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青薔薇姫のやりなおし革命記 作者:枢 呂紅

15.ふたりの女王

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15-5



 ぎぃっと重苦しい音を響かせて、木製の扉が閉ざされていく。その隙間から、感情の一切を消したフリッツと、――その後ろに控えるクロヴィスの姿が目に入った。クロヴィスは目が合うと、小さく頷いた。それにアリシアが応えようとした時、扉が完全に閉ざされた。

「普通に話している分には声が外に漏れる心配はない。当然、中から扉が開かれるまでは、外から戸に触れることは許さぬとも伝えてある」

 アリシアが振り返るのと同じくして、部屋の中心に置かれた椅子の背に手をかけた女帝が、おやと首を傾げた。

「かつても、似たようなことを口にしたな。……そうか。あれは、ユグドラシルと王座を競った時であったか」

「ベアトリクス様にお聞きしました。数日の間、お二人は閉ざされた部屋の中で協議を重ね、その結果、エリザベス様が王となったとか」

「なつかしいことだ。さあ、そこに掛けるといい。立ったままでは辛いだろう」

「ありがとうございます」

 軽く頭を下げてから、アリシアは女帝の向かいの椅子に腰かけた。改めて顔をあげれば、深紅のドレスに身を包んだ女帝が、肘にもたれかかって面白そうにアリシアを見ている。妖艶な笑みを浮かべる美しくも冷酷なる女帝は、ただそこにいるだけで相手を萎縮させた。

 エアルダール帝国を率いる絶対的統治者、エリザベス。前世でも、やりなおしの生でも、時代を回す大きな歯車として彼女は色濃く影を投げる。そんなエリザベス帝と二人きりで同じ部屋にいるというのは、いささか奇妙な心地がした。

「二人で、といのが気に入った。そなたは、余が怖くはないのか」

「正直に申しますと、恐ろしいと思う気持ちはあります」

「真実が欲しいと言ったな。余に何が聞きたい」

「数年前に我が国で命を落とした、ひとりの男にまつわる事柄です」

 緩やかな笑みを浮かべたまま、女帝が目を細める。その反応から、これからアリシアが語ろうとする内容について、検討をつけた上で女帝が交渉の席についたことを知る。沈黙を守ることで先を促す女帝に、アリシアは小さく深呼吸をしてから、思い切って口を開いた。

「シェラフォード公爵、ロイド・サザーランド。彼は6年前、ある罪を告白した後、不幸にも命を落としました。その罪というのは、隣国エアルダールの何者かと密約を結んでいたというものです」

「密約の内容は?」

「枢密院の存続を約束する代わりに、フリッツ殿下と私の婚約を後押しし、殿下にハイルランドの王座を用意するというものです。しかし、実態はそれだけに留まらず、ロイドは王国の機密を流した上、指示を受けて我が国にとって不利になるような動きを――メリクリウス商会設立の妨害を働いています」

「大それたことを。誰なのだ。〝何者か〟というのは」

「わかりません。しかし、その者がエアルダールの元老院に属す、高位の人間であるという証拠はあります。証拠は我が国で厳重に保管をしていてお見せすることはできませんが、征服王ユリウスの黒馬の刻印がはっきりと押されています」

「……ほう」

 黒馬のことを聞いた時、初めて女帝の目の奥が妖しく輝いた。

「黒馬の刻印を使うことを許しているのは、元老院に籍を置くものだけ。つまり、そなたの言葉を信じるならば、ロイド・サザーランドと通じていたのは余に近い場所にいるらしいな。―――もしくは、余の命を受けて、サザーランドに近づいたか」

「陛下は、ロイド・サザーランドの件とは無関係かもしれない。もともと、私はそのように考えていました。そして、この国で陛下にお会いして、自分の考えは間違っていなかったと確信しています」

「なぜ、余を信じる」

「メリクリウス商会との交易を真っ先に認めたのが、エアルダールだったからです。あれは、国内に潜む内通者がこれ以上下手に動かないよう、牽制したのではないかと」

「それだけか?」

「他にも、イスト商会のダドリー・ホプキンスと会ってみて、陛下がメリクリウス商会に深い関心を抱いていたことを知りました。それほどまで興味があった商会を、設立前に潰すよう陛下が指示するのは不自然です。……けれど、一番大きかったのは、勘です」

「勘?」

「私と殿下の婚約を確実なものとするために、ロイドに誰かを近づかせる。一つの手だとは思いますが、回りくどい方法です。婚約は建前で、本当は別の目的があった……そうだとしても、やっぱり回りくどいのです。陛下らしくありません」

「なるほど。たしかに、余のやり方ではない」

 小さく肩を震わせて、女帝がくつくつと笑いを漏らす。それに対峙するアリシアは、確信を込めて女帝を見た。

「ロイドの件は、陛下とは無関係。そうですね」

「……そうだ」

 椅子にもたれかたっていた肘を解いて身を正してから、女帝は頷いた。

「もっとも、証明する術はない。余が言うことを信じるも信じないも、そなた次第だ。だが、余は〝内通者〟を知らぬし、指示を出した覚えもない。――それで、だ」

 言葉を区切って、女帝が前に身を乗り出す。太陽が傾いたためか、格子のはまった細い窓から陽の光が差し込み、却って彼女の顔の半分に暗い影を落とした。

「そろそろ待ちくたびれたぞ。古い事件をわざわざ掘り返したのは、何も余の無実を確かめたかったためではないだろう?」

「陛下がどちらであるか、それも重要なことでしたが……。私が望むのは、ロイドと通じていた高官の特定。および、その者の元老院からの追放です」

 床に伸びる二人ぶんの影が、細く長くなっていく。木々のざわめきや鳥たちの鳴き声が遠ざかっていく中、まるで世界中からこの部屋だけ取り残されたかのような錯覚を覚える。満ちていく影に押しつぶされないように、アリシアはついに核心を口にした。

「ロイド・サザーランドの事件と今回の騒ぎ。……陛下。二つの事件の裏にいるのは、同じ人物かもしれません」





〝二つの事件がつながっているかもしれない?〟

 クロヴィスの言葉に思わずアリシアが首を傾げてオウム返しをしたのは、統一派がクラウン外相邸の前で騒ぎを起こした夜だった。驚くアリシアに対し、クロヴィスはちらりと戸のあたりに控えるロバートを見た。外に耳を澄ませる銀髪の騎士が頷いたのを確認してから、クロヴィスは再び口を開いた。

〝おかしいとは思いませんか。今回の騒ぎは、狙いすましたようにアリシア様の目の前で起きました。私たちがサンプストンに滞在するのはほんの数日だというのに、タイミングが良すぎます〟

〝それは王家の馬車が町に入るのを見たり、あちこちを視察しているのを見て、私がサンプストンに滞在していることを知ったからじゃ……〟

〝それは、統一派の集会が勃発的に起こった場合の話です。しかし今回は、民衆を雇い、騒ぎを起こすように指示を出しています。昨日今日の行き当たりばったりの計画であれば、数日のうちに黒幕の貴族が捕まるでしょう。そうならなければ、綿密な計画が練られていた――つまり、以前からアリシア様の滞在日程を知っている者が、背後にいることになります〟

〝なるほどね。けれど、視察中の行程が組まれたのは直前だし、情報が洩れるにしても限度があるわ。すると、事前に滞在日程を知ることが可能なのは、日程を組んだ宰相やクラウン外相夫妻、護衛に当たる騎士たち、あとは元老院くらいしか……〟

 自分で言ってから、アリシアは「あっ」と声をあげた。そんな主人にクロヴィスは静かに頷いた。

〝ええ、そうです。そして、ロイドとつながっていたのは、エアルダールの元老院に属する高官でしたよ〟





「過去の事件でも、不可解な点はあったのです。相手はフリッツ殿下がスムーズにハイルランド王座に収まるよう手配する一方で、ロイドには不信感を煽るような要求を突き付けている。今にして思えば、枢密院とエアルダールの対立を深めようとしているかのような不自然さがありました」

「そして、今回の騒ぎか」

 後を継いで、女帝は深緑の瞳を光らせる。

「そなたの目の前で統一派の集会を見せて、我が国への不信を植え付ける。加えて、勘がよければ気付くだろう。黒幕となる統一派は、エアルダールの中枢に紛れているに違いないと」

「はい」とアリシアは女帝を見据えた。

「二つの事件の黒幕が同じなら、その目的は両国の関係に深い溝を生むこと。――両国を対立させ、戦争へと導くことを目論む者が、陛下のお側にいるはずです」

 女帝はしばらく黙っていたが、ふいに立ち上がると、アリシアに背を見せて窓の側に立った。その後ろ姿を見守りながら、アリシアはクロヴィスとの会話を思い出した。

 二つの事件がつながっている可能性を打ち明け、エリザベス帝を味方に引き入れようと提案をしたのはアリシアだ。

 それを聞いたクロヴィスは、はじめ反対した。元老院というのは議長が宰相ユグドラシルで、そこには外相クラウンなどの要人が在籍している。それだけ深部に敵が潜り込んでいるのなら、エリザベス帝もわかった上で敢えて見逃しているのかもしれないというのだ。

 だが、クロヴィスの反対を受けても、アリシアは主張した。元老院が疑わしい限り、宰相や外相、さらにはあまり考えたくはないがベアトリクスを含めて、エアルダールを誰一人として信頼することはできない。この不信はいずれ大きくなり、黒幕の思惑通り、両国の溝を深める結果となるだろう。

 一方で、本人に話した通り、エリザベス帝は黒幕と無関係だろうとアリシアは考えていた。だからいっそ、黒幕の意表を突く形で、女帝個人とアリシアが繋がるべきだと判断したのだ。 

 女帝が黒幕を泳がせているのだとしても、両国の良好な関係を望む以上、アリシア側から協力を持ち掛けられれば拒むことはできない。仮に拒むとしたら、女帝がハイルランドとの絆を捨てるということだ。決して好ましい状況とはいえないが、その時は来るべき戦乱への覚悟を固めよう。

 さて、この賭けは吉と出るか、凶と出るか。

 固唾をのんで、アリシアは審判を待つ。窓から差し込む光が逆光となって、女帝のすらりとした長身そのものが影と同化する。息苦しさにも似た沈黙が続く。そのうち、ふと女帝が振り返った。その横顔は日の光にくっきりと浮かび上がり、壮絶に美しかった。

「いいだろう」と女帝は笑った。

「売られた喧嘩は買わねばなるまい。余は、そなたと手を結ぼう」

「ありがとうございます」とアリシアは立ち上がった。

「陛下は必ず、そのように答えてくださると信じていました」

「して、どう戦う。簡単に尻尾を出すとは思えぬが」

「二人の人間を使いましょう。一人は先ほどの男、もう一人はロイド・サザーランドの息子、リディ・サザーランドです。彼を特任大使としてエアルダールに送ることをお許しください」

 アリシアが淀みなく答えると、女帝は眉をくいと上げた。

「リディ・サザーランドか。確かに彼の者なら、黒幕に関する手がかりを見つけられるかもしれない。仮に当てがなくとも、そのように黒幕を匂わせることが出来れば、何かしらボロを出すこともあろう……。だが、捕まえた男の方は価値がないぞ。奴が何も知らないというのは相手もよく承知している。囮には向かぬ」

「彼の場合は、陛下と私が手を結んだことをアピールするのに使えます。大きな広場に民衆を集め、陛下と私が並んで見守る中、彼を解放するのです」

 それだけで、すぐに女帝は合点がいったらしい。

 民衆の前で解放するのには、二つの意味がある。一つは、統一派が騒ぎを起こそうが両国の固い絆を壊すことはできないという、内外へのアピール。そしてもう一つは、近くに身を潜ませているだろう黒幕に向けた、アリシアとエリザベス帝が手を結んだことを示すメッセージだ。

 通常であれば打ち首になるのが自然なところを、女帝とアリシアの同意をもって解放されるのだ。裏で何かしらの取引があったことを、相手は必ず察知する。そんな中、リディまでエアルダールに駐在するとなれば、相手は相当に慌てるだろう。

「これが牽制となり、二度と動かぬならそれもいい。だが、次なる策略を巡らすというなら容赦はしない。必ずその小賢しい尾を掴み、白日の下に晒してやる」

 見ているこちらの腹の底が冷える、ぞっとする笑みを浮かべて、女帝はあまり平和的でないことを言う。間違っても敵に回したくない人物だが、味方にすればこれほど心強い相手もいない。

 そのように胸をなでおろしていると、ふと、女帝は笑みを消してアリシアを見た。

「ところで、アリシア。この件に関して、そなたが信頼に足ると判断したのは余だけか?」

「はい」質問の意味がわからず、アリシアは首を傾げて答えた。

「元老院が絡んでいることを考えれば陛下以外の誰の耳に入れてもならない。そのように考え、二人きりで話すことをお願いしたのです」

「そうか」

 短く答えて、女帝は重い木製の扉を見やった。
 寂寥とも憂いともつかぬ色が、その横顔には浮かんでいた。

「実に、惜しいことだ」






こうして、二人きりの会談は終わり、扉は開かれた。

 待ち構えていた騎士たちに女帝はすぐさま指示を出し、翌日の朝一に男は解放された。無論、そこにはアリシアも立ち会った。集まった大勢の民衆の前で、男の罪状が暴かれ、次いで彼を解放する旨が宣言された。ざわつく群衆の頭上に女帝自らが立ち、大声で告げた。

「統一派よ、聞け! 無垢なる民に、己が罪を背負わせた恥を知るがいい! 余は、余の民を傷つける者を許さぬ。余とアリシア王女が望むは、真の咎人の首のみである!」

「え、エリザベス陛下、万歳!」

「アリシア王女殿下、万歳!」

 一拍おいて、広間は喝采で満ちた。「万歳!」「陛下万歳!」と大合唱が重なる中、アリシアは民衆たちではなく、女帝の周辺の人々の様子を窺った。だが、柔和な笑みを浮かべる宰相も、なんだか釈然としない様子で小首を傾げる外相も、目立って変わった風には見えない。

 逆に、アリシアのことをじっと観察している者もいた。エアルダール第一皇子、フリッツである。彼は大衆に向けて語り掛ける女帝の背中を見てから、硝子のごとく無感動な瞳をアリシアに向けた。結局、彼は一言も発することなく、すべてが終わると氷が溶けるようにすぐさま姿を消してしまった。

 とにかく、賽は投げられた。6年前――あるいはそのずっと前、前世から続く因縁の戦いへの終止符に向けて、扉が開かれたのであった。


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