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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~ 作者:うさぎサボテン

第二章 月夜の狂想曲

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復讐の刃

「ずっと、つけていたの? ――――クリスティア」
 クラシェイドが階段下にそう言い放つと、そこにいたクリスティアが腰の二つの鞘から双剣を取り出した。
「そうよ……クラシェイド・コルース。あなたに復讐するために!!」
 クリスティアは黄色いリボンで纏めたポニーテールを揺らし、クラシェイドのもとへ走り出した。
 クラシェイドは階段を飛び降りて、クリスティアの斬撃を杖で受け止める。
「復讐って……諦めが悪いね」
「今度こそ、殺してやる!」
 突然と二人が戦い始め、アウラは状況が理解出来ず、クラシェイドとクリスティアを順に見たあと首を傾げた。
 クリスティアは剣を下ろして後ろに下がり、勢いを付けてもう一度クラシェイドに向かって行った。まずは右手の剣を、次に左手の剣を交互に振るったが、全てクラシェイドに杖で受け止められてしまう。諦めず、クリスティアは剣を振り続けた。
 カンッ、カキン、カキン。
 剣が杖にぶつかった音だけが、虚しく響く。
 攻撃が掠りもしない上に、相手は自ら攻撃を加えようとはしない。そんな様子に、クリスティアは余計に苛立ちを感じて、自然と剣を握る手に力が入った。
「何でなのよ!」
 殆ど叫び声に等しい声色でそう言い放ったクリスティアの一撃は、先程よりも重圧感があり、杖で受け止めたクラシェイドも少し押されていた。何とか、押し返すも、クリスティアの斬撃は止む事はなかった。
 クラシェイドも少々、困っていた。
(も……もしかして、クラシェイドくん。困ってる……?)
 後ろの階段の上で二人の様子を見ていたアウラは、ギュッと杖を握った。そして、周囲に風属性のマナを集め始めた。
「…………その娘、殺しちゃってもいいかしら?」
 クラシェイドとクリスティアは武器を下げ、アウラの方を見た。彼女の可愛らしい顔は、獲物を狙う獣の様な形相に変わり、クリスティアを睨んでいた。
 アウラはクラシェイドの有無を待たず、静かに詠唱し始めた。
『烈風よ……』
 クリスティアは殺し屋の少女の威圧に怯んだ。声さえ出なくなり、ガタガタと震えだした。逃げたくても、足が動かない……そんな状態。同じ殺し屋でも、クラシェイドに対しては感じなかった恐怖だった。
(私……殺されるッ!)
 ティオウル洞窟でヒドラに襲われた時も死を覚悟していたが、もうきっと助けてくれる人などいない。だから、今回ばかりは本当に死を覚悟した。胸の前で短剣を握り締め、固く目を閉じた。――――と、
「待って! アウラ」
 凍りついた空気にクラシェイドの透き通った声が響き、アウラは詠唱を止め、クリスティアは目を開けた。
「ク、クラシェイドくん!?」
 初めに驚いて声を出したのはアウラで、彼女は困惑の表情でクラシェイドを見た。
「な……何で、何で止めるの?」
「お前は手を出すな。……後はオレが始末しておくから」
 アウラは俯き、暫くの間沈黙した。
 何故、彼はそんな事を言うのか? 自分は余計な事をしてしまったのか? 頭の中で考え始め、次第にアウラは訳が分からなくなってしまった。結果として、それは一粒の雫となってアウラの目の端で光ったが、彼女はクラシェイドに見せまいと、身体の向きを変えた。
「分かったわ。先に戻ってる。それじゃあ……」
 アウラは振り返ってクラシェイドを一瞥し、階段を駆け上っていった。
 ヒールの音が徐々に遠ざかってゆき、やがて聞こえなくなった。瞬間、クリスティアの硬直が完全に解けた。
 クリスティアは剣を一旦鞘に収めて、クラシェイドを見つめた。彼には殺意は疎か、敵意すら感じられない。
 クラシェイドは小さく息を吐き、クリスティアを見つめた。二人の視線が重なり合う。
「気をつけて。ターゲット以外を平気で殺す月影ヤツらもいる。人殺しを楽しんでいるだけの奴もいるから」
 クラシェイドにそう言われ、クリスティアの視線が鋭くなる。
「あなただって……」
 クリスティアは、父を殺した時のクラシェイドの姿を思い出して、眉を吊り上げた。
「あなただって、同じじゃない! 私が娘だって知った上で父親を殺した! 普通じゃ出来ないわよ!!」
 目の前にいる彼が今、どんな顔をしているかなどお構いなしに、クリスティアは彼に噛み付くかの如く言い募った。
「それなのに、何よ今更……良い人ぶらないでよ!!」
 クラシェイドはクリスティアから視線を外し、少し俯いていた。そのせいで前髪で顔が隠れて、表情が分からない。
「普通じゃ出来ないって?」
 クラシェイドは杖の先端を、クリスティアの喉笛に突き付けた。クリスティアの顔が一気に青褪める。
「お前にオレの何が分かる? オレは好きで人殺しをしているんじゃない。好きで月影の殺し屋(こんなところ)にいるんじゃない。でも――――」
 クラシェイドが杖を下げて顔を上げ、その時に見えた彼の表情があまりに物悲しくて、クリスティアは驚きと共に胸を傷めた。
「オレにはここしか居場所がないから……」
 クリスティアは何も言い返せず、俯いた。
 クラシェイドはクリスティアを気にしながらも、彼女に背を向けて階段を上っていった。
「何なのよ。一体……」 
 遠ざかってゆくクラシェイドの背中に、クリスティアは呟いた。
(どうして、あんな顔したの? これじゃあ、まるで私が……)
 瞳に溜まっていた涙が溢れ出し、クリスティアは両手で顔を覆って元来た道へ走り出した。
 そこへ、帰宅途中のウルとルカとエドワードが歩いて来て、クリスティアと擦れ違った。クリスティアの方は三人に気が付いていなかったようだが、三人は彼女を振り返って首を傾けた。
「何だ? 今の女の子」
 ウルが思わず疑問を口にし、エドワードが返した。
「さあ? この先、月光の館しかないのにね」


 ノアンはソワソワしながら、医務室を出た。
(そろそろ、アイフラワーが到着する頃だな)
 期待通りに、廊下を駆ける足音が聞こえる。ところが、それが期待していたものとは違うと分かった時には、その足音は真横を通り過ぎた。
「――――アウラ?」
 ノアンは走り去った少女を振り返って名を呼んだが、彼女は立ち止まることも振り返る事もせずに、その先にある階段を上っていった。
 ノアンは前を向き、歩き出した。
(泣いていたような気がしたんだが……気のせいか?)
 廊下の角を曲がると、扉が開いてクラシェイドが入って来るのが見えた。
 ノアンはクラシェイドに近付いて、軽く手を上げた。
「おお、クラシェイド。お帰り。意外と遅かったな」
 クラシェイドは俯き加減で立ち止まり、何も返さなかった。
「……どうしたんだ?」
 ノアンが心配して訊くが、クラシェイドは黙ったまま。普段ならば一言返してくれるのだが、今回ばかりはそれもなく、さすがにノアンも困った。
 何と声を掛けていいのか分からず、二人の間に沈黙が流れ始めた。
 その時、タイミング良くウル達が戻って来て、沈黙を破った。
「お前先に帰った筈なのに、まだこんな所にいたのかよ」
 ウルはクラシェイドの横に並び、ルカとエドワードは二人の後ろに立った。
 クラシェイドは顔を上げてウルを横目で見た。
「……ウル達こそ、帰りが早いじゃん」
「いや、だってさ~腹が減ったからさ。俺達、実は昼飯食ってなかったんだぜ?」
「何? その理由」
「結構重要なんだぞ、これ。話変わるけどさ、今さっき可愛い女の子と館付近で擦れ違ったんだけど。あれは泣いてたな」
 すると、クラシェイドの顔が陰り、ウル達が来る前の状態に戻ってしまった。それにより、ノアンは気が付いた。先程のクラシェイドの様子がおかしかったのは、ウルが言う女の子が原因ではないかと。それに、同じタイミングで、アウラの様子もおかしかった為、この三人で何かいざこざがあった事は確かだと思った。
 ウルは何も知らないで言っているのだろうが、これ以上その話題に触れるのは良くないと、ノアンは話題を自然と変えた。
「まあ……森にでも迷い込んで、館付近にまで来てしまったんだろう。街も近いし、そんなに気にする事はないと思うぞ。それより、俺が気になるのはアイフラワーの事だ。クラシェイド、ちゃんと採って来てくれたか?」
「勿論。採って……………」
 懐を探るクラシェイドの顔に、段々と焦りが見え始めた。
「え? あ……な、ない?!」
「な、何だって!? それは本当なのか?」
 まさかの事態に、ノアンは声を上げた。信じられないというばかりに、クラシェイドの肩を掴んで揺する。
 クラシェイドは瞳の神殿での出来事を、何となく思い出してみる。
「多分、ゴーレムと戦った時に落としたのかも……。採った所までは覚えているんだけど、その後が思い出せないから……」
「そうか……。お前も、意外と抜けてるからな」
「ごめん。神殿に行った意味なかったな……」
 二人が話していると、突然とウルが自信満々に笑い声を漏らした。二人の視線が同時に、ウルの方に向けられる。
「こんな事もあろうかと、ウル様が持って来てやったぜ」
 ウルは赤い半ズボンのポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。
 それを見て、ノアンは喜んだが、一瞬にして眉を顰めた。
「確かにアイフラワーだ。しかし、肝心の目玉が潰れている」
「は!? マジか! ……うおー潰れてる! キ、キモッ……」
 ウルは潰れてしまったアイフラワーを、廊下全体に敷かれた紫色の絨毯に叩きつけた。目玉から溢れ出した汁がじんわりと絨毯に染み込み、シミを作った。
「ちょっと、ウル! ここに捨てちゃ駄目だよ」
 エドワードが眉を吊り上げて怒り、ノアンも深く溜め息をついてアイフラワーを拾い上げた。
「このシミ、落ちにくいぞ」
 ウルはノアンを見て、ニヤリと笑った。
「じゃあ、何かすげー薬品でも使ってシミを落としておいてくれよ。俺は、今から飯を食わなければならないんだ。な? ルカ、エド」
「そうだべ~おれ、腹が減って倒れそう」
「ウルはすぐに人任せにするんだから! でも、おいらも何か食べたい……」
 二人の期待通りの返答を聞くと、ウルは嬉しそうに食堂に向かって歩き出した。
「そんじゃ、後は任せたぜ! ノアン。さあ、俺達は飯だ」
 ルカとエドワードも、彼に続く。
「お、おい! お前達」
 ノアンが引き止めるが、彼らは話に夢中で聞いていなかった。
「おれ、甘口のカレーライス食べたいべ」
「おいらはケチャップたっぷりのオムライスがいいなぁ」
「俺はハンバーグだな。やっぱ、肉だろ」
 ノアンは肩を下げ、溜め息をついた。
「……アイツら、子供みたいだな。さて……仕方ないから、医務室に薬品でも取りに行くか」
 ノアンは歩き出し、ほぼ同時にクラシェイドが歩き始めた。
 二人は別方向へ向かっていて、気になったノアンは振り返った。
「食堂には行かないのか?」
 クラシェイドは立ち止まり、振り返る。
「うん。今から、仕事に行かないといけないから」
「そういや、今朝行くって言ってたな。俺が言うのもなんだが、今日はウル達に振り回されて疲れたろ。帰ったら、無理せずちゃんと休めよ」
「……うん。分かった」
「それじゃあな」
 ノアンは前を向いて歩いていき、クラシェイドも身体の向きを変えようとした。と、その時。食堂の中央の出入り口から、金髪の二十代半ばぐらいの青年が出て来た。
 青年は美しい顔に不敵な笑みを浮かべてクラシェイドを一瞥すると、廊下の突き当たりの階段を白いマントを靡かせて上がっていった。
 青年の姿が完全に見えなくなるまで、クラシェイドはその場から動く事が出来なかった。あの氷の様な色の光のない瞳は全く笑っておらず、腹では何を考えているのか分からない。クラシェイドは青年のそういう所が苦手で、出来る事ならあまり青年に関わりたくないと思っていた。
 硬直が解けると、クラシェイドは身体の向きを変えて歩き出した。
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