握りしめる、その姿をみた幸長が叫ぶ。
「まっ、まっだぐぅるあああああ!」
渾身の一撃を顔面に受けた幸長は吹き飛ぶと、そのまま壁にめり込み気を失う。
「本当にバカな人〜♪」
追い討ちをかけるように気絶している幸長を、鼻歌を歌いながらめった打ちにする。
最後に飛び蹴りを決めると、頬についた血を拭う。
ピクピクと痙攣する幸長を数秒見つめ、満足したのか蓮に振り返り、
「さっ、行きましょうか♪」
返り血を浴びた千代に「やっぱりこの人には逆らえない」と思う蓮がいた。
○
千代が幸長をめった打ちにしている頃、雅人はある場所に来ていた。
かつて彼女に出会った場所であり、彼女と別れた場所に訪れていた。
「ここに来るのも三年ぶりか」
上着の内側ポケットから漆黒の札を取り出し、それを見つめながら一人呟く。
「やっと、見つけた……」
顔をあげて森の奥――入る事の許されない、出ることの許されない樹海に、張られた結界を見る。
早くここに来たかったのだが、弱かった頃の雅人では、ここに辿り着くことはできなかった。
樹海の所々に張られた入る者を迷わせる結界。
三年間……力を溜め続けて、ようやく結界を視界に捉えることができた。
十分、二十分、三十分……時間だけが経っていく。
本家を出て行く前に入った時には、これほどの時間を歩くことは叶わなかった。
知らない内に入り口に辿り着き、何度入り直そうとも、同じ場所にでていた。
だが――今は違う……力を手に入れた。使い方を覚えた。それらがあれば、森に張られた結界を見つけるのは容易い。
そうだとしても、迷い、恐れを感じたならば、闇に囚われ出ることは叶わなくなるだろう。
一時間、二時間、三時間……もう、どれほどの時間を歩いたのか、雅人にもわからなくなり始めた時、前方の木々がまだらになり始め開けた場所に出た。
半径二十メートル程の広さ、空に浮かぶ満月の光に照らされていた。
中央には大きな岩があり、雑草が周りに生い茂り、岩の左右には二体の人の形をした石像が立っている。
「闇の守護像……」
二体の石像を視界に捉えた。
闇の守護像――それは、闇神をモチーフにしている。
黒く全身を塗りつぶされ石像、それほど便利なものでもない、数えるほどしか命令を聞かない為、門番として使用される事が多く、対雑神、闇神を想定している為、大量の霊力が必要なことから、使う者は数少ない。
『侵入者ハ排除スルヨウニ、イワレテイマス。タダチニ、タチサルコトヲ、警告シマス』
二体の石像が同時に喋り出す。
「そうか……ばあちゃんの仕業か」
『計測完了。雑神上級ト断定。攻撃モード、レベル四ニ移行シマス』
「僕が、雑神……失礼じゃないか。僕は、人間だよ……」
黒い札を素早く取り出すと、霊力を込める。
黒い札から闇が溢れ出し、周りの闇を呑み込んでいく。
否――喰っていく。
『攻撃モード、最大レベルニ移行シマス、闇神ヲ排除シマス』
「だから、人間だって」
苦笑する。瞬間――黒い札が砕け散り、世界に深淵が訪れた。
雅人を中心に烈風が吹き荒れる。
風が収まった時、刀を握りしめた雅人の姿が現れる。
柄も鍔も刀身も全てが黒、闇を凝縮した漆黒の刀が、そこにあった。
雅人は二体の石像を見据えて言った。
「蝶を――返してもらおうか?」

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