東京発、大阪行き(3分強、恋愛)
東京発大阪行き、18時30分発……
自分が乗車する電車がそれだ。あたしは二度と来ることがないであろう、この東京の街を振りかえった。
闇に染まりかけた夜の東京駅。乗車口に向かう間にも、恋人だった祐次が今もこの街のどこかにいると思うと胸が切なくなる。
――あんたとなら、いつ死んでもかまわへん。
かって祐次に言ったその言葉に嘘はなかった。でもあたしは今、大阪行きの新幹線が待つホームへと足を進めている。
(大丈夫や、失恋すんのは初めてやないやろ)
そう自身に言い聞かせても、東京の空は悲しい色であたしを送った。
(いつか、また来れるんやろか? あたしが本気で惚れた男の生まれた街。そしてあたしのニ十代の大半を捧げたこの街に)
電車到着のアナウンスが構内に響く。あたしの心はまだ東京の街中でさまよい、抜け出せないでいた。
大学卒業と同時に仕事のため出てきたこの街で、あたしは年下の祐次と知り合い恋に落ちた。好きになった理由は分からない。夢ばかり見ていた、その瞳に心を奪われたのかな。裏表のない純粋な性格に惹かれたのかな。
気がついた時には頭の中に、いつも祐次の姿があった。
一年、二年、三年と瞬く間に時は過ぎた。イラストレーターと言えば聞こえはいい職業だけど、祐次は駆けだしの方で、二人の時間が上手く作れなかったね。でも幸せだった。幸せであれば、あるほどに。
なかなか仕事で芽が出ず、一緒に暮らした生活は決して楽なものではなかったけれど、祐次はあたしに本物の愛を教えて、与えさせてくれた。なのに……
駅の構内に人が集ってきている。恐らく恋人同士だろうと思われる二十歳ぐらいの男女が、人目もはばからず抱きしめ合っていた。
もうすぐ電車がやってくるホームの中央で。あたしを故郷に連れていく電車を待つホームで。
(なんで別れたんやろ)
あたしが期待した言葉を、最後まで祐次は言ってくれなかった。想像の中で祐次は時期を計っていたようにも思う。けれど、あたしの環境はそれを許さなかった。
祐次との生活が五年を過ぎたある日、連絡もなく唐突に両親が上京してきた。ひとつの縁組を持って。
『なんで勝手に決めるんや、婿ぐらい自分で決めれるわ!』
『あんた、幾つになったと思ってるん。大体、東京もんと――』
『嫌や言うたら、絶対に嫌や!!』
母さんとの話は平行線のままで決着はつかなかった。
『あたし絶対に帰らんからね』
敵意をむき出しにしたあたしに、今度は父さんが落ち着いた静かな口調で問い掛けてきた。
『分かった。こっちもおまえに内緒で縁組の話、進めたんは悪いと思う。けどな、このまま、その祐次君の仕事が軌道に乗るまでっちゅうのはあかん』
それはあたしも胸中のどこかで思っていたことだった。
『だから半年や、今のまま半年たっても、祐次君に芽が出んようなら別れて帰ってこい』
『なんでや? そんなん父さんに関係あらへん』
『……なら、このままでいいんか?』
咄嗟に返答に窮した。
『そこまで自分が惚れた男やったら信じてみいや』
まるで逃げ道を塞ぐような父さんの提案は、でも正論で断れなかった。
『分かった、でも祐次に聞いてからや』
そう防波堤を作るのが精一杯だった。彼なら強引な両親を、上手く説得してくれると思っていた。
『そうだな。俺も今のままじゃ駄目だと思ってた。分かったよ半年の間で――』なのに、祐次は承諾した、してしまった。
電車が近づいてくる。軽い振動が体を昨日じゃない、今日に戻させる。相変わらず抱き合っているカップルは、電車が着いても名残惜しい雰囲気をかもし出していた。
(こんなに好きやのに……)
カップルに触発されたみたいで、あたしの涙腺は緩んできていた。
排気音のように電車の扉が開いた。
(なんで、なんであたし、別れたんやろ)
今もまだ変わらず残る祐次への思いが、とめどない涙になって頬を伝う。
結末を迎えてから今日まで、泣いて泣いて暮らして、とうに枯れていたと思ったのに、涙は枯渇する気配も見せず、ただ流れ続けた。
あたしは最後にもう一度、かけがえのない男と出会った東京を振りかえった。そしてそのまま、電車へと乗り込んでいった。 |