ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第三十九話:反抗期
 屋敷を飛び出した御堂雅人は、息を切らせながらもそれでも足を止めることなく走り続けていた。
 ――相変わらずだったなぁ……。
 どこか懐かしさに苦しい状況にもかかわらず笑みを浮かべてしまう。
 ――まぁ、逃げちゃったんだけどね。
 あのままでは本当に連れ去られる危険があったので、四人には悪いと心底思うがまだ帰る訳にはいかなかった。
 ――今帰ったら……。
 雅人は辺りに視線を巡らせ、人がいないことを確認すると木陰に入る。
 枝や葉の隙間から暖かな木漏れ日が雅人を照らした。
 その表情は苦痛に歪み、息も荒々しい。
 突如――強く胸元を握り締めた。

「かはっ……ぐあああ」

 全身に激痛が奔り、膝を折り曲げ額を地にこすりつける。

「あぐぅ、くぅ……」

 地に倒れ込み背を丸めながら苦しむ雅人は、差し込む日差しに照らされた手を見る。
 黒い霧がおびただしく溢れでて大気に混ざり合っていた。

「ははッ……どうなっちゃうんだろうね……」

 誰に言うでもなく、額に大量の汗を浮かばせ自嘲気味に笑う。
 恐怖に心が押し潰されそうになる。いずれ闇に呑み込まれる。それは刻一刻と迫っているのを感じていた。
 いつからだろうか、こうして苦しむようになったのは……。

「少しだけ……もう少しだけ……」

 願うように強く、強く、胸元を握り締めた。
 痛みが徐々にだが引いていく。それでもすぐ闇が身体の内側を喰らって痛みを与えるのだろう。
 だから――今だけは眠らせてほしいと願った。
 雅人の瞼がゆっくりと閉じていく。闇に作り出されたまどろみに……。

    ○

 ――三年前。
 父母と共に、ある地方に引っ越した。
 なんてことはないサラリーマンである父の転勤についてきたのだ。
 雅人としては本家にいたかったが、祖母がそれを許さなかった。
 それでも、残ろうとしたが母である御堂美代が無理矢理に連れ出した。

「雅人ちゃん、もうすぐ新しい私達のマイハウスに着くわよ〜!」
 
 人懐っこい笑みを浮かべた無邪気な少女、もとい女性、更に母親が後ろを振り向いた。
 後部座席に乗っていた雅人は、そんな少女に視線を移す。

「どうでもいいよ……」

 つまらなそうに呟く。この頃の雅人はとにかく反抗期に突入しているかのごとく、どこか苛立ちを含めた表情をしていた。

「もう〜、美代ちゃん怒っちゃうぞ〜?」

 にこやかな笑みを浮かべているにもかかわらず、美代は言葉通りに殺気を放ち始めた。
 車内の温度が急激に下がり始めたのを感じて、

「わぁ〜、う、うれしいな〜」

 確実に死ねると思った雅人は、わざとらしく両手をあげて喜びを表現する。
 それを見て美代の表情はみるみる柔和なものにかわった。

「そうでしょ〜! 本家にいた頃はマイハウスなんてボロっちかったもんね〜」

 死を免れた雅人は安堵の溜息をこぼすと、同意するようにカクカクと頷いた。

「美代ちゃん、雅人ちゃんと遊ぶのはいいんだけどね。ちゃんと座ってくれないと危ないよ?」
 
 と美代の隣の座席から声がかけられる。車の運転手で、メガネをかけた優しげな青年、もとい中年、更に父親が微笑みながら言った。
 大人しく座席に座り直した美代は、正則に視線を向ける。

「ごめんね。正則ちゃんペーパーさんだもんね」
「そうそう、ぺーパーさんなんだよ。いつ事故っちゃうかわからないぞ〜」
「そしたらニュースになっちゃうわね。家族皆でテレビデビュー!? お化粧しておかなきゃ」

 そんな二人の会話を聞いた雅人は身震いする。
 ――そんなデビューしたくないよ、そもそも名前だけしか載らないと思うよ……。
 猛烈に車から降りたくなったのは確かだった。
 不安を余所に何事もなく雅人を乗せた車は新しい家へと辿り着く。
 車から降りた雅人は既に疲労困憊だった。
 ――本当……絶叫マシーンより怖いなんてさ。どうかしてるよ。
 内心二度と乗らないことを誓うと、新築のこれからの住まいとなる家を見つめた。
 変哲もない二階建ての一軒家だ。どこか特殊な仕掛けがあるわけでもなく。
 バーベキューができそうな広さの庭。四方を囲んだ白い塀。門柱には御堂の札が埋め込まれていた。
 ぼうっとしていた雅人に美代が駆け寄ってきた。

「雅人ちゃん、雅人ちゃん」

 手をぱたぱたさせながら、美代は雅人を見上げる。
 雅人の胸の高さほどしかない身長に、幼い顔つきは正直母親とは思えない。
 だが、そんなことを口に出して言う勇気もない。
 なぜなら死ねる自信があるからだ。

「なに?」
「えとね、引っ越してきたばっかりだから、ここら辺わからないでしょ?」
「うん、初めて来たからね」
「だったら、探検してきていいわよ? 美代ちゃんも正則ちゃんと前に来たとき探検してきたんだから、楽しいわよ〜」
「いい歳して、そんな子供じみ――行ってきます」

 ニタリと怖い笑みを浮かべたので、雅人は背を向けて歩き始める。
 もう少しで病院に担ぎ込まれる所だった。額に浮いた汗を拭うと、少し胸を弾ませながら歩き始めたのだった。

    ○

 雅人は住宅街を抜けて、堤防に訪れていた。両脇がゆったりとした斜面になっていて、雑草が生い茂っている、子供が段ボールを尻に敷いてその上を滑っていた。
 その下にはゴルフ場があり向こう側には川があった。
 お世辞にも綺麗とは言えない川、無数のテトラポットが壁に沿うように置かれていて、その上からおじさんが釣りをしている。
 舗装されていない砂利道を進みながら、反対側を見下ろす。
 見えるのは雅人が今日から住むことになった住宅街があって、子供が追い駆けっこをして楽しそうにはしゃいでいる。
 主婦がベビーカーを押しながら散歩をしていたり、ジョギングをしている老人がいたりと様々な人々で賑わっていた。
 視線をはずすと目的もなく歩き続ける――目的もなく過ごす自分と同じように……足取り重く歩き始めた。
 それから近くの鉄橋の下に腰を下ろした雅人は、視線を落としポケットから一枚の黒い札を取り出した。
 ――蝶……僕はこれから、どうすればいい?
 風が頬を撫でていき札が揺らされる――答えは返ってこない……。
 それでも。
 ――戦い続ければ、君は戻ってくるのかな?
 漆黒の札を見つめながら問い続ける。
 陽が落ち辺りに闇が訪れても雅人は、その場を動かなかった。
 既に堤防には誰もいなくなり辺りには静寂が訪れ、どこか不気味な雰囲気さえ漂わせている。
 それでも雅人は、答えが返ってこない札を見つめ続けた。
 そしてあるモノの気配を感じて――無造作に立ち上がった。

「…………」

 雅人は肩に手を置くと、ぐるぐると腕を回し始める。
 そして、前方に見えるモノから視線をはずさない。
 二十メートル程先には鉄橋を支える柱があるのだが、そこでは闇が蠢いていた。
 周りの闇を喰らう度に、まるで喜ぶかのように震え躍る。
 まだ――弱くも獰猛な姿は常人には見えない。
 まだ――力を蓄えている姿は余人には見えない。

「悪いけど……喰らうよ?」

 声音には喜悦が混じり、雅人は口の端をつり上げた。
 闇が雅人に気づいた。雑神下級と呼ばれる魔性の黒い闇が踊り狂う。
 獲物を見つけたと、獲物を捉えたと、闇は驚くべき速度で宙を飛び雅人に襲いかかった。

「ははッ、喰らってあげるよ!」

 雅人にとっては闇こそが獲物であり、捕食するべき餌だった。
 知能を持たない闇にはわからない。
 雅人がどれだけ闇を喰らってきたのか、どれだけの闇を抱えているのか、雅人自身にもわかっていないのだから、わかるはずもなかった。
 獰猛な牙を覗かせ、大きく口を開けて首に噛みつこうとした雑神に、雅人は拳を放つ。
 ただ真っ直ぐ、なんの力も込めてなどいない。それは手を差し伸べたようにも見える。
 だが、雑神は空中で身を翻し距離をとった。
 本能が叫んでいた。知恵はなくとも危険だと感じ取った。
 同族……あるいはそれ以上の存在。
 雅人は警戒し始める雑神を見て嘲笑する。

「あはは……死ね」

 それは非情の言葉、それは恍惚とした、とても愉快そうな笑みを浮かべていた。
 漆黒の札に霊力を込め始める。その光はどこまでも暗く、どこまでも深い。
 周りの闇がまだ明るいと思えるほどの、暗く冷たい深淵。
 札が限界だと言いたげに大きく揺れ始める。
 手を叩きつけ苦しそうにもがくようにして札は砕け散った。
 刹那――旋風が巻き起こる。
 雅人を中心に守るが如く勢いを増し、辺りに散らかっていたゴミを吹き飛ばした。
 ドンッ――。
 突如鉄橋の下に響き渡る爆発音。
 砂塵が舞い上がり、雑神の視界を覆い尽くしていく。
 砂埃の中から溢れ出てくる霊力を感じ取った雑神は、身体を震わせ反対方向に向けて駆け出した。
 辺りが晴れた頃には、雑神は消えていた。
 雅人は漆黒の刀を握り締めながら、逃げていった方向へと目を向ける。

「逃がさないよ。今は力が必要なんだ……」

 それは悲しみが混じった言葉で――どこか憂いを含ませた声音だった……。
cont_access.php?citi_cont_id=695006790&size=135


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。