その日――空は雲一つなく、澄み切った青く綺麗な色をしていた。
紅葉が風に舞い、ひらり、ひらり、と遊ばれて、赤い絨毯を敷いたように降り積もっていく。
一歩、一歩、と歩みを進める度に、かさり、かさり、と、赤い絨毯が音を立て、ゆっくりと、その心地よい音に酔い痴れながら、一息吐いた。
世界が赤く染まる季節――僕は君に恋をした。
君は静かに眠っていた。
大学の敷地内にある中庭の一角。そこにあるベンチで、君は眠っている。
いつの頃だろう。
君をここで最初に見かけたあの日――僕は、君に一目ぼれをした。
紅葉が舞う空間でただ眠り続けている君が、赤い花びらのドレスを着たお姫様……僕にはそう見えた。
眠り姫は、いつまで眠っているのだろう。
ゆっくりと舞い落ちる紅葉の中、ただ眠り続ける君――それを僕は、いつまでも見つめていた。
「……お姫様に会ったよ」
僕がそう言うと、呆れた声が返ってきた。
「お前、頭でもいかれたか?」
「僕は正常だよ」
「いや……おかしい」
僕の頭を見つめる目は笑っている。
「おかしくないよっ! 僕は」
「おかしいだろって! お姫様なんて、どこにいたんだよっ」
「いたんだよ……。君だって、見たじゃないかっ」
僕を見る顔に哀れみとなんとも複雑な表情を浮かべて、
「それで……お前はどうしたいんだ?」
「……え? 僕は別に」
「はぁ……だから、お前はいつもそうなんだよ!」
今度は眉を吊り上げて怒り出した。
「もう少し、積極的に行動しろよ。お前の悪い癖だぞ」
僕を指さしている顔は、真剣そのもの。
何も出来ない、何もしない、そんな僕に喝を入れる声は、すっと消えていった。
鏡に映る僕の姿だけを残して――。
僕はまた、この場所に来た。紅葉が舞い落ちるこの場所に……。
今日もいるのだろうか、今日は何をしているだろうか、そんな期待が胸を掠める。
ゆっくり歩みを進めていく僕の目に、いつものように、いつもの場所で眠る君の姿が映った。
……今日も眠っている君。
何故だろう。それだけなのに、君を見ていると心が満たされていくのが分かる。
ただ、それを見ているだけなのに、僕の心は温かくなっていく。
また明日もいるだろうか……。今日も赤い花弁に囲まれているお姫様は、ただ静かに眠っていた。
「それで……お前は声を掛けなかったのか?」
「……うん」
「はぁ……。相変わらず駄目な奴だな」
ため息を吐き、呆れ返る声。
「ごめん……」
「今度会ったら、必ず声掛けろよ?」
「……うん」
「駄目だな、こりゃ」
呆れた目を僕に向け、先ほどより大きな溜息を吐いて――
「何もしなければ、それで終わりだ」
そう言い残して、消えていった。
「そうだね……ありがとう」
僕の独り言が、静かに部屋に響いていた。
今日もここに来た。
僕が毎日のように通う、いつもの中庭。だけど、今日はただ来た訳ではない。
逃げ出したい。きっと、駄目だろう――そんな不安と恐怖が胸を締め上げていく。
でも僕は変わりたい。だから僕は歩く。ゆっくりと、震える足を踏み出してあの場所を目指す。
そして、今日もいた。
君はいつもと同じように眠っていた。
ゆっくりと舞う紅葉の葉。赤い景色に君は溶け込み、とても幻想的で綺麗だった。
今日はこのまま、ここにいるんだ。
君が起きるまで――そして伝えよう。僕の思いを……。
君は僕のお姫様。
─―僕は君に恋をしている。 |