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青薔薇姫のやりなおし革命記 作者:枢 呂紅

5.姫殿下の覚悟と、王の器

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5-15




 あり得ない。そんなわけがない。そう否定してしまいたいのに、リディの中の冷静な部分が、目の前の人物に逆らうなと警告を発した。

 フードで顔を隠していようとも、少女の佇まいは毅然として気高さをにじませた。小鳥のように澄んだ声は、少しの曇りもなく道を示し、自然に周囲を従わせる力を持っていた。

 リディの額から汗が滑り落ち、その口がわなないた。

「まさか、あなたは!?」

「ひさしぶりね、リディ。父の前で会って以来かしら」

 ふわりと風が吹き、チャコールグレーのフードが少しだけずれる。その瞬間、リディはたしかに、フードの下に隠された空色の瞳と、同じく澄んだ空の色をした美しい青髪を見た。

 あまりのことに体を硬直させたリディに、ハイルランドの青薔薇と称される姫君は可憐に微笑む。たったそれだけのことなのに、公爵家の嫡男は背中をひやりとした何かで撫でられたような錯覚を覚えた。

「アリシア姫……っ!?」

「しっ」

 なぜ、城下町に王女がいる。
 それに、この平民たちが王女の友人とは、一体なんの冗談だ。

 ロバートに手を取られて馬車を完全に降り、沸き起こる数々の疑問におののくリディを見上げて、アリシア王女は人差し指を口元でぴんと立てた。そして、内緒の秘密話でもするように、ぱちりと片目をつむった。

「今日一日は、ただのアリスなの。だから、この件はここでおしまい。あなたも、そうするのがいいと思わない?」

 暗に、これ以上騒ぎ立てれば王に報告すると匂わせておきながら、王女の笑みは少しの穢れも感じさせない。そのことが、かえってリディを戦慄させた。

「若旦那様……」

 己の従者が、心配げにこちらを見ているのがわかる。だが、それにかまってやる余裕は、リディには残っていなかった。ごくりと喉を鳴らして、彼は必死に考えた。

 どうする。どうすれば、この窮地を抜け出せる。

 たっぷり数分沈黙したのちに、おもむろにリディは自身の杖をクロヴィスに押し付けると、子供たちと世話役の前に立った。そして、深く頭を下げた。それを見たロバートが、ひゅっと口笛を吹いたのはご愛敬だ。

「すまなかった。この詫びは、いずれ別の形で」

 深々と頭を下げたのは、心から謝罪をしたかったためではない。屈辱に歪む顔を、ぎりりとかみしめた奥歯を、隠したいがためだ。

地の底から這うような声でどうにか最低限の義理を通すことに成功したリディは、ぱっと体を起こすと、身を翻して己の馬車に乗り込んだ。背後を振り返ることなくぴしゃりと扉を閉めると、苛立ちを含んだ声で従者に命じた。

「帰るぞ、アル! さっさと馬を走らせろ!」

「はっ!」

 がたりと衝撃があって、リディを乗せた馬車は街道を走り始めた。

 窓に頬杖をつき、ぶすりとした顔をして、リディは馬車に揺られた。まったく、本当に今日はなんという厄日であろうか。王都に無駄足を運ぶわ、平民に舐めた態度を取られるわ、気に食わない黒犬に遭遇するわ。

 加えて、あの王女。

 毒にも薬にもならない、愛らしいだけの姫君。そう思っていたのに、ここ最近の変わりようはなんだ。あの腹立たしいクロムウェルを引き立てただけにとどまらず、枢密院の重鎮であるサザーランド家の嫡男の顔に、涼しい顔で泥を塗ってくれようとは。

(アリシア王女……。この僕が、このまま黙っているとは思うなよ)

 せめてもの負け惜しみにそう毒づいたリディが、己の杖をクロヴィスに預けたままであったことに気が付くのは、もう少し先のことであった。

 さらに言えば、後日その杖がアリシア王女の名でサザーランド家に届けられ、彼が思わず怒りのあまりに杖をへし折ったというのは、完全なる余談である。






「アリシア様、紅茶でも淹れましょうか?」

「姫様が好きな焼き菓子もありますよぅ?」

「えっと、うん。今はいらないわ。ありがとう」

 紅茶のポットを手にしたアニ。焼き菓子の並べられた皿を掲げたマルサ。そんな二人に顔を覗き込まれても、どこか上の空のアリシアは気のない返事をした。続いて、窓のほうに向けた椅子に座って外を眺めながら、王女は深いふかいため息を吐き出した。

 二人の侍女は笑顔のまま、音もなくすすすと王女のそばを離れると、入り口付近に控えていた補佐官に同時に詰め寄った。

「ちょっと、これはどういうわけですか、クロヴィス卿!?」

「どうして元気いっぱいに出掛けた姫様が、しょんぼり帰ってくるっていうんです!?」

 姫殿下に向けていた満面の笑みから一転、ものすごい形相で迫ってきた侍女ふたりに囲まれて、クロヴィスはわずかに表情をひきつらせた。

 まぁ、侍女ふたりのこの反応も無理はない。てっきり「楽しかった!」とにこにこと帰ってくると思われたアリシア王女が、すっかりふさぎ込んで町から戻ってきたのだから。

 何があったのか知っているのは、お前だけだ。
 さあ、我らが姫様をどうにかしろ。

 そんな侍女ふたりからのプレッシャーをびしばしと感じつつ、クロヴィスは嘆息して、ぼんやりと窓の外を眺める主人の傍らに立った。


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