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猫星人(キャスター)

冗談じゃない!

作者: と〜や

「うー、さみっ」


 ガラス戸を押し開けて外に出ると、途端に冷たい風が襲う。今日は遅くならない予定だったから、大した防寒対策もせずに出てきたのだが、完全に裏目に出た。

 外はもう真っ暗だ。

 こんな日に出社する羽目になったのは忘れ物のせいだ。まあ、自業自得とは言えるが、誰も出社してない事務所は当然エアコンもついてないし寒かった。

 忘れ物自体は机の引き出しにあったわけで、用事はすぐ終わったのだが。


「うわぁ、ほんとに寒い」


 そう言いながら俺を風よけにするこいつ――佐藤奈美恵のせいだ。背中に流れるふわふわの茶髪が風であおられてぐちゃぐちゃになってるが、気が付いてない。


「そりゃそんな薄着してりゃ当たり前だろ」

「仕方ないじゃない。こっちがこんなに寒い(・・・・・・・・・・)なんて知らなかった(・・・・・・・・・)んだもの」

「寒いに決まってるだろ? もう十二月なんだぞ?」


 紺色のパンツスーツの上からピンクの薄いコートを羽織った佐藤の格好は春先の装いだ。そりゃ寒いだろう。

 とはいえ、俺もジーンズとシャツの上にいつものフリースを羽織っただけで、雪が降りそうなこの気温には全く太刀打ちできなくて、手足から冷えてくる。


「なんでそんな恰好で来たんだよ」

「だって……これしか持ってなかっ(・・・・・・・・・)()んだもの。仕方ないでしょ?」

「……買えよ」


 思わず呆れてつぶやくと、佐藤はむっとして唇をとがらせた。


「誰も教えてくれなかったんだもん。それに……そんな時間なかったし(・・・・・・・・・・)


 へくち、とくしゃみをする佐藤に、俺は眉根を寄せた。寒そうにしてる女子をこのまま放置するのは男としてどうよとは思うけど、貸してやれるものが何もない。

 なにせ、忘れ物を取りに来ただけで、本当に財布と鍵とスマホ以外何も持ってきてないのだから。


「とにかく、ギルド(・・・)に行くぞ」

「うん、よろしくー」


 ポケットに手を突っ込んで、指輪を取り出す。親指大の澄んだ空色の石がついた、まるでおもちゃみたいな指輪だ。男が身につけるには派手すぎる。というか恥ずかしすぎる。なのでいつもポケットに放り込んだままなんだが。形を変えてくれって散々言ってるんだが、まだ対応してもらえてない。


「手ぇ貸せ」

「えーっ、なんであたしなんですかっ」

「……うるせえ」


 佐藤の手を引っ張る。意外と手、ちっちゃいな。指も細い。そんなことを考えながら中指にはめて石を押すと、俺と佐藤の周りに光の壁が現れ――視界が反転した。


「よ、おかえり」


 そんな能天気な声とともに、まぶしい光に包まれる。目を開ければ、さっきまでいたビルの玄関先の暗がりではなく、煌々と明かりのついた白い部屋にいた。


「おかえり、じゃねえよ。なんでこいつが来たんですか」


 目の前でひらひらと手を振っているのは、俺の本当の(・・・)上司だ。背中まで伸びた真っ黒ストレートヘアの間から三角の耳が見える。スリムパンツの向こう側では長い黒いしっぽがうねうね動いている。

 ガーランド主任は、俺たち猫星人キャスターのエージェントのまとめ役でもある。

 俺たち――地球という惑星で諜報活動を行っているエージェントは、星全体で百人もいない。耳としっぽを隠して人の間にもぐりこみ、情報収集を行っている。


「仕方ないだろ? 先任のハーティアちゃんは寿退社だし、代役の予定だったミリーちゃんは発情期に入っちゃったし。ナミーリアちゃんはお前たちの同期の中では優秀なんだぞ? お前はなんでか彼女を低評価してるみたいだが」


 ガーランド主任は俺を見る。

 確かに、俺より前に潜入してた仙崎はるみ(ハーティア)は先月寿退社した。入れ替わるように派遣されてきた本園えみり(ミリー)はそれから間もなく社員の一人に落ちて、正体を知られた。正体がばれたエージェントは任務を外れるのが常だが、本園の場合は発情期も迎えたために本国送りになったと聞いている。

 俺は佐藤奈美恵(ナミーリア)を見やった。体が冷えているのだろう、ヒーターの前に陣取っ手をこすり合わせている。

 こいつが優秀なのは知っている。なにせ同期の主席だ。体術面でも学術面でも中の下の俺なんかが敵うような相手じゃないこともよーく知っている。

 なのに、今までエージェントとして派遣されたことは一度もなかった。

 俺はさっさと派遣先が決まって送り出されたのだ。別に、俺の方が先にもぐりこんでいたから先輩だなんてことは思ってない。だが――こいつの初任務が、なんでよりによって俺と同じところなんだ?


「別に低評価はしてねえよ。主席だったのは知ってるし。――そんな奴がなんで五年も塩漬けになってんだよ」


 むっとして主任をにらみつけると、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。


「そりゃ上層部の意向だからねえ。でも、優秀なのは変わってないよ。ただ……ちょっと抜けてるところがあるからね。その点、君がいればフォローは簡単だろう?」

「……ちょっと待て。なんで俺がっ」

「だってほら。……養成学校スクール時代、彼女の世話役をしていたのは君だろう?」


 にっこりと、何の毒も含まずに微笑む主任に、俺は硬直した。

 なんで?

 なんで知られてんのっ!

 あれは俺の黒歴史だってのに。


「知られてないと思ってた? メイド服姿のシェリルちゃんは当時の指導教官たちの間でもずいぶん人気高かったんだよ?」


 ひらひらと主任が振っているのは――写真だ。

 肩のところで切りそろえた黒髪から覗く三角耳にヘッドドレス。青い目のバストアップ。

 だ、ダメだ。反応したら今後一切抵抗できなくなる。とにかく知らぬ存ぜぬで流すしかない。


「何のことですか。俺にはさっぱり……」

「おや、抵抗しますか。……いいんですよ? 別に。この写真を親御さんに送るだけですから。ねえ? ジェローム君(・・・・・・)?」


 しらじらしい笑みを浮かべたままで俺は再び硬直した。親に、だと? 冗談じゃないっ! こんなの知られたらっ……。


「これを知ったらきっと、ご家族は喜ぶんじゃないですかねえ? ようやくその気になったと」


 主任は意地悪い笑みを浮かべて寄ってくる。俺より二十センチは高い主任に迫られると恐怖しか感じないんだが。しかも黒い笑み。後退っても仕方ないよな?


「おや、逃げますか。……つれないなあ、わが婚約者殿は。せっかく手を尽くして君の上司になれたというのに」


 ぶんぶんと首を横に振る。

 そんな事実はないっ! 俺はジェローム、男だっ! シェリルなんか知らねえっ! それにお前なんか婚約者じゃねえっ!

 そうぶちまけたかったが、ぶちまけた時点で負けが確定する。それだけはやれねえ。


「まあ、いいでしょう。……ともあれ、ナミーリアの補佐はお願いしますね。君以外には務まりませんから」


 三歩離れたところで足を止めた主任は、黒い笑みを消してにっこりと微笑む。

 ……こいつが上司としてやってきた時からそうじゃないかと思ったんだよな。前任者が栄転だか左遷だかわかんない事情で一年前に飛ばされたのはいいとして、こんな奴がやってくるような場所じゃないんだ。ここは。辺境も辺境なんだから。

 こいつは血統も毛並みもいい。中央セントラルで中枢を把握することだってたやすいはずなのに。

 ……俺を追いかけてきたのか。

 じゃあ……もしかしてナミーリアが今まで現場に派遣されなかったのも……?


「ああ、彼女のデビューが遅れたのは君のせいです」

「なっ……」

「知りたそうな顔をしてましたから。……まあ、そういうことで、よろしく」


 よろしくー、と主任の向こう側から顔を出してぶんぶんと手を振っているナミーリアと、目の前の男を交互に見て、俺はため息をつくしかなかった。


「ああそうそう。僕のほうはオールウェルカムですから。……ジェローム君でも、シェリルでも」


 ……冗談じゃないっ!

今年も大変お世話になりました。

たくさんの方にお読みいただき、本当にありがとうございました。


どうぞよいお年をお迎えください。



追伸)

さて、主人公は男でしょうか、女でしょうか(ニヒ

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