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青薔薇姫のやりなおし革命記 作者:枢 呂紅

6.青薔薇に課せられし試練

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6-2


 主君が言うように、王はかねてよりアリシア王女を次期王に指名することを考えてきた。だが、その想いを知る者はナイゼルしかいない。

 なぜなら、前例がない。ハイルランドの長い歴史の中で、女王が統治した時期がまったくないわけではないが、どれもが臨時的なものだ。ゆえに枢密院をはじめとする貴族たちも、アリシアが夫に迎えるものこそ、次期王位継承者だと疑いなく信じている。

 王は、表面上は皆の思い込みを否定しなかった。明らかに王妃教育には不要な学問をアリシア王女が学ぶのも、臨時的に女王となる可能性もゼロではないからという、かなり消極的な理由で説明された。

 というのも、つい最近まで、主君は諦めかけていたのだ。

 問題だったのは、当事者であるアリシアだ。分け隔てなく臣下に接し、素直でまっすぐな性格で皆に愛される彼女は、王族としては申し分なかった。だが、なにぶん無垢すぎだ。

 穢れを知らず、疑うことをせず、愛らしい薔薇のような姫君。それは彼女の美徳だが、王の器とみるには頼りない。加えて、せっかくの勉学も好かぬとあれば、何も無理矢理に茨の道を進ませるのはどうかというものだ。

 だが、彼女は変わった。具体的には、クロヴィスを補佐官に指名した頃だ。

 子供らしく、楽しければそれでいいという彼女の行動原理は、がらりと変わった。嫌いな勉学も必死で取り組み、聡明な瞳を見開いてあらゆるものに目を向け、少女としてではなく王女として人と接するようになった。

 具体的に彼女の空色の目が何を見据えているのか、そこまではわからない。しかし、アリシアの中に一本の芯のようなものが通ったのは確かだ。

「ご自身を次期王にとのアリシア様の申し出に、陛下はなんとお答えに?」

「今は頷けぬと」

 やはりなと、ナイゼルはさして驚かなかった。

 もしアリシアは王子であったなら話は簡単だったが、彼女は王女だ。王がアリシア姫を次期王位に指名するには、まずは彼女にその器が備わっていることを、彼女自身が証明しなくてはならない。

 もちろんそれは、第一には臣下として仕える貴族を納得させるためだが、同時に隣国エアルダールに対してでもである。

 女帝は前々から、息子のフリッツ王子とアリシア姫との縁談を望んでいると匂わせてきた。恐らく彼女は、自分がエアルダールを統治する間、フリッツ王子をハイルランド王に据えることを狙っている。

 そのあとは、自分の退任と共にフリッツをエアルダールに呼び戻し、ハイルランド王は二人の子に継がせる。宰相としてエアルダールの息がかかる者をつければ、完璧だ。

 そんな狙いがぷんぷんするからこそ、王はアリシア姫とフリッツ王子を引き合わせようとしない。

「シアを後継者に指名するのは、あれにその価値があることを証明した後だ。あの従姉妹殿を文句なしに黙らせるのは、相当に骨が折れるだろうな」

 ほくほくと嬉しそうに語るくせに、王の言葉はきわめて冷静で的を射ている。彼はいつもそうだ。

 心優しく、穏やかで、いたずら好き。人格者であり賢王と名高い主君を、ナイゼルは心から尊敬し慕っている。だが、ときたまに、王がどこまで遠くを見通しているのかと、空恐ろしさを覚えるときがある。

 苛烈な性格で知られる隣国の女帝が本格的にハイルランドを手に入れようと動かないのは、現状での優先度が低いことももちろんのこと、それ以上に彼女がジェームズ王を認めているからだ。

 連想されるのは、巨大なチェス盤。性格も、統治の仕方も、全く異なる二人の王は、実はその性質でよく似ている。恐らくはナイゼルの考えが及ぶよりずっと先まで見通し、互いの手の内を読み合いながら、静かに駒を動かしあっている。

 何やら背筋のあたりがぞくりとしたのを振り払うように、ナイゼルはあえて軽い調子で肩を竦めた。

「あなたもお人が悪い。可愛い子には旅をさせよとは言うものの、陛下の助けもないとは、あまりに重い試練ではありませんか」

「いやいや。私はさりげなーく、おぜん立てする気だったのだよ? なんたって、愛娘の晴れ舞台だ。親としては、手助けしてやりたいものじゃないか」

 しかし、王女は凛と咲く一輪の青薔薇のごとく、揺るぎなく宣言した。

 自分の道は、自分で切り開きたいのだと。

 先ほど王に抱いた畏敬の念とは別の感情で、ナイゼルの体は打ち震えた。使節団の慰労式典で、クロヴィスを庇い立った王女の気高く美しい姿が、まざまざと瞼の裏に蘇る。

 空色の髪に王冠がきらめく様を、是が非にもこの目で見たい。

「シアには、優秀な補佐官もついておる。あれが何をするのか、私も興味深いのだ。まずは、愛しい我が子のお手並み拝見といったところかの」

 王女アリシアと、その補佐官クロヴィス。なぜかナイゼルは、彼らが進むその先に、歴史の転換点があるような興奮を覚えたのであった。


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