挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
魔王の器 作者:月野文人

第二章 魔王編

95/208

広がる輪

 金十字護民会についての話し合いを終えたカムイは、元教皇庁内に用意してもらった部屋に向かった。
 部屋にはアルトたちの他にも何人かの顔がある。

「お待たせ。いやあ、年寄の話は長いからな」

「そういう問題じゃない! 何日待たせば気が済む……のですか?」

 カムイに勢い込んで文句を言おうとした男であったが、軽く睨まれると、すぐに萎れてしまう。カムイの戦いの様子を、この男はしっかり見ているのだ。

「ワットくん。そう怒るものじゃないよ」

「くんって。一応、年上だが……」

「細かい事を気にするな。とにかく、教都での仕事は終わった。俺達はここを去る」

「そうじゃなくて、何で俺は留められているのかを聞いているの、です」

「ああ。ちょっと今後の事を話したくて。ワットさんは、この先どうするつもりだ?」

「どうすると言われてもな。勇者になれたと思ったのに、現れた神の御使いには屑扱い」

「まあ、屑だからな」

 ワットは本来勇者に選定される者だった。つまり、ラルフを闇討ちさせた犯人だ。

「何だと!?」

「短気だな。そんなに怒るなよ」

「お前が怒らせているの……、ですよね?」

「良いよ。別に無理に敬語使わなくて。俺も使わないから」

「……年上」

「何か?」

「いや、何でもない。今後の事だな。正直言えば決まってない。ここでの事が知られれば恥ずかしく地元に帰るのもあれだしな」

「そういうワットさんに朗報がある」

「何だ?」

「仕事の斡旋。俺の言う仕事してみないか?」

「……まずは内容を言え」

 この男の言葉は簡単に信用してはいけない。すでにワットはこう感じている。

「ルースア王国の王都に行って一仕事して欲しい」

「……だから内容」

「王都には貧民街がある。そこを牛耳って欲しい」

「はっ?」

「だから、王都の闇社会を牛耳って欲しいと言ってるんだ」

「簡単に言うな! ルースア王国の王都の裏社会となれば軽く百を超える配下を抱えているだろうが? そんな奴等をどうやって押し退けろってんだ?」

「潰しちゃえば良い」

「は、はあ?」

「闇討ちでも何でも使って制圧しろ。闇討ちは得意だろ?」

 カムイは意味ありげな笑みをワットに向けた。

「な、何の事だ?」

「また惚けちゃって。勇者選定の本選の前日に闇討ちさせただろ? そこにいるラルフくんを」

「なっ!?」「何だと!?」

「ネタは上がっている。白状しろ」

「そ、それで俺に声を掛けたのか?」

「そう。その悪辣さを見込んでな」

「えっ?」

「勘違いするな。別に罪に問うつもりはないから。そういう手を平気で使える所を見込んで、本当に仕事を頼もうと思っただけだ」

「……本気なのか?」

「当然」

「ちょっと待て! 何を勝手な事を言っている! 闇討ちされたのは俺だぞ!」

 襲われた当人のラルフは黙っていられる訳はない。大声で怒鳴ってきた。

「それは俺には関係ない話だ。後にしてくれ」

「出来るか!」

「ラルフくん。君を助けたのは俺だよね?」

「あ、ああ」

「その恩を返してもらおうか」

「……それは」

「ちなみに君は神の御使いに勇者として認められる自信はあったのかな?」

「そ、それは」

 闇討ちをされなければラルフが選定の場に出る事になった。だが、その結果はどうなるか。
 それを思ってラルフは言葉を続けられなくなった。

「恥をかかなくて済んだのだから、ワットくんに感謝しろ、以上。さて話を続けよう」

「い、良いのか?」

「別に良いだろ? それでどうだ? やる気になったか?」

「簡単にやる気になる訳ないだろ? どうやって出来る? 返り討ちにあって終わりだ」

「仲間は?」

「戻ってきてない。助けたって事は、どうせ、お前が殺したんだろ?」

「あっ、そうか。あれが全部?」

「いや、まだいるが。三人しかいない」

「信用出来るのか?」

「悪党の繋がりを信用しろと?」

「一人もいないのか?」

「……兄弟分と言えるのは一人いる」

「一人か……。もう二、三人は欲しい所だな。えっと、ラルフくん」

「断る!」

「だよな。じゃあ、それでやるしかないか。うまくすれば信用出来る奴が見つかるかもしれないしな」

「だから、四人でどうやれと。俺らは万の敵と戦えるお前らとは違う」

「そんな数とは戦ってない。実際は良い所、二千だな。後は逃げ出したか、戦意喪失」

「二千だって異常だ。俺にはそんな事は出来ない」

「じゃあ、ある程度はここで数を揃えろ」

「ここで?」

「元教会騎士のごろつきを勧誘すれば良い」

「教会騎士をごろつき呼ばわりか?」

「実際そういう奴等はいる。まあ、金の繋がりだから信用は出来ないだろうけどな」

「寝首をかかれそうだ」

「だから護衛という意味で信用出来る奴を二、三人って言ったんだ。……ちょっと勝算薄いかな」

 数は揃えられたとしても、相手は元教会騎士。それこそ、ごろつきの様なワットの言う事を大人しく聞くとは思えない。

「ちょっとどころか、不可能に近いな」

「仕方ないな。やっぱり人手を回してもらうか」

「誰に?」

「知り合い。お前の上司にあたる人だな」

「上司?」

「ああ気にするな。上司といっても、うまくやっている限りは、何かを言ってくる事はない。稼ぎも全て自由にして良い」

「何をさせたいのだ? それじゃあ、お前は何の得もないだろうが」

「やって欲しい事は二つだ。一つは王都の情報を定期的に俺ではなく、その上司に報告する事。そしてもう一つは非合法奴隷を見つけたらとにかく買い取る事。こっちが俺の得だ」

「……なるほどな。そういう事か。とんだ悪党だと思ってたが、そんな目的があったのだな」

 それだけで事情が分かるワットは、それなりに裏事情を知っているという事だ。カムイは自分の目に狂いはなかったと分かった。

「そう」

「しかし高いぞ。仮にそこを牛耳れたとして、そんな稼げるのか?」

「時間に余裕がある場合は、情報を伝えれば奴隷商人が買いにくる。無い場合はとにかく金をかき集めて買い取れ。後で同じく奴隷商人が金を持って引き取りにくる」

「すげえな。そんな仕組みを作ってたのか」

「まだまだだ。もっと根を広げる必要がある。その広げる先の一つがルースア王国の王都」

「ちょっと面白くなってきたが、どうだかな」

 後からきた新参者が、裏社会を牛耳るなど簡単に出来る事ではない。任せろと言える自信は、ワットには無かった。

「まあ、最低限、拠点の確保まででも良い。ああ、それと現地の情報だな。誰が仕切っていて、その戦力はどれくらいか。いくつの勢力があって、関係はどうか。そんな情報だ」

「まあ、良いだろう。それで報酬はもらえるのか?」

「当然。とりあえずの手当と拠点の準備資金は用意しよう」

「了解だ」

「あっ、一つ言っておくことがある。今話した事は重要機密だからな。もし他に漏れた気配があったら」

「あったら?」

「殺すから」

「だよな……。テメエ! もう引き下がれないじゃないか!?」

 カムイは漏れた気配と言った。それはワットが話した証拠がなくても殺すという事だとワットは理解した。自分は口を閉ざしても、他の奴がどうかと言えば、間違いなく漏らすだろう。それをさせない為には、ワットが目を光らせているしかないという事になる。

「分かった? 俺はこれはと見込んだ相手を簡単に手放したりしない」

 ワットの答えを聞いて、益々、カムイは嬉しそうな顔を見せている。頭の回転が速い事は、この仕事では大切な事。自分が見込んだ相手が満足の行く資質を見せた事を喜んでいるのだ。

「……それは褒めてるのか?」

「最大限褒めているつもりだけど?」

「そうか」

「ちょっと、その気になったか?」

「ちょっとだけだ」

「それで十分。うん、教都に来た甲斐があったな」

「ついでだろ?」

「だとしても、こういうのは何て言うか、偶然の必然だからな」

「意味が分からない」

「出会うべくして出会った、と言えば良いか?」

「…………」

 ワットは口をぽかんと開けたまま固まってしまっている。その様子を見て、益々、カムイは楽しそうだ。

「あれ? もしかして照れている?」

「馬鹿言うな!」

「馬鹿って。褒めているのに……」

「一つ聞いて良いか?」

「何?」

「何で俺なのだ? 強さなら、こっちの小僧の方が強いだろ」

「えっ、それは屑だからに決まっているだろ?」

「テ、テメエ」

「冗談。確かにラルフくんは強い。ラルフくんには才能を感じさせるものがある。一方でワットには全然才能を感じない」

「馬鹿にしてるのか!?」

「それが凄い」

「なっ?」

「才能を持たないのに、そこまで強くなった。俺はその事をもってお前を選んだ。お前は悪党だけど、それは正しい目的を持たなかったからだと俺は思っている。正しい目的を持てば、お前は輝ける。暗闇の中での小さな輝きかもしれないけどな」

「お、俺が、輝ける?」

「俺はそう思っている。俺は少しだけど人を見る目はあるつもりだ。俺の周りにいる仲間を見ろ。輝いていないか?」

「そうだな……。だが、お前らは俺には眩しすぎる」

「光にだって色々ある。眩しい光もあれば、温かい光もある。かすかな煌めきであったとしても、真っ暗闇の中では、それが救いになる事がある。それになってもらえないか? 今も苦しんでいる奴隷たちの為に」

 先程までの茶化すような雰囲気は綺麗に消し去って、カムイはそう言ってワットに頭を下げた。

「……分かった。俺に出来るか分からないが、やってやるよ」

「ありがとう」

「あ、ああ」

 そして顔を上げたカムイに顔には満面の笑みが浮かんでいる。それを見た瞬間に、ワットはもう自分が逃れられない事を自覚した。自分はこの男の為に死んでいくのだと何故かはっきりと感じたのだ。

「これは……。全く、いつの間に男まで口説けるようになったのかねえ」

 二人の様子に、アルトはすっかり呆れている。

「ほんと。怖いな。カムイのあの笑顔にやられた女がどれだけいるか。男にまで通用するとは思わなかった」

 ルッツもアルトの意見に同調した。カムイの女ったらしぶりを、よく知っている二人だ。

「えっ、そうなの?」

 仲間外れなのがイグナーツだ。仲間内でのカムイしか知らないイグナーツは、人を口説くカムイを始めて見たのだ。

「イグナーツは知らねえからな。学院の頃のカムイの女ったらしぶりをよ」

「……お前が教えないからだよね」

「ああっ!? 文句あんのか?」

「あるに決まっているよね。自分ばっかり、学院生活の思い出なんて作ってさ」

「まあな。あれは楽しかったなあ」

「殺す」

「おいおい。また喧嘩かよ。進歩ないな。いい加減に大人になったらどうだ?」

 いつもの様に、二人の間を取り持とうとしたルッツだったが。

「お前がな」「この片想い野郎」

「……こ、殺す!」

 今回はいつもと違う状況になった。

「ルッツ兄は片想いなのか? 相手が誰なのかマリアにも教えて欲しいのです」

 そこに更にマリアが参戦する。

「お子ちゃまは黙ってろ!」

「むむっ! マリアだってもう大人なのです!」

「どこが大人だ。小さい頃から全然変わってないだろ?」

「あら、ルッツ兄。それは女性に対して、失礼ではなくって?」

「えっ?」「なっ?」「嘘?」

 途端に大人びた言葉遣いで話すマリア。雰囲気まで変わってしまった事に、ルッツたちは驚いている。

「嫌ね。私だって年頃の女よ。これくらいの言葉遣いは出来るわ」

「お前、さてはわざと子供の時の言葉遣いを直さなかったな?」

「だって、その方がカムイ兄は可愛いって言ってくれるのです」

「……馬鹿」

「むむっ?」

「それじゃあ、いつまでたっても妹扱いじゃねえか? 女として見てもらえねえぞ」

「あっ……」

「はっ。言葉遣いは治せても、頭の方は子供のままだな」

「うるさいのです!」

 ワットにとって眩しすぎる英雄たちの一幕であった。そんな仲間のやり取りに、カムイは照れ笑いを浮かべている。

「えっと……。あんな仲間だ」

「あ、ああ。まあ、あれはあれで楽しそうだな」

「まあな。滅多に会う事はないと思う。でも、目的を同じにしている限り、俺達は仲間になれる。俺にはそういう仲間が既に何人かいるからな」

「仲間か……なれるかね?」

「なれるさ。きっとな」

「ああ。じゃあ、えっと……」

「カムイで良い。皆そう呼ぶ」

「分かった、カムイ。よろしく頼む」

「こちらこそ」

 お互いに伸ばした手をカムイとワットはがっちりと握り合った。カムイたちにとって、新しく仲間になるであろう者の誕生の瞬間だ。アルトたち四人もふざけ合うのを止めて、そんな二人を見ていた。

 だが、その雰囲気に取り残されている二人がこの場にいる

「あ、あの?」

「えっと……ティアナさん?」

「そうです……」

「何か用ですか?」

「私たちはどうすれば良いのでしょう?」

「さあ?」

「さあって事はないだろ! 待っていたのに」

「頼んだか? 俺が声を掛けたのはワットだけのつもりだけど」

「それはそうだけど」

「勝手に残っていて文句を言うな」

「…………」

「あの、こちらの話を聞いてもらえませんか?」

 カムイの言い様にラルフの方は黙りこんだが、ティアナの方はそれで終わらせようとしなかった。

「ええ、良いですよ。ティアナさん。貴女の頼みなら」

「お前……」

「何か文句あるか? 文句あるなら、俺は帰る」

「ない……」

「それで話と言うのは何ですか? ティアナさん」

「話があるのは私ではなくラルフなの」

「ちっ」

「舌打ちするな!」

「うるさいな。文句ばかり言ってないでさっさと話してみろ。聞いてやるから」

「お前が言わせているのだろ!」

「よし、聞いた。じゃあ、これで用件は終わりだな」

「ま、待て! 何も言ってないだろ?」

「言っただろ? お前が言わせているって」

「……聞く気ないだろ?」

「ないな」

「そんな事言わずにラルフの話を聞いてあげてください!」

「ええ、良いですよ。ティアナさん。貴女の頼みなら」

 ティアナに向かって満面の笑みで応えるカムイ。別にティアナを気に入っている訳ではない。ラルフをからかっているだけだ。

「ほら、とっとと話せ」

 ラルフに向かって、心底面倒くさいという顔を見せるカムイ。

「…………」

 あまりの態度の違いにラルフは怒りで言葉が出ない。

「では、用件はないと云うことで」

「今、話す!」

「早くしろよ」

「俺は……強くなりたい。どうすればお前みたいに強くなれるのだ?」

 ようやく話したい事を口に出せたラルフだったが。

「そうだな……頑張れ」

 カムイに軽く流された。

「そういう事じゃない!」

「じゃあ、どういう事だ?」

「分かっていると思うが俺は母の手一つで育てられた。母は勇者として失敗した父への批判に耐えながら、貧しい中で苦労しながら俺を育ててくれたのだ」

「そうか」

「頑張って来たのに、周りの者たちはいつまで経っても父の事で母を軽蔑の目で見続けている。だから俺は強くなって父の汚名を晴らそうと思った」

「なるほど」

「ようやく巡ってきた機会だった。勇者になって活躍すれば父の汚名を晴らすことが出来る。そうすれば母も周りの人たちから尊敬されるようになるだろうと思って」

「そうかもな」

「でも、俺は勇者になれなかった。それに父は、実際に軽蔑されるような人だった」

「そうだな」

「俺は目標を見失った」

「だから?」

「それでも……、俺は強くなりたい。今度は自分の目的の為に強くなって、勇者として認められなくても、人の力になろうと決めたのだ」

「おお、それは良い事だな」

「でもまだまだ力不足だ。お前の戦いを見て、そう思った」

「それで?」

「強くなる方法を教えて欲しい。どうすればお前達みたいに強くなれる?」

 勇者になるという目標を失ったラルフ。誰かを守る為に強くなれば良い、というヴェドエルの言葉を受けて、今はただ強くなる事を目指そうと考えている。
 強くなることで、又、新しい何かが見つかるのではないかと考えていた。

「……そうか。分かった」

「教えてくれるか?」

「ああ、勿論だ」

「では」

「神教騎士団は解散したが、新たに金十字護民騎士団というものが出来た」

「えっ?」

「そこに入って騎士として働け。そうすればお前は強くなれる」

「い、いや、でも、それで強くなれるのか?」

 それであればカムイに聞く必要はない。ラルフの本音はカムイに鍛えて欲しいのだ。

「なれる! いいか、護民騎士団は力無き民を守る為の騎士団だ! 力無き民の盾! それが護民騎士だ! それは勇者に等しいあり方!」

「そ、そうか」

「弱き者を守ろうという心! その貴い思いがお前を強くする!」

「そうだな」

「さあ、行け! 護民の騎士よ! その力を力無き者の為に役立てるのだ!」

「あ、ああ! 俺は行く!」

 そして又、高ぶった気持ちを胸にラルフは駆け出していく――はずだったのだが。

「待って!!」

 それを許さない者が居た。

「……ティアナさん、何か?」

「何かではありません。そうやって又、ラルフを騙そうとするのですね?」

「な、何? 俺は騙されているのか?」

「別に騙していませんよ。強い心が人を強くする。これは本当です」

「そうかもしれませんが、ラルフは貴方たちと同行して、色々学びたいのです」

「同行? 俺達と?」

「そうです。貴方たちと同じように鍛えて、同じような経験をすれば、きっと自分は強くなれる。そう思っているのです。私もそう思います」

「なるほど。話は分かりました」

「では、同行させてもらえますか?」

「嫌だ」

「えっ?」

「熱血嫌い」

「そんな理由で?」

「不幸自慢はもっと嫌い」

「……不幸自慢?」

 ようやくカムイが本音を話したのだが、ティアナにはすぐに分からなかった。分かるはずがないが。

「自分が幸せである事にも気が付かずに、まるで不幸みたいに、苦労してきたのは母親だけなのに、まるで自分が苦労してきたように話している。呆れましたね」

「そんな……実際にうちは」

「うち?」

「あっ、私とラルフは兄妹です。父は違いますけど」

「それは又、完全な駄目男ですね」

「えっ?」

「じゃあ、俺達からも少し不幸自慢を」

「貴方たちですか?」

「俺達の中で両親の顔を知っているのはアルトだけです。そのアルトも幼い頃に捨てられたと言って良い形で孤児院に預けられました。それ以降、一切、両親とは会っていません」

「そうなのですか?」

「俺達は全員、孤児院出身ですから。まあ俺は半年しかいませんでしたけどね。ルッツとマリアは親が誰かも知りません。そういう意味では俺も養父母に引き取られるまでは父親は誰か知りませんでした」

「…………」

「全員の両親が生きているか死んでいるかも分からない。俺の両親が死んでいるのは間違いないか。養父母も含めて。さて、母親がいて、妹がいて、義理の父親もいるんですよね? 家族四人で生きていられる貴方の兄と、俺達はどちらが不幸ですか?」

「……貴方たちです」

「いえ、俺達は不幸ではありません。そう思った時もありましたけど、今は違います。何を言いたいかというと、境遇なんて、人の幸不幸には関係ないって事です。それを貴方の兄は分かっていない。境遇を自分を慰める道具にしていると言っても良い」

「俺は……」

「そんな人は俺達の仲間にはなれません。だから同行を認める訳にはいかない。二人で家に戻るのですね。家族四人で暮らせば良い」

「でも、地元では」

「まだ言い訳ですか? そこで暮らすのが嫌なら、別の所に移れば良い。勇者が父であった事など、誰にも言わなければ、それで解決する事です」

「そうかもしれませんけど、慣れ親しんだ土地を離れるのは」

「それも言い訳です。魔族は慣れ親しんだ土地を持つことも許されてこなかった。それに比べればどうですか?」

「それは……でも、私たちはそんなに強くありません。力がという事ではなくて……知らない土地で暮らせるのか、そもそも宛もありません」

「……面倒ですね。じゃあ、ノルトエンデにでも行けばどうですか?」

「はい?」

「俺の父親の討伐の途中でしょうから、家は東方辺境領あたりではないですか? それであればノルトエンデは遠くない」

「でも、ノルトエンデは」

「魔獣があちこち闊歩する危険な土地です。でも、以前よりはマシになっているはずです。それに貴女の兄は強くなって、人々を守りたいのですよね? ノルトエンデの魔獣と戦えば強くなれますよ。生き残ればですけど」

「でも」

「いや、俺は行く。ノルトエンデはお前達が暮らしていた場所なのだな?」

「そうだ」

「じゃあ、行く。行って俺は強くなる」

「それは勝手に。でも、そんな事を考える暇があれば母親の事を考えてやれ」

「それは、分かっている」

「分かってないな。恐らくお前の母親は勇者の子を産みたくて産んだ訳ではないと思う」

 カムイの厳しい指摘は続く。こういった無知な不幸自慢がカムイは大嫌いなのだ。

「な、なんだって?」

「お前の父親はそういう奴なんだよ。お前の兄弟は他にもいるかもな。そっちは腹違いだけど」

「う、嘘だ」

「そういう事も知らされていない。お前は母親に甘やかされているんだな。周りの目をお前は軽蔑だって言ったけど、案外、憐みや同情の目じゃないのか? それはそれで辛い事に違いはないけど」

「…………」

「もし、軽蔑の目だとしたら、お前のせいかもな。父親が勇者だって、自慢したりしてないか? 自分は特別だって思い上がってなかったか?」

「俺は……」

 カムイの言った事は図星だった。ラルフは小さい時からの自分の行動を思い出して、顔を青ざめさせている。

「ノルトエンデに行くなら覚悟しておけ。お前の父親はノルトエンデで暮らしていた魔族を討伐しようとした者だ。今度は本当に軽蔑の目で見られるだろうからな」

「…………」

「それでも良ければ、勝手にしろ。ノルトエンデで暮らす事を認めてもらえるように頼んでやる」

「……ちょっと、考えさせてくれ」

「それも勝手に。言っておくが、お前の答えを待っているつもりはないからな」

「わ、分かってる」

 がっくりと肩を落としてラルフは部屋を出て行った。

「ラ、ラルフ!」

「相変わらず甘えな」

「えっ?」

 慌てて後を追おうと席を立ったティアナの耳にアルトの呟く声が聞こえた。

「うるさい」

「あれ、変われる保証ねえぞ。まだ自分の不幸を悩んでやがる」

「それは分かっている。勝手にすれば良い。別にノルトエンデに行く事を許したからって、ずっとそこにいられる訳じゃない」

「あの、それって?」

「いつか俺達はノルトエンデに帰る。俺達と共感出来ないような奴は邪魔だ。ただ暮らすだけなら何も言わないけど、そういう性格じゃなさそうだ」

「そうですか……」

「明日には発つ。それまでに結論が出ないかもしれないから、伝えておく。ノルトエンデに住みたければ、ノルトヴァッヘにいる皇国から派遣された代官のオットーを訪ねろ。会えなければ元教会騎士を探して、ヴェドエルさんを通して会わせてもらえ」

「代官に何と言えば良いのですか?」

「カムイ・クロイツに言われてきた」

「それだけ?」

「昔の同級生だからな。住む場所くらいは融通してくれると思う。今も移民は募集中だろうからな」

「分かりました」

 同級生だからといって、カムイは魔王。名前を出すだけで移住を認める代官とは何者なのかとティアナは思ったが、それは聞いてはいけない事だと直感的に判断して、返事だけをした。

 翌日。予定通りにカムイたちは教都を発った。
 教都を発つ二千近い騎士団。その動きを知った、皇国や王国の間者が行き先を突きとめようとしたが、教都北部の山中に入った所で、その足取りは綺麗さっぱり消え失せた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ