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小説家になろう公式企画参加作品

純白の薔薇を君に

作者:狼子 由
 小さい頃の親父は、本当にひどい人だったんだ。
 君はきっと否定するだろうけど。


 あの頃あの人は、3日に1回位しか帰って来なかった。
 そりゃ、仕事が忙しいってのも本当だろうさ。
 でも、幼い俺でさえ、あの人は「恋人」のところを渡り歩いてるんだってこと、知ってたんだ。
 法的に認められた妻が――俺の母がいるのに、恋人なんて呼ぶのもおかしいね。
 でも、「愛人」や「妾」なんて言葉を使うと、母自身が嫌がったから。

 母には、どういう思いがあってのことだったんだろう。
 もういない人の気持ちは分からないにしても。


 母の話をしたからって、君は嫌な顔をしたりはしないだろうけど……親父の話に戻そうか。

 全く帰ってこない訳じゃなくて、少し寂しいなんて感じ始めた頃にようやく顔を見せるというのが、また腹が立つじゃないか。
 母はそんな親父のことを、「あの人には愛がたくさんあるのよ」なんて言っていた。
 夢見るような瞳で、幸せそうに。
 あの、白い百合のような笑顔で。

 だけど、俺だって馬鹿じゃない。
 いつからか、知っていたよ。
 あいつが帰ってこない夜、ふと目覚めた俺の耳に聞こえてくるのは、大抵すすり泣く母の声だった。


 君は多分、口には出して言いはしないと思う。
 もちろん俺だって、自分で分かってるさ。一方的に父を責めるつもりはないよ。

 そういう男だって分かってて、心も身体も離れようとしなかったのは母の選択だ。それは間違いない。
 だけど……母が許していたからって、親父がひどい男であることには変わりはないだろう?


 もしかしたら、そういう両親の微妙な駆け引きに気付いていなかった頃、俺は親父が好きだったのかも知れない。

 親父の名前を聞けば、皆が「ああ、あの人の」って俺を受け入れてくれた。
 テレビをつければ毎日必ずどこかしらの局であいつの顔が流れてたし、幼稚園の父兄参観に来た日なんてとんでもなかった。
 プライベートなイベントで、しかも、結局はただの幼稚園児のお遊戯会だって言うのに、取材のカメラと記者がひしめき合って、狭い幼稚園の窓はまるで人の壁で出来ているかのようだった。

 あの頃はまだ、プライバシーなんてうるさくなかったからね。
 恋人の多さは男の勲章だなんて、言われていた頃でもある。
 親父がいると、どこにいても必ず注目された。



 そのことが誇らしかったのは一体いくつまでだったろう。
 親父の言動が世間からえらく批判を受けてると知った頃には、もう「ざまあみろ」と思ってたはずだから。

 君と初めて会ったのも、その頃だと思うんだ。

 大した出会いじゃない。
 偶然、隣同士の席になったってそれだけだ。

 入学式が終わって席につき、名前と出身校を言い合うだけの自己紹介を交わしあったときには、俺は君と友だちになろうと決めてた。君は不思議がるかも知れないけれど。
 だって、一風変わった俺の苗字を聞いて、「有名人と同じだね」って決まりのセリフを言わなかったのは君が初めてだったから。

 だから、ちょっとマイナーな本の趣味が共通してるって気付いたのは、友だちになってから、ずっと後だった。
 もともと俺は好きな本は片端から集める人間だったし、もう絶版になってるものでも、小遣いの範囲で手に入れることが出来た。
 そんな俺の家に、君が放課後に通うようになったのは、至極当然の流れなのかもしれない。


 あの頃は、こんな風になるとは思わなかった。
 君だってそうだろう?
 ……いっそ、君が何もかも計算尽くであってくれた方が良いくらいなんだけどなあ。


 変わったのはいつからだろうか。
 親父が引退を発表した後なのは確かだと思う。

 その頃には親父のやり方は見直されて、かつての行動が別の評価を受けることも増えてた。
 だと言うのに、まだ若い親父が引退すると言うのに、惜しまれつつも混乱は少なかった。
 俺は「その程度の存在だったからだろ」って言いたいけど……「あの人は人を育てるのが上手いから」って母だったら言うんだろう。
 実際には、引退した理由が母の死だった訳だから、結局はそんなフォロー聞けなかったんだけど。


 本当に、あいつは無茶苦茶なやつだよ。
 あんなに泣かせたっていうのに、死んだ途端、手のひらを返してさ。
 どうしようもないやつだ。
 母が死んだら、もう何も――どんな仕事も、この国の行く末も興味がなくなったなんて……そんなこと、生きてるときに言ってやれば良かったんだ。


 何でこんなこと書いてるかって?
 君が傷付くって分かってるのにって?
 そりゃ当たり前だろ。
 君の気持ちが少しでも揺らがないかと思ってるからさ。

 客観的に見ても、止めなきゃおかしい。
 30も年の離れた爺さんに嫁ごうとしてる小学校からの幼馴染に向けて、他に何を言えば良いんだ。
 しかも爺さんには死別した前妻がいて、前妻との間にはもうすぐ大学生になる息子が1人いて、その息子と君は幼馴染なんだぜ? うまく行くと思える方が不思議だよ。


 ……いや、白状するよ。
 俺は、君と恋人同士になりたかったんだ。
 親父みたいにたくさんいる恋人の1人じゃない。
 たった1人の、唯一で永遠の、人生の伴侶に。


 本当は、予測がついてる。
 君はきっと、笑いながらこれを読んでるに違いない。
 いつも通り、ちょっと困ったみたいに眉を寄せて。
 俺がどうしようもないことを言ったときに、叱る代わりに誤魔化すいつもの優しさで。


 俺が何を言おうが、君の気持ちは揺らがない。
 親父の存在は、君をしっかりと繋ぎ止めてるって知ってる。


 だから、これは負け犬の遠吠えさ。
 絶対にあんな男にはならないと思いながら、心のどっかで眩しく見上げるしかない男に向けた。
 こんな手紙を、君にあてるしかない俺を笑ってくれ。


 明日は、どうやら快晴らしい。
 雲一つない青空に、あの小さな白いチャペルは綺麗に映えるだろう。
 君のウェディングドレスは、緑の芝生から照り返しを受けて、純白に輝くだろう。

 今朝までは、負け犬らしく負けを認めて、黙ってその姿を祝福しようと思っていたんだけどな。


 花なんてどれも同じだと思っていたけれど、さっき偶然通りかかった花屋で、売り子の娘さんが教えてくれた。
 白薔薇の花言葉の1つに、「私はあなたに相応しい」という言葉があるんだってさ。
 俺には、君に贈ることなんて出来ないんだろう、絶対に。


 ごめん。
 「激務だから」って反対されていたけれど、君にも親父にも黙って受験してた例の医学部、合格したらしい。
 卒業後しばらく大変だけれど、就学中は奨学金を貰えることになってる。


 ごめんな。
 新郎の息子は、明日は欠席だ。
 夜の内に出ていこうと思うから。


 親父に――いや、君の花婿によろしく伝えてくれよ。
 いつか俺が、自信を持って誰かに白薔薇を贈れるようになったら、その時はまた会おうって。

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