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第五十八話:もう一つの戦い(4)
 天堂伊織は軽やかにステップを踏んで踊っていた。
 幾多もの火花が散り、また発生することで――照らされた天堂伊織の影がアスファルトに映し出される。
 両手に握り締めた二丁拳銃の銃口を目の前にいる標的に向けて弾を放ち続けていた。
 その両者の間には一メートルもなく。至近距離からの連射は止まることはなく、勢いも衰えることはない。
 放たれる弾丸は、伊織が持つ霊力を練って作り上げた霊弾。
 弾かれようとも、掠めるだけだとしても、惜しみなく自身の霊力が底をつくまでは止まらない。
 標的――闇神の薫は大剣で防いでいたが、絶え間なく襲いくる銃弾を防ぐことにより次第に大剣にヒビが入り、気を抜けば消滅する恐怖が頭をよぎりつつ、永遠にも感じられる時間の中にいて、顔を苦悶に染めていた。
 大剣は自身の魂を元に作っているのだ、刃や柄などは言わば防壁、核が傷付かない為につけているようなもの。
 それがなくなれば、闇神の薫は消滅してしまう。だが、大剣を仕舞えば豪雨のように迫り来る銃弾が闇神の薫の身体を容易く貫いてしまうことだろう。
「くっ――そ野郎がッ!」
 ならば、残る方法は相手の動きを止めるのみ。
 大剣にありったけの霊力を注ぎ始め。
「てめぇだけには、もう負けねえ……撒き散らせ、溶かし尽くせ『灼熱燐火』」
 漏れ始めた青い炎が、二人を包み込もうと大きく広がる。それを察した天堂伊織は、二丁の拳銃に霊力を注ぎ始めた。
 黄金に輝く九ミリ口径全自動拳銃、全てを容易く噛み砕く強靱な顎を大きく開けた獅子の意匠がグリップに刻まれている。
「なら、それを喰らってやるよ。天神てんじん伝承でんしょう獅子しし浸透しんとう
 四方を囲み始めた青い炎に向かって銃弾を放つ。だが、それは突き抜けることも穴を開けることはなく、そのまま炎に包まれ消えてしまう。
 他者から見れば、天堂伊織の攻撃が無駄に終わったと思うだろう。
 だが、闇神の薫の表情は、そう物語ってはなく驚懼していた。
「なにしやがった……」
 青く透き通った炎――銃弾を撃ち込まれた辺りから金に変色していく。
 瞬く間に闇神の薫の炎は、天堂伊織の金炎となり、主導権を奪われた事を示していた。
「この炎はお前を溶かす――そうだな……お前の言葉を借りるなら。溶かし尽くせ『灼熱業火』かな?」
 自身の力を奪われたことを知って闇神の薫の顔が強ばる。
 眺めるだけ、金炎が自身を包み込むのを眺めていることしかできない。
「なんで、勝てねえ……。なんで、負けなくちゃなんねえんだ!」
 へばりついてくる炎を物ともせず、闇神の薫は大剣を天堂伊織に向かって粗く振る。
 大剣と闇神の薫の力があれば易々と人の身体を真っ二つにできる事だろう。それでも、ただ振り回すだけであるならば――闇神使い、天堂伊織が避けるのは安易なことだった。
 一振りを避けて、次の動作に入っている間に、足を引っかけて闇神の薫を転ばせると冷然に見下ろして、天堂伊織は口を切る。
「……楽にしてやる。吹き飛べ――」
 銃口を闇神の薫の頭に向けた時。
「伊織! 避けるのじゃ!」
 天神業火の取り乱す声が聞こえたのだった。
「なにを……・――ッ」
 振り向こうとした伊織だったが違和感に気づいて足下を見る。が――既に遅く、闇神の薫も金炎をも巻き込んで氷柱がそびえ立った。
「あら、人の子を巻き込むつもりはなかったのですが……久しぶりに力を使うと、加減がわからないから困ったものね」
 足場も何もない空に悠然と浮かんだ女。その女の背後には老齢の男と少女が並んで立っていた。
 黒に白の鶴が描かれた着物を着ている女は袂を引き寄せると、口許にあててクスっと笑う。
 天神業火は空を見上げて。
「妾の伊織に何をした……」
 と、冷ややかに呟く。
 女は天神業火を見て驚きに少し目を見開くと、
「あら……あなたは――人ではないですね」
 その近くでステッキを構えて霊力を溢れさせている老婆に視線を向ける。
「ふふっ、おばあさんが戦おうなんて無謀だと思うのだけれど……」
 何かに気づいて、ポンっと手の平に拳を叩きつける。
「おばあさんは闇神使いなのね? でも、少し歳を取りすぎているわね。引退したほうがいいんじゃないかしら? あっ、もしかしたら」
 顎に手をあてて考え込むように首を傾げる。
「私が封印されている間に、闇神使いは老人ばかりになったのかもしれないわね」
 納得するように何度も頷いた女は再び老婆――御堂久美子にうっすらと蒼に輝く瞳を向けて。
「ごめんなさい。私は長年封印されていたものだから、現状のことは、ほとんど何も知らないの。おばあさんを見くびろうなんて思ってないのよ? ホントよ? でも、少し力の差がありすぎるかなって思うの」
 と、言いながら地上にゆっくり下降してきた女は、凍りついた闇神の薫に近づいていく。
「見事に凍っておりますな……少し時間はかかりますが、死んではいますまい」
 一緒に地上に降り立った老齢の男性が、氷漬けになった闇神の薫の身体に手をあてながら言った。
 その隣をたたっと通り過ぎた少女は天堂伊織に近づいていき。
「この、男の子も、だいじょうぶ」
 コンコンと扉をノックするように、こちらは氷漬けになっている天堂伊織を叩く。
 小さく頷いた女は天神業火に身体を向ける。
「無事みたいよ、よかったわね。あなたなら、私の氷を溶かすのは簡単でしょう?」
「無事だからと言って、伊織を傷つけたそなたらを逃がすと思うのかえ?」
「別に相手してあげてもいいけど、あなたじゃ私には勝てないわよ?」
「よう言うた……ならば、願い通り消し炭にしてやるのじゃ」
「ざんねーんだけど。私は可愛い妹達を探さないとダメなの。だから、ここは仲良くいきましょ?」
「そんなの知らぬわ――後悔するがよい。妾の伊織に手をだしたことを……。灼熱の炎に包まれ苦しむがよいわ!」
 ゴウッ――と天神業火の手の平から熔岩が出現し、それを女に向かって投げつけた。
「あらあら……怒らせてしまったみたいね」
 少しも悪びれた様子のない女は、腕をあげて手首を軽く捻る。
 ただ、それだけの動作で迫り来る熔岩の塊は氷結され、地面に向かって落下する。
「本当に申し訳ないと思ってるわよ? 無関係な者を巻き込んでしまったもの」
「そなたの態度は……少しも申し訳そうに見えないのじゃが?」
「あら、そうなの? ……なら、こうしましょう。私は、あなた達を見逃してあげる。これなら、少しはお詫びになるかしら?」
 その言葉を聞いて、ピクリと整った眉を動かした天神業火は笑いを堪えるように、口辺を震わせながら言った。
「笑わせるでないわ。そなたらの詫びは決まっておる。死という詫びがな」
「あら、そうなの? それは困ったわね。まだ私達には、やらなくちゃいけない事が沢山あるの。見逃してくれないなら……」
 女は袂から一つの石のような物を取り出して、握り締めた。
 幾許もなく蒼い光が指の隙間から溢れ出し、眩い光が周辺を支配するも、すぐさま光は収まり女の手には一振りの刀が握り締められていた。
 刃も柄も全てが蒼に染まった刀。背が反った刃をして日本刀を思わせるが、刃の形状が異なっている、それは、ノコギリのような氷刃。
 満足気に自身がだした武器を数秒眺めていた女は天神業火に向いた。
 天神業火も戦闘態勢に入った所で、女も氷刀を構えると、
「全力で――逃げることにするわね」
「……なに?」
 耳を疑った天神業火は呆けた顔をする、それを好機と見たのか女は氷刀をその場で横に払うように振った。
 天神業火は身体に冷たい風が通りすぎるのを感じた。
 そして、気づいた時には、氷でできたドーム状の檻が天神業火と背後にいた御堂久美子を閉じ込めていたのだった。
「そなた…・…やりおったな?」
「騙したわけではないのよ? 今から本当に逃げる訳だしね」
 女の手にあった氷刀が砕け散り、石にも似た核が手の平に現れる。
 それを再び袂に仕舞うと、女は背後に振り向き、闇神の薫を背負った老齢の男性に近づいていく。
 その女の後ろを、天堂伊織をコツコツ叩いていた少女がひょこひょこついていく。
「それじゃ、私達は行くから。あなたなら、そこからでれるでしょ?」
 女は振り向こうともせずそう言うと、再び宙に浮かび上がり、少女と闇神の薫を背負った老齢の男性と共に闇中に消えていった。
 去っていく女達の背を呆然と眺める天神業火に、
「本当に神なのか?」
 と、疑わしい目を向ける御堂久美子がいたのだった。

    ○

 急変――何が起こってそうなるのか。何を始めとしてそうなるのか。様々な要因が重なって起きた事が、それに含まれるのであれば、今の状況がそうなのだろう。
 御堂正則は立ち尽くして思考する。
 ほんの一瞬、たった一秒、瞬きすらする暇もなく。
 コンマ数秒で変化は訪れた。
 桐島家の少女が閉じ込められていた小屋が大きく燃え上がり、その瓦礫に埋もれることもなく、炎によって焼けることもなく、その中心に立つ男。
「くはははは。そう、これがある。まだ私には力が残っているんですよ」
 闇神の辰巳は愉快そうに笑いをあげる。自身で制御ができないほどの溢れ出す圧倒的な霊力。
 身体を乗っ取ろうと蠢く闇を抑え込み、気を抜けば耐えきれず消滅する恐怖も楽しさが上回る。
「素晴らしい。なんと、素晴らしい力なんでしょうか。これだけの力があれば怪童正則を倒せる、そして、闇神二十神将の頂点に立つ事も夢ではない!」
 その光景を見て御堂正則は悔しげに奥歯を噛み締める。
 普段であれば敵から注意を逸らすことはなかった。
 しかし、視界の隅に映った光景に思わず気を取られてしまう。
 気づいた時には腕を捨てて闇神の辰巳が目の前から消えていた。
 大きな爆音と共に背に熱風を受けて、ようやく自らの過ちに気づいたのだ。
「……どうして、こんなことに」
 今の状況に頭がついていかない、考えれば考えるほど混乱していく。
 忽然と姿を消してしまった桐島克徳の事。小屋に閉じ込められていた少女――桐島紅華の安否。
 注意を逸らすことになってしまった原因、それが……正則にとっては一番重要な事――。
「雅人……」
 御堂正則は哀しげに瞳を揺らして息子と、その隣に倒れている妻――御堂美代を見た。
 普通の子として育てたかった。出来るなら何事もなく人並みに元気に過ごしてほしかった。
 だが、それは叶わなかった。
 雅人は自ら道を選んだ。終わりが見えない闇に包まれた道を。
 闇神使いという道を選んでしまった。
『グォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
 ――黒が深くなる。
 どこまでも、どこまでも。
 闇は心さえも容易く呑み込んでいく。
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