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青薔薇姫のやりなおし革命記 作者:枢 呂紅

4.黒き補佐官は手を伸ばす

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4-2

※ナイゼル・オットー筆頭補佐官の目線です。


「クロヴィス、この報告書を見てくれないか」

 30名ほどの補佐官が机を並べる執務室、そのすべてを見渡せる位置にある筆頭補佐官席から、ナイゼル・オットーは新米補佐官の名を呼んだ。

 この並外れた美貌に恵まれた青年が、アリシア王女本人に指名を受けて王女付き補佐官に任命されてから早2週間。新米にして突然重要な任をあたえられた彼には、時間の許す限りあらゆる記録に目を通すよう命じ、己の知見をひたすら広げさせていた。

 その成果は、どれほどであろうか。

 クロヴィス以外の補佐官は、これがナイゼルによる抜き打ちテストであることを察してか、クロヴィス本人には気づかれないよう、しかし興味深げにちらちらと筆頭補佐官席に目線を送ってきた。

 呼ばれたクロヴィスはナイゼルの傍らに立つと、手渡された地方院からの報告書に目をやり、整った顔をわずかにしかめた。

「これは……」

「どう見る?」

 クロヴィスに見せたのは、地方院長官から上がってきた『ローゼン侯爵領における収支報告書』であった。難しい言葉や数字で彩られてはいるが、端的に言ってしまえば「あそこの領主は不真面目だから、領地を没収すべき」というものである。

 ローゼン侯爵領主といえば、変人奇人と名高いジェード・ニコルだ。古くからの名家に関わらず、社交界には滅多に顔を出さず、他の古参貴族との交流もほとんどない。そのくせ、港町にふらりと現れては東方商人と飲み歩き、酒場で愉快に歌う姿がたびたび目撃されている。

他にも、曰く、東方の磁器を揃えるために、代々が家宝としていた絵を売り払って金に換えたり。

肖像画を描かせたら右に出る者はいないとすら言われる著名な画家に、草木の描写が雑多であると指摘して、多いに怒らせて帰らせてしまったり。

他の貴族も懇意にしており、ニコル家でも先代が贔屓にしてきた商人を、モノを見る目がないからとばっさり切り捨ててみたり。

 有名すぎる彼に関する噂は、当然クロヴィスの耳にも入っているだろう。そうした先入観を持ってみれば、この報告書の提言は“的を射たもの”に映るはずだ。

 じっと見守るナイゼルの前で、報告書を読み進めたクロヴィスは、顔を上げると聡明な目を細めた。

「ひどい言いがかりです。地方院に差し戻して構わないかと」

「と、いうと?」

 ナイゼルが詳しく求めると、クロヴィスは報告書をめくり、ある表を指し示した。

「たとえば、ローゼン侯爵領のここ10年の税に関する報告を見てください。たしかに現当主となってから、王国へ納める税額が減少しています」

 しかし、と黒髪の青年は肩を竦めた。

「彼が領地を継いだ最初の3年は、ローゼン侯爵領を含む北部で大寒波による農作物不作が続いた頃。それを考慮せず、しかも寒波の影響が少なかった南方の領地と税収を比べるのは、はっきり言って無駄です」

 提言書以外には何の資料も持たずに、5年以上前の寒波について正確に言及し、そのうえ比較で用いられている他領地の数値がどの地方のものかを当ててみせたクロヴィスに、こっそりと様子をうかがっていた他の補佐官が口笛を吹いた。

 ナイゼル自身もクロヴィスの答えに満足しつつ、あえて先を促してみた。

「ジュード・ニコルについては、どう思う?」

「件の人物に直接会ったことはないので、推測の域をでませんが……」

 細いあごのラインに指を添えて、クロヴィスは慎重に言葉を選んだ。

「ローゼン候が変わり者であることは、数ある噂から確かです。ですが一方で、法務府の記録を見る限りローゼン侯爵領は平和であり、領民の満足度は高い。彼による領地経営は、うまく言っていると判断できるのではないでしょうか」

「合格だ」

 怪訝な顔をした若き補佐官に、ナイゼルは苦笑をした。

「試して悪かった。実をいうと、地方院長官のドレファスは困ったものでな。ことさらにローゼン候と馬が合わず、補佐室で却下されることをわかったうえで、定期的にこうした提言を送りつけてくるんだ」

 おかげで、“幅広い知識をもとに、公正な判断ができるか”という補佐官にとって必須の能力を磨くための、程よいテキストとなってくれているわけだが、とナイゼルは笑った。

「ナイゼル殿も人が悪い」

「俺も、同じ報告書を見せられたんだよ。あの時は、散々な答えをしちまったなぁ」

「俺なんか、うっかり提言に賛成したもんだから、その後、先輩たちのいじりがひどくってさぁ」

 すっかり仕事の手をとめてやり取りに聞き入っていた先輩補佐官たちが、口々にぼやく。目を丸くして彼らを見るクロヴィスの隣で、ナイゼルは大きな手を二度叩いた。

「超大型新人が入ってきたからには、お前たちもうかうかしていられないぞ。さ、この後に、最初の報告書を私に持ってくるのは誰だ?」

「こわや、こわや」

「よくやった、新人。頼もしいが、俺たちも負けてねぇぞ」

 明るくはやし立てる先輩補佐官に、クロヴィスの方はばしばしと背中やら肩を叩かれて迷惑そうな顔をしたが、ほんの少しだけ嬉しそうに頬を染めた。

(いい傾向だ)

 両手を絡めて、その様をじっと見守るナイゼルは、深い知識を感じさせる藍色の瞳を細めて、そっと微笑んだ。

 ナイゼルが部下を選ぶ基準は、徹底した実力主義だ。筆頭補佐官に指名されてからというもの、それまでの家柄や血筋のみに頼って籍をおいてきた補佐官を切り捨て、代わりに知識欲があり、王と国のために尽くそうとする熱意を持つ者を集めてきた。

 そんなナイゼルのやり方は、この国の伝統とは反するものだ。特に、血族を補佐室から追い出された古参貴族は、ナイゼルが王国の秩序を乱していると目の敵にしてくる。

 だが、どんなに敵を作ろうと、実力に基づき優秀な人材を集めなければハイルランドのためにならないと、ナイゼルは信念を持っていた。国の外に目を向ければ、もはや人を判断するのは血筋でないことは、火を見るよりも明らかだ。

 特に、隣国エアルダール。かの国はハイルランドよりもよほど後発国であるにかかわらず、経済、軍事、政治、すべてにおいて影響力を持つ。それは、早い時期から商人を保護し、その台頭を抑えるどころか後押ししたためであるだろう。

 使節団の報告によれば、エアルダールの貴族は、もはや威張るだけの特権階級ではありえない。貪欲な学びの風潮は庶民にまで広がり、優秀であれば庶民といえども多額の富を得るのも可能だ。結果、庶民、商人、新興貴族の誰もが限りない上昇の夢を持って励み、古参貴族もまた、彼らに負けぬよう責務を果たすのだ。

 幸いに、ナイゼルの改革の功もあり、今の補佐室のメンバーは血筋よりも本人を見て判断をする者ばかりだ。とはいえ、さすがのナイゼルも、彼らがクロヴィスを受け入れるかは心配であった。だが、新米補佐官の有能さは先輩たちを文句なしに納得させた。

 クロヴィスの方も、はじめは出自を気にして鋭く張り詰めた様子を見せていたが、今ではこのように他のメンバーに心を許した表情を見せつつある。さらに、はじめの気負いが薄れるにつれ、よりその頭脳は明晰さを増しているのだ。

 僅か2週間で頭角を現しつつある部下に舌を巻きつつ、そのクロヴィスの手を掴んだ幼い王女に、ナイゼルは内心で深く感謝を告げた。

(姫様、あなたは自分の気づかぬうちに、とんでもない拾い物をされたのかもしれません)

 まだまだ、無邪気で愛らしい幼子であると思っていた姫君が、いつの間にか一王女として臣下を庇うほど成長していたことを嬉しく思いながら、ナイゼルは山積みにある自らの仕事へと戻っていったのであった。


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