第三十八話:恐怖の手紙(2)
十二畳の和室では二人の闇神と、二人の少女が恐怖に身体を震わせていた。
そんな、部屋の襖が突如開け放たれる。
まず覗かせたのは端整な顔立ち。そして、燃えるような紅い髪が腰まで伸びていた。
胸はないが、スタイルはいいほうだ。
御堂紅華、一四歳。大好きな物は? と聞けば必ず間を置かず彼女はこう答える。
「お兄様です」
大事な物は? と聞けば彼女はすかさず、こう答える。
「お兄様です」
彼女の生活は兄から始まり、兄で終わるといった日常を送ってきた。
そう兄が姿を消すまでは……。
部屋に足を踏み入れた少女は、倒れた愛の近くにある白い手紙を見つけた。
すたすたと紙に向かって歩き、拾い上げると、
「あら……やっぱり、このメス豚共は見たのですか……」
と形のよい艶やかな唇から、信じられない言葉が飛び出した。
「ふふっ、お母様に教えて頂いた呪術をかけておいて、よかったです」
楽しげに呟くと、手紙をボストンバッグに仕舞う。
そしてボストンバッグを畳の上に置いたまま、紅華は立ち上がる。
呻き声をあげながら寝ている、雅人に視線を向けた。
「おっにいさま〜♪」
顔がふにゃっと崩れて、スキップを踏みながら雅人に近づいていく。
一歩近づくにつれ心臓の鼓動が早くなる。一歩近づくにつれ鼻息が荒くなっていく。
それはまさしく餌を見つけた猛獣だった。
紅華は布団の隣に立つと、うっとりと表情を浮かべ身体をクネらせる。
「あぁ〜、いつ振りでしょうか……この間抜けな寝顔、お兄様の可愛い寝顔!」
我慢ができなくなったのか、紅華は飛び込んだ。
頭から雅人の腹の上に……。
「すーぐぶぶぅ!?」
息を吸った時に腹にめり込む頭、息が勢いよく吹き出した。
「あがっ、ぐほっ」
急速に、無理矢理に目覚めさせられた雅人は、飛び起きようとするも、金縛りのように全身が動かない。
勿論パニックになるのは当然で、
「ふわっ、なにっ、なんなの!」
身体に力を込めるも、どうしても起き上がることができず。
顔にふさりと落ちてくる一房の紅い髪。
「うわああああああ、幽霊、幽霊だ! いや、鬼かもしれない!」
案外冷静なんじゃないかと疑いたくなる言動だったが、余りの恐怖に叫ぶことしかできない。
「あぁ〜、お兄様の匂いは最高です。ご飯十杯はいけますね」
と何食わぬ顔で雅人に体重を預け、抱き締める紅華だった。
痛みが引いてくると、さほど重くないことに気づいて、雅人は冷静になってきた。
首だけを動かし上に乗っかってる正体を見る。
その瞳は驚きに見開かれることはなく、どこか納得の表情を浮かべて、
「紅華……久しぶりだね。はは」
渇いた笑い声をあげて、頭を枕に預けたのだった。
雅人の声に気づいたのか、這うように雅人の布団を移動して、顔を近づけた紅華は、
「お久しぶりです。んー」
なぜか更に顔を近づけてきた。
当然なことに雅人は焦る、なにをされるのかがわかったからだ。
「まっ、まって、ちょっ、誰か! 誰か助けて!」
身体を動かそうにも、しっかりと四肢を押さえつけられていた。
なぜかガクガクブルブルと身体を震わせている四人に視線を向けたのだが、助けてくれる見込みはないと悟った雅人は、逃げ道がないことに気づいた。
その時、頬に柔らかい感触が訪れ、雅人の身体は硬直する。
時間にして数秒、雅人にとって永遠にも近い時間だった。
ゆっくりと離れていく顔に、雅人はどこか呆けた顔で見つめている。
紅華は満足そうな艶麗な笑みを浮かべた。
「ふふっ、さあ、お兄様帰りましょう?」
「へっ? 帰るって?」
思わず聞き返してしまう。
「決まっているでしょう? お母様達がいる家にです」
「でも、まだ夏休みだし焦ることもないんじゃ……」
「そんなことはありません。私と一緒に海に行って、それから二人っきりで浜辺を散歩するんです。それで、人が少なくなってきた頃に岩陰に隠れて……」
なにを想像したのか別世界に旅立っていった。
雅人は口を引き攣らせると、紅華の力が緩んだのを見て、ゆっくりと布団から抜けだそうとした。
「あぁ……もう逃がしませんよ?」
と気づいた紅華が嘲笑うかのように笑みを浮かべた。
「こんな所にいたら、お兄様が汚れてしまいます。早く帰って二人っきりで遊びましょう? あっ、その前に海に寄っていくのもいいですね。勿論泊まりがけです」
既に帰ることが決定しているようで、海にいくのも確定していて、もれなく泊まりがけのようだ。
嫌な汗が雅人の額に浮かぶ。
「あのね、紅華……聞いてほしいことがあるんだ」
「なんでしょう? やっぱり窓から海が見える旅館のほうがいいですか? 確かに私もそのほうがいいのですが……今空いてるのでしょうか?」
眉間に皺を寄せると、困ったような顔をする。
少し違った方向に進み始めているのを見て、雅人は焦りだした。
「ちっ、違うんだ」
身体が拘束されている為、首を振ることで拒否を表現するのだが、
「あっ、ごめんなさい。お兄様はテントがいいのですね?」
「えっ、それも、ちが――」
雅人が言い終える前に言葉が重ねられる、
「少し入り口を開けたまま、そこから二人仲良く顔をだして見上げる夜空……素晴らしいです。さすがはお兄様。テントを借りて帰りましょう」
待ちきれないとばかりに立ち上がると、ボストンバッグに駆け寄った。
「…………」
あっさり解放されたので、屈んでボストンバッグを漁ってる紅華の背を見ながら起き上がる。
様子を見ながら、ゆっくり布団から音をださずに抜け出す。
忍び足でゆっくり部屋をでていこうと思うものの、
――とりあえず、蝶と楼花だけでも……。
雅人を慕っている闇神二人を抱き抱え、部屋から出て行こうとする。
二人は身を震わせて、雅人に気づいていなかった。
雅人は霊力を与えることはできるが、呪術を消す術は持っていない。
申し訳なさそうな表情を作ると、祖母に頼むことに決めて、一歩踏み出した。
ミシッ――こういうときに限って、軋む音がするのだった。
横面に殺気が張り付くのを感じる。
「お兄様……もう逃がさないと言ったでしょ?」
寒気に襲われ、背筋が凍りついた。
声がしたほうに顔を向けずに、
「ははっ、やだな〜、僕が逃げる訳ないじゃないか」
と瞳を泳がせながら、大量の汗を額に浮かばせて言った。
さりげなく……すり足で出口に向かっている。
「そうですよね。お兄様は逃げませんよね」
「うんうん、逃げないよ。妹から逃げる兄がどこにいるのさっ」
と紅花がバッグから出してきた、長いロープに巻かれながら雅人は言った。
「あの紅華……お願いがあるんだけど」
細い腕のどこに力があるのか、ロープでぐるぐる巻きにした雅人を軽々と片手で担ぐと、部屋からでていこうとする紅華。
「お兄様のお願いなら、なんでも聞きますよ?」
「だったら、四人にかけた呪術をはずしてほしいな」
紅花の足が止まり一瞬、思案顔になるも、すぐさま笑みに作り変える。
「仕方ありません。なんでも聞くと言っちゃいましたからね」
雅人をゆっくり畳の上に降ろすと、蝶と楼花を片手で抱き抱え、蓮に近づいていき、首を掴み倒れている愛に向けて投げた。
更に、蝶と楼花を無造作に愛と蓮に投げつけた。
「それでは、呪術を消し去りたいと思います」
と呟き、一枚の札を胸元から妖しく取り出した。
その札の色は瞳と同じ緋色だった。
霊力を込めることによって札が燃えるように、真っ赤な光を発する。
「水四式、水呪泉」
口許に一度札を当て、四人に向けて投げた。
刹那――札が弾け、霧が生まれ四人を包み込むと姿が見えなくなった。
やがて、霧が液体へと変わり、青く澄んだ球体に変貌を遂げた。
それを見て、満足そうに腕を組むと、
「終わりましたよ。お兄様?」
紅華は振り向いたが、
「ふふっ、とても面白いです……ええ、とても……」
視線の先には雅人を縛っていた縄だけが、畳の上に乱雑に置かれていた。
だが、紅華は涼しげな顔をすると、穏やかな表情で眠る四人に目を向けた。
「かまいません。この方達と遊ばせて頂きますから……」
ゾッとするような声で、ニタリと口の端をつりあげたのだった。

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