ある作家の休日(3分、その他)
デパート最上階にある、少し洒落たレストラン。いつものように窓際の席で、祐子は外を眺めていた。
『相席しても良いですかな?』
祐子が振りかえると微笑みを湛えた老人紳士が、向かい席の傍に立っていた。
『ええ‥どうぞ』
そう言いながら祐子は店内を見渡したが、他に空いてる席がある。承諾しながらも祐子は不可解に思った。
『この年になると奥の席は遠くての』
相変わらず笑みを絶やさないで答える老人。しかし祐子の目には足腰がしっかりして映る。
『(他に何か理由があるのかしら?)』
祐子は新鋭の小説家だった。日曜ともなれば、こうして窓の外を眺めながら、いつも小説のストーリーを想像している。
老人がウエイターを呼んでメニューを読み上げた。その量たるや成人男子と、ほとんど変わらない。
『もう食べることだけが趣味でしてな』
丁寧に折り目をつけられたスーツを着こなす老人は、そう明るく答えて食べ始めた。
『(……刑事さん。ううん、年齢からすると定年だし、探偵かしら?)』
手前にあるアイスティーを飲みながら、祐子は老人の一挙一頭を観察した。
『そこのボーイさん、ワインを持ってきてくれんかの?』
店内は昼時を迎えたようで混雑してきている。少し遅れてウエイターがワインを持ってきた。
それなりに高価そうなワインをグラスに注ぐと、老人は祐子にも薦めた。
『いえ、結構です』
『まあまあ、そう言わんと、一人で飲むのも何ですから』
仕方なく一杯を頂くことにした祐子は、その想像豊かな頭で思考を巡らせた。
『(どこかのお金持ちの人かな? でもそれならもっと高級そうな店に行くはずだし……)』
老人はワイン一本を軽々と空けると、満足そうに上品な口ひげを揺らした。
『こんな老いぼれに付き合って下さって、ありがとうございました』
『こちらこそ…… ごちそうさまでした』
丁寧に頭を下げてきた老人は、そのまま自分の勘定書きと祐子のものまで手を伸ばしてきた。
『せっかくですじゃ、ここは払わせてくだされ』
勿論、断ろうとした祐子だったが、優しく真摯な老人の迫力に押され、好意に甘えることにした。
『(そうね。きっと奥さんを先立たれて、寂しい生活を送る人なんだわ)』
そう結論づけて祐子は席を立ち、店を後にすることにした。
『はあ〜、やっぱり小説に使えそうな面白いネタは、そうそう無いわよね』
エレベーターの前で自嘲気味に呟く。
そんな祐子の目に颯爽としたフットワークで階段を降りていく、先ほどの老人の姿が入った。
そして耳に店の方からウエイターの大声が。
『食い逃げだ―!』
これは小説に使えるだろうか、と、また頭を祐子はひねった。
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