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青薔薇姫のやりなおし革命記 作者:枢 呂紅

15.ふたりの女王

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15-1



 重い布の間から、朝の日差しが薄く入り込む。侍女が起こしにくるにはまだ早い時間帯にも関わらず町はすでに動きはじめたようで、細く反響する船の汽笛が、遠い海鳥の声の間に混ざった。

 その音につられて盛り上がった上掛けがもぞもぞと動き、中からハイルランド王女アリシアが顔をのぞかせた。

(また、あまり眠れなかった……)

 澄んだ朝の空気とは裏腹に、アリシアがまとう空気がどんよりと重い。普段は利発な印象を与える空色の目も、今はしょぼしょぼと細められて、下にはうっすらとくまが滲んでみえる。

 ここ二日ほどの間、彼女はひどい寝不足に苛まれていた。では、その原因はなにか。そんなものは単純明快であり、わざわざ考えるまでもない。といって、問題が明確であるからといってすぐに解決可能であるかというと、それはまた別の問題なのだ。

 ベッドの上で体を横たえたまま、アリシアは無意識のうちに自身の頬に触れ、それから桜色の唇を指でなぞった。

 途端、唇を熱い吐息がかすめた感触がよみがえった。

(~~~~っ。ああ、もう……!)

 ぱちんという乾いた音が、寝室にひびく。そうやって頬を叩いてから、アリシアはベッドを抜け出し、外の光を遮っていた重い布をどけて、窓を大きく開け放った。

 風が潮の香りを運び、海と空、境界線があやふやとなる青一色の世界を、白い鳥が駆け上る。それらを胸いっぱいに吸い込もうとするように大きく伸びをして、王女はほっと息をついた。

 思い煩うことはいつでも出来るし、後回しにしたところで誰も困りはしない。一方で、この町でアリシアにしか出来ないことが、目の前には色々と山積みなのだ。

 悶々と悩んでいる暇があったら、今日も一歩を踏み出すのだ。

 ここのところ、何度となく自分にいいきかせた魔法の言葉をふたたび胸のうちに唱えて、アリシアは新しい一日に備えて動き始めたのであった。






 宴の翌日、アリシアは拠点をキングスレー城から、サンプストンという港町にあるクラウン外相別邸へと移していた。

 今回のエアルダール訪問は、隣国の王族との顔合わせ以外にも、いくつかの目的があった。その一つが、隣国各所への視察である。

 隣国を訪れる前、あらかじめアリシアは視察希望として、貿易が盛んな商業の中心地と、領主制にかわって隣国が採用した地方行政をうかがえる場所と要望を出していた。それらの要望をもとに隣国側が提示したのが、サンプストンと王都キングスレーの二都市だった。

 エアルダール陣営でサンプストンへの視察に同行したのは、クラウン夫妻と護衛騎士だけであった。

 全体行程を鑑みて、先にサンプストンの要所をまわってから後日王都を案内してもらうことになっていたのだが、偶然とはいえ、このタイミングでキングスレー城を離れることができたのは幸運だった。

 正直、あの夜に自室で起こった出来事でアリシアの頭はいっぱいいっぱいであるし、何かしらぎくしゃくとした空気が流れてしまわないとも限らない。フリッツにそのことを感づかれでもしたら、面倒以外の何物でもないのだ。

 だが一方で、気がかりなこともあった。城を旅立つ前のシャーロットの様子が、どうにもおかしかったのである。

 ふさぎがちな彼女を心配に思ってアリシアが声をかければ、シャーロットは顔を俯かせて言葉を詰まらせるばかりで、理由を聞き出せる状態ではなかった。前日の宴の席までは普通だったから、何かあったとすればその後なのだが、アリシアから思い当たる節はまったくないのが困りどころだ。

 と、少々気になることはあるものの、視察の方は順調に進んでいた。

 サンプストンは、ハイルランドでいうところのローゼン領ヘルドと同じ、航路におけるエアルダールの一大貿易拠点だ。

 といっても、二つの町が与える印象は若干ことなる。どちらも明るい活気があって開放感に満ちているのは変わらないのだが、ヘルドの小綺麗でかわいらしい田舎町であるのに対し、サンプストンは大都市といった風情だ。

 エアルダールは年々、海路の開拓に力を注いでおり、サンプストンはその拠点となっている。そうした背景もあり、ぱっと見て目立つのは海にいつくも浮かぶ大型帆船の影と、いくつもの文化が混ざり合った異国情緒漂う街並みである。

 まず一日目は、外相の案内で街全体をめぐり、遠い異国の文化が混ざり合う様を確認しつつ、そうした地における行政の在り方についてサンプストンの行政官と意見を交わした。さすがは周辺国の中でも随一の規模を誇る港町とあり、積み上げられた知識や技能は目をみはるものがあった。

 そして二日目、アリシアはイスト商会の拠点を訪問していた。

「はじめまして。代表を務めております、ダドリー・ホプキンスと申します。お会い出来て光栄です、アリシア王女殿下」

 自分のことは、どうぞダドリーとお呼びください。揉み手しながらそのように告げた男は、イスト商会の会長だ。小太りで背は低いが、にこにこと細められた目の奥には抜け目なさがにじんでおり、相当のやり手であることがうかがえる。

「はじめまして、ダドリー。忙しい中、時間を割いてくれてありがとう」

「とんでもない。ハイルランドの王女殿下にお会いできるなど、身に余る光栄です。そしてアリシア様。こちらの男が……」

「バーナバス・マクレガーです。どうぞ俺のことも、バーナバスと」

 そういって手を差し出したのは、商人というよりは海の男といった方がしっくりくるような、がっしりとした体格の日焼けした男だった。

「全体的な商会の運営や対外的な交渉は私が、現場運営の方はこのバーナバスに任せてあります。城からは、アリシア様が双方の話に関心がおありだと伺っていましたので、現場側の代表として同席させました」

「気遣い感謝するわ。バーナバスも、どうぞよろしくね」

 今回アリシアがイスト商会を訪れたのは、何年か前からメリクリウス商会とイスト商会との提携の話が持ち上がっているためだ。

 6年前、アリシアがローゼン領主ジュード・ニコルと共にメリクリウス商会を立ち上げた際、他国の中でまっさきに商会との交易を認めたのが、エアルダールであった。その理由は詳しくは知らされなかったが、隣国からの使者は女帝の強い意向のもとであることを匂わせていた。

 しかし、選りすぐりの商人を集めたとはいえ商会も立ち上げてすぐであり、エアルダール内でのルートも確立していなかった。そんな時、手を差し伸べてきたのが、意外にも隣国の広域商会であるイスト商会だった。

 当然、何かしら裏の意図があるに違いないと疑い、ジュードもイストとのやり取りにはかなり慎重に行った。しかし、商人同士の独自の情報網を通じて探ってもメリクリウス商会にとって不利な内容は見つからず、ジュード自身何度かダドリーとも顔を合わせる中で、信頼できる範囲で手をむすんできたのである。

「メリクリウス商会がここまで短期間で成長できたのは、イスト商会の手助けがあったから。ジュードも私も、イスト商会には感謝をしているわ」

「感謝せねばならないのは私の方です。おかげで女帝陛下にはたいそうお喜びいただけました。よほどあの方はメリクリウス商会に関心がおありと見える……。もしくは、その設立を促したアリシア様、あなた様に」

 月のように細い目の奥で、瞳が光りを放つ。

 抜け目のない商売人であるダドリー・ホプキンスは、それゆえに信頼に値する。ジュードからは、事前にそのような報告を受けていた。

 彼の判断基準は、基本的に商会にとって得であるか損であるかだ。そして、商会にとって最も得となることが何かといえば、エアルダールの絶対的指導者であるエリザベス帝の機嫌をとることである。

 もともと、前王の代に憂き目にあっていた商人たちにとって、エリザベス帝の即位はまさに救済であり、彼女への支持率は高い。中でも、他国との貿易でめきめきと利益を上げていたイスト商会は女帝の関心の中心にあり、その期待にこたえ続けることこそ、商会の地位を確かなものへと押し上げた。

 そうした背景もあって、女帝がメリクリウス商会ないし設立者であるアリシアに興味を抱いている間は、あちらの利害も働き、イストはメリクリウスの敵にはならない。なりようがないと言った方が正しいでしょうねと、ジュードは肩をすくめていた。

「それでは、あらためて我がイスト商会の商圏についでですが……」

 ダドリーが口火をきり、提携に向けた具体的な説明へと話題がうつる。仔細についてはこれから詰める必要があるし、現場での判断はジュードや商会のメンバーに任せてはあるが、商会の後ろ盾の立場であるアリシア自身がこうして相手側責任者と顔を合わせて説明を受けることも十分に必要なステップであるのだ。

 相槌を打ちながら手際よく話をすすめるアリシアを、少し後ろに控えた場所で、補佐官であるクロヴィスと護衛騎士であるロバートとが見守っていた。






「あれで、よかったのか? イスト商会との面会、お前は全然口出さなかったが」

 クラウン外相の別邸に戻ってすぐ、日の当たるサロンでお茶を楽しみながら、ロバートの口からはそのような疑問が飛び出した。

 彼らが仕える相手であるアリシアは、アニやマルサに手伝ってもらいながら余所行きの服装から着替えている最中であり、この場にはクロヴィスとロバートの二人しかいない。騎士の向かいに足を組んで座るクロヴィスは、一口紅茶に口をつけてから、ティーカップを白いガーデンテーブルの上に戻した。

「口を挟まなかったのは、必要を感じなかったからだ。今回の訪問の目的は、商会の後援者であるアリシア様がイストの内情を確かめた、という実績をつくること。イストの拠点を訪れた時点で、その目的の8割方は達成している」

「まあね。細かい判断は、侯爵やメリクリウスの商人がするわけだしな。けど昔のお前だったら、姫さまにべったりくっついて口出ししたんじゃないか? それこそ、雛鳥をかいがいしく世話する親鳥みたいにさ」

「俺はそこまで過保護じゃない」

 黒髪の間からじろりと友をにらんで、クロヴィスが答える。

「それに、あの場において、アリシア様は俺の助けを必要としていなかった。それほどに、あの方は王族として成長されたんだ」

「確かに、あの方の成長は目を見張るものがあるよ。もともと賢い人であるし、チャレンジ精神豊富というか度胸はあったけれど、ここのところの肝の据わった感じはいっそ逞しいとすら思うよ。護衛泣かせ……というより、お前の心臓は持たないかもしれないが」

 面白そうにいってから、ロバートはにやりと笑った。

「ところで、今日は随分と甘い紅茶を所望しているんだな」

 言われたクロヴィスは瞬きをしてから、自分の手元を見つめた。……その手には銀のティースプーンがあり、こんもりと白い砂糖が盛られていた。

 無言でクロヴィスはそれを砂糖壺へと戻し、蓋を閉じた。それから念のためにスプーンでカップの中をよくかき混ぜ、そしらぬ顔でそれに口をつけた。――直後、黒髪の補佐官は片手で顔を覆い隠して悶えた。

「おいおい、落ち着け。無理に飲まんでもいいだろう」

「……いや。たまには、甘いものを飲みたい気分だったんだ」

「おーお。強がりをいいやがって」

「強がりなものか。これも、まあ、悪くない」

 口ぶりとは裏腹に、恐る恐るといった手つきでクロヴィスが再度紅茶に口をつける。頬杖をついてそれを眺めながら、ロバートはにこりと笑みを浮かべた。

「で、姫さまに何したんだ?」

「ごふっ、……!」

 クロヴィスの口から秀麗な顔には似合わないくぐもった声が漏れる。続いて彼はひどくむせた。ごほごほと苦し気に咳き込む友に、「あーあーあーあ。ばかやろう」とあきれながらロバートが背中をさすってやった。

「上手くつくろっているようで、案外わかりやすいよな。お前って」

「……ほっといてくれ」

「そうはいかない。俺は近衛騎士団を預かる身だが、それより前からお前の友だ。友が呆けに呆けて腑抜けているという危機に、だまって見過ごせるわけがあるか」

「俺は呆けてなんかない!」

 強く抗議してから、一瞬の間をおいた後、「たぶん」とクロヴィスは付け足した。きまり悪そうに目を逸らすクロヴィスに、これは重傷だなとロバートは内心に呟いた。



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