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青薔薇姫のやりなおし革命記 作者:枢 呂紅

1.プロローグ <傾国の毒薔薇>

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 その夜、ハイルランド王国が王都エグディエルの街道は、多くの民が溢れ出ていた。

 その日は奇しくも<星祭の夜>、――守護星の祝福により初代王がハイルランドを建国した日を祝う祭の夜であり、本来であれば人々はめいめいが手に灯篭を持ち、エグディエルを横断するエラム川にそれを流すはずだった。

だが、灯篭に代わり民らが持つのは鍬や斧、その形相たるや、憎しみに駆られた鬼のようであった。目に怒りを宿し、口元を憎悪に歪ませ、彼らは口々に叫び練り歩く。

「殺せ!! 」

「エアルダールの犬を殺せ!! 」

「ハイルランドの誇りを穢すものを殺せ!! 」

 夜空の深い青に染まるハイルランドの国旗が各所で翻り、王都のあちこちで上がる火煙が激しい衝突の気配を運ぶ。時が過ぎるにつれ、ますます増えていく人の流れは、王都の中心にそびえる壮麗なるエグディエル城へと長く伸びていた。



 建国よりハイルランドを治めてきたチェスター家末裔にして、現フリッツ王が妃、アリシア・チェスター・ヨルムは、従者らと共に回廊を足早に逃げていた。

 空を閉じ込めたかのように輝くスカイブルーの髪に、同じく澄んだ青い瞳。白き肌は絹のようと、類まれなる美貌に生まれた彼女を、かつて人々は<青薔薇姫>と褒めたたえたものだ。だが、その青薔薇姫の美貌も、今や民衆をなだめる道具にすらならない。

「アリシア様、この先にはまだ暴徒の影はございません」

「この先に水路がございます。そこまで行けば、先の道も開けましょう」

「わかっている。わかっているわ」

王妃を逃がそうと急ぐ従者たちに、しかしアリシアの反応は鈍い。美しい瞳に焦りを滲ませ、忙しなく周囲を伺う彼女の興味は、彼らとは別の所にあった。

「陛下は、フリッツ様はご無事なの? お姿が見えないわ。まさか、暴徒の手にかかっていないかしら」

「王妃様!」

従者の声に、微かだが苛立ちが混じるが、アリシアの耳はそれを聞き分けることはない。それほどに、暴動が始まってから姿を見せることのない、愛する夫を案じていた。

 むろん、アリシアの身とて安全ではない。太陽が水平線に沈むのと同時に湧き上がった暴動の波は、すでに門外にまで押し寄せていた。立ち上がったのは市民だけではなく、若い貴族や近衛騎士団までが混ざっており、城を暴徒が埋め尽くすのも時間の問題だ。

気遣わしげに後ろを振り返るアリシアに、辛抱強く従者は続けた。

「時間がございません。誇りあるチェスター家の血を引くのは、もはやアリシア様のみ。王妃様がおられなければ、誰がハイルランドを統べましょう。今は、堪えて先をお急ぎください」

「何を言うの?! ハイルランドを統べるのは、王たるフリッツ様よ。その御身を軽んじることは、私が許しません」

従者の言葉は正しかったが、皮肉にもアリシアを狙った方とは逆向きに決意させた。

「私は、フリッツ様の御身をお救いに参ります。志を同じくする者だけ、後に続くがいい」

高らかに告げられた宣言に、答える従者は誰もいない。だが、目は口ほどに物を語っていた。美しい瞳で従者たちを見渡したアリシアは、嘆息してから踵を返した。

「いいわ。あなた達は先に行き、道を開いておきなさい。これは命令よ。必ず、陛下をお連れするわ」

如何様にも光を放つ長い髪をなびかせ、アリシアはひとり複雑な回廊を駆けた。遠くで剣が交わる音がリズムを奏でたが、幸いに彼女の行く手を阻む暴徒の影は見えない。

隣国エアルダール帝国の絶対君主、女帝エリザベスの嫡子であり、エアルダールの王位継承権の筆頭に名を連ねるフリッツ王を、大半の民が疎ましく思っていることは知っている。

国境を接する二国の宿命で、エアルダールとハイルランドの間にはいくつも戦争があった。この婚姻も、先の戦争で先王ジェームズがエアルダール兵の矢を受けて命を落とした後に成立したもので、戦勝国による敗戦国の支配と見る者が多い。

だが、彼の祖国が父の仇であろうと、アリシアはフリッツを愛していた。宮廷舞踏会で出会った瞬間から、アリシアの心は彼に奪われてしまったのだ。

 そう。フリッツ王の心が、これっぽっちも自分に向いてなどいなくとも。

「陛下!! フリッツ様!! 」

 いくつもの広間を駆け抜け、ようやく探し当てた愛しい人の背中に、アリシアは精一杯の想いを乗せて呼びかけた。

 星霜の間、――ハイルランドの歴史を最も感じさせる、偉大なる歴代王や聖人たちの像が並び立つ回廊、そのちょうど真ん中のあたりで、アリシアに呼びかけられた人物が振り向いた。

 柔らかくウェーブする金の髪に縁どられた、伝承に唄われる天使と見紛うほどの秀麗な顔がこちらを向いた時、再会の喜びに震えたアリシアの笑顔は固まった。

「アリシア……」

「陛下、シャーロット、様」

 無数の柱の合間に佇む美貌の王は、その腕の中に恋人を抱いたまま、後ろめたげに視線を彷徨わせた。負い目は感じつつも、隠すように寵妃を庇うフリッツの姿に、アリシアの心は軋んだ。

王の胸に抱かれた人を一言で称するなら、可憐な人だ。アリシアの眩い美貌には到底並ばないが、くりりと丸い瞳は物怖じというものを知らず、何より印象的な赤い髪が見る者を惹き付ける。

 当の昔にわかっていたことだが、改めて目の前に突き付けられるのは、さすがに堪える。フリッツ王の心に住むのは、この、シャーロット・ユグドラシルだけだ。

「いたぞ!! 星霜の間だ! 」

しばし見つめ合い硬直していた両者は、アリシアの背後で上がった声にはっと我に返った。石造りの床を駆ける無数の足音が、残された時間が如実に少ないことを語っている。追いすがりたい気持ちを振り払い、アリシアはフリッツ王の前方を示した。

「お急ぎください、陛下。水路へお向かいくださいませ。私の従者が、そこで陛下をお待ちしておりましょう」
「だが、お主は、」
「早く!! 」

 急き立てられたフリッツ王は、何か言いたげに口を開いたが、思い直したように表情を引き締めて頷いた。そして、赤髪の合間から気遣わしげにこちらを除くシャーロットの肩を抱き、無数の石像が並び立つ回廊を駆けて行った。

 アリシアが決死の思いで、愛する王とその寵妃を逃がした直後。

 その背中を見送ることも叶わぬうちに、ガチャガチャと金属がこすれる音を轟かせて、ざっと10名ほどの武装した男たちが星霜の間になだれ込んできた。
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