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青薔薇姫のやりなおし革命記 作者:枢 呂紅

2.青薔薇姫は、かく目覚めり

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2-2


 瞼の裏に浮かんだのは、蔑むように見下ろしていた、恐ろしく端麗な男の姿だった。

「どうかなさいましたか? アリシア様」

「いえ……」

 ぶるりと震えて肩を抱いたアリシアに、フーリエ女官長はいぶかしんで目を細めた。

 あの男、漆黒の髪に紫の瞳を持つ襲撃者が誰なのか、アリシアは知らない。
 だが、前世にあの男と対峙したとき、自分は彼を「貴族ではないか」と推測していた。

 もし本当に貴族であれば、いくつか式典に出席するうちにひょっこり本人が顔を出すかもしれないし、少なくとも、あの目立つ外見であれば、手がかりをつかめるかもしれない。

 死神の化身にも見えた男のことを思い出すだけで、アリシアの白い肌はあわ立つ心地がしたが、このまま、どこの誰とも存ぜぬまま放置しておくほうが、そら恐ろしくもあった。

「やっぱり、今夜は出席するわ。お父様にも、そう伝えて」

「はい?」

「「え」」

 王女の意外な申し出に、鉄仮面とも称される女官長の表情が崩れた。後ろでも、思わずといった様子で声を上げてしまったアニとマルサが、あわてて互いの口をふさいでいる。

「そんなに驚くことかしら? ……それとも、急に予定を変更したら、皆に迷惑をかけてしまう? 」

「「「いいえ! 」」」

 女官長と侍女、三人の声が見事に重なり、彼女たちは顔を見合わせた。こほんと咳払いをして、代表してフーリエが口を開く。

「いつ何時、アリシア様が王女の役目を果たせるよう、私共には常に準備ができております。ご安心くださいませ。ただ、あなた様の口から、出席の意をいただくのは初めてのことで……」

 元の無表情を取り戻したものの、素直すぎる物言いが、女官長の動揺を物語っている。

 たしかに今まで自分は、父王が許してくれるのをいいことに、あーだこーだと言い訳を並べて式典を欠席してきた。そのたびに、社交界デビュー前だから後半の舞踏会は欠席するにしても、式の頭ぐらいは出席して顔を売るべきだと、女官長からは再三に忠告を受けてきた。

 面倒だからと聞き流していただけに、フーリエの動揺は耳がいたい。

「少し、思い直したの。これからは、もう少し公の場所に出て、貴族たちを学んだ方がいいかなと。……って、泣くほどのことじゃないと思うのだけど」

「いえ、いえ。アリシア様がご立派になられて、このフーリエ、感激至極です。リズも、天国でどれほど安心していることか」

 リズというのは、現国王の亡きリズベット王妃、つまりアリシアの母のことだ。部屋付き女官となる前から、王妃と女官長とは友人関係だった。

 だからフーリエが、「早逝の親友のために、その娘を立派な王女に! 」と固く誓ったのは当然の流れだとは思うが、式典に出ると宣言しただけでこうも喜ばれると、かえって複雑である。

 結局、妙に張り切った様子の女官長の采配のもと、同じくやる気に満ち溢れた侍女たちに磨き上げられて、やっぱり欠席しておけばよかったとアリシアは内心にぼやいたのだった。



 宮廷楽団が音楽を奏で、左右に別れて貴族たちが並び立つ。そんな大広間の中央には、赤いカーペットがまっすぐに敷かれ、その最奥の壇上にて、アリシアは国王の隣にちょこんと腰掛けていた。

「ほら、アリシア様よ。今日もなんと可愛らしい」

「日増しにリズベット王妃に似ていくようだわ」

「まさしく、ハイルランドに咲く青き薔薇姫だ」

「ジェームズ王はかの愛らしい姫君に、いかなる伴侶を選ぶつもりなのだろうな」

 ああ、やっぱり、面倒くさい。

 大広間のあちこちから注がれる貴族たちの視線を気にしないように努めながら、アリシアは溜息を吐きたくなるのを堪えた。

 記憶の中にある母はとても美しい人で、いつも柔らかな微笑みを浮かべ、愛しい子と呼びながら優しくアリシアの髪を撫でてくれた。

 その母を深く愛していたが故に、子がアリシア一人であるのに関わらず、ジェームズ王は後妻を迎えようとはしなかった。

 そのため、貴族たちがアリシアに向ける目は、一王女に向けるよりもずっと熱いものであった。なんせ、アリシアの夫となるものは、いずれこの国の王となるのだから。

 もちろん、ハイルランドの長い歴史の中では、女王が国を統治した時期もあった。だが、それはほとんどがイレギュラーであり、王女の夫が王位継承者に指名されるか、それが叶わぬ場合は他の王族が後を継いでいた。

 おかげ様でアリシアが公務で顔を出せば、侯爵以上の貴族は我先に息子を売り込もうと群れを成す。ただでさえ、王妃教育を朝夕に施されて疲れ果てているというのに、明らかに期待した様子の貴族に囲まれるというのは、大層な苦痛であった。

(だから、公務は嫌いなのよ)

 内心に愚痴りながらも、それでも表面上は笑顔を浮かべているあたり、王妃教育の賜物である。

 ところで、公務嫌いのアリシアが主張を曲げてまで式典に出席することになった、問題の漆黒の髪の男だが。

(いない……わよね? )

 大広間に並ぶ貴族たちをざっと見渡して、アリシアは形の良い眉をくいと寄せた。金銀赤茶と髪の色はあまたとあれども、あれほど目立つ色を見落とすはずがない。壇上に座るおかげで、背の低いアリシアでも広間を見渡せるのだから、なおさらだ。

 これは、さっそく無駄足になってしまったかな。

 もとより一発で見つかるとは思っていなかったが、なんとなく拍子抜けした。その時になって、自分が件の男との再会に、相当緊張を覚えていたことに気づいた。

「シア、体は大丈夫かい? 」

 肩の力を抜いて背もたれに身を預けたアリシアを、ジェームズ王が心配そうに覗き込んだ。前に家臣たちが、ジェームズ王は東方に伝わる福の神のようであると言っていた。福の神なるものを見たことがないが、人好きのする王の性格や外見も、家臣、民を問わず慕われる様も、その呼び名にぴったりだと思う。

「大丈夫よ、お父様。そろそろ始まるのでしょう? 」

「途中で苦しくなったら、退席してもいいのだからね」

 アリシアが頷くと、ジェームズ王はくしゃりと笑って、アニたちが結い上げてくれた髪を崩れないようそっと撫でてくれた。それが合図になったのか、側に控えていた王の筆頭補佐官であるナイゼル・オットーが右手を掲げた。

 高らかにファンファーレが鳴り響き、客人を迎えるべくジェームズ王が立ち上がり、両手を広げた。それに応え、正装した騎士二人が大広間の扉を両側に引いた。

 開け放たれた入口の中央、赤いカーペットが敷かれた道の上に、使節団の面々が姿をあらわす。

 政治を司る各府省からの選出者、王の諮問機関たる枢密院に属する有力貴族の子息数名、王国トップの教育機関である王立学院の首席卒業者と、計10名に及ぶ使節団はそうそうたるメンバーだ。

 2年に渡りエアルダールを視察して回っただけあって、彼らの目は一様に聡く、こうした場であっても堂々としている。と、彼らが一礼するのを見守っていたアリシアは、ある一人を見つけた途端に凍りついた。
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