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第四話:別れ
 洋館の応接間では異様な闇が生まれていた。
 雅人が立っていた場所には球体の闇が蠢いている。否、それは黒煙。
 まるで生きているかのように、まるで息をしているかのように、雅人に巻き付いている。
 蓮は恐怖のあまり思わず、自身の身体を抱き締めた。
 そして、雅人の霊力から微かに……闇神の霊力を感じ取った。
「僕は――救えなかったんだ」
 黒煙から声が聞こえる。
「ま、まさと……なの?」
 声が震えてしまう、なぜなら、聞こえた声音は、冷たく感情がない言葉だったから。
 異常な気配を察知したのか、様子を見ているのか、雑神上級は時が止まったかのように微動だにしない。
 黒煙……深淵とも呼べる中から、出てきた者によって。
 ――時は再び動き出す。
『ブルアアアアアアアアアア』
 咆哮が洋館全体に響き渡り、雑神上級は出てきた者に向かって突進する。
 雑神上級が黒煙を吹き飛ばすが、そこには何者の姿もなかった。
 近くにいた蓮の姿さえも……。
 雑神上級は辺りを見回し始めた。
「ここだよ……」
 背後から抑揚のない声が聞こえ、雑神は振り返る。
 そこには床に蓮を下ろし、一降りの刀を握りしめた雅人が立っていた。
 その刀の特徴を言えば黒としか言いようがない、鍔も柄も刀身も全てが漆黒の刀。
 闇に紛れてしまえば、探すことが困難なほどの深淵。否、深淵だからこそ闇よりも深く、見つけるのは容易いのかもしれない。
「それ……もしかして……」
「うん、僕の……闇神使いとしての武器だよ」
「え……で、でも、雅人は――」
『グルァアアアアアア』
 蓮の言葉を掻き消す雄叫び、雅人達に向かって床を踏みならして、雑神上級が近づいてくる。
 雅人は床を蹴り距離を縮め、雑神上級に斬りかかる。
『ガルアアアアアアアア』
 研ぎ澄まされた爪を雅人の身体へ突き立てようとする。が、漆黒の刀で受け流し胸を蹴り、後方に跳ぶと距離をとった。
 尚、構わず口を大きく開け、獰猛な牙を覗かせて突貫してくる雑神上級、雅人は床を蹴ると跳躍する。
 それを待っていたかのように、雑神は口を閉じると同じように床を蹴りあげた。
 床が砕け、木の破片が辺りに飛び散った。
 だが――それを待っていたのは雅人のほうだった。
 ――もらった!
 腹を食い破ろうとする雑神の顎を蹴り上げた。
 空中で体勢が崩れた雑神はそのまま床に落下する。
 ズドン――と、砲声にも似た音をあげて埃を巻き上げた。
 埃が巻き上がる中、見えているのか一点に視線を集中させて、雑神を貫かんと刀身を下に向けた。
 雑神は俊敏な動きで転がり迫り来る切っ先を避けた。刀身が床に突き刺さる。
 起き上がった雑神は、床から漆黒の刀を抜こうとしている雅人の顔へ――一直線に腕を突き動かす、が……入るはずの一撃が入ることはなかった。
 雑神上級は自身の腕を見た。あるはずの腕がそこにはなかった。
『グギャアアアアアアアア』
 激痛にもがき苦しむ。
「知能をつけるから痛みが生まれるんだよ。下級か中級であれば痛みなんてなかったのに」
 淡々と告げて、一閃、もう片方の腕を斬り落とす。
『グルギャアアアアアア』
 雑神の腕は床に落ちるまでに、風にさらわれるかのように、細かな粒子となって大気に混ざり合う。
「強くても痛みが、弱くても痛みが……どっちの痛みが幸せだと思う?」
 誰に問うたのか、それは自身か、それとも雑神上級か……。
 雅人は冷酷な笑みを張り付かせ。
「知能つけても所詮は上級か……」
 哀れむかのように雑神を見上げた雅人は、雑神上級の胸へと黒刀を突き刺した。
 ――今の僕を見たら、君はなんて言うのだろうか。
 黒刀から黒い霧が、おびただしく溢れ出す。
 ――怒るのだろうか、それとも微笑んでくれるのだろうか。
 それは、まるで拘束するかのように、雑神に絡みついていく。
 ――ねえ、教えてよ……蝶。
 時間にして数秒、黒い霧は雑神上級を包み込むと、細やかな粒子となり雅人に吸い込まれていった。
 その光景を見ていた蓮が、呆然としていた。
「雅人……あんた、今なにしたの?」
 驚く蓮に、顔を向けた雅人は、泣き笑いの様な複雑な笑みを作るのだった。

    ○
 
 一五年前、闇神使いの能力を持たずに生まれてきた者がいた。
 それが分家や末端の家ならばよかったのかもしれない。
 子供は本家の人間だった。
 雅人と名付けられ、父と母は能力がなくても可愛がった。
 本家の現当主であり【祖母】御堂久美子も同じように可愛がってくれた。
 だが分家の者は、能力をもたない雅人を見下した。
 それは子供にも自然と伝わり、雅人には友達と呼べる子は少なかった。
 唯一、変わらず接してくれたのは御堂本家直系分家の子供達。
 直系分家は四つ存在しており、四大家と呼ばれている。
 闇神使い一族の始祖にして、御堂家初代当主の血を受け継ぐ者達である。
 だが、よく遊んだ蓮も年を重ねるつれ、闇神使いとしての訓練を受ける為に遊ぶ回数は減り、徐々に疎遠となった。
 そんな時に会ったのが【おねえさん】だった。
 無表情な女性ひとだった。
 会う回数が多くなるにつれて、表情の変化を読み取れるようになった。
 腰まで伸びた艶のある黒髪に、端正な顔立ち、巫女服のようで喪服のような黒い着物を着ていて、やや冷たさを感じさせるが、女性の雰囲気に合っていた。
 ただ一つ違和感があるとすれば腰に差した黒い刀だけ。
「雅人、闇神使いの訓練はいいの?」
「えっと、うん……僕には何もできないから」
「そう」
 女性は優しく微笑んだ。
 祖母は訓練を受けてほしそうだったが、強制はしなかった。
 もし訓練を受けても、きっと能なしと色々言われるのだろう、と雅人の表情に陰りが差す。
 そんな雅人を見て、女性は微笑する。
「雅人……強くなりなさい」
「えっ?」
「あなたにしかできないことがある、それは決して、他の者に負けない力」
「でっ、でも僕には――」
 驚く雅人の口に、女性は人差し指を置き言葉を遮った。
 こうなったらお手上げだ。いつもと同じように答えは教えてくれないのだろう。
 そして雅人が困ったような顔をすると、
「ヒントをあげる。その能力は本当の力、闇神使いのね」
 ――さすが雅人ね。と、嬉しそうに言った。
「わからないよ……」
「わかりなさい」
 この女性の欠点があるとすれば、なぜか沸点が低い。
 怒ると無表情で睨みつけてくる。
 幼い雅人は縮みあがるしかなかった。
「僕、できる子だから、頑張るよ!」
 子供ながら雅人は、言い繕うという高度な技術を、この女性ひとから教わった。
「さすが、雅人ね」
 そして、最後は、優しく頭を撫でてくれる。
 何度会っただろうか、友達のいない雅人は、いつも森へと入り女性と会い続けた。
 学校の事、父母の事、祖母の事、なんでもいいから長く、いつまでも喋っていたかった。
 この女性ひとは何も言わず聞いてくれる。
 たまに怒るが、それでも、雅人にとっては一番心休まる時間でもあり、楽しい時間だった。
 二人が出会ってから数年の月日が流れて、雅人は十二歳となった……六月の事、忘れもしない事件が起きた。
 祖母と一族の実力者達が、あの女性ひとがいる森へと入っていくのを見てしまった。
 胸騒ぎがして、気になった雅人は隠れて後をつけてしまう。
「久しぶりじゃの、蝶や」
「久しぶり、まだくたばってなかったのね」
 無表情で祖母を睨みつける蝶と呼ばれた【おねえさん】
「貴様! 誰に向かって口を聞いておるのかわかってるのか!?」
 祖母の後ろに立っていた筋骨隆々な男が、蝶に向かって怒気を含んだ声で叫んだ。
 涼しげな顔で受け流すと、
「あなたも相変わらずね……キモイのよ」
「言わせておけば貴様!」
「うるさいの〜、おちおち話もできん」
「うぐっ」
 祖母の一睨みで、筋骨隆々の男は怯むと黙り込む。
「それでなにか用なの?」
「少し言いにくい事なんじゃがの、お主の処罰が決まった」
「そう……」
 祖母の言葉を聞いて、蝶は悲しそうに顔を伏せた。
「お主には感謝しておるよ、雅人が明るくなった。それに、長年ここ近辺の雑神を退治してくれておったしの」
「別に、あなた達の為にしたんじゃないわ。雅人が危ないから退治しただけ」
 祖母は目を細めて、言った。
「ふむ……変わったの〜」
「それで、どうすればいいの?」
「ワシが直接手を下すよ、不満かの?」
「わかったわ。手早く……ね」
 蝶が祖母の前に座り込む。
 その姿を一瞥して、祖母が白い札を取り出した。
 雅人は近くの生い茂った草の影に隠れて見ていた。
 ――あれは、ばあちゃんの……。
 胸の鼓動が早くなる、あれは闇神を滅する物だ。
 蝶が闇神ということは薄々気づいていた。
 なぜ、あの優しい【おねえさん】が、退治されなければならないのか。
 ――助けなきゃ。
 自身でも気づかない内に、雅人は草陰から飛び出していた。
 祖母と一緒にきていた実力者の一人が――気づいた。
『待ちなさい!』
 雅人に慌てて飛びかかる。
 掴もうと迫り来る腕を避け、脇目も振らずに、一直線に祖母に近づいていく。
 祖母の札が光り始めている――時間がない。
 そんな雅人の前に筋骨隆々の男が立ちふさがる。
「どけぇぇ!」
 雅人はかまわず体当たりするが、筋骨隆々の男は微動だにしなかった。
 そのまま男は、雅人を突き飛ばしてしまう。
「――がはッ!?」
 地面に背中から叩きつけられる。
 苦しむ雅人に、いち早く気づいたのは祖母でもなければ、筋骨隆々の男でもない。
 それは――蝶だった。
「雅人!」
 蝶の声が聞こえて雅人は慌てて起き上がるが、目の前の光景に絶句する。
 そこには……地面に突っ伏した筋骨隆々の男と、射貫くような冷たい視線で男を見下ろす蝶の姿があった。
「お前は――死ね」
 冷酷な声で筋骨隆々の男に告げた蝶は黒い刀を振り上げた。と、同時に祖母の白い札が砕ける。
「ち、ちょう……」
 雅人は【おねえさん】の名前を思わず呟いていた。
 意識した訳ではない、ただ、無意識に言葉がでていた。
「――ッ」
 蝶は肩をビクリと震わせる。
 力が抜けたのか、握り締めていた黒刀が音を立て地面を転がった。
 雅人に視線を向けた蝶は、一瞬、悲痛な表情を見せたが、すぐさま微笑を浮かべる。
 ――怖かった? ごめんね。
 蝶に向けて武器を振り下ろす祖母の姿を最後に、雅人の意識は途絶えた。
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