懐古の扉(超短編集)(3/12)PDFで表示縦書き表示RDF


懐古の扉(超短編集)
作:弥生 祐



遺書(3分、駄文)


 いつの頃からなんて、覚えてないよ。
 
 気がついたら食事をとること…… 嫌になってた。
 気がついたら食欲がわくこと…… 憎くなってた。
 
 僕は今、軽い。
 軽くて、もろい。

 心も体も、僕を形成する全てが、薄くて消えかけてる。

 またたきの間にまぶたに映るのは、なんの影なんだろう?


 小さい頃から、本ばかりを読んでた。
 
 母さんは料理が嫌いで、レパートリーは少なく、上手でもなかった。
 父さんは頑固で、自分勝手で、でも頑張ってた。

 ……だから体をこわして、会社もつぶした。

 なにもない家になった。ただテレビだけがうるさく、つまらない家になった。

 父さんと、なにを話せばいいか分からない。今までなにを話してきたのか、分からない。

 ますます本ばかりを読んだ。静かじゃない家で静かだったのは、僕だけだった。


 母さん、朝早いんだから、弁当はいらないよ。自分でおにぎり作って持っていくから。
 おいしくなくても、おいしいふりぐらい、できるから。

 母さんが帰ってくる。つかれて帰ってくる。父さんがお金を待ちくたびれてる。

 夕食は外に行った。外で食べることで気をまぎらせたかったの?

 父さんが文句を言う。味が良くても接客がなってないとか、掃除が行き届いてないとかで、必ず文句をつける。どこに行ってもイライラ。家に帰ってもイライラ。

 最初は止めてた母さんも、次第になにも言わなくなった。そして僕は外食に行くのが嫌になった。
 
 おいしくないより、おいしい方がいいに決まってる。

 ただ、そのことに意味を見出だせなかった。見出だせなくなった。

 でも、食べなきゃいけないんだ。
 
 明日のために、動くために。
 仕事のために、生きるために。

 僕はだから、社会に出て一人になったとき、食べることを放棄した。

 体が動く最低限のスタミナでいい。
 頭が働く最小限のエネルギーでいい。

 だから、まだ生きてる。

 どんどん削られてく体を自覚しても、なるべく食べずに僕は生きてる。

 TVつければ食べ物扱い、美味しいと。
 誰もが痩せたい? だからダイエット?
 
 疑問に思い、愚問に思う。

 友人と会うときはマシだった。彼女と一緒なら、食事も嫌じゃなかった。

 でも、駄目なんだ。

 そのときは良くても、部屋に帰ると気持ち悪くて、全部トイレに流すんだ。
 
 吐いて、吐いて、辛くて、辛くて。それだけで次に食べるのが嫌になるんだ。

 誰か教えて、食べても戻さない方法を。
 誰か教えて、食べても悩まない方法を

 だんだん減ってく、僕の体。
 どんどん消えてく、僕の肉。

 気がついたら、匂いのない点滴に体を繋がれてた。
 気がついたら、無理やり鼻から食事を流し込まれてた。


 今はそんなに嫌いじゃない。でも食べないでいられるなら、それにこしたことはないと思う。

 人間、水さえ飲んでれば、ご飯なんて三日に一回だけで体は動くよ。
 
 充分、生きていられるよ。

 そういえば今日で三日目だ。もう一日、チャレンジしようか。

 それで消えるなら仕方ない。
 それで無くなるなら、仕様がない

 それは自然の法則。世の理。はみ出したのは、僕だから。

 異質な存在はきっと、僕だから……













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