第二話 新人との会話
森で迷子になった姉妹二人を保護。無事に親元に送り届けたシュウは依頼完了の書類を持って冒険者ギルドを目指していた。
まだ昼過ぎということもあって冒険者ギルドへと向かう途中にある商店はとても賑わっている。
冒険者が使う回復薬やその他外雑貨類をまとめた万屋。各食堂は昼食を取りに来た者たちでごった返し、食材を売る店も主婦たちの熱気に包まれている。
喧騒と笑い声が響く中、シュウの耳が怒鳴り声を捉えた。酔っぱらい同士の喧嘩なら見逃すところだが聞こえてくる声に耳を澄ますとこのまま通り過ぎるわけにもいかなそうだった。
人混みを掻き分け声のする方に向かう。
野次馬たちに囲まれた場所が見えてくるとそこには怒鳴り散らす商人と膝をつく男の姿があった。
男には人間には有るはずのない動物のような耳が頭の上から、腰の辺りから尻尾がついている。
この大陸において最も一般的亜人、獣人である。
「このノロマが! 大事な荷物を崩しおって、中の物が傷んでおったらどうするつもりだ!」
「も…申し訳、あり…ません」
男は手に鞭を持ち、何度もそれを振り下ろした。鞭が振るわれる度亜人の男の身体にはミミズばれのような痣が出来、亜人の男は痛みに耐えるように顔をしかめている。
見れば荷車から木製の箱が幾つか転がり落ちている。どうやら荷物を下ろす際に誤って落としてしまったらしい。
「まあ、そこまでにしといてやれよ」
通りがかかった船ではあるがこのまま見捨てるのも後味が悪い。
「なんだ貴様は」
「通りすがりの冒険者だ。流石にこの往来でそいつはやりすぎだろ」
「コイツは儂が雇った亜人だ。どう扱おうと雇い主である儂の勝手であろうが」
商人の男は不愉快そうに顔を歪めると、再び鞭を振り下ろそうと腕を振り上げる。
そして叩きつけようとしたところでその手を空中で掴んだ。
「な、なにをする!」
「そこまでにしとけ。あんまりやりすぎるとアンタのとこの『サラン商会』にも影響が出るぞ」
「な!?」
周りに聞こえないように顔を近づける商人。その顔にはハッキリとした焦りが伺えた。
「何故、『サラン商会』だと」
「あの木箱の中身は『プネマウマの実』だろ? あれは平民が口に出来るモンじゃない。となると自動的に取引相手は貴族になる。貴族御用達になれるほどデカい商会と言えばこの辺じゃ『サラン商会』だけだからな。すぐ分かったさ」
独特な甘い匂いを持つ『プネマウマの実』は今が旬であり、遥か南でしか育たず、輸送費とそのための冒険者を雇う護衛費でかなり高額になる。
甘みが強く、酸味が弱いことから好んで食べる貴族も多い。
「だ、だが商会に影響が出るというのは……」
「天下の往来で『サラン商会』の商人が従業員に鞭を振るってるんだ。相手が亜人だろうと外聞は良くないと思うけどな」
商人の男は顔を赤から青に染めると急いで亜人の方に向き直る。
「こ、このくらいで勘弁してやる。早く仕事に戻れ!」
そう言い捨てると逃げるように歩いていった。
商人は外聞を非常に気にする。そこを突いてやればすぐにでも立ち去ると思っていたが、想像以上に上手くいったようだ。
「おいアンタ、立てるか?」
「だ、大丈夫だ…」
思っていたよりも傷の具合が酷い。あちこちが裂け、血がにじんでいる。
すぐに呪文を詠唱すると右手を傷の上に掲げた。
「治療」
回復魔法を発動すると手から淡い緑色の光が生じ、徐々に傷をふさいでいく。
「お前……」
亜人の男が驚いたように目を見開いて、治療されていく傷を見ている。
流石に全ての傷を治療するとあの商人の男が騒ぎ出しそうなので、大きな傷だけを治療した。
「これで大丈夫だろう。後で家に帰ってからこれを飲め」
そう言って魔法薬を手渡す。亜人の男は信じられないとばかりに自分の手とシュウの顔に視線を何度も行き来させている。
「傷を治してくれたことは感謝するが、俺は亜人だぞ?」
「だから?」
「何故こんなに良くしてくれるのかと思ってな……」
「別に。俺が見たくなかっただけだ」
まだ驚きから抜けられない亜人をおいたままその場を離れた。
偽善だと分かっているが見たくない物は見たくないのだ。クソッタレが!
内心毒づきながらその場を離れた。
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冒険者ギルド。
二階建ての巨大な木造建築。
やや古びた印象はあるもののそれが逆に建物に年季を感じさせ、派手さはないが重厚さ醸し出していた。
正面の入り口からはひっきりになしに武器や防具を身につけた者たちが出入りし、中の喧噪を外に伝えていた。
立て付けの酷い観音開きの扉を押して中に入ると何人もの冒険者がシュウと同じ依頼完了の書類を持って受付前に列を作っていた。
並んでいるのは危険度の低い依頼を終えた駆け出しの若い者たちがほとんどでベテランの冒険者は依頼の難度からもう少し暗くなってからでないと依頼から帰ってこない。
冒険者ギルドは入って左手側に依頼の書類を貼り付けたボードが、右手側に酒場兼ミーティング用の机が幾つか置かれている。
そして正面にはギルドの顔と言える受付嬢が三人カウンターに腰を下ろし、業務に当たっていた。
基本的に冒険者は人間が多いが獣の特徴を持った獣人や低身長に見合わぬ怪力のドワーフ、魔法の扱いに長けたエルフに代表される亜人種族の冒険者も存在している。
亜人は基本的に人間たちからは嫌われる存在ではあるが冒険者のほとんどは種族感の対立よりも実力を重視する傾向にある。
戦場においては人種よりも実力の高さ、ひいては自分の命を預けられる仲間を必要とするからである。
そのため人間の中で暮らす亜人は冒険者として生計を立てる者が多い。
やけに込んでるなと心の中で愚痴を漏らした後静かに列の最後尾に並ぶ。
十分ほどでシュウの番が回ってきた。
「あ、お疲れ様です。シュウさん」
「ああ、お疲れ。依頼完了の手続きを頼む」
長めのブラウンの髪をした受付嬢は軽い笑みを浮かべながら、シュウが差し出した書類を受け取ると項目に不備がないかチェックしていく。
「しかしシュウさんの手が空いていて本当に助かりました。ベテランの方々はこんな時間に残っていませんから。緊急性の高い依頼になると駆け出しの方では荷が重いですし」
「悪いが今回みたいな依頼はこれっきりにしてくれ。寝ていたところをたたき起こされて森に子供が入ったから捜してきてくれなんて心臓に悪い」
「ハハ、気をつけますがあまり明言は出来ないというか……次に起こったらまた頼んでしまうのは確実というか……」
「全然分かってないだろ」と心の中でつっこむ。
シュウのそんな雰囲気を察したのか受付嬢は慌てた様子で話し始めた。
「だ、だってシュウさんソロなのにBクラスなのに雑用みたいな依頼も受けてくれますし、報酬のことをあまり気にしないので頼みやすいんですよ」
「頼ってもらうのは悪い気はしないがニーナが言ったように俺はソロなんだから討伐依頼はともかく捜索依頼なんてのは手が足りないだろうが」
「分かってますよ~」と語尾が小さくなる返事に溜息を吐きながら次の話を促す。
「で、真面目な話だが依頼の迷子を見つけた際に魔物に襲われていた」
「……本当ですか?」
「ああ。おそらくタイプ・オーガ。角の数と雰囲気から見てステージ3に片足をっこんだステージ2ってところだったが、体長はニメートルを越えてる」
「ステージ1の『小鬼』の亜種でしょうか?」
「いや。種類までは分からないが『中鬼』の方が近いだろうな。武器も棒じゃなくてボロいが斧を持ってた。ただの『小鬼』にそこまでの知能はないだろう」
「そう、ですね。しかしこの辺で『中鬼』の目撃例は無かったはずですが……」
「あの~」
後ろを振り向く。
両手剣を持った男に片手剣に盾装備の男、斥候風の装備にを包み弓を背負った弓術士と思われる女、安物のローブに杖を持った典型的な魔術師の出で立ちの女の四人が此方に声をかけてきていた。
全員十代後半とかなり若いが前衛2、遊撃1、後衛1と考えるとパーティーのバランスは悪くない。
「あら、リヒトさんどうされました?」
リヒトと呼ばれたリーダーと思われる盾装備の男が遠慮がちに口を開いた。
「今、魔物の話をしていましたよね? 出来れば僕たちにも聞かせてもらえないかと」
「シュウさんこちらは『風の剣』の皆さんです。彼らはまだEクラスのパーティーですけど新人たちの中では有力株なんです」
「リヒトと言います」
「シュウだ」
軽く握手を交わすとシュウは自分の疑問を口にした。
「話を聞きたいと言っていたが具体的には何を聞きたいんだ?」
「魔物の種類や特徴を出来ればお願いしたいんです」
「何故だ?」
「実は僕たち少し前にある魔物に苦戦して危うく全滅しそうになったんです。偶然近くを通りかかったベテランのパーティーに助けていただいて誰も欠けることなく切り抜けられたんですけど、情報の重要さに気が付いて次戦うときに活かせたらなと」
「へぇ」
シュウは思わず感心の声を出した。
随分若いが有力株というのは嘘ではないらしい。
冒険者は自分の力に自信を持った者やプライドが高い者が多い。
そのため失敗を素直に受け止め反省できる者は意外と少なく、情報が軽視されがちである。
ベテランクラスになると今までの経験から事前の情報収集の重要性を理解しているが、新人やランクの低い冒険者は情報収集を満足に行わなかったために、命を落とすこともままあるのである。
「だが何故俺なんだ?」
「ベテランの方に話を聞こうかと思ったんですが、皆さんお忙しそうで」
思わず口元がヒクつく。
どうやらこの新人たちは年齢が若い自分をベテランクラスだと思わなかったようで暇そうなところに声をかけてきたらしい。
話を聞いていたニーナが慌てて訂正に入った。
「リ、リヒトさん。こちらBランク冒険者のシュウさんです」
「え、Bランク!?」
「ウソ!?」
「私たちとそんなに変わらなそうなのに」
「人は見かけによらない」
おい、最後のはなんだ。
「あ、あのそうとは知らず失礼なことを」
リーダーの少年は勢いよく頭を下げた。まあ、無理もないか。
タメ口を聞いていた相手が自分たちより高位の冒険者ならこの驚きようも納得である。
冒険者にとってランク差、所謂実力差というのは絶対的な基準である。
冒険者は実力主義であり、年齢に関係なく実力のある者が冒険者内でも強い影響力を持つ。
Dランクで一人前、Bランクからベテランだと言われ、多くの冒険者がBクラスになるのは早くても三十代前半。シュウは現在Bランク。彼の年齢が21であることを考えると異例の高ランクだと言っていい。
「よく言われるから気にしてない。それより魔物についてだろ。簡単なことなら教えてやれるけど、どうする?」
「良いんですか!?」
「この後死なれると目覚めが悪いからな」
「ありがとうございます!」
シュウたちは受付嬢であるニーナの元を離れるとギルド内にある酒場のテーブルの一つに腰を下ろした。
「魔物に種類があるのは知ってるか?」
「はい。タイプ・オーガ、キマイラ、ウルフ、プラントですよね」
「リヒト。タイプ・ドラゴン、スカル、デーモンが抜けてるよ。珍しいからしょうがないけど」
リヒトの隣に座っていた弓使いの少女が付け足すように訂正した。
「へぇ。若い割によく勉強してるな」
「いや、シュウさんも十分若いじゃないですか。それなのにBクラスなんて凄いですよ」
リヒトの言葉に曖昧に答えるとシュウは続きを話し始めた。
「全部話すと長くなるから基本的な事だけな。まず鬼種。特徴は角に異常なまでの耐久力」
「『小鬼』とか『大鬼』が有名ですね」
「そうだな。人間の何倍もの腕力を持ってるから接近戦は禁物だ。倒すには前衛が守りを固めて後衛が魔法や弓なんかの遠距離攻撃が有効だな」
「任せて!」
「……私の出番」
弓術士と魔術師の少女が自分を誇示するかのように胸を張った。
「次は複合種ですよね。僕たちも『犬蛇』なんかと戦ったことがあります」
『犬蛇』はその名の通り体が犬で尻尾が蛇の鵺のような魔物だ。
数が多いことを除けば比較的楽に倒せるので新人冒険者には手頃な相手である。
「特徴は?」
「えーっと確か、幾つもの動物をくっつけたみたいな姿なことと魔法耐性に優れていること……じゃなかったッスか?」
両手剣の少年が自分の記憶を探るように答えた。
「正解だ。耐性があるのは表皮の部分だけだから剣士が攻撃を加えてから魔術師が攻撃する分には問題ないが魔術師の天敵みたいな奴だから気をつけろよ」
「……リヒト、イルガ任せた」
「がんばるよ!」
「任しとけって!」
魔術師の少女の言葉に拳を作って答える男二人。
「次は狼種。四本足で行動する魔物は大抵がコイツ等だ。群れをつくって襲いかかってくる上にスピードも速い。うまく連携を取るのが重要だ」
「任せて下さい! 僕たち連携には自信があるんです!」
「俺たちは最強だぜ!」
「援護は任せて!」
「……私は天才」
一人だけズレているような気がしたがそのままスルーした。
「最後に植物種。コイツは植物関係の魔物の総称だ。有名なのは『ドライアド』、『トレント』、『食人花』。擬態能力が高く、特殊な攻撃をしてくる物も多い。十分用心しろよ」
「「「「はい!」」」」
話を聞き終わると『風の剣』は今日止まる宿に帰って行った。対策を立てて明日にもリベンジに臨むそうだ。
柄にもないことしたな~と考えながらお茶をすする。
シュウだけになったテーブルにニーナが報酬と依頼完了の書類を持ってやってきた。
「シュウさん前より優しそうになりましたよね~」
「……そうか?」
「このギルドに来たばかりのシュウさん、何かギラギラしてて怖かったですから。後輩に助言なんて頼まれたとしても絶対しなかったと思いますよ。そう考えたら随分まる」
「……また来る」
ニーナの言葉を最後まで聞かずにギルドを出た。シュウの後ろでニーナが不思議そうに首を傾げていたが、彼女からはシュウがどんな顔をしているのか見ることは出来なかった。
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