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青薔薇姫のやりなおし革命記 作者:枢 呂紅

13.あの日の夜が、集う時

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13-2



 エアルダールの首都キングスレーは、円形の都市である。町のまわりは、外敵に備えてはるか昔に作られた壁でぐるりと覆われており、そこを潜り抜けて、町の中心と外とをつなぐ大通りがいくつか通されている。

 それらはすべて、町の中心に位置する王の居城、キングスレー城へとつながっている。到着したそれを小窓からうかがいみて、アリシアはしばし絶句した。

 壁の色はまばゆいばかりに白く、壮麗であった。だが、よく見ると一つ一つの壁には意匠を凝らした彫刻や絵が施されており、角度や光の加減によって全く違う印象を与えている。

 カーブを描いて左右に広がる城の中央には、ドーム状の屋根のひときわ高くなっている部分があり、そこには天に手をかざす金色の天使が羽を広げており、夕陽を受けて一層の輝きを放っていた。

「驚いた……。エグディエル城とは、ぜんぜん違う趣なのね」

「この城には、城塞としての役割を担った歴史はありません。王国の威信を内外に示すために設計した結果、こうしたものになったのでしょうね」

 驚きつつ、ついにアリシアは馬車をおり、初めてエアルダールの地を踏んだ。

 アリシアだけではない。今回の遠征には、アリシア付き補佐官であるクロヴィス、部屋付き侍女であるアニとマルサ、そして王女の近辺を守る騎士としてロバート他数名の近衛騎士が同行している。

 皆が無事揃ったことを確認してから、あらためて王女は自分たちを迎える大勢の人々を見上げて――その最奥に、陽光を受けてきらりと輝く金色の髪を見つけた。

「……うわぁ。王子様みたい」

「バカ。みたいじゃなくて、王子様なのよ」

 侍女ふたりの密かなやり取りに、アリシアは思わずうなずきそうになった。

 上背の青年だ。白い装束が、凛々しくも甘い顔立ちによく似合う。

 強い光を宿した深緑の瞳と視線が合わさった途端、アリシアの中に前世の記憶が目まぐるしく駆け抜けた。

 寵姫を胸に抱く王と、迫り来る暴徒の影。

 怒りに満ちた糾弾と、駆けていく二人の足音。

 鈍く主張する、胸の痛み――。

 かつん、と高い音が響き、アリシアは現実に引き戻された。

 階段を下りきった青年が、流れるような所作でお辞儀をする。彼が顔をあげ、凛とした眼差しを正面から受け止めた時、アリシアは確信した。

 彼こそ。彼こそが。

「エアルダール王エリザベスが息子、第一の王子、フリッツです。ようこそ、アリシア姫」

「お初お目にかかります、フリッツ殿下。ハイルランド王ジェームズが娘、アリシアと申します。この度は、お出迎えいただきありがとうございます」

「とんでもない。私や母だけではない、この国の者すべてが、君の到着を楽しみに待ちわびていたのだから」

 ごく自然に手を差し出しながら、フリッツ王子は小首をかしげて、不思議そうにアリシアを覗き込んだ。

「へんだな。ハイルランドに咲く、青き薔薇。その噂を何度も聞いたせいか、なんだか初めて会った心地がしないよ」

 初めて。そうか。そうだった。

 当然のことだが、フリッツ王子に前世の記憶はない。ゆえに、前世でハイルランドの民にしたことも、その結果、ハイルランドの民からどのような目にあったのかも、王子は何も知らない。

 王子とアリシアの間に、どのような結末が訪れたのかも。

「ええ。本当に」

 差し出されたそれに己の手を重ねて、いっそ挑戦的に、アリシアは艶やかに微笑んだ。

「私も、殿下とは初めてお会いした気がいたしません」

 アリシアの答えを聞くと、王子は軽く目をみはった後、わずかに目を細めた。たったそれだけの変化なのに、全身を甘く絡めとるような笑みにみえた。

 はたから見ている人々の目には、アリシアとフリッツはまさに似合いの二人と見えた。出発前に「姫様を隣国の王子なんぞにやってなるものか!」と息巻いていたアニとマルサでさえ、見惚れてしまったほどだ。

 ――そんな中、ただ一人クロヴィスだけは、アリシアが発した言葉の意味を正しく理解していた。理解したうえで、主人をエスコートする王子の横顔を鋭く見つめていた。

「なんて顔だよ。愛想をだせ、愛想を」

 背中をばしりと叩かれ、主人らについで階段を登ろうとしていたクロヴィスは前につんのめった。抗議をこめて振り返れば、ロバートが含み顔でにやついている。顔をしかめて、補佐官は友にささやいた。

「にこにこ愛想を出すのは、お前に任せる。俺はそういうのは苦手だ」

「それにしてもだ。こーんな怖い顔してるぞ」

 ぎゅっと眉間にしわを寄せてみせて、ロバートが肩をすくめる。

「そんな顔するくらいならさ、ちゃんと手を掴んでおけよ。だからお前は覚悟が足りないって、俺はそう言ったんだ」

「ば……っ!」

 抗議しようと口を開いたクロヴィスの脇をすり抜けて、近衛騎士はウィンクを一つ残して守るべき王女のもとへと走っていってしまった。

 くそ。相変わらず逃げ足の速い。

 頭を振りつつ、クロヴィスははたと疑問に思った。自分はいったい、どんな表情を浮かべていたのだろう。あえて指摘したくなるほどに、酷い顔をしてしまったのだろうか。

(まったく……!)

 ぱしりと、クロヴィスは両手で己の頬を叩いた。前を行く侍女二人がぎょっとした顔をして振り返ったが、構うものか。

 何事かとちらちら窺うアニとマルサの視線を華麗に無視して、クロヴィスは主人の後を追ったのであった。







 城内へと案内されたアリシアは、すぐにエリザベス帝との対面を果たした。女帝の御前に進み出たのは、アリシア本人とクロヴィス、そして案内人であるフリッツ王子だけだ。他の、アニやマルサ、護衛のロバートら騎士は別室で待機となった。

 通された謁見の間にも、大勢の人々が集まっていた。ただ、花などを手に朗らかな笑顔で集っていた外の人々とは違い、謁見の間にいる人たちは元老院の重鎮やその家族のようだ。

(ハイルランドの姫とやらを、一目みてやろう。そんなところかしら)

 ハイルランドの歴史と文化を体現する者として、己を自覚せよ。何度もたたきこまれたフーリエ女官長の口癖を、これほどにまで強く実感したことはない。

 しかし、相手の器をはかりにきたのは、アリシアとて同じことだ。値踏みするような人々の顔を横目に伺いながらアリシアはすこしも臆することなく、むしろ表情に余裕すら浮かべて、堂々と広間の中央を進み出た。

「陛下。アリシア姫をお連れしました」

「ご苦労」

 事務的に淡々と告げたフリッツに、答えた王の声は女にしては低い。いよいよアリシアは顔をあげ、女帝と正面から向き合った。

 烈しい。それが、抱いた印象であった。

 身にまとう深紅のドレスも、夏の灼熱の太陽を思わせる波打つ金の髪も、白い肌に映える赤い唇も、すべてが恐ろしいほどに美しい。瞳の色は王子と同じ緑なのに、冷たく温度を感じさせない眼差しは息子とはまったく異なるものだ。

 彼女のすぐ後ろには、男が一人控えていた。頬がこけ、どこかくたびれた印象を与えるその男性は、長年女帝を支えると聞く宰相だろうか。確か名は、エリック・ユグドラシルといったはずだ。

「ハイルランド王国ジェームズ王が娘、アリシア・チェスターでございます。このたびは、お招きをいただきありがとうございます」

「私がエリザベスだ」

 短く答えて、女帝は艶やかに唇をつりあげた。

「そなたの活躍は、遠いエアルダールの地までも聞こえてきていた。それと……そこに控えるのは、クロヴィス・クロムウェルだな。そなたは、使節団の一員として世の前に立ったことがあろう」

「は」

 かしこまって、クロヴィスが頭を垂れた。

「その節は厚く歓迎くださり、御礼申し上げます。本日は、王女付き補佐官としてまかりこしました」

「そなたの話も聞いている。アリシアのもとで、存分に力を発揮しているようだな。かつて迎えた側としても、とても嬉しく思う」

「もったいなきお言葉にございます」

 美しく微笑んだクロヴィスにうなずくと、女帝は重いドレスを引きずってアリシアの前にたった。そして、手に持つ洋扇をアリシアのあごに添えると、ついと上向かせた。

「……っ」

「陛下!」

 非難するようなフリッツ王子の声が響き、周囲で見守る人々に緊張が走った。

 間近に迫った女帝は、壮絶に美しい。長いまつ毛に縁取られた冷たい緑の目に射すくめられ、さすがのアリシアもびくりと肩を揺らした。それでも、直観的に目を逸らしてはならないと判断した王女は、女帝のまなざしを正面から受け止めた。

「なるほど、なるほど。確かに、亡き王妃の生き写しだ。美しく成長したものだな」

「……恐れ入ります」

「して、アリシアよ。私はたいへん、残念に思うことがある。これほどに愛らしいそなたの姿を、これまで一度も見せてはもらえなかったことだ。従兄弟殿には何度も()()()()()()()()のだが、ずいぶんと薄情なこととは思わないか?」

 いよいよ広間の空気が張り詰めるのを、アリシアは肌で感じた。同時に、この窮地をどう切り抜けるのかと、人々が沸き立っているということも。

(上等よ)

 挑戦的に微笑み返したアリシアに、女帝の切れ長の目がわずかに見開かれた。彼女が体を離すのと同時に、アリシアは優雅にドレスの裾をつまみ上げると、恭しくこうべを垂れた。

「どうぞ、ご無礼をお許しください。ご高名なエリザベス様に半端なお姿をお見せするわけにはいかぬと精進していたところ、訪れるのが遅くなってしまいました。しかし、ようやくお目通りがかないまして、たいへん光栄にございます」

「ほお……」

 小さなどよめきが、広間を満たした。エリザベスの顔を立てつつ、ハイルランドの名誉を損なわずに完璧に返答してみせたアリシアの機転は、まさしく見事なものであった。

 これには女帝も目を細め、満足そうに赤い唇を三日月の形に吊り上げた。

「大したものだ。その言葉の通り、見事に成熟したようだ」

「いいえ。私など、まだまだ未熟な身です。父も、よく陛下から学んでくるようにと、私を送り出しました」

「いいだろう、気に入った。そなたの肝の据わったところは、我が民にもよく学ばせたい。なあ、フリッツ。お前も見習うべきとは思わないか」

 機嫌よく女帝が王子に呼びかけるが、フリッツは答えることはせず、静かに微笑みかえすにとどめた。ちらりと王子に視線を送って、アリシアはおやと目をみはった。甘い顔立ちはそのままであるのに、ほんの一瞬だけ、王子の深緑の瞳がひどく硬い、凍えた光を宿したからだ。

(フリッツ王子……?)

「そなたの身の回りを預かる者たちを紹介しよう。……アリシア?」

「は、はい!」

 いぶかし気に眉をしかめた女帝に、アリシアは慌てて女帝に視線を戻した。

 彼女が呼び寄せたのは、後ろに控えていた宰相であった。

 宰相が檀上から降りるのに合わせて、細見の身体にまとう深緑色の装束がふわりと広がる。決して顔色がいいとはいえないが、宰相がまとう空気は静かな水面に似た穏やかさがあり、エアルダールに来て初めてアリシアはほっとした心地がした。

「エアルダール宰相エリック・ユグドラシルと申します。アリシア様がエアルダールにご滞在の間、各方面への視察などの手筈は私が整えさせていただきます」

「アリシアです。ご面倒かけますが、よろしくお願いいたします」

「めっそうもございません。……それと、クラウン夫人」

「はい」

 待っていたとばかりに、人々の中からベアトリクス・クラウンが嬉しそうに出てきて、アリシアは驚いた。相変わらず貴婦人として文句ない優美さをほこる彼女であるが、目だけは、今すぐかわいい親戚の娘を愛でたくてしょうがないと主張している。

 そんな困った夫人の後ろに続いて進み出た人物を見て―――、アリシアは固まった。

「クラウン夫人は、よくご存知のことでしょう。ご滞在いただく間、夫人もキングスレー城におります。私には直接言いにくい内容もありましょう。夫人の方に、なんなりとお申しつけください。……アリシア様?」

「ああ、いえ。心強いわ。ありがとう」

 半分上の空で返事をしてから、アリシアはつとめて平静を装って切り出した。

「ところで、ベアトリクス様の後ろにいらっしゃる方は?」

「ああ。彼女は……。ほら、ご挨拶なさい」

「はい、お父様」

 お父様、だと。耳を疑いつつ、固唾をのんで見つめるアリシアの視線の先で、女は軽くひざを折って可憐に微笑んだ。忘れられない、忘れようのない赤い髪が、さらりと揺れた。

「エリック・ユグドラシルが娘、シャーロット・ユグドラシルと申します!」

「……まさか」

 隣で様子をうかがっていたクロヴィスが、はっと息をのんで小さく呟いた。補佐官に答えてやることはできないが、彼が察した内容で間違っていないだろう。

「娘には、クラウン夫人のもとに行儀見習いに出している関係で、今回同行させました。シャーロットにも、城に控えてあなた様をお助けするよう申し付けてございます」

「とっても気の利く、いい子なのですよ。年も近いし、アリシア様とも仲良くなれるとおもうわ」

「つたない部分もあるかと思いますが、アリシア様に少しでも気持ちよくご滞在いただけるよう尽力いたします。どうぞ、よろしくお願いいたします!」

 夏に咲く花のようなハツラツとした笑顔を前に、アリシアはなんと答えたらいいのかわからず、しばし呆然とした。

 シャーロット・ユグドラシル。前世でフリッツ王子の寵姫としてハイルランドに連れてこられ、革命の夜に王と共に逃げた娘。

 まさか、エアルダール宰相の娘だったとは。

(ていうか、これって……)

 アリシアは言葉を失ったまま、フリッツを、シャーロットを、そしてクロヴィスを見た。

  “お急ぎください、陛下。水路へお向かいくださいませ”

  “だが、お主は”

  “早く!!”

  “この期に及び、まだ恥を上塗りするか! フリッツ王!”

 心臓が早鐘を打ち、己を落ち着かせるためにアリシアは静かに目を閉じた。それでも興奮は冷めず、武者震いのようなものが沸き立つのを感じた。

「ベアトリクス様、シャーロット様。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 様々な感情が吹き荒れる胸中を押し隠して、アリシアはドレスの裾をもち、優雅にお辞儀をした。そうして、シャーロットに向けてにこりと笑いかけると、彼女は感激したように頬を染めて「はい!」と元気よく答えた。

 傾国の王と、その妃。王の愛を一身にうける寵姫。そして、革命の首謀者。

 ついに役者はそろった。
 アリシアはそう、笑みを浮かべたのであった。



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