光の中へ(3分、ドラマ)
≪グォォ……ン!≫
渇いた音がアスファルトに響いている。
夜明け前、紫色に染まった湾岸道路を走りながら、男は運転席で無謀ともいえる走行を己に課していた。
タイヤを切りつけるようなドライビング。せまくなる視界。文字通り男はチープといっていいスリルに身を任せ、あるいは委ねていた。
大型トラックが深夜ということもあって、反対車線を猛スピードで走っている。
巨大な車体と交差する度に、男の愛車は見えない空気の圧力にふられ、ケツを振った。
男とて恐怖を感じないわけでは無い。だが去来する幾つかの感情が肉体を麻痺させ、怖れに対し無意識のバリアを張っている。
シフトを更に高速に変えるため手を伸ばす。その腕に見飽きた傷を見つけて、男は意識を過去への階段に向かわせた。
半年前、男は将来を約束されたレーサーだった。国内で連戦連勝を飾り、そろそろ世界に飛び出そうとしていた時、その事故は起きた。
更なる資金繰りの為、有数の車メーカーに融資を求め訪ねていた頃のことだ。男は某車メーカーの令嬢と知り会い、将を射るつもりで馬を狙っていた。しかし、本当の恋に落ちかけていた季節。
それを理由にするつもりは無い。だが結果として回りは女ボケで、それまでの男だったら考えられないような事故を起こしたのだと、批難した。
凍てつく風が吹き抜ける、冬。病院のベッドで意識を取り戻した男。傍らにいたのは所在無さげなチームの総監督だけだった。
医師の診断によると男の体はレースどころか、日常生活においても何らかの支障をきたすほどの重傷であり、それを聞いたチームの幹部連中は男に見切りをつけ,、契約を白紙に戻した。
男が冠した称号はレーサーから半病人と移り変わった。それは愛した女との接点。組み上げたパズルが崩壊したことを意味していた。
ズキン、とひどく頭が痛み、男の視界がぼやけた。ハンドルを握る手にも震えが走る。
男は腕の痺れを自覚するものの、そのまま速度を緩めることなく、暗闇へと走った。
【とても無理ですよ、以前のようには……】
リハビリ施設のインストラクターの声が、胸中に染み込んでいる。男とて知っている。自分の体なのだ。どうゆう状態なのかは熟知している。
【脊髄が痛んでるんです、いつまた発作が起きるとも】
『うるさい、だまれ!』
分かっていたのだ。体を酷使することなくあのまま引退をすれば、経験あるスタッフやTVの解説者といった安定した生活が送れたかもしれないことは。
だが男はそんな優しさに甘えたくなかったのだ。
『(……あの光の中へもう一度)』
サーキットで最高の走りが出来た時に、決まって出現する恍惚の世界を男は望んでいた。
それは自己の精神がこれ以上無く、研ぎ澄まされた時に味わえる天恵。
光の世界。その前では体の痛みなど、なにほどのことがあろうか。
男は再起を目指した。色あせ傷ついた夢を取り戻すためにも、愛した女に再び会うためにも、帰ろうと。
≪グォォ……ン!≫
車がうなりを上げる。男だけが叶えられる夢と、失った世界を取り戻すために。
爆走する車は、ただ、男が焦がれる光の世界へと、いざなっていくようだった。
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