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青薔薇姫のやりなおし革命記 作者:枢 呂紅

12.舞踏会に咲く花

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12-6



 喧騒から切り離されて互いの出方を伺う二人の青年のうち、先に口火を切ったのはロバートの方だった。

「覚悟はしているんだろうな? あの方は王族として、いずれ誰かを夫として迎えるぞ」

「何をいまさら。当たり前のことを言うな」

「俺は真剣に話しているんだぜ」

 ぴしゃりと遮られたことで、クロヴィスは言葉を飲み込んだ。いっそのこと話を切り上げてしまおうかとも思ったが、いつになく真剣な友人の様子に気圧されて、それもできなかった。

「今までは補佐官であるお前が、ジェームズ王に次いで、あるいは陛下よりも近く、あの方の支えとなれた。けど、彼女が夫を選んだ時は、その役目はお前じゃなくなる」

「知っているよ、そんなことは」

「いいや、お前はわかっていないね。お前のそれがただの忠誠なら、俺だって何も言わまいよ。けど、そうじゃないだろ? 悪いことは言わない、あの方と距離を置く準備をしておけ。でないと、つらい思いをするのはお前だぞ」

「馬鹿を言うな」

 思わず語気が強くなってしまい、瞬時にクロヴィスは後悔した。目を閉じて、一つ息を吐きだす。そうやって己をなだめてから、なんとか笑みを作り上げた。

「さっきから聞いていれば、お前は心配のしすぎだ。これまでも、これからも、俺はただの補佐官だ。あの方が頼るのが俺ではなくなったとしても、あの方が為すべきことを為すために、力をお貸しするだけだ」

「そうかい」

 やれやれと溜息を吐いて、ロバートは天井を仰いだ。

 それっきり黙り込んだ友人の隣で、クロヴィスは己の右手を見下ろした。それは、かつて幼かったアリシアに掴まれた手だ。

(俺に、どう答えろというんだ)

 手を握りしめて、クロヴィスは形の良い眉をしかめた。

 その時だった。

「やっと見つけた!!」

 とん、と軽い衝撃があり、クロヴィスの胸に何かが飛び込んできた。瞑目するクロヴィスの視線の先には見慣れた空色の髪があり、先ほどまで見つめていた己の右手は、彼女によりしっかりとつかまれていた。

「あ、アリシア様!?」

 今しがたまでオルストレの王子と踊っていたはずの主人の登場に、クロヴィスは沈着冷静たる補佐官らしからず頓狂な声を上げた。







 話はわずかにさかのぼる。

「ああ、アリシア。君は、本当に美しい……。このまま、君をさらって皆の目から隠してしまいたいほどだ」

「それはどうも……」

 軽やかなワルツが奏でられた、華やかなホールの中央で。

 舞踏会が始まってから何度目かになる台詞に、アリシアはひくひくと笑顔を引きつらせた。一曲踊り終えた後、王子たちは決まって同じようなことを言う。社交界のマナーとして台詞集が出回っているのではと、そろそろアリシアとしては疑問に思うのだった。

 なお、ただいまの相手は、オルストレの第二王子ナヴェルである。

 オルストレはエアルダールよりさらに南にある国で、あたたかな気候と豊かな農耕文化が特徴で、情熱的な国民性をしている。

 ナヴェル王子もその例にもれず熱い愛の言葉を流れるように口にするので、この中では比較的には親しい王子といえども、アリシアの心をがりがりと消耗させていた。

 疲れ果てたアリシアとは対照的に、ナヴェルは悩ましく「ああ」とうめくと、美しい金髪を艶っぽくかきあげた。

「私を許して、アリシア。君の手を取り、永遠に踊り続けられたらどんなにいいだろう! けど、私は行かねばならない。私を待つ、乙女たちのもとへ!」

「ああ、はい。どうぞ、いってらっしゃいな」

 ひらひらと手を振り、アリシアはあっさり了承した。

 ちなみに乙女たちというのは、舞踏会に参加している各国の姫や貴族の娘たちだ。見目麗しく情熱的なナヴェル王子は、社交界の花として彼女たちから絶大な人気を誇っている。

 現に、こうして二人で話していても、「次は声をかけていただけるかしら?」などという心の声が漏れ聞えそうな、麗しき乙女たちの熱い眼差しをびしばしと感じて、アリシアとしてはそろそろ彼女たちの元に王子を戻してやりたい気分である。

 まったくもって引き留める気のないアリシアに、ナヴェル王子は大げさに肩を落としてみせた。

「君は本当に、他の子と違ってつれないなぁ。ま、そういうところも魅力的だけど」

「はいはい。ささ、あそこの女性、殿下をずっとお待ちしているみたいですよ。早くいってあげてくださいな」

「ん? ああ、本当だ。お互いに忙しい身の上だね」

 軽く肩をすくめてから、ナヴェルは悪戯っぽくウィンクをした。

「ところでさ、アリシア。実のところ、手を取り合って踊りたい特定の相手がいるのではないかい?」

「え?」

「おや、気のせいだったかな? 時々、誰かを探すように周りの人々の顔を見ていたからね、てっきりそうなのかと。ああ! 麗しい君の心を射止めた男がいるとしたら、なんて妬ましいだろう!」

 言われて、思わず頭に浮かんだのは黒髪の青年の姿だった。

「い、いません、そんな方!」

 ぶんぶんと勢いよく首を振って、アリシアは慌てて浮かんだ姿を頭から締め出した。そうして、我ながら性懲りもないものだと自らを恥じた。

 そんな王女の思惑などすべてお見通しであるとでもいうように、ナヴェル王子は愉快そうに笑った。それから、ひらりと身をひるがえした。

「チャオ! 君が恋破れることあれば、僕はすぐに飛んでくるよ。そして、どうか美しい君の涙で僕の胸を存分に濡らしておくれ!」

「だから、いませんってば!!」

 アリシアの決死の叫びを、ナヴェル王子はけらけらと笑い飛ばした。そうして彼は、後ろ手をひらひらと振りながら人々の中に消えていった。

 南国仕込みの熱っぽい言動の数々さえ気にしなければ、ここに来ている王子の中でも比較的ナヴェル王子は話しやすい。むしろ、色男として華やぐ笑顔の裏には冷静に情勢を見極める思慮深さを備えており、信頼に足る外交相手とすら言える。

 だからこそ、ダンスにかこつけた短い会合の中、他の誰にも聞こえないようにとナヴェルからそっと告げられた内容に、アリシアの心は揺れていた。ここは一度ひとりになり、考えをまとめたいが……。

 と、思考の海に沈もうとしていたアリシアだったが、ふいにびくりと肩を揺らした。

(あ、まずい)

 右にひとり、左にふたり。ついでに背後にもうひとり。シャンデリアの輝くホールの中央で、アリシアはぞぞぞと寒気がはしった。

 繰り返しだ。延々、繰り返しだ。

 こうしてアリシアがひとりになった途端、さぁ次は我こそ! と目を光らせる者がいるのだ。そんなこんなで、舞踏会がはじまってからというもの、アリシアはホールの隅っこに逃げることすらままならなかった。

 とはいえ、そろそろ本格的に足が限界だ。

(どうしよう。もう、さすがに踊れない……!)

 声をかけようと複数人が足を踏み出すのを感じながら、アリシアは大慌てで周囲をみわたした。旧友と話し込むクロヴィスの姿をみつけたのは、そんな時だったのである。

 それからのアリシアの行動は早かった。

 幼い頃、教会の子供たちを震撼させた自慢の俊足をひさしぶりに遺憾なく発揮し、アリシアはホールの中央から逃げ出した。そうして、恥も外聞も何もかもをかなぐり捨て、頼れる補佐官に文字通り飛びついた。

「あ、アリシア様!?」

「助かったわ……。って、まさか追いかけてきてないわよね!?」

「はい?」

 うなだれてしがみついていた姿勢から一転、アリシアががばりと身をおこし、周囲をきょろきょろと警戒した。そんな彼女を見て、クロヴィスの口から呆けた声が漏れ出る。

 呆気にとられた補佐官より先に我を取り戻したのは、友人であるロバートであった。輝く銀髪をきりりと一本にまとめ、優美な礼服をすらりとした肢体にまとった彼もまた、いつも以上に麗しく見える。

「いかがされましたか、姫さま。おっと、言い忘れちまいましたが、とってもお綺麗ですよ。今宵のドレスは、とてもあなたに合っている」

「ありがとう、ロバート。あなたも、その礼服とっても素敵だわ。……それで、クロヴィスを少し借りてもいいかしら? もしかして、何か話し中だった?」

「いえいえ!」

 両手を掲げて、ロバートはにっこりと微笑んだ。

「実は、たったいま要件が終わったところでして」

「良かった!」

 笑顔の花を咲かせたアリシアは、そのままクロヴィスの腕に手を絡めた。ぎょっとするクロヴィスであったが、そのまま歩き出したアリシアのせいで、抗議をする間もなく前につんのめってしまった。

「なっ、どうしたんですか! 一体、どこへ行こうと!」

「一つ、気づいたことがあるの」

 歩みを止めることはせず、アリシアは真剣な面持ちで答えた。主人のただならぬ様子に、クロヴィスははっと息をのんだ。

 さっと周囲を警戒してから、引きずられながらもアリシアの耳に口元を寄せた。そして、周囲に聞こえないようにとクロヴィスは声を低くする。

「……もしや、前世について何かわかりましたか」

「あ、ごめんなさい。そういうのじゃないのだけど」

 あっさりと否定したアリシアに、きょとんとするクロヴィス。
 そんな彼に、王女は厳かに答えた。

「さすがの王子たちも、別の男性と一緒にいるときはダンスに誘ってこないって」

「………はい?」

「もう、一曲たりとも踊りたくないのよ」

 拍子抜けする補佐官の隣で、ぷるぷると小刻みに震えるアリシア。どんなにクロヴィスがあきれようとも、アリシアにとっては大真面目の死活問題なのである。

 すっかり脱力した補佐官は、眉尻をさげた。

「つまり、男除けとして私のことを探していたと」

「だめ?」

 悲壮感を漂わせて、アリシアが潤んだ瞳で補佐官を見上げる。フーリエ女官長仕込みの気品に満ちた王女然とした姿しか知らない者がみたら、さぞや驚く光景だろう。

 全身で「おねがい、見捨てないで」と訴えかける主人に、クロヴィスはついに吹きだした。

「かまいませんよ。私でその役目が務まるなら」

「よかった!」

 ほっとしたアリシアが笑顔の華を咲かせると、それを見たクロヴィスの白い頬にわずかに赤みがさした。突然の補佐官の変化にアリシアは首を傾げたが、クロヴィスは困ったように顔をしかめた後、アリシアから顔を背けてしまった。

 そうやって二人は、踊る人々の邪魔にならないようにすり抜けながら、バルコニーへと向かったのだった。


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