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魔王の器 作者:月野文人

第二章 魔王編

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魔王の策略

 勇者選定の儀を知って、多くの者が我こそはと教国に向かっていた。
 信仰心からではない。ただ力あるだけで、勇者という称号がもらえて、それに相応しい待遇が与えられるのだ。その機会を逃すまいと野心を燃え上がらせる者は、決して少なくなかった。
 そして、ここにも一人、そういった者がいる。
 もっとも彼の場合は、待遇は関係なく、勇者という名誉だけを求めての行動である。待遇に関しては、すでに人並み外れたものを得ているのだ。
 豪奢の鎧に身を固めて、これまた立派な白馬にのって先を急ぐ彼。その後を、彼よりは豪華さではやや劣るとはいえ、立派な装束の騎士たちが数騎、続いている。

「殿下! 少し速度を落としてください! このままでは馬が持ちませぬ!」

「ええい! 情けない! この程度で弱音を吐いてどうする!」

「弱音を吐いているのは私ではなく、馬でございます! とにかく、馬が潰れては、この先の旅程が進みませぬ!」

「……仕方ない!」

 馬が潰れるという言葉にようやく殿下と言われた男は馬の足を緩めた。

「殿下」

「何だ?」

「考え直された方がよろしいのではないですか? 今であれば、まだ陛下も重臣たちも気が付いていないはず。王都に戻りましょう」

「それは出来ん」

「何故でございますか? そもそも一国の王太子が勇者になるなど、普通ではありません」

「しかし、兄上は勇者に同行したではないか?」

「それは……」

「お前だって分かっているはずだ。父上は今でも兄上こそがルースア王国の次代の王に相応しいと思っておられる事を」

「そんな事はありません。殿下は王太子として世継ぎの座を約束されているではないですか。それに、アレクセイ王子殿下はすでに亡くなられているのです。何を今更」

「そうだとしても、俺は本当の意味で父上に認められておらん。兄上が亡くなられたから、仕方なく世継ぎになったのだ」

「ですから、そんな事はありませぬ」

「心にもない事を言うな! いいか、これは俺が父上に認められる絶好の機会なのだ! 勇者に認定され、魔王を倒すことが出来れば、俺は兄上を超えられる」

「気持ちは分かりますが……、しかし……」

 ルースア王国王太子の兄へのコンプレックス。それを笑うことが出来る者は側近にはいない。コンプレックスを持たざるを得ない程、国王の前王太子を失った事への失望が大きい事を皆が知っているのだ。

「何を言われようと、俺の決心は変わらん。父上の怒りを恐れているのであれば、お前らは王都に戻るが良い。元々、俺一人で向かおうとしていたのだ」

「そんな事をさせられる訳がありません。教国までの間も決して安全ではないのです」

「盗賊風情を恐れていて、魔王が倒せるか! 無駄話はいらん。先を急ぐぞ!」

 部下との会話を無理やり切り上げて、先を急ごうとする殿下であったが、噂をすれば影とばかりに、その行く手を遮る者たちが現れた。

「……殿下、お下がりください」

「何を言う。盗賊風情に後れをとる俺ではないわ」

「しかし」

「黙れ! 良いか、俺の力を見せてやる! お前らこそ下がっていろ!」

「「殿下!?」」

 制止しようとする部下を振り切って、馬を駆けさせる王太子。行く手に立ちふさがる者たちの前に出ると大声で叫びだした。

「お前らは何者だ!? 俺が誰だか知っての事か!?」

「そんな大声出さなくても、この距離なら聞こえる」

「……何者だ?」

 言われた通りに、声を落す王太子。この時点でもう負けは見えている。

「そうそう、それで十分。さて、後の質問から答えよう。ルースア王国 王太子ニコライ・シードルフ殿で間違いないか?」

「俺を知っているのか!?」

「自分で聞いておいて、何を驚いている?」

「いや、しかし」

 ルースア国内で、王太子と知って怯まない者が居るとは思っていなかった。ニコライ王太子の正直な気持はこんな所だ。

「殿下! お下がりください! この者、殿下のお命を狙う者と思われます!」

「何と?」

 ニコライ王太子の素性を知って現れたのだとすれば、こう考えるのが当然。部下たちは、剣を抜いて、馬をニコライ王太子の前に出した。

「いやいや、だから、この状況で何故驚く。明らかに俺達怪しいだろ?」

「貴様ら何者だ!?」

「そちらが会いたがっているみたいだから、こっちから来てみたんだけど。なんだか歓迎されてないな」

「何だと? 怪しい奴、名を名乗れ!」

「……俺、自分で言ったよな? 怪しいって」

「いいから、名を名乗れ!」

「分かった。名ね。カムイ・クロイツ。これが俺の名だ」

「カムイ・クロイツ……。馬鹿な!?」

「おお、期待通りの反応。いいね、中々面白い」

 カムイの名に側近の方が先に反応した。まさかの魔王の出現に顔を青ざめさせている。

「で、殿下。にっ、逃げてください!」

「何だ? 待て、カムイ・クロ……、魔王だと!?」

「……ちょっとしつこい。さて、そちらが倒したがっている魔王だ。逃げるなんて言わずに、掛かってきて欲しいな」

「……い、良いだろう」

「殿下! 無理です! 逃げてください!」

「うるさい! 俺は魔王を倒す為に王都を出てきたのだ! ここで逃げてどうする!」

「しかし!」

「見ていろ! 俺は今こそ、兄上を超えて見せる!」

 部下を押しのけて前に出てくるニコライ王太子。腰に差した剣を抜くと、それを真っ直ぐにカムイに向けて突き出した。

「……悪い。俺、熱血苦手。ルッツ任せた」

「ええっ? 俺?」

「俺、ああいう面倒なの嫌なんだよ」

「俺だって苦手だ」

「じゃあ、マリアがやるのです!」

「……殺さない?」

「多分大丈夫なのです!」

「却下」

「何故なのです!?」

「多分じゃ困る。もういいや、却って面倒くさいから。俺がやる」

 これから戦闘が始まろうというのに、カムイたちには緊張感の欠片もない。そのカムイたちの様子を見て、益々。ニコライ王太子はいきり立った。

「ば、馬鹿にしおって! その余裕も今のうちだけだ! さあ、来い!」

「はいっ、と」

「なっ……」

 一瞬で自分の馬に飛び移られ、背中に回られたニコライ王子は、カムイに首筋を打たれて、そのまま気絶してしまった。

「で、殿下!?」

 呆気に取られている部下たちをすり抜けるように馬を進めたカムイは、振り返って、その部下たちに向かって叫ぶ。

「はぁい。皆さん! この人を殺されたくなければ、降参してください!」

「なんだと!? ふざけるな!」

「……別にどっちでも良いけど。面倒だから、殺そっかな?」

「こっ、降参する!!」

「それが良い。じゃあ、馬を降りて、剣を地面に置け。下手な動きを見せたら、すぐにこの王子様の首を落とすからな」

「わ、分かった」

「じゃあ、アルトとルッツで拘束。イグナーツとマリアは見張り」

「ええっ」「面倒くせえ」

 文句を言いながらも、次々と騎士を縛り上げていくアルトとルッツ。その間に潜んでいた魔族たちが現れて縛り上げた騎士たちを担いでいく。

「なんか呆気ないな。この王子様、よくこんなので勇者なんて目指そうとしたものだ」

「まあ、良いじゃねぇか。事が楽に済んで良かった」

「さて、仕込みは終わった。次に移るぞ」

◇◇◇

 ニコライ王太子が行方不明だと分かった事で、一時、大混乱に陥った王国の重臣たちも、事情を知る者から行く先を聞いてからは、その無謀さにすっかり呆れかえっている。
 その中でただ一人。怒りで顔を朱に染めているのは、アレクサンドル二世国王だ。

「あの馬鹿はまだ見つからんのか!?」

「はっ! 急ぎ後を追わせておりますので、そのうち報告が入るものと思います!」

「……馬鹿者が。教会などに踊らされおって。奴は世継ぎの自覚があるのか?」

「兄君であるアレクセイ王子殿下に何とか追いつかんというお気持ちだと思うのですが」

「そんな事は分かっておる! だが、亡くなった兄をどうやって超えるというのだ!?」

「それは……」

 ニコライ王太子を擁護する言葉を述べた者は、ここで国王に非があると言えるだけの、度胸は持っていなかった。

「もう良い。奴の処遇は戻ってから考える。さて、魔王の動向は何か掴めたのか?」

「それが……」

「まだ、何も掴めておらんのか? 我が国の間者どもはどこで遊んでいるのだ?」

「いえ、それが……」

「何だ!? はっきりと言わんか!」

「はっ。突然の使者が参っており、陛下への謁見を希望しております」

「使者だと? 一体、どこの使者だ?」

 一国の国王に事前の許可を得る事もなく、謁見を申し出てくる。かなり非常識な事だが、そうせざるを得ない事情があるとすれば無視は出来ない。余程の大事であるはずだ。

「それが……」

「はっきりせんか!」

「はっ! カムイ・クロイツからの使者と名乗っております!」

「……な、何だと?」

 噂をすれば影、にしてもあまりにタイミングが良すぎる来訪だ。だが、アレクサンドル二世国王は、この後、更に驚く事になる。

「その使者が言うには、カムイ・クロイツから返す物が二つあるので、その話をしたいと」

「返す物? 分からん。その使者は本物なのか?」

「それが分かりません。確かめようがないのです。それで、ご報告が……」

「魔族ではないのだな?」

「魔族には見えません」

 曖昧な返答にしたのは確信がないからだ。これは質問する国王が悪い。魔族を見た事がある者など、ほとんどいない。居たとしても魔族の姿は様々で、これが魔族だといえる共通の証などない。

「そうなると……。皇都に行った文官を呼べ。面通しをさせるのだ。人族の使者となれば、奴は顔を知っている可能性がある」

「はい。直ちに」

 そして、しばらく経ってから、その文官、ヴァシリー・セロフが国王の下にやってきた。

「どうだった?」

「……ほ、本物です」

「そうか。では、使者を通せ」

 ヴァシリーの返事の意味を国王は取り違えている。本物の使者とヴァシリーは伝えた訳ではない。

「いや、それは」

「何だ?」

「あれは……、カムイ・クロイツ本人でございます」

「なっ、何だと!?」

 ヴァシリーの言葉に謁見室全体に驚きの声が広がった。

「随分と大人びておりますが、銀髪と顔の感じは、私が皇都で見たカムイ・クロイツでございました」

「そうか……。使者を、いや、魔王を通せ」

「国王様! 危険でございます!」

「危険なのは魔王の方であろう!? なぜ、敵地と言える場所に現れたと思うのだ!?」

「それは……」

「返す物が二つあると言ったのだな。恐らく、その内の一つは、この場にいない馬鹿息子だ」

「お、王太子殿下が人質に?」

「そうとしか考えられん。かまわん、魔王をここに通せ!」

「は、はっ!」

「近衛騎士を呼べ! 城内にいる全ての騎士だ! それと城門を固めよ!」

 魔王が現れると聞いて、護衛騎士の隊長が焦った様子で、部下に指示を出し始めた。使者を迎えるというよりは、これから戦争でも始まるのかという勢いだ。実際に隊長の気持ちはそのようなものだ。

「止めい! そんな事をしてみろ、馬鹿息子の命はないわ!」

「しかし……、せめて近衛騎士だけは。陛下の身に万一があってはなりません」

「……良い。それは許す」

「はっ」

 やがて多くの近衛騎士が謁見室に現れて、王の周辺を固めていく。並びきれない騎士は、更に左右に分かれて、隊列を組んでいく。これから、正に戦闘が始まるという雰囲気だ。
 文武官の顔にも緊張が走っている。実際に戦闘になれば、無事でいられる保証などない事を全員が分かっているのだ。

 そんな物々しい雰囲気の中に、一人だけ別世界にいるかのように、ゆったりとした雰囲気を漂わせて、カムイが現れた。

「へえ、大歓迎って感じだな」

「む、無駄口を叩いてないで、ま、前へ」

「そんな震える声で、強気な言葉を言われてもな」

「……いいから前へ」

「俺、一応は使者だけど? 使者への礼って知っているか?」

「た、頼むから早く前に出てくれ」

「仕方ないな。先に行っておくけど、国王の前で膝を屈する気はないからな」

「もう良い! さっさと来ないか!」

 いつまでも近づいて来ないカムイに国王の方が焦れてしまった。

「こちらの陛下は気が短い。まあ、待たせても悪いか」

 周囲を囲む近衛騎士たちを、全く気にする様子もなく、前に進むカムイ。それを見詰める騎士や文武官は息をする事も出来ずに、固まっていた。
 国王の手前で、その足を止めたカムイ。一斉に深く息を吐く声が謁見室に広がった。

「失礼だな。殺すつもりなら、こんな訪れ方はしない。さて、初めてだな。カムイ・クロイツだ」

「ルースア王国 国王アレクサンドル二世だ」

「世間話をするつもりはないから、早速本題に入りたい」

「こちらもそうだ。長くなれば、配下の者の数人は精神が持たずに倒れてしまいそうだからな」

「おっ、冗談を言う余裕はある訳だ、さすがだな。さて、こちらの要件は聞いているか?」

「返す物があるという事だが?」

「そう。一つは、すぐには返せない。俺を守る為の人質だからな」

「愚息だな」

「そうだ。配下の者も含めて、こちらの手元にいる。命はもちろん、怪我もさせていない」

「それは喜んで良いのか?」

 これを聞けるアレクセイ二世国王は中々の武人だ。

「そう返すか。やっぱり、さすがだな。そちらが思っている通り、怪我をさせる必要もなかった。ちゃんと言い聞かせるのだな。あれで勇者なんて無謀だって」

「そんな事は分かっておる。それでもう一つは?」

「持ってくるようにお願いしたのだけど。ああ、あるじゃないか。それを陛下に渡してくれ」

 左右を眺めて、一人の文官に目を止めると、カムイはその文官に指示を出した。

「ん?」

 カムイを迎えにいった文官が手に持っているのは一振りの剣だった。国王の前に出るのに、剣を持つのは許せないと言われて、カムイが渡した剣だ。

「何だか分かるか?」

「剣だが、ただ剣という訳ではないのだな?」

「ああ。返す物はそれ。そっちが本来の目的だ。まあ手に取って確かめてみろ。すぐに、何だか分かるはずだ。あっ、危険はないからな。それはカムイ・クロイツの名を持って保証する」

「……よこせ」

「は、はい」

 国王の前に進み出て、剣の柄を差し出す文官。それを受け取る前に、国王の顔色が変わった。剣の柄に刻まれている紋章を目にしての事だ。

「こ、これは?」

「亡くなったアレクセイ王子殿下の剣だ。知らなくて、かなり使ってしまった。俺、ルースア王国の紋章なんて知らないからな」

「何故、これを?」

「俺の実の母が持っていた。母が亡くなった後は俺が父親の形見だと思って譲り受けていた」

「ち、父親だと?」

「あっ、勘違いしないように。俺の父親はアレクセイ王子殿下ではない。隠しても仕方がないから言うと、前魔王だ」

「……つまり、そういう事か」

「まだ誤解している気がするな」

 両親の事を話すと大抵は相手は誤解する。いつもの事だとカムイは諦め顔だ。ただ、今回はいつもとは違っていた。

「魔王とソフィア・ホンフリートが息子を殺して剣を奪ったのだな!」

「……この誤解の仕方は初めてだ。まあ、誤解であるのは同じなので、真実を伝えさせてもらうと、アレクセイ王子殿下を殺したのは勇者だ」

「何だと?」

「信じるかどうかはどうでも良いが、話は聞いてもらいたい」

「……話せ」

「俺の母は、勇者に何かと言い寄られていた。かなり強引な手段も使われたらしい。そういった時にいつも助けてくれていたのがアレクセイ王子殿下だったそうだ」

「そうか……」

「だが、そのせいでアレクセイ王子殿下は勇者の恨みを買う様になった。そして、ある日、闇討ちのような形で、勇者はアレクセイ王子殿下を亡き者にした。それを知った母は身の危険を感じて、勇者の下から逃げて、偶然だけど魔王の下に辿り着き、まあ、俺が出来上がった訳だ」

「……何故、ソフィア・ホンフリートはアレクセイの剣を?」

「それは感謝していたからだろうな。形見だと思って、大事に持っていたようだ。もしかしたら、俺の母にとっての初恋って奴だったのかもしれない」

「馬鹿馬鹿しい。お前はそれを誰に聞いたのだ?」

「その時に俺の父の側にいた魔人。母の事は当然知っていて、色々と教えてくれた」

「それを信じろと?」

「最初に言った。信じてもらう必要はない。言っておくが、俺が返しにきたのは、その剣じゃないからな」

「では何だ?」

「母がアレクセイ王子殿下から受けた恩を返しにきた。返すといっても相殺だ」

「相殺?」

「王国は策を弄して、教会騎士団にノルトエンデを襲わせた。そのせいで、俺の養父母、そして領民の多くが殺された。その恨みを忘れることで、アレクセイ王子殿下に受けた恩を返した事にしてもらう」

「そんな事の為に? それに随分と恩の方が重いのだな」

「受けた恩を忘れて、仇で返すような真似を魔族は決してしない。そして、アレクセイ王子殿下が母を守ってくれなければ、俺はこの世に生を受けていない。アレクセイ王子殿下が命を散らす事がなくても、同じ事だ。もっとも、後者の場合だと、この国にとっては良かったかもな。光の聖女の再来と言われた母と、英明を謳われたアレクセイ王子殿下の子供が、この国に生まれたかもしれない」

「そんな事は……」

「まあ、これは戯言だ。さて、これで受けた恩は返したからな」

「分からん。それで何が変わる?」

「次に王国が何かをした時、こちらは遠慮なく報復を行う。それこそ何倍にもして返させてもらおう」

「……ちょっと待て。それはつまり、こういう事か。今回の件で、王国は魔族の報復対象にはなっていないのか?」

 カムイの言葉の意味は王国にとって重要な事だと国王はすぐに気付いた。もっとも気付いてもらわなければカムイが困る。重ねて話す事になっただろう。

「さっきから、そういっているつもりだ。それで受けた恩はなし」

「では、我等はお前らの襲撃に備える必要はないのだな?」

「しつこいな。俺たち、王国に何かしたか? 教会以外は相手にしていないつもりだけどな」

「それが終われば?」

「そこまで教える筋合いはない。あえて教えるとしたら、報復はそれだけでは終わらないという事だ」

「……そういう事か」

「ただ一つだけ忠告はさせてもらう」

「何だ?」

「魔族、エルフ族も含めてだな。迫害は止めておけ。これまで魔族は、人族への寛容を持って、それに耐えてきた。だが、これからはそうじゃない。魔族へ理由もなく危害を加える事は、魔族への宣戦布告と見なす」

「それは脅しか?」

「そうだ。数が少ないと思って、高をくくらないほうが良い。拠点を持たない魔族の恐ろしさは、教会騎士団の状況を見れば分かっているはずだ」

「ノルトエンデはどうするのだ?」

「決めてない。残しているものがあるから、取りに戻る事はあるだろう。だが、守るべき土地を持った時の弱さを俺達はすでに知った。その逆はさっき言った通りだ」

「なるほどな」

「さて、こちらの用件は以上だ。もう一つの返却物はすぐに返す。念の為の確認だが、教国に送り届ける必要はないよな?」

「もちろんだ。勇者になればお前に殺されるだけであろう?」

「その通り。では、王太子殿下の配下の者に運ばせよう。陛下の命令と言った方が納得してもらえると思うが、そう伝えても構わないか?」

「ああ、構わん。廃嫡されたくなければ、王都に連れ戻せと言え」

「分かった。では、これで。もう二度と会わない事を祈っている。そちらの為にな」

「こちらもそれを望む。二度と顔を見せるな」

「失礼する……。あっ、君。出口まで案内を頼む」

「わ、私が?」

 いきなりカムイに指名されて怯えた様子を文官は見せている。

「俺、使者だけど?」

「……案内してさしあげろ。丁重にな」

 カムイの惚けた態度にアレクサンドル二世国王は苦笑いを浮かべて、文官に案内を命じた。

「は、はっ。では、こちらに」

 文官の先導で謁見室を出て行くカムイ。それを見る国王の顔は、カムイと会うまでとは打って変わって、上機嫌な様子だ。

「陛下?」

「密かに戦争の準備を進めろ」

「しかし、たった今」

「違う。相手は皇国だ」

「な、何と?」

「良いか。魔王は必ず皇国に対して事を起こす。それに合わせて皇国に攻め込むのだ。くれぐれも魔族とぶつかるような事がないようにな」

「……なるほど。こちらは魔族に備えることなく、全軍を投入できる。勝ち目は充分にあります」

「しかし! 信用出来るのですか?」

 別の、これは武官が疑問を呈してきた。当然の反応だ。

「儂は信用出来ると見た。だが、そうでなくても勝算はある。たしかに魔族は強いが、王国と皇国を一度に敵に回すことは出来んだろう。魔王は、まず皇国を敵にする事を選んだ。これは間違いない」

「それは分かりますが、その後は?」

「魔族だって皇国とぶつかれば、損害は大きいはずだ。こちらもそうだが、その時は、王国は皇国のかなりの部分を手中に治めている」

「しかし」

「良いか。魔族の弱点はやはり数なのだ。魔族が国を治めようにも、数が少なすぎて、広い領土は持てん。戦いに負けても、領土を取られなければ、いずれは我等の勝ちだ」

「……なるほど、確かにそうでございますね」

「分かったら、準備を進めろ。急ぐ事はない。事が起こるのは選定された勇者が殺された後であろうからな」

「はっ。承知しました」

 この日を境に王国は皇国との全面戦争を決意し、その準備に突入する事になる。これがカムイたちの策である事に王国が気付くのは、かなり後になってからだ。
 軍事力が最も弱く、それでいて魔族討伐に人族の力を結集する可能性のある教会を真っ先に潰す。その後は、二大国である皇国と王国とをぶつけて、双方の力を削ぐと共に、人族が結集する機会を失わせる。
 これが弱者であるカムイたち、魔族側の戦略だった。
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