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青薔薇姫のやりなおし革命記 作者:枢 呂紅

10.胸に唱えるは、祈りの唄

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 サザーランド家当主が捕らえられ、枢密院協議が終了した後。

 ぼんやりと眼下に広がるエグディエルの街並みを眺めながら、アリシアはいつかクロヴィスに諫められた鋸壁の間に座っていた。

 こうして遠くで動く街の人々をみていると、新商会の設立について激論を交わしたことや、ロイドを糾弾して隣国との結びつきを暴いたことなどがまるで嘘のようで、なんとなくアリシアはぷらぷらと所在なさげに足を揺らした。

 そんな彼女に、後ろから声が投げかけられた。

「まったく。また、このように危ない場所にいらしたのですね」

 ぱっと振り返ったアリシアの視界の先では、苦笑するクロヴィスがいた。艶めく黒髪に白皙の美青年という王女にとってはとうに見慣れた補佐官の姿だが、こんなところに彼がいること自体にアリシアは驚いた。

「補佐室のほうは落ち着いたの? ナイゼルもみんなも、とても忙しそうだったけれど」

「あらかた方向性が定まり、解散となりました。とはいえ、補佐室にとって本当の勝負は、むしろこれからかもしれません」

 ロイド卿が騎士たちに連れられたあと、新商会についての審議はいったん先送りとされた。かわって枢密院はロイド卿の処罰やサザーランド家の今後の処遇など、後処理について審議をすることとなった。

 これに対し、補佐室の面々は総出で上に下に大騒ぎしながら過去の記録などをひっぱりだして審議を裏から支え、クロヴィスも慌ただしくそちらに加わっていた。役目を終えた、というより担うべき役目がなくなってしまったアリシアだけが、おとなしくその場から引っ込んだのである。

 傍らにたったクロヴィスは、珍しく顔に疲れをにじませていた。夜通しをかけて証拠となる文書を探し求め、枢密院協議ではロイドと激しく争い、おまけに後処理まで追われた後ともなれば、それも無理ないことである。

 それでも、クロヴィスはアリシアに気遣うような顔を向けた。優しき補佐官は、意を決したように口を開く。

「アリシア様。陛下は、ロイド卿をダウター塔に幽閉すると正式に決められました」

「そう……。やっぱりね」

 どきりと心臓が高鳴り、アリシアはそっと目を閉じた。幽閉とは死罪に次いで重い処分だ。しかも、ダウター塔への幽閉はすなわち死を意味する。光の届かない澱んだ石塔の空気は徐々に体を蝕み、そこに囚われた者は長く生きられないためだ。

 いくら国をおもっての行動だったとはいえ、王国を裏切った以上、その罪を軽くすることはできない。枢密院の場で公に罪を暴くということは、ロイドの運命を決するということであった。

 直接手を下すわけでなくとも、ひと一人の命にかかわる選択を下すことは、全身が凍えるほどに恐ろしかった。だが、それをわかっていてもロイドを告発すると決意を固めたリディのためにも、アリシアは立ち向かうことを決めたのだった。

「ダウター塔への移送は、すぐというわけではないのでしょう? ロイド卿には、まだ隣国の協力者について明らかにしてもらわねばならないことがあるわ」

「おっしゃる通りです。早ければ明日にも、あの方への取り調べが始まるかと」

「……間に合ううちに、リディ卿のために時間を作ってはあげられないかしら」

「ナイゼル殿に掛け合ってみましょう」

 すかさず答えたクロヴィスに、アリシアはほっと息をついた。クロヴィスの方も、重苦しい空気をかえようと話題を新商会の方へと移した。もともと枢密院を招集した理由であった新商会についても、僅かながら話し合いが為されたのである。

「本決議は先送りとはなってしまいましたが、新商会を枢密院として後押しする方向で確認がとられました。今回の件を受けて、エアルダールとの差を埋める策が必要であると枢密院が団結したのです。これで、ジュードにいよいよ商会を立ち上げるよう指示できます」

「そう。……よかった」

 明るい報告に、アリシアは顔をほころばせた。

 もちろん、商会の真価が問われるのはずっと後のことであるし、それによって次期王位への道が開けるか否かも影響されるわけだが、ひとまずスタートラインに立てたことはアリシアを安堵させた。

「今日はもう休んで。これ以上に根をつめてしまっては、きっと倒れてしまうわ。その、本当にお疲れ様」

 本当は尽力してくれた数々の事柄に対し深い感謝の念を伝えたいが、あふれる気持ちにぴたりとはまる言葉が見つからない。仕方なく、アリシアは体の向きをかえてクロヴィスに向き合い、精いっぱい微笑みかけた。

 すると、クロヴィスはなぜだか複雑そうな顔をした。すぐに下がろうとしない補佐官をアリシアが疑問に思っていると、ややあって、クロヴィスは困ったように笑った。

「もし、今のが私を労ってかけられたお言葉であるなら、反対に、もうすこしアリシア様と共にいることをお許しねがえませんでしょうか?」

「え? それはもちろん、かまわないけれど」

 アリシアがきょとんと頷くと、クロヴィスは嬉しそうに微笑んで並んで壁にもたれた。そうして特に何を話すでもなく穏やかに時が流れて、町を吹き抜ける風が二人の肌を優しく撫でた。

 それは、とても心地よい時間であった。気が付くと、大広間を退出してからアリシアの胸を占めていた漠然とした心もとなさが、嘘のように消え去っていた。

 アリシアは、そっと隣に立つ青年の横顔を盗み見た。その美しい横顔を眺めていると、あらためてクロヴィスの存在が自分の中で大きくなり、支えとなっていることを認めざるを得ない。

 あまりにじっと見すぎたのだろう。ふとクロヴィスがこちらを見て苦笑した。

「私の顔に何かついていますか?」

「あ、いえ、そういうわけじゃ……」

 アメジストに似た瞳と視線が交わったとたん心臓がはねて、アリシアは顔を赤らめて目をそらした。クロヴィスに抱きしめられてからというものの、どうも目が合うとその時のことを思い出してしまい、気恥ずかしくなってしまうのだ。

「ロイド卿は、前世でも同じように隣国に通じていたと思う?」

 動揺を隠すために、とっさにアリシアは胸にくすぶっていた疑問を口にした。聞いたクロヴィスの方は、まじめな顔をしてしばらく遠くの空をながめていた。

 ややあって、黒髪の補佐官は口を開いた。

「そう考えて、間違いないでしょう。ロイド卿が隣国に通じるようになったのは、アリシア様が過去を思いだされるより前です。あなたが記憶を取り戻すより前が前世とまったく同じという保証はありませんが、可能性は高い」

「やっぱりね……」

「それだけではありません。――これより先は完全に推測となりますが、続けてもよろしいでしょうか?」

「もちろん」

 間髪入れずにうなずいたアリシアに、クロヴィスは虚を突かれたようにまばたきをした。きょとんとする補佐官の顔がなんだかいつもより幼く見えて、王女は小さく吹きだした。

「あなたのことは信頼しているもの。推測だろうとかまわないわ。何か気づいたことがあったなら、教えてくれる?」

「……あなたという方は」

 照れくさかったのか、クロヴィスは形のよい眉を少しだけしかめた。それから、前世について新しく気が付いたことを、アリシアにもわかるように言葉を探しながら説明し始めた。


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