ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第二話:始まり
「私が三年間で、どれだけ強くなったか教えてあげるっ!」
 と、叫び鬼の形相で蓮が迫ってくる。
 屋敷の離れにある道場で雅人は対峙していた。
 少し後悔していた。しかし、今更後悔しても遅い。
 夏休み二日目、本来なら川遊びにでも繰り出すのが普通なのだが、雅人は【いじめ】と言える訓練を受けていた。
 全ての始まりは――祖母の手紙。
 帰ってこいと、書かれていた。
 今、思えば浮かれていたとしか思えない。暑さにやられて、頭がおかしかったのだろう。
 夏ボケとは恐ろしいものだった。そんなズレた事を思いながら雅人は、蓮の足を顔面で受け止めてしまい。
 本日、五回目の気絶をしたのだった。
「こんなところかな? もう少し汗かきたかったんだけど、あんた相変わらず軟弱ね」
 目覚めた雅人の目の前では、汗を拭きながら、爽やかな笑みを浮かべる蓮がいた。
「…………」
「なに無視してんのよっ!」
 高速の拳が、雅人の頬をえぐる。
「げぶぅっ!?」
 悶絶する。
「ひゃああああ」
 更に拳が飛んできた。
 慌てて避ける雅人の横を、拳が風を切り通り過ぎた。
 立ち上がると叫んだ。
「痛いんだよ! 痛すぎて喋れないんだよ!」
「なによ?」
「うっ、なっなんでもない」
 目を細めた蓮は、不機嫌そのもので殺気が漂い始めた。
 ヘタレな雅人が強く言えるはずもなく、肩を落とし意気消沈したのだった。
「それにしても、弱すぎる! あんた、三年間なにしてたの?」
「色々あったかな……。うん、色々あったよ」
 遠い目をして言う。
 はっきりしない雅人に、蓮は眉間に皺を寄せた。
「いいわ……。今日は依頼入ってるから、あんたも来なさい。拒否は認めない、いいわね?」
「え、ちょっ」
 返事を返す前に、鼻歌を歌いながら、蓮は嬉しそうに道場から出て行った。
 引き止めようとした手が、宙をさまよい――行き場を無くし、力なくダラリと下がる。
 着替えが置いてある道場の隅に向かう。
 気乗りしない顔で、着替え始める。
 着替え終わり雅人は道場の戸締まりをしてから、三年ぶりの故郷、いくつもの家が建ち並ぶ辺りを見回した。
 何も変わらない、三年前のまま。
 遙か先にある十メートル以上もある巨大な塀を、視界に捉えた。
 塀の内側の敷地には、まばらに大小様々な家が建てられていて、中央には雅人が現在、住んでいる屋敷が、威風堂々とそびえ建っている。
 ――変わったのは僕だけかな、いや……変わってないのは僕だけか。
 ある一角だけ塀が取り除かれていて、敷地内に侵入している樹海に続く、入り口を見た。
 幼少の頃と変わらない森、変わることのない森。
 入ってくるのを拒むかのように、闇が木々の隙間から溢れ出している。
 光が差し込むことのない場所。常人が踏み入れれば一生でてこられない場所。
 恐ろしい森のはずなのに、雅人は懐かしさと悔しさを、入り交えた複雑な表情をする。
 ――闇に魅入られた者……。
 雅人は上着のポケットから一枚の札を取り出す、それは黒く染まり、見つめているだけで呑み込まれそうな雰囲気を滲ませている。
「雅人ー! そろそろ行くわよー!」
 その声に振り向くと、蓮が笑顔で手を振っていた。
 慌ててポケットに札をいれると、蓮に駆け寄る。
 先程着ていた道着とは違い、白のジーンズを穿いて、白いシャツを着ていた。
 確かに、依頼にスカートを穿いていくわけにもいかない、下手をすれば見えてしまう。
 それでも、雅人はもう少し女の子っぽい格好したほうがいいと思う。
「そういえば、依頼ってどういうの?」
 屋敷の大きな門をくぐり抜け、二人並んで山道を歩いてると、今回の依頼の内容を聞いてなかった事を思い出した。
「んー、簡単な依頼よ。ただの雑神退治ね、私の敵じゃないわ!」
 空へ拳を突き上げて、爽やかな笑みを作り意気揚々と宣言すると、雅人に顔を向けた。
「でも……雅人あんたがやりなさい」
「僕には無理だよ……」
 顔を逸らし俯く雅人を見て、蓮は辛そうな表情を浮かべた。
「いいから、やりなさい。サボッてた訳じゃないんでしょ?」
「…………」
 無言の雅人を見て、蓮は、それ以上なにも言わなかった。
 山道を抜けると、一台の車が二人を待っていた。
 運転手が後部座席のドアを開けてくれる。
 窓から見える景色を、ぼんやり眺め続けて、三十分程で依頼の場所に到着した。
 大きな洋館。
 まだ陽は落ちてないというのに、光を拒むかのように、洋館の周辺には闇が跋扈している。
 洋館の鉄製の門へと辿りつくと、敷地内を覗く……二十メートル離れた場所に洋館の玄関があった。
 長年手入れがされていないのだろう、庭の雑草が無秩序に生い茂っている。
 門から洋館の玄関まで続いている石畳も、所々割れていて雑草が覗き生えていた。
「結構いるわね、ん〜二十?」
 ――二十六……多いな。
 雅人には全てえていた。
 餌とも呼べる人が訪れて、周辺に漂う闇を震わせ――喜んでいる。
 どれだけ慣れていようとも、入るのを身体が無意識に拒んでしまう。
「ちゃっちゃと、終わらせましょう」
 雅人の気持ちを余所に、躊躇いなど微塵も感じさせず。
 蓮は敷地内に入っていく。
 我が物顔で玄関まで一直線に歩く蓮を見て、雅人も慌てて後を追う。
「まず一匹発見」
 足を止めると嬉々とした声音で蓮が言った。
 雅人達の前に一匹の雑神が現れる。
 漂うように浮いている。
 表情もなければ、何も喋らない。
 生きてるのかさえ、わからない。
 ただ、闇がある所に現れ、人を無差別に喰らい成長する者達。
 知能がなく、同族をさえも喰らう――闇の眷属。
「ボーっとしてると、喰われるわよ雅人!」
 素早い動きで、白いジーパンの後ろポケットから、一枚の札を取り出した。
 綺麗な澄んだ青色。
 空を思わせる蒼。
 蒼い札を見つめながら、雅人は自信の上着ポケットに、入っている札を布越しに握った。
 元々は白い札だった。
 霊水と呼ばれる神聖な水に、特殊な絹で作られた白い札を浸して、それに自身の霊力を流し込み、自分の色に染め上げる事で専用の札へと変わる。
 それを介して自身の生命力とも言える霊力を捧げて、魂とも呼べる武器を、この世に顕現する。
「切り刻んであげる!」
 青い札に霊力を流し込んでいく。
 青く、蒼く、どこまでも碧く。
 青空を連想させる煌びやかな光を発する。
 やがて、札は消し飛び、腕を中心に――暴風が吹き荒れる。
 風が収まった時、雑神が消滅した。
 瞬きする間もなく、跡形も残さず世界から消え失せた。
「もう少し抵抗してくれると、嬉しいのに」
 物足りない声音、だが満足そうに笑みを作る。
「相変わらず怖い武器だね」
「そう? 私は――もう一匹!」
 言い終わる前に雑神が背後から奇襲を仕掛けてきたが、蓮に触れる前に消滅した。
「私の糸に近づくと危ないわよ?」
 雑神がいた場所を見つめながら呟く。
 蓮の手首には、サファイアがふんだんに埋め込まれた蒼く輝いた腕輪がつけられていた。
 闇神使いの武器、闇神を滅し、力を持たない人々を救う神聖なる力だ。
「さて、じゃんじゃんいっくわよー!」
 腕を振り回し、どんどん進んでいく。
 元気な蓮を見て、呆れるようにため息を吐くが――ふと、足を止めた。
 ――これは……?
 辺りを見回すが、何も変わりはない。
 いや【異変】は、そこかしこに存在している。
 洋館に居座る雑神からして既におかしいのだから、力を持たない常人が足を踏み入れれば、気づかない内に喰われてしまう。。
「なにしてんのー、行くわよ?」
「あ、うん」
 些細な違和感、三年前ならば見落とすことはなかったのかもしれない。
 だが、三年というブランクが、闇神使いとしての勘を鈍らせていたのも事実だった。
 洋館の玄関に辿り着くと、扉を蹴り壊してズカズカと上がり込む。
 誰も住んでないとはいえ雅人は、そういった行動ができる蓮に絶句する。
「埃だらけね、あーやだやだ、さっさと片付けるわよ」
 頭を振りながら、埃を落とそうとする蓮、ウマのしっぽのように揺れる髪に蜘蛛の巣が絡まっていく。
 雅人は黙っておくことにした。
 言ったら、きっと手がつけられない程暴れることだろう。
 それこそ、暴れ馬のように……。
「ほら、早く行かないと」
 気づかれる前に先を促す。
「そうね、雑神のせいなんだから……」
 幼少の頃から受けてきた理不尽なイジメに対する、ささやかな復讐でもあった。

    ○

 不機嫌な蓮と共に、雅人は内部を探索していくが、洋館は思ったより広く、雑神の居場所が掴みにくかった。
「これで八匹目……か」
 入ってから一時間は経過していたのだが、一匹倒す毎に蓮が不機嫌になっていくのを雅人は感じていた。
 仕方の無いことだった。
 気配を探っても、これだけの広さだったら移動されてしまう。
 そうなれば追いかけるしかない。
 初めて訪れた洋館の内部など知ってるはずもなく、勘を頼りに歩き続け各個撃破していくしかないのだ。
「聞いてるの雅人? これだけの時間かけて八匹よ」
「仕方ないよ……気配を探るしか、手がないんだから。監視カメラでもあらかじめつけておいたら違ったのかもしれないけど……」
「雑神程度の霊力じゃ、カメラにも写らないじゃない……広すぎるのよ、この腐った家!」
 ついに限界に達した蓮が地団駄を踏み始めた。
 なだめようとする雅人だったが、
「くっ――蓮!」
 力の限り蓮を突き飛ばした。
 唐突に背中を押された蓮は、床を転ぶと壁に頭を打ち付けて、動きを止めた。
「いつぅ〜、なにすっ――雅人!?」
 すぐさま立ち上がると、先ほどまで自分が立っていた場所を睨みつける。
 その場所には雅人が横たわり、その、すぐ近くには巨大な熊のような黒い異形が雅人を見下ろしていた。
「ちぃっ!」
 状況を把握した蓮は異形に攻撃を仕掛ける。
『グォォォオオオオオオオオオオオオオ!』
 黒い異形が咆哮を轟かせ、洋館全体が揺れる。
 激震とも言える揺れの中、蓮が体勢を崩すことはなかった。
 それどころか、その場で蒼い光に包まれながら、悠然と立っている。
「うるさいのよ」
 蓮は腕を振る、黒い異形を切り刻もうと青い糸を操る。
 黒い異形に、恐るべき速度で到達すると、腕に糸を絡ませて捕らえた。
 そのまま腕を斬り落とそうとしたが、
「なっ――ぐっ」
 絡まった糸ごと引き寄せられる。
 力勝負では勝てないと悟った蓮は、更に床を蹴り加速して黒い異形に突貫する。
 黒い異形は攻撃射程内に蓮が入ったのを確認すると、丸太のような太い腕を蓮に向かって振り下ろした。
 蓮は身を翻し避けると横に飛ぶ。と同時に黒い異形の腕が床を粉砕した。
 床に突き刺さって抜けない腕を、黒い異形は引き抜こうする。
 蓮はその隙を見逃さなかった。
 瞬時に腕を振ると、
「腕もらうわよ。おバカさんっ!」
 黒い異形の太い腕に絡ませていた蒼い糸を力の限り引き寄せた。
『グブルアアアアアアア』
「バカ! 腕だけでいいのよっ!」
 黒い異形は、諦めたのか床を破壊しながら、大きく口を開いて突っ込んできた。
 蓮は背後にあった壁を蹴り跳躍する。
 そのまま異形の頭上を通り過ぎ、倒れてる雅人の隣に着地した。
 黒い異形は足を止めることができず、そのまま壁に衝突する。
 ドンッ――爆破したような騒音と共に、崩れゆく瓦礫に異形は埋もれていった。
「イノシシみたいな奴ね……」
 辺りに白い煙が充満する。
 異形が完全に瓦礫に埋もれたのを一瞥して、蓮は額に浮かぶ汗を拭った。
 そして――隣で倒れている雅人の安否を確かめる。
 気を失っているだけだろう。
 息をしているのを確認して、ホッと胸を撫で下ろした。
cont_access.php?citi_cont_id=695006790&size=135


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。