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青薔薇姫のやりなおし革命記 作者:枢 呂紅

16.星が巡る

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16-2



 リディがエアルダールへと旅立ってから10日ほど経つ。エグディエル城では、本格的に星祭へ向け準備が始まった。

 全体の指揮を執っているのは、王の右腕である筆頭補佐官のナイゼルだ。彼のもとで補佐室があれこれと走り回り、式次第の固めや、各省庁との調整が行われる。それに伴い、王女付き補佐官であるクロヴィスも多忙を極めるようになり、隣国や前世についてあれこれと議論を重ねる時間はなくなってしまった。

 一方のアリシアも、暇をしていたわけではない。王から任されている政務に加えて、張り切る女官長によるマナー講座およびダンスレッスンに追われたのである。

 そんなわけで、王女と補佐官がそれぞれに慌ただしい日々を送る中、彼は突然現れた。

「おひさしぶりですね、アリシア様。クロくんも、元気そうで何よりだよ!」

「ジュード‼ 本当に来てくれたのね!」

 愛嬌あるえくぼを浮かべ、両手をひろげて朗らかに現れたローゼン侯爵に、執務机に向かっていたアリシアはペンを置いて声を弾ませた。

 名のある侯爵であり、さらにはメリクリウス商会の責任者であるジュード・ニコル。アリシアの戦友のひとりと言える彼だが、貴族界の付き合いを嫌うという変わり者のため、王城に姿を見せることは滅多にない。

 そんなジュードが、今年に限っては「建国式典に出席する」と返答をよこしてきたので、招いたアリシアの方がびっくりしたのである。

「てっきり今年も、何かと理由をつけて断られるかと思ったわ」

「ひどいなあ。それでは、僕がひどく礼儀しらずな男のようではありませんか」

「事実、式典への出席を毎年見送ってきたのは、あなたでしょう」

「あはは。クロくんは相変わらず手厳しいな。僕にもね、色々とあるんだよ。気分が乗るとか、乗らないとかも含めてね」

 悪びれる様子もなく、笑みをたたえてマイペースに肩をすくめるジュードは、いっそ清々しくて嫌味がない。思わず苦笑したアリシアに、ジュードは腕を組んで目を細めた。

「それに、今回はローゼン侯爵としてというより、メリクリウス商会の責任者として、エグディエルを訪れたつもりですよ。なにせアリシア様にはエアルダールにて、イストの責任者と面会していただいたのですから」

 頭の切れる商人としての顔をのぞかせたジュードに、アリシアはすぐに居住まいをただした。

 ダドリー・ホプキンスと、バーナバス・マクレガー。アリシアはエアルダールへの視察の中で、イスト商会の舵を握る二人の責任者と顔合わせを果たした。そのことを受けて、近いうちに、イスト商会との連携に向けて具体的に話をすすめなければと思っていたのだ。

 それを察したからこそ、ジュードも城に足を運ぶ気になったのだろう。もっとも、ジュードが足を運んでくれることを期待して、彼本人だけではなくメリクリウス商会で重要な役割を果たす名のある商人も何人か招待しているので、アリシアの狙いが当たったともいえる。

 さて、アニとマルサが用意してくれた紅茶と菓子を囲んで、アリシアらは改めて対面した。口火を切ったのはジュードだ。彼は紅茶に口をつけて満足そうに微笑んでから、いたずらっぽくアリシアを見た。

「イストのふたりはどうでしたか? なかなかに抜け目ない人物だったでしょう」

「ええ。正直、交渉にあたるのが自分でなくて良かったと思ってしまったわ。けど、これで両商会の提携に向けて一歩前進したわ。ジュードには、これから負担をかけるわね」

「いえいえ。舞踏会に出席するよう求められるより、こっちの仕事の方がずっと楽しい。ダドリーとの駆け引きは刺激的ですし、その先でメリクリウス商会が得られる利益は莫大なもので、想像するだけで胸が躍るというものですよ」

 ジュードの言う通りだ。サンプストンの港に浮かぶ巨大な帆船が物語るように、エアルダールは航路での貿易に力を入れている。イスト商会も、船を用いて遠い海の向こうとの交易に乗り出し、異国の珍しい品々を仕入れてはさらなる富を築いているという。

 そのイスト商会と連携を深めれば、イストを通じてハイルランドの産業を海の向こうに売り込むこともできるし、逆にあちらの優れた商品を買い取って、新しいもの好きな貴族たちに売ることもできるのだ。

「しかし、気をつけてください。前にも話しましたが、この提携、我が国ばかりに利があるように思います。あちらにもエリザベス帝の機嫌を取るという隠れた目的があるとはいえ、あくまで提携が対等なものでなければ、そのうち足元を見られるのでは?」

「よくぞ聞いてくれたね、クロくん。君の憂いはもっともだけれど、策はあると言ったでしょ? それを見せる目的もあって、ここまで来たのさ」

 そう言って、若き領主は傍らに置いた木箱をごそごそと開け、中からビロード生地に包まれた塊を取り出した。慎重な手つきで布を暴いていくと、やがて、つるりと光沢のある白肌が姿を現した。

「それは、まさか……」

「ご明察。ついに完成したんだ。ローゼン領主代々の悲願、本物の磁器だよ!」

 嬉しそうに掲げるジュードから、アリシアは恐る恐る薄地の皿を受け取った。ふちには繊細な青い絵付けが施されており、器を裏返すとニコル家の紋章が押されている。見た目も、触れた感じも、確かに本物の磁器だ。

「すごい……。とても綺麗だわ」

「ありがとうございます。アリシア様にそう言っていただくと、僕も自信が出ますよ」

 身を乗り出して話すジュードは、得意げに微笑んだ。

 美しい白肌も、硝子のような硬質さも、手に取る者を夢中にさせてやまない磁器だが、それが作られるのは遠い海の向こうであり、技法は謎に包まれている。そのため、貴族のコレクターの中には、自領地の中で磁器を作ろうと研究を重ねている。

 「東洋の間」という磁器を集めた展示室を作るほど磁器に魅せられたニコル家も、自領に研究機関を抱えているということは、以前ジュードにも聞かされていた。もう相当長い間、それこそ何代にも渡って研究を支援してきたと言っていたが、まさか本当に完成させてしまうとは思わなかった。

「メリクリウス商会を設立した、思わぬ副産物ですよ」

 嬉しそうに彼が話すことによれば、初めてアリシアがローゼン領を踏んだ頃には、すでに磁器の研究は完成の一歩手前の状態だった。しかし、ある大きな問題が最後の壁として立ちふさがり、一種の手詰まりに陥っていたという。

 けれども、ジュード自身がメリクリウス商会の責任者となった結果、東方の商人と駆け引きをする中で、偶然にもその問題の突破口を知ることができた。

「もちろん、絵付けの技術などは、まだまだ発展途上です。ですが、これは原石だ。いや。原石以上の至宝だ。貴族だけじゃない、各国の王族が、こぞって注文をすることになる。もちろん、メリクリウス商会を通じてね」

「なるほど。そこで、〝提携〟が活きてくるわけですね」

「うんうん、話が早くて助かるよ。我が領作の磁器はメリクリウス商会と、提携商会であるイストにのみ卸す。ダドリーにはそれとなく匂わせておいたけど、珍しく目の色をわかりやすく変えていたね。当然だよね。彼は磁器の価値をわかっているんだもの」

 アリシアが机の上に置いた白磁の皿を、ジュードが軽く指でなぞる。白く滑らかな表面が窓から差し込む光を受けて輝いた。

「イスト商会には、いつ完成品を見せるの?」

「近々、新しく窯で焼き上げる予定なので、それが上がったらにしようかと思います。建国式典が終われば、ちょっと落ち着きますし。道中に強盗に奪われても困るので、ヘルドからサンプストンへ船を出すことにしますよ」

「では、焼き上がりましたら、ご連絡ください。イスト商会との関係を固める、重要な交渉材料です。あちらに見せるまえに、補佐室としても一度確認をしておきたい」

「もちろん、そのつもりだよ。クロくんがローゼン領まで来てくれるのかな?」

「そのように手配します」

 クロヴィスの返答に朗らかに頷いてから、ふと、ジュードは瞬きをした。

「そういえば最近、サザーランド家の若い子がエアルダールに渡ったよね。リディくんだったかな? 彼も何か、商売を始めたいだなんてことは言ってなかった?」

 思わぬとことで出てきた名前に、アリシアとクロヴィスは思わず顔を見合わせる。代表して口を開いたのは、アリシアの方だった。

「確かにリディをエアルダールに向かわせたけど、どうしてそう思ったの?」

「ああ、いや。聞かれたんですよ、彼に。アリシア様があちらに視察に行っていた頃だと思うんですけどね」

 ジュードが話すことには、ローゼン領にあるニコル家の屋敷にリディが訪ねてきたのだという。そこで彼は、エアルダールを拠点とするいくつかの商会の名前をあげ、ジュードと個人的な付き合いがあり、さらには口の堅さが保証できる商人がいれば教えてほしいと頼んだそうだ。

「シェラフォード地区といえば、ヴィオラがあるでしょう? てっきり、ヴィオラを拠点に新しい商売でも始めるのかなと思っていたのですが、すぐにエアルダールに行っちゃいましたからね。結局、あれはなんだったのかなあと不思議だったんです」

 ジュードは首を傾げて主従二人を見るが、こちらとしても答えようがない。

 アリシアがエアルダールへ行っている間ということは、その時すでに、リディは自身が隣国に渡ることを見据えて行動していた可能性が高い。すると、商人についてジュードに尋ねたのも、ロイドと手を組んでいた黒幕につながる手がかりを探してのことだろう。

「まあ、どういう目的で接触するつもりだとしても、僕が紹介したのは色んな意味で信頼のおける人物ばかりです。万が一にも、リディくんが危険な目にあうことはないとは思いますけどね……」

 そうは言いながらも、ジュードはどこか不安げな顔をして、窓の外を見た。残念ながら、先ほどまではよく晴れていた空には重い雲が立ち込めており、しとしとと弱雨が空気を湿らせている。




 それから3日ほど経った建国式典前日、アリシアたちの心配をよそに、リディから文が届けられた。


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