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そこに在る時間

移りゆく時間

 朝の光にさらされて、白く光って見える中学校の校舎。
 三階にある空き教室で、六人の男子生徒たちが、半分に折りたためる木の将棋盤を広げ、向きあっている。

 小さなビスケットを一つ、口に放り込みながら、柔らかそうな短髪の少年がタレ目を細め、食べた物がウマイという事を表した。
 窓際の椅子に座っている少年は、困ったように前髪に手をやる。

 夏も終わりに近付き、セミの声も全盛期に比べれば、幾分小さくなった気がする。

 前髪に手をやった少年――鈴木 海斗は、ため息を吐いた。
 将棋盤しか乗ってない机に細身を乗り出し、タレ目少年――佐々木 葉がたたみかけるように言う。

「海斗、どうせここで時間つぶすんだからさ。部活入ろうぜ」
「部活っていっても、お菓子食べてるだけじゃんか」
「おい、海斗くん。声が大きい。気をつけろよ」
 海斗の声に、藤本部長がすかさずチェックを入れる。

 海斗と葉は、肩をすくめて謝った。

 少し声のトーンを押さえて、葉がそれでも海斗に詰め寄る。
「将棋盤出してんだからさ。立派に部活してんじゃん」
「……じゃあさ。将棋して、勝ったほうがお菓子食べれるってどう?」
「お! いい考えだな。やろうぜ」
 葉は将棋の駒がはいった箱のフタを開けて、素早くひっくり返した。

 盤に、うつぶせで箱が乗っている。
 鼻歌でも歌いだしそうなくらいご機嫌に、しかし慎重に箱だけを持ち上げる葉。

「……葉、将棋崩しじゃなくってさ。普通に将棋で勝負しないのかよ」
「は? だって、時間かかるじゃんか。これなら、やろうと思えばすぐ終わるだろ?」
 海斗はため息を吐いて、積みあがっている駒を崩した。
「葉。そんなんじゃ意味ないだろ?」
「なにすんだよ! だって普通に勝負したら、海斗に勝てるわけないじゃんか」

 慌てて駒を箱に戻し始める葉。
 その手を押さえる海斗。
 口をとがらせる葉に、海斗が笑顔で言う。

「今まで将棋部で、なにやってたんだよ」
「将棋だよ。そうだ、先輩と勝負したらいいじゃん。ボク見てるからさ」
「はあ?」
 口をぽかんと開けた海斗の隙を見逃さず、葉が海斗の手から逃れ、先輩に声をかけた。

 将棋部には、先輩が四人。学年ごとに各二人ずついて、三年生が卒業したら、葉を入れて三人。
 新入生が入らなかった場合、部活規定が四名からなので、潰れてしまう可能性があるのだ。
 だから万が一に備えて。という理由で、海斗は勧誘され続けている。
 ほぼ毎日、朝練の時間から入り浸っている海斗。すでに部員のように先輩も思っているようだが、まだ入部届けは出されていなかったりする。

「先輩! 海斗が先輩に負けたら、部活入ってくれるって!」
「あれ? まだ入部してなかったっけ?」
 大きなアメを口に入れ、驚いた顔で振り返る副部長。
 柔道部から移ってきた、がたいの良い二年生の一人も目を丸くした。
「まだ入ってなかったのか。藤本部長、入部届けお願いします」
「おお、わかった。夕練までにコピーしとく」

 ものすごい早さで決まっていく物事に、海斗は悲鳴に近い声をあげた。
「先輩! まだ入るって決めてないです!」
「入り浸ってるなら、もう将棋部同然だろ? たとえそれが愛しのキミと登校するためだとしてもさ」

 河合副部長の笑いながら発せられる、信じられない言葉に、海斗は顔を真っ赤にさせる。
 ゆっくりと葉に視線をやれば、藤本部長の後ろで舌を出しているひょろ姿。
「葉! てめー!」
「あ、海斗くん。それは悪い言葉だ。ペナルティで、明日のお菓子係よろしく」
 藤本部長のにこやかな笑顔に、海斗はさすがに言葉を失う。

 どうして? 別に部員でもないのに。と、脳に疑問が浮かび、海斗が我に返る。

「ボクはまだ部員じゃないので、ペナルティは関係ないと思います!」
「そうか? じゃあ、だれと対戦する?」
 葉の言葉を忘れていなかったのだろう。
 藤本部長のその言葉に、他の部員たちがみんな笑顔で振り返る。

 将棋が嫌いな人たちではないのだ。
 むしろ大好きで、同じ人とばかりの対戦に飽きてきていた。
 海斗の存在は、飛んで火に入る夏の虫状態なのだろう。

 とても、勝てる気がしない。
 海斗とて、将棋は小さい頃に父や兄とやったくらいで、決して強いとは言えないが、嫌いじゃない。
 でも、だからといって先輩たちには、遠く及ばないのも、入り浸っていたからわかる。

「だれとやるんだよ、海斗」
 葉のニヤニヤ笑いが鼻について、気に入らない。
 海斗は、力強く葉を指差してやった。
「葉とやる」
「はあ? 先輩の中からに決まってるじゃん」
「決まってないよ。ボクを勧誘したのは葉だろ? だから葉とやる」

 海斗の言葉に、慌て出した葉が藤本部長を見る。
 藤本部長もアゴに手をあてて、ふむ。とうなずいてから、葉の肩に手を置いた。
「海斗くんのほうが正論だね。葉くん、頑張ってくれたまえ」
「そ、そんな無茶な!」
「頑張らなくてもいいけどね」

 海斗がしてやったり、と笑顔を作ってやる。
 時間稼ぎなのか、イヤイヤなのか。ゆっくりと席に着く葉。
 前者も後者も正しいだろうが。

 席に着く二人を囲むように、甘い香りを漂わせる先輩たちが見物する。
 そして勝負が始まったのだが、海斗は『負ければ入部』の言葉を出したことを、深く後悔することとなった。

 中盤くらいから、先輩たちの独り言が始まり、佳境に入るにつれ本格的に口出しを始めたのだ。
 勝てるわけがない。
 結局負けた海斗は、抗議をしたが、その目前には藤本部長と河合副部長が立ちはだかる。

「こんなの、勝負じゃないです!」
「じゃあ海斗くん、約束を破るつもりかい? この部長……いや、生徒会長の目の前で?」
「本気の勝負をするんだったら、昼の時間とかを使うべきだったね」

 身長差を利用して、さらに胸を張った状態で見下ろす生徒会 会長兼、将棋部部長。
 残念そうな笑顔で、しかし有無を言わさない口調の生徒会 副会長兼、将棋部副部長。

 とんでもない人たちが立ち上げた部のため、海斗もそれ以上反論出来ない。
 葉はそれこそ飛び上がるようにガッツポーズをとる。
「やった! 勧誘成功!」

 その言葉を聞いて、海斗は怒りの矛先を葉に向けた。

「葉、おまえだましたな!」
「だまされる方が悪いんだよ。ですよね? 先輩」

 怒りで顔を赤く染めた海斗に、四人の先輩たちは面白そうに笑う。
 二年生のもう一人、眼鏡をかけた大人しそうな先輩が、申し訳なさそうに海斗へ声をかけた。

「まあ、昼の時間を使わなくても、条件に誰も口を出さない。って付けるべきだったな」
「先輩もだまされたんですか?」
「……まあ、そうだね」

 眼鏡を左手で直しながら、困ったように笑う。
 海斗は完全に打ち砕かれたように、肩を落とした。
 その隣で小踊りをする葉。隙をついて、海斗は横腹をつついてやる。
 葉の悲鳴に、先輩たちが耳をふさぎながら、また笑う。

「ああ、もうこんな時間か。今日の朝練は面白かったな」
 部長が時計を見て声をかけ、皆は片付け始めた。


 ******

 その日の放課後、運動部に入っている者は体操着に着替え、文化部もそれぞれ移動を始める。
 海斗と葉も例外ではない。
 この時間までくると、海斗の怒りはあきらめに変わっていた。

「海斗、葉! ちょっといい?」
 長い黒髪をミツアミにした少女が、まだ教室に残っている二人に声をかける。
「あれ、桜。部活始まっちゃうんじゃないの?」
「うん、そうなんだけど。将棋部の部長って、生徒会長よね?」

 桜からの思いもよらない言葉に、海斗はいぶかしげにうなずいた。
 葉の、修羅場か? とのセリフに、海斗が葉の首根っこをつかんで黙らせる。
「生徒会長に、なんか用なのか?」
「私じゃないんだけどね。南川さんが用があるから、一緒に行ってあげてくれない?」

 桜の隣で、夏の制服に身を包み、髪の毛を後ろで一つに束ねた大人しめな少女が、申し訳なさそうに立っている。
 なんとか海斗の手から逃れた葉が、興味深そうに南川に声をかけた。
「南川さん、桜と友達なんだ。大変じゃないか? いたずら大好きだからさ」
「そんな事ないよ。日下さん、エネルギーが満ち溢れてて、被写体にはうってつけだし」

 はにかみながら言う南川に、葉は目を丸くした。
 桜は時間を気にしながら、
「じゃあ、私部活に行かなきゃだから。よろしくね」
「ごめんね。ありがとう、日下さん」

 手を振り足早に去っていく桜の後ろ姿を見送って、南川は小さく息を吐いた。
「じゃあ、お願いします」
「うん。いいけど」
 そう言って歩き出す海斗は、違和感を拭えない。

 いつも自分と関係のある人間と一緒に歩くときは、いつも横か前に人がいる。
 今は、連れて行く立場で南川の前を歩かないと行けないのだが、後ろが気になって仕方ない。
 困ったように、前髪を手でさわり振り返る。

「あのさ。横歩いてくれない?」
「どうして?」
「どうしてって……その、後ろ歩かれるとさ、すごい違和感があるんだよね」
 困った顔で、困ったような声を出したのだが、南川は首をかしげた。

「そう? 横に三人も並ぶよりかマシだと思うけど?」
 広がって歩けば、たしかに他の人に迷惑で。
 しかし、正論を言う南川の言葉もわかるのだが、海斗の違和感は拭えない。
「あ、じゃあボクが南川さんと二人で歩くよ」
「はあ?」

 突然な葉の言葉に、海斗は思わず立ち止まった。
 いそいそという感じで、南川の横に並び、彼女からは不審な目で見られたが、葉はいっこうに気にした様子はない。
「ほら、案内したまえよ。海斗くん」
「おっまえ……ったく。わかったよ」

 結局、もっと違和感が増してしまった。
 いつものいたずらだとはわかっているのだが、とても気まずい。

「生徒会長、お客さんです」
 夏の終わりとはいえ、まだ残暑は厳しいため、教室の扉は全開になっている。
 入って早々、海斗が声をかけ、おそるおそる入ってきた女子に、四人の先輩は思わず立ち上がった。
 藤本部長は笑顔で南川に歩み寄る。

「オレが生徒会長の藤本です。将棋部へようこそ!」
「あ、あの将棋部には関係ない話なんです」
 南川の言葉に、立ち上がった先輩たちは、静かにまた腰をおろした。

 海斗と葉も、あからさまに沈んだ空気の中を横切り、いつもの窓際に陣取る。

「ここじゃちょっと……外でお話を聞いてもらってもいいですか?」
 そんな南川の言葉に、将棋を打つフリをしていたみんなは振り向くのを我慢する。
 二人は廊下に出て、扉を閉めた。

 とたんに足音を立てずに、みんなは扉に群がる。
 いつになく俊敏だった。
 息をひそめ、五人は耳に意識を集中した。

 しかし、突然扉が開き、藤本部長が口の端を持ち上げて笑っている。
「おまえら、バレバレだとわかってるか?」
「ちぇー。絶対に告白だと思ったのにさ」
 葉が口をとがらせ、みんなは笑いながら席に帰っていく。

 藤本部長は、やれやれと小さくつぶやき、南川へと向き直った。
「外に出ても、出なくても聞かれるみたいだけど。本当にだれにも聞かれたくない話かい?」
「……いえ、すみません。まさか告白とか、そんな話になると思わなくて」
 葉の言葉に、自分の発言がそう取られてしまう危険性に気がつき、うなだれた。

 海斗が、残念そうにつぶやく。
「なんだ。違うんだ」
「違います!」
 小さな小さな声だったのに、南川は顔を真っ赤にして叫んだ。
「そこまで否定されても、なんか複雑なんだけど」
 藤本部長は、困ったように笑いながら、話をうながす。

「じゃあ何の相談だい?」
 藤本部長にうながされた南川は、少し考えてから藤本部長をまっすぐに見つめた。
「実は、写真部を作りたいんです」
「ああ、新規部活申請か。それじゃあ、四人の部員と部活の責任者になってくれる先生はいるのかな?」

 藤本部長の言葉に、南川はうつむいた。
 息を殺して、五人の部員たちは聞き入る。
「……まだ、私しかいないんです。でも、他に三人と先生を探せばいいんですか?」
「そうだね。とりあえずはそれで部としての申請は出来るけど」

 南川のようすを見て、藤本部長は普段よりも優しい声で続けた。
「部活じゃないと、いけないのかい? クラブ活動だったら、生徒二人と先生がいれば申請も出来るんだよ?」
「それも考えたんですけど、やるからにはちゃんとやりたいんです!」
「えらい! そうだよ、そうなんだよ! 南川さんの気持ち、すっごいわかる!」

 思わず声をあげた海斗だったが、新入部員をみすみす逃すことなど許さないという気迫とともに、先輩たちが取り押さえる。
「そういえば鈴木海斗くん、部活に入ってなかったよね? 写真部に入らない?」
「ダメだ、ダメだ! 残念ながら海斗は、今日の朝練で将棋部に入ることに決まったんだ!」

 椅子の上に立ち上がり、葉が猛反対する。
 先輩に囲まれたまま、海斗が口を開き、
「別にまだ、入部届け書いてな……」
 その後続く言葉も、先輩たちのたくさんの手で口をふさがれた。

「鈴木海斗くん。写真部に入れば、日下さんの写真をキレイに撮り放題なのよ?」
「……ちょっと興味があるな」
 口をふさがれてる海斗ではなく、葉をふくめ、先輩たちがハモる。
 手を振り払い、海斗が大声で叫ぶ。

「桜に、そんなことしようなんて思ってないよ!」

 窓は全開。三階にある教室とはいえ、少し離れた外には、テニスコートが広がっている。
「……桜、何かすごいこと言われてるよ?」
「……海斗め。大声出さないように、キツク言っておかなきゃ」
 顔を真っ赤にして、桜はラケットを両手で固くにぎりしめた。

 そんなこととは知らず、真っ赤になって怒る海斗に、葉が吹き出す。
「海斗、なにエロい言い方してんだよ」
「はあ? なんのことだよ、写真撮ろうとかいう話してんだろ?」
 眉をひそめて、首をかしげる海斗に、先輩たちが残念そうな表情をし、無言でうなずきながら海斗の頭をなでてやる。

「な、なにすんですか! なでる意味わからないし」
「いいよ、意味なんかわからなくて」
「初々しくて、涙が出るな」
 あたたかい目を向ける先輩たちに、いよいよわけがわからなくなる海斗。
 葉は遠慮なく大笑いをし、南川と藤本部長はそっぽを向いて笑ってないアピールをした。

「な、なんだよ。そんなに変なこと言ってないですよ! って、なんて言ったっけ? ボク」
 弱りきって前髪をさわりながら、海斗は首をかしげる。
 その言葉に、ひとしきり大笑いした後、葉が細い右手を高々とあげた。
「佐々木葉は、写真部入ってもいいでーす」
「ホントに?」

 輝く南川の顔。藤本部長が苦笑して、仕方ないなとつぶやく。
「文化部のかけもちはアリだから、なにも問題はないんだけど」
「本当ですか?」
 南川が嬉しそうに頬を紅潮させて、藤本部長に詰め寄った。

 待て待て。と、両手の平を南川に向け、
「部活を作るのは構わないんだけど、それには他にも規則があってね」
 藤本部長は考えながら、ゆっくりと口を開く。
 両手をにぎりしめて、南川は怒られている子供のような顔で、言葉の先を待った。

「過去になにか賞を取ったことがあるかい? 写真だったら……そうだね、なにかのコンテストにたくさん応募している。とか」
「応募は色々やってます! 賞を取ったことはないですけど。批評とかもいただいているので、それがあれば大丈夫ですか?」
 今度は少し強気で言う南川。

 批評の書類と、関連する書類を持ってくることで話はつく。

 嬉しそうに、南川が葉の近づいた。
「佐々木葉くん。本当に入ってくれるの?」
「葉でいいよ。先輩たちがオーケーなら、かけもちするけど?」
 葉の言葉に、南川が勢いよく振り返った。

 困った顔で、藤本部長に視線が集まる。

「二つ以上のかけもちは出来ないから、オレと河合は無理だけど。ちゃんと将棋部にも顔を出すなら、好きにしていいぞ」
 その言葉に、色めきたつ将棋部部員。
 海斗はあきれた顔で、そのようすを見守った。

「じゃあ決まりで。なにすんのか知らないけど、よろしく。南川部長」
「ぶ、部長って!」
「えー。必要だろ? 部長。こういうのは言いだしっぺがなるんじゃねーの?」
 葉のいつものいたずらっぽい笑い方に、うろたえてしまった南川を見て、海斗がため息を吐く。

「あのさ、じゃあボク将棋部に入らなくてもいいよね?」
「ダメだ」
「それは違う話だろう」
 部長、副部長がすかさず否定し、海斗はどさくさまぎれの失敗に口をとがらせた。
 入部届けを海斗の前に出され、部長と副部長の監視の中、孤独に署名する。

 窓際は、あんなに楽しそうだというのに。

「よし。というわけで、明日のお菓子係よろしくな」
 にこやかに言う藤本部長に、楽しくしゃべっていたはずの南川が眉をひそめ、海斗のほうを向いた。
「あの、お菓子係って?」

 その言葉に、藤本部長は顔色を変え、河合副部長は終わったというように、首を横に振った。
 しかし、その雰囲気を感じ取れなかったのだろう葉と、一緒に話をしていた先輩たちは、笑顔で持ってきていた菓子類を、南川に差し出す。
 それを見て、いよいよ南川の顔に嫌悪という二文字が浮かぶ。

「……学校に、こんなの持ってきたらダメです」
 すべてのオヤツを取り上げられ、ポカンと口を開ける三人。
 海斗は、してやったりとばかりに小さくガッツポーズをした。
「ほらみろ! やっぱりダメじゃんか。ボクが間違ってるみたいに言いくるめられてたけど、ボクが正しかった!」

 それを見た南川は、あきれたような口調で、
「鈴木海斗くん。言いくるめられてたの? 素直って言うか……いや、やめとくわ。悲しすぎる」
「悲しいってなんだよ。バカにされたことくらい、わかるんだからな」
 海斗が南川に、かみつくように言う。
 彼女は肩をすくめるように持ち上げ、聞こえるようにため息を吐いた。

「まあまあ! これから持ってこなきゃいいわけだし。それより、カメラのこととか教えてよ」
「……本当に、真剣にやる気あるの?」
「真剣もなにも、やったことないから挑戦するんじゃん?」
 葉は、あいかわらずの口調で話続けた。
 その言葉に、南川は少し考える素振りをしてから、うなずく。

「それは間違ってないけど。こんなことしてる人を、信用出来ると思ってるの?」
「……じゃあ、将棋部の人数も少ないことだし、この教室を写真部と合同で使えばいいじゃん。そんなことしない監視にもなるし。ねえ! 部長!」

 葉の提案に、南川が顔をあげて藤本部長を見る。
 勝手に進んでいく話に、藤本部長も仕方なくうなずいた。

「人数が増えたら、別教室に移ればいい。どうせ二年の連中もかけもちしたいんだろ?」
「部長! 話がわかる!」
 二年の先輩たちも歓声をあげた。

「これだけ騒いでるのに、本当に先生こないのね」
 心底あきれた声を出す南川に、藤本部長はさも当然とばかりに笑う。
「あたりまえだろう。生徒会長、副会長が揃ってるんだぞ? 信頼関係はばっちりだ」
 それを聞いて、河合副部長も笑った。

 海斗は思う。
「あー、これが腹黒いとかっていうやつなんだな」
「聞こえているよ? 海斗くーん」
 河合副部長が、笑顔をくずさずに海斗を見る。

「す、すみません!」
 慌てふためき、頭をさげた海斗に、葉が軽口を叩いた。
「海斗。おまえは心の声がダダ漏れるんだから、気をつけたほうがいいんじゃね?」
「……そうみたいだね」
 と、海斗はさすがにうなだれた。


 ******


 真夏の頃を思えば、だいぶ陽もかたむいている帰り道。
 桜と合流し、南川もふくめて四人で帰路をたどる。
 しゃべりまくる葉と、弱りきった声で二、三返事を返す南川が前を歩く。

「……葉、なんか嬉しそうだよね」
 海斗のふくれっ面から出た、一番最初の言葉がソレだったため、桜は思わず吹き出した。
 その態度にたいして、真ん中わけにした前髪をさわる。
「なんだよ。今の、笑うとこじゃないだろ」
「ご、ごめんごめん! だって面白かったんだもん」

 まだ肩を震わせて笑いをこらえる桜。
 前髪をさわったまま、海斗は大きくため息を吐いた。

「今日はわけわかんないことばっかりだよ」
「なに? 他にもあったの?」
 少し笑いを押さえて、海斗の横を歩く桜は、自分より背の低い海斗の顔をのぞきこむ。

「部活でのことなんだけどさー……」
 言いかけて、海斗はふと口をつぐむ。
 桜の写真を撮る話までしなくてはいけなくなる。
 それが少し恥ずかしくて、押し黙ってしまった海斗に、桜も思い出したように口を開いた。
「あ、部活のときで思い出したんだけど! 海斗、大声出すクセ! あれ気をつけてよね」

 海斗はヒヤリとして、首をすくめた。まさにその話だったからだ。
「なに言ったか、よく覚えてないんだけど。ボク、そんなにおかしなこと言ってた?
 先輩たちが、すっげー気持ち悪い笑顔で頭なでてきたんだけどさー」
「…………」
 桜も、目を丸くする。

 海斗は自分がとんでもないことを発言したなんて、思ってもいないのだろう。
「あのさ。桜にそんなことしよーって思ってない。って言ったのよ?」
「……それは、だから。南川さんが桜の写真を撮れば? って言うからさー」
 話を組み合わせて考える桜は、疲れたようにため息を吐いた。

 葉が口の端を持ち上げて笑いながら振り返る。
「海斗、例の夢の話的な内容にも取れるってことだよ」
「……はあ?」
 意味がわからず、海斗はぽかんと口を開けていると、桜はとたんにいたずらっぽい笑顔になった。

「やっぱり。私がハダカで夢に出てきたんじゃないの?」
 桜の言葉に、以前見た夢をリアルに思い出し、顔を真っ赤にして後ずさる海斗。
「あ〜やし〜!」
「あ、怪しくないよ! 葉! 忘れてたのに、思い出させんなよ!」
 海斗が大声で怒りの声をあげると、桜は笑いながら葉と南川組に並ぶ。

「大声出すなって、言ったでしょ? あ、それより葉。夢の話ってなんだったの?」
「よーくーん。ちょっと、こっちに来るといい」
 葉が気軽に口を開く前に、海斗は拉致して後ろに連れてきた。

 結局、女二人と男二人でわかれてしまい、葉が口をとがらせる。
「なんだよ。せっかく桜と二人にしてやってんのに」
「はあ? 頼んでねーし! おまえ、あのこと絶対言うなよ!」
「言えるわけねーだろ? しゃべるボクも恥ずかしい」
 ヒソヒソと顔を近付けて話をする二人に、桜が笑う。

「そういえば葉。海斗がね、南川さんとばかりしゃべってて、ボク嫉妬しちゃう! って……」
「言ってない!」
 桜のとんでもない言葉に、海斗が真っ赤になって大声で否定した。
 その言葉を受け、葉にもいたずらっぽい表情が浮かぶ。

「海斗くーん。なんだよ、寂しかったんでちゅかー?」
 海斗の後ろから、おんぶするように飛びつく。
「……おーもーいー!」
 痩せているとはいえ、自分よりは少し身長が高いため、体重は海斗より重い。

 近場にひっそりと立っている電柱に、背中にいる葉をはさむようにして、全体重を押し付ける。
「ぐえー! ギブ、ギブ!」
 葉が悲鳴をあげ、笑いながら海斗の背中からおりる。
「まったく」
 と二人が同時につぶやき、笑いあった。

 突然、白い光が二人の目を焼く。
「ぐおー! 目がつーぶーれーたー」
 葉は目を押さえ、海斗は何度もまばたきをして、視界の中に浮かぶ白い模様を消そうとした。

「……あ、ごめんなさい。そこまでなると思わなくて」
 大きく本格的なカメラをさげて、申し訳なさそうな顔をする南川。
 桜の目が輝く。
「それ、南川さんのなの? 今の、写真になったら焼き増ししてくれない?」
「うん、いいよ。今度、日下さんも撮らせてくれる?」

 真剣なまなざしで、桜に詰め寄る南川。
 その気迫に後ずさりながら、桜がうなずく。
「え、私? いいけど……あ、じゃあ今から四人で撮ろうよ! タイマーとかあるでしょ?」
「でも、三脚がないから……」
 困ったように笑うが、葉が思いついたように自分と海斗の学生カバンを重ねた。

 それを見た桜も自分のカバンを乗せ、ラケットもついでに乗せた。
「ちょっと斜めにして乗せれば、なんとかならないかな」
 南川も自分のカバンを乗せ、その上にカメラを置く。

 低い位置からファインダーをのぞき、三人に場所を指定してセット。
「わくわくするね!」
「写真部、やっぱ面白そうだなー」
「ボクも少しやってみたいかも」

 見慣れない一眼レフカメラに、三人は自然と楽しくなる。
 小走りに走ってくる南川は、桜の隣に入ろうとしたが、葉に引っ張られて隣に並ぶ。
 カシャンという小気味良い音と、白い光。
 普通に写真を撮るよりも心臓が高鳴り、いつの間にか三人は息を止めていた。

 南川がカメラへと歩き出すと、我に返って大きく息を吐く。
「別に息止めてなくてもいいのに」
 軽やかに笑う南川。
 三人は恥ずかしそうに顔を見合わせて笑った。

 気の早い秋の虫が、鈴を鳴らす。
 昼間よりも幾分涼しくなった風が、四人の髪の毛を揺らして通り過ぎていった。

「なんでカメラなの? 自分で部活を立ち上げてまでやるって、すごい勇気がいるだろ?」
 葉の真面目な質問に、南川は少しおどろいた顔をして見上げる。
 目をそらして、カメラとカバンを拾い、うつむいたまま口を開いた。

「お父さんが、写真を撮る仕事をしてて。自分もそうなりたいと思ったの」
「へー。えらいね!」
 海斗の素直な言葉に、目を丸くして南川は顔をあげた。
 そんな表情を向けられるとは思わなくて、海斗は肩をすくめ、
「あの、なんかおかしなこと言ったっけ?」
 と、桜と葉に目を向ける。

 部活の時のこともあるため、自分の発言に自信がなくなっているのだ。
 うろたえる海斗に、南川は表情をやわらげる。
「違うの、鈴木海斗くん。そんな風に言われたこと、なかったから」
「……あのさ、フルネームは勘弁してくれない? 海斗でいいよ」

 口をとがらせて違和感をアピールするが、南川はただ目を細めただけだった。
 葉が南川の言った言葉を考えて、ゆっくりと口にする。
「なにがおかしかったんだ? さっきの今で、本格的にやったら本当にすごいと思うのに」
 三人が見つめる中、南川は丁寧にカメラをしまう。
 小さくため息を吐いてから、彼女は寂しそうに笑った。

「まだ、私が中学生だから。今からそんなこと言ってるようじゃ、先が思いやられるって」
「……お父さんとお母さんに、言われたのかよ」
 怒りを込めて海斗が言うと、南川は首を横に振る。
「違うの。親戚の人たちとかなんだけど……かばってくれたお父さんとお母さんに、非難がいっちゃって」

 三人に背を向けて歩き出す。
 三人も静かに話の先を待ちながら、南川の後について歩き出した。

「私、こんなに迷惑かけること、言っちゃったんだな。って思って」
 言葉の語尾が揺れる。
 桜が南川の横に並んで、腕を組んだ。

「違う、違うよ。お父さんもお母さんも、かばってくれたんでしょ?
 だったら、応援してくれてるんじゃない!」
 桜が力強く励ます。
「そうだよ! 迷うことなんかないよ! 中学生で将来の目標があるってすごいことだぜ?」
 後ろを歩きながら、海斗もこぶしを振り上げた。

 南川の言葉に、考え込むような態度の葉に、海斗がひじでつついてやる。
 横目で海斗を見て、葉は言葉を選ぶように、慎重に口を開いた。

「ボクは、親戚の人の気持ちもわかると思う」
「葉!」
 海斗が隣で驚いた顔をしていたが、葉は話を続ける。
「だってそうだろ? お父さんは成功した写真家かもしれないけど、みんながみんな稼げる職業じゃないし。
 将来のことを心配すればこそ、反対してもおかしくないじゃないか」

 同じことを言われたのだろう南川が肩をすくめる。
 その肩を抱き、桜は葉に眉をつりあげた。
「あんたね! そうやってすぐあきらめる発言、やめなさいよ!」
「あきらめてねーだろ! 現実を見ろって話してんだ」

 隣にいる海斗からも、冷たい視線がおくられる。
 葉は、いらだつように頭をガシガシとかき、
「だーかーらー、自分で全部責任を持てばいいってことだろ? 失敗しても、誰にも文句言えねーぞ! なんせボクらも、同じような目にあってるからな」

 桜並木が消えた、細い道。
 その道を、痛む心が桜と海斗を無言にさせる。

「知ってるわ。だからこそ、勇気づけられたんだもの」
 さきほどまでの弱々しい声から一変させて、強い口調で南川は振り返った。
 三人は、ただ南川を見つめる。

「そう、勇気を出してあきらめなければ、たとえ失敗したって胸を張れるもの」
 立ち止まり、三人を見回す。
 海斗は、まっすぐな南川の目が見られずうつむいた。
「……失敗したら、すごく苦しいぞ?」
「うん、知ってる。桜がきられた時、私もすごく悲しかったもの。ずっと後ろのほうからだけど、あの時、みんなを見てたから」

 見られてた事実を知っても、不思議と恥ずかしくはなかった。
 海斗は自分の胸に手をあてる。

 桜並木をなくしてほしくなくて、三人で始めた署名運動。
 励まされたり、中には役人にさからうな。と叱りつけられたり。
 たくさんの署名を市長に受け取ってもらったのに、裏切られた。

 でも。と海斗は思い、うなずく。
「うん。悔しくて苦しいけど、ボクは恥ずかしくない」
「あったりまえじゃんか! ボクたちはやれるだけのことしたんだから!
 だからじゃないけどさ、南川さんも考えて出した結果ならさ、ボクたちがついてるよ」

 葉の思いがけない言葉に、知らず三人を心の支えにしていたのだろう南川の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
 桜が南川を抱きしめてやる。
「大丈夫。一人じゃないんだよ! 私たちはみんな桜並木を忘れてないの。
 悔しさは薄れてきてても、胸は張れるわ」

 夕焼けが辺りを包み、四人を照らす。
 葉が大きく伸びをして、首を鳴らした。
「さー、そろそろ帰ろうぜ。南川、明日から朝練あるからな。遅れるなよ?」
 その言葉に南川は、泣きはらした顔で少し笑う。

「……まだ申請書出してないんだけど。それに私、将棋部じゃないし」
「なに言ってんだよ。朝からでも将棋部の先生とっ捕まえて、ダブル担当決めないとだろ?」
 葉がいたずらっぽく笑い、舌を出す。
 その言葉に、海斗と桜が吹き出した。

「楽してるもんなー。あの先生、将棋部には一切顔出さないし」
「そうみたいねー。私も写真部入ろうかな。面白そうだし」
 口をとがらせて言う桜に、南川は赤い目を丸くして詰め寄った。
「ダメよ! 日下さんは、テニスとかやってるほうが、絶対輝いてるもの!」

 あまりにもな強い押しに、桜は一歩後ずさる。
「桜は、被写体だもんな。ほら、海斗も。写真部入れば撮り放題だぞ」
「だ、だから! そんなことしようなんて思ってないって言っただろ!」
 しれっと話をぶり返す葉に、海斗がまたしても大声で言い返す。

 その背後から、心底あきれた聞き慣れた声。

「……海斗。頼むから、外で恥ずかしいことを叫ぶのやめろよ」
「あ! 陸兄! 今帰りなの?」
 目を細めて弟を見る陸。
 桜は嬉しそうに声をあげた。

「恥ずかしいことなんて、言ってないよ!」
 さらに声が大きくなる。
 南川が目をみはり、陸に詰め寄った。

「私、南川といいます。あの、桜さんと一緒に被写体になってもらえませんか?」
「は? 被写体って……写真の?」
「そうです!」

 勢いに押され後ずさる陸に、ずいずいと距離を縮める南川。
 陸はちらりと目を丸くして口を半開きにしている弟を見て、ため息を吐いた。
 泣きはらしたと思われる南川を見下ろし、笑顔を作る。

「悪いけど、オレと撮るより海斗と撮ってやってくれないかな。
 ほら、他の女の子と写真に並んでたりしたら、彼女に怒られるだろ?」
「陸兄……彼女いるの? どんな人?」
「まじで! 陸兄って彼女いたのかよ! 紹介しろよ、紹介!」

 適当に言った言葉に、こんなにも食いついてくるとは思ってなかった陸。
 とりあえずウソではあるのだが、もう後にはひけない。

「なんで葉に紹介しなきゃいけないんだよ。絶対教えねー」
「なんだよー。減るもんじゃないだろー」
「兄ちゃん、マジで? 彼女出来たの?」

 桜のようすをうかがいながら、海斗も真剣な表情だ。
 お前が聞くな。と声をあげたい気持ちを押さえ込み、海斗にデコピンする。

「いてっ! なんだよー」
「なんか、むかついたんだよ。さっさと帰れ、ガキども」
「ちぇー。いつか尾行すっからな」

 葉が口をとがらせて、ヒョロっとした体を揺らして歩く。
 幾分落ち込んでしまった女子二人組みを、気にしながら海斗も一番後ろを陸と並んだ。

 夕焼けはより深くなり、その赤さは移りゆき、薄暗さを増す。
 桜のなくなった細い道。五人を包む空気は、柔らかく優しいものだった。


時間シリーズとして、三作目になります。移りゆく時間。
読んでくださって、本当にありがとうございます!
皆さんの評価・感想、またのぞいてくださった皆様方に支えられて、三作目を書く事ができました。

*時間シリーズとして書いた続編をまとめた、目次を作成しました。
 下部『そこに在る時間』リンクから、気軽にのぞいてくださると嬉しいです。

*光太朗様から、とても素敵な『時間シリーズ』を書いていただきました!
 みんなの特徴をいかんなく発揮してくださってます! 嬉しくて嬉しくて〜♪
 後書きあとに、リンクを貼りましたので、ぜひぜひのぞいてみてくださいませ♪

二次創作、時間シリーズ(いただきもの)
・『ちょっとだけ憂鬱な時間』(光太朗様作)
ネット小説ランキングに参加しています。
応援してくださいますと、とてもとても励みになります。

cont_access.php?citi_cont_id=707005306&size=88(1日1回)

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ブログ作りました!(時間のおまけもあります)
黄金の穂波亭

『続編目次』
・そこに在る時間

『二次時間シリーズ』いただきものw
・ちょっとだけ憂鬱な時間(光太朗さま作)

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