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魔王の器 作者:月野文人

第二章 魔王編

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両派閥の思惑

テレーザと南方伯との会話の場面で、南北方伯が入れ違いになっていましたので修正しました。
ご指摘いただきありがとうございます。
「どうでしたか?」

 部屋に戻ったテーレイズ皇子に、待ちかねていたヒルデガンドが早速、会議の様子を問いかけてきた。

「よっ、予想通り」

「そうですか……。それは困りましたね」

「馬鹿な女だね。自分がソフィーリア皇女殿下に成り代われるとでも思っているのかね」

「マリーさん。口が過ぎますよ。クラウディア皇女殿下も継承権を持つ皇族です」

「だから馬鹿と言うのさ。こんな大変な時に、わざわざ揉め事を増やそうというのだからね。その事だけで、皇位に就く資格なんてないね」

「……そうですね」

 マリーの言い分にヒルデガンドも同意を示す。
 先帝崩御、現皇帝の人事不省と続いた所に、更に今回の事件だ。本来であれば、速やかに皇帝代行を定め、臣民の不安を取り除くべきなのだ。

「まあ、策略の方は確かに予想外だね。まして、テレーザなんて眼中になかったよ」

「どこまで手を伸ばしているのですか?」

「そうだね。おさらいしておこうか。南北方伯家、これはかなり傾いているね。どこまで本気かは分からないけどね」

「やはり。テレーザさんが、盛んに来訪していると聞きました。それが成果をあげたという事ですね?」

「色仕掛けの成果がね」

「えっ?」

「確証は得たよ。南北伯家に仕えている侍女の証言だ。まず間違いない」

「あの……、色仕掛けって?」

 さすがにヒルデガンドも色仕掛けの意味は知っている。知っていて、マリーに問いかけたのは、その言葉とテレーザの印象が結び付かないからだ。

「言葉の通り。体を与えているのさ。どこまで本気か分からないと言ったのは、ただ単に若い女を抱く為に、適当な事を言っている可能性があるからだね」

「そんな……」

 マリーの説明を聞いたヒルデガンドは驚きに大きく目を見開いている。

「ああ、ヒルデガンドには刺激が強すぎるね」

「そうじゃなくて、テレーザさんが、そんな事が出来るなんて……」

「だから予想外。あの女は娼婦みたいなもんさ。金の代わりに、クラウディアへの支持を集めているって事だね。あんな女に夢中になるなんて、よっぽど具合が良いのかね?」

「……次をお願いします」

 やはり、ヒルデガンドには刺激が強すぎたようだ。

「あっ、そう。一応、言っておくけど、私の兄貴は違うからね。あれは、不遇の身から、抜け出す為にクラウディアに付いたのさ。まあ、馬鹿な男である事に変わりはないけどね」

「自分のお兄様を馬鹿呼ばわりは酷いですよ」

「実際そうだからね。魔導士は実力主義。実力のない者が上に立っても誰も言う事なんて聞かないよ。まあ。クラウディアの野心を知らしめる役には立ったから、感謝はしておく」

 茶化すように話しているが、元々は大好きだった兄を、こう話すくらいに今回の件にマリーは怒りを覚えているのだ。兄本人に対しては呆れの方が強い。

「後は?」

「今、盛んに接触しようとしているのは西方伯家だね」

「それは初耳です。ディーフリートもクラウディア皇女殿下に付くのですか?」

「そうさせようとしている。ディーフリートは恐らく何も知らない。頭ごなしに決める気だね」

「まさか?」

「そう。正に後釜。婚約者まで自分の物にするつもりみたいだ。まあ、どっちの意向かは分かっていないけどね」

「ディーフリートが認めるわけがないわ」

「まあね。ディーフリートはあれで堅物だからね。でも実家が決めたら逆らえるかね? それが出来るなら、最初からソフィーリア皇女殿下と婚約なんてしなかったのじゃないかい?」

「そうね……」

 マリーの言葉はヒルデガンドには少し胸に痛い。自分もディーフリートと同じなのだ。

「さて、状況的にはこちらは大ピンチだ。四方伯のうち三つが向こうにつく事になる」

「本当にそう思っています?」

 ヒルデガンドがこう思う程に、マリーの話し方には焦りが感じられない。マリーは焦っていない訳ではない。ただ、それよりも呆れの感情の方が強いだけだ。

「思ってるよ。これは本気。三役は入れ替わって、全て小物に変わった。そして肝心の皇帝陛下は人事不省。皇太子位を決める者が誰もいなくなったと言って良い。そうなれば」

「有力貴族家が口出ししてくるわね」

「そう。四方伯家のうち、三方伯がクラウディアを支持すれば、それで決まる可能性はあるね」

「クラウディア皇女殿下が将来の皇帝……。ちょっと想像が付かないわ」

「あたしもだ。案外、亡国の時ってのはこんなもんなのかね」

「マリーさん! 口が過ぎます!」

 ヒルデガンドはマリーを怒っている訳ではない。他人に聞かれる事を恐れての注意のつもりだ。

「分かってるよ。でもね、あたしだって愚痴の一つも言いたくなるよ。皇国はこれから大変な時を迎える。それなのに未だに内部に争い事を持ち込もうってんだからね」

「そうですね」

「案外、ソフィーリア皇女より曲者だね。なんていうの? 形振り構わないって怖さがあるよ」

「どうしますか?」

「ただ一つ弱点がある」

「……ディーフリートですね」

「そう。ディーフリートはまずクラウディアを皇太子になんて考えない。そうなると、西方伯家は皇太子位への争いに関わる事は出来ないからね」

「他にも男子がいます」

 ディーフリートには兄が居る事をヒルデガンドは知っている。

「嫡子を? それは考えづらいね。そうなると西方伯家を継ぐのはディーフリートになる。それはそれで今の西方伯には頭の痛い話だ。西方伯家内部で誰を支持するか、もめる事になるからね」

「……見えなくなってきたわ」

 テーレイズ皇子にもまだ勝ち目がある。それが分かってもヒルデガンドの心に喜びが浮かぶ事はなかった。これはヒルデガンドに限った話ではない。全員が国の形が定まらない事の方が、皇国全体にとっては問題だと思っているのだ。

「カムイ一人が抜けたおかげで、この有り様さ。また不敬を承知で言わせてもらえば、皇帝陛下とソフィーリア皇女がいなくても、カムイがいれば、皇太子位争いは決着が付いたよ」

「それは、そうかもしれないけど、仮定の話をしてもね」

「そうだね。駄目だね、どうしても愚痴っぽくなっちまうよ。ちょっと簡単な話に戻さないかい?」

「えっ、良いですけど、何の話ですか?」

「宰相は押さえられたんだよね?」

 マリーの視線がテーレイズ皇子に向く。簡単な話をとマリーは言ったが、内容は皇国の人事。考える必要がないというだけで、重要な話ではある。

「あっ、ああ。よっ、予定、通り」

「これで情報網はほぼ押さえたね。宰相を通じて、間者からの情報をすぐに手に入れられる」

 諜報組織は、文官組織に存在している。間者が文官というのは少し変に思えるが、得た情報を分析する役目は、情報分析専門の文官が担っているからだ。

「ええ。それは大きいですね。でも、内部に向ける訳にはいかないわ」

「それは分かってる。今はカムイと辺境の動向を掴む事が最優先さ。クラウディアのほうは身内だけで十分だよ」

「あとノルトエンデは予定通り?」

「あっ、ああ。そっ、それも、おっ、押さえた」

「そうなると代官だね。考えておいたかい?」

「……はい」

 マリーの問いに、少し躊躇いながらヒルデガンドは返事をした。決めたものの、本当にそれで良いのかまだ迷っているのだ。

「誰だい?」

「オットーさんにお願いしようかと思っています」

「何だって? それは又、思い切った事を考えたね?」

「テーレイズ様の許しは得ました」

「……ノルトエンデをカムイに差し出すようなもんだよ?」

 ヒルデガンドの言葉を受けて、マリーの問いがテーレイズ皇子に向いた。問いというよりも確認の意味が強い。すでにマリーも理由を察している。

「か、覚悟、の、うっ、上だ。そっ、そうなった、ほっ、ほうが、良い」

「そう。まあ、ノルトエンデを皇国が管理しても良い事がある訳じゃないしね。カムイに少しでも恩を売るのは悪くないね」

「まっ、魔族、にだ」

「なるほどね。思ったのだけど皇子様はもう少し本気を出したらどうだい?」

「どっ、どういう、い、意味だ?」

「カムイと対等に渡り合えるのは皇子様じゃないかと思ってきたよ」

「かっ、買いかぶり、だ」

「そうかね。まあ、それは置いとく事にしよう。オットーの所在は支店とやらで良いのかい?」

「ええ。所在は確認しています」

 支店は東方辺境伯領内にある。特別に調べる必要もなく、オットーの居場所は掴んでいた。

「様子は?」

「何事もないように商売を続けていると。クロイツ子爵家との関係は周知の事ですから、それなりに苦労はしているようですけどね」

「案外知っていたのかね? それでカムイと一線を引く様な言動をしていたのかもしれない」

「恐らくは。ノルトエンデにいた者の多くは薄々は気が付いていたようですから。オットーさんが知らなかったとは思えません」

「それでもカムイが領主である事を認めていた。……ちょっと腹が立ってきたね」

「私もです。ノルトエンデは奇跡の土地になっていたかもしれません」

 人族の領民が魔王であるカムイを領主として認めていた。それがもう奇跡だ。余所からの介入さえなければ人魔共存の地は実現されていたはずだった。

「まっ、まだ、おっ、終わって、ない」

「まだ……。もしかしてテーレイズ様はその為に私を領主にしたのですか?」

 カムイとの関係修復の為に自分を利用しようとしている。そんな思いがヒルデガンドの胸によぎる。

「どっ、どう、だかな」

「それは……」

 テーレイズ皇子の答えはなかった。誤魔化されたと感じたヒルデガンドの表情が固いものに変わる。

「ほら。曲者具合はカムイに劣らないだろ? 全く。二人が組めば、大陸制覇はあたしたちの代で出来たね」

 すかさずマリーが割って入ってきた。気まずくなりかけている空気を吹き飛ばそうと考えての事だ。

「また……」

「分かってる。愚痴は言わないよ。さて、後は戦う準備だね。マティアス、投降したクロイツ子爵領軍は?」 

 ヒルデガンドの表情が少し解れた所で、マリーは話を一気に変えた。

「難しいですね。懸命に説得していますが、彼らの忠誠は未だにカムイにあります。彼らをカムイとの戦いに向けるのは不可能です」

「強いのかい?」

「実際の戦闘を見た訳ではないですが、恐らくは同人数、いえ、倍でも、騎士団はかないません」

「どうして分かるんだい?」

「彼らの鍛錬の様子です。学院の時のカムイたちを少し思い出しました。ノルトエンデの領軍全体からカムイが選び出した精鋭な訳ですから、それも当然ですが」

「そうかい。せめて、王国との戦いに力を貸してもらいたいね。それも無理かい?」

「それであれば何とか。彼らにも皇国の人間だという意識はありますから」

「辺境は?」

「彼らは辺境の領民でもあります」

「無理だね。分かったよ。仕方ないね」

「ねえ、マリーさんはどうしてそこまでクロイツ子爵領軍に拘るのですか? 強いといっても二百名です。万の軍勢同士の戦いとなれば、戦況に及ぼす影響は少ないと私は思います」

「まあね。別にクロイツ子爵領軍だけに拘っている訳じゃないよ。少しでも皇国の軍を強くする為さ。塵も積もれば山って言うだろ?」

「そうですが……」

 少しマリーは嘘をついている。皇国軍を強くするは嘘ではないが、それは皇国軍全体を考えての事ではない。マリーの目的はヒルデガンドを守る最強の近衛を作り上げる事だ。

「皇国軍は王国軍に勝てるのかね? あたしは少し不安だよ」

「……負けないとは思います」

「マティアスはどう思う? 遠慮なしに言っておくれ」

「ヒルデガンド妃殿下の言うとおり、負けないとは思いますが……。それは戦力が集中出来ればだと思います。防衛戦を前提としても、今の皇国軍では同数では負ける可能性が高いかと」

「そうだよね。あたしもそう思うよ」

「実戦経験のない騎士団長ですものね。それに騎士団も今は一つ岩とは言えないでしょうし」

 前騎士団長の息子だからといって、実績もないのに、いきなり騎士団長になれば、必ず反発が生まれる。当たり前の事だ。

「失敗だったかね。騎士団長の座を譲ったのは」

「そうとも言えません。こちらが圧倒的に優勢に立てば、クラウディア皇女殿下派は、がむしゃらに動き出す可能性があります」

 その最悪の結果は内乱だ。テーレイズ皇子側はそんな事は望んでいない。

「皇帝陛下は駄目かい?」

「しっ、正気に、もっ、戻る、様子は、ない」

「困ったね。いっその事」

 現状の最大の問題は、決定権を持つ皇帝が皇太子位を決められない事にある。皇太子位を皇帝の裁可でなくすには、皇帝がいなくなるしかない。

「マリーさん……」

「悪い。さすがにこれは口が滑ったで済む内容じゃないね。話を戻すよ。近衛はどうだい?」

「纏めるのはやはり難しいです。近衛は各皇族へ忠誠を捧げる者。テーレイズ皇子殿下の下でまとまった戦力にするのは恐らく出来ないでしょう」

「あの近衛の顧問は?」

「言葉は悪いですが、抜け殻です。もう何の役にも立ちません」

「……出来るだけ近い所の辺境領で反乱でも起こしてもらうかい? こうなれば、オスカーに実戦経験を積ますしかないよ」

「それが他の辺境領に波及する可能性はないですか? 未熟さ故に鎮圧に手間取るような事になれば可能性はありますよ」

「あるね。ああ、もう打つ手が見つからないよ。カムイがこの場にいてくれないかね」

「もう。そのカムイのせいで困っているのですよ?」

「……ヒルダ、頼むよ。ちょっとカムイの所に行って、私を困らせないでって言ってきてくれないかね? それで解決するとあたしは思うよ」

「そんな訳ありません!」

「り、良案、だな」

「テーレイズ様!」

 この面子の中に入ると、かつて高嶺の花扱いだったヒルデガンドがすっかり、からかいの的だ。

「……それか辺境を纏める事で、三つの問題のひとつを解決させるかね? そうすれば、王国とカムイの二つに注意するだけで済む。それでも大きいよ」

「どうやってですか?」

「纏められる可能性があるのは」

「セレネさん」

「とヒルダだね」

「私は無理です」

「カムイとの関係を知っている辺境領であれば可能性はあるよ」

「また……」

「これは冗談じゃない。今回のカムイの件で、動揺している辺境領は多いはずだよ。一度、旗頭を求めた辺境領が、代わりを求める可能性は十分にある」

「でも、私では話を聞いてくれません」

「そうでもない。ソフィーリア皇女殿下を支持するのと同じようにヒルダを支持してもらえば良いのさ。必要な条件もおおよそ分かってるしね」

「……わっ、悪く、ない、な。もっ、もう一度、へっ、辺境が、主導権を、にっ、握る、機会と、おっ、思わせれば」

「だよね。その方向で動くよ。良いね?」

「あ、ああ」

 その日からしばらくして、人知れず、ヒルデガンドの名で使者が辺境各地に散っていった。
 使者が目指すのは、元皇国学院E組の辺境領の子弟たち。カムイの同級生たちの下へ。

◇◇◇

 一方でクラウディア皇女派も会議の成果を確認する為に集まっていた。
 その場にいるのは、テレーザ、騎士団長になったオスカー、新魔導士団長、そしてケイネルだ。
 ケイネルは当初あまり乗り気ではなかったのだが、彼はソフィーリア皇女の為に動きすぎていた。テーレイズ皇子が皇太子になれば、自分の将来は無いと考えた結果、クラウディア皇女の下に残る事に決めたのだ。

 話し合いが行われている中で、テレーザはぼうっと昨夜の事を考えていた。昨夜は南方伯と同衾していた夜だった。

(知っているぞ。北方伯と私を天秤に掛けているようだな)

(そ、そんな事ありませんわ。私は南方伯様をお慕い申し上げております)

(はっ。そんな台詞で騙されるものか)

(本当でございます)

(嘘を言うな。お前が北方伯と同衾した事は知れておる。ふざけた真似をしてくれる)

(か、体は預けましたが、心までは。あれは仕方がなかったのです)

(どういう事だ?)

(ク、クラウディア皇女殿下を支持して欲しければと、無理やり)

(ほう。無理やり。それはどうされたのだ?)

(えっ?)

(無理やりどうされたのか申してみよ)

(……む、無理やり、お、押さえつけられて)

(つまり、こうか?)

 乱暴に引き倒されるテレーザの体。南方伯はその上に伸し掛かって、顔を寄せてきた。

(そ、そうです)

(それから?)

(あ、あの……)

(こうされたのか?)

(あっ!)

 ドレスの胸元を掴み、無理やり引きちぎると、南方伯は露わになった胸を握りつぶすくらいの力で掴んだ。

(いっ、痛い)

(ほう。痛いか? ふん。ようやく本当の声が聞けたな)

(ど、どういう意味でございますか?)

(つまらない演技をしおって。小娘の演技などで騙される私と思ったか? ほら、これはどうだ?)

(い、痛い! お、お願いいたします。やさしくして下さいませ)

(優しく。それはこうか?)

 今度はゆっくりとテレーザの胸を撫で回す。

(は、はい……)

(気持よいか?)

(…………)

(気持ち良いのかと聞いておるのだ!?)

(き、気持ち良うございます)

(嘘をつけ、嘘を。痛かろうが、気持ちよかろうが、お前はどっちでも良いであろう)

(そんな……)

(足を開け)

(それは……)

(足を開けと言っておるのだ。この売女が。済ました顔で私を騙しおって、売女には売女に相応しい扱いをしてくれる。ほら、足を開け)

(…………)

(別に私はどっちを支持しても良いのだが?)

(わ、分かりました)

 それを言われるとテレーザは逆らえない。言われた通りに自ら両足を開いた。そこに体を入れ、そのまま下半身を沈めてくる南方伯。

(い、痛いです)

(痛いか? では、こうすればどうだ? まだ痛いか? これでどうだ?)

(い……、気持ち良いです……)

(そうか気持ち良いか? こんな風にされてお前は感じるのか? そうか、この売女め。ほら、これでどうだ?)

(あっ。な、南方伯、さま。き、気持ち良いです)

 テレーザにとっては屈辱的な夜だった。南方伯自身もテレーザの気持ちがどうあろうと関係ない事は分かっている。ただ、そうやってテレーザを辱めて楽しんでいるだけだ。
 それでも、テレーザはそれに合せて、耐えるしかなかった。

(あの変態爺め。今に見てろよ)

 心の中で南方伯に毒づくテレーザ。そういう事があった時にいつもしている事だ。
 それは決して誰にも話せる事ではない。自分の心の中だけで、終わらせるしかない。

「テレーザ、聞いているの?」

 そんなテレーザの内心の思いにかまわずにクラウディア皇女が声をかけてくる。

「はっ? あっ、すみません。聞いていませんでした」

「もう。皆、真剣に話しているんだよ? ちゃんと聞いてないと」

「すみません」

「テレーザは今回の件をどう思う?」

「あの、それは」

 聞いていなかったと言っているのに、それを聞くクラウディア皇女がおかしいのだが、それに文句を言えるはずもない。

「だから、人事の話。成功だと思う?」

「あっ、ああ。思い通りに行ったのですよね。成功じゃないですか?」

「もう単純。兄上があさっりと認めた事を皆、おかしいって言っているのに」

「でも、予定通りですよね?」

「そうだけど」

「じゃあ、良いじゃないですか?」

「……もう良い。テレーザに聞いた私が馬鹿だった」

「すみません」

 最近はずっと二人はこの調子だ。クラウディア皇女は派閥の中でテレーザを自分より劣る唯一の者だと思っている。それを強調する事で、自分の劣等感を慰めているのだ。
 そして、テレーザはそういうクラウディア皇女の気持ちまで分かって、ますます無知を演じる事になる。

「次はディーフリートさんだね。早く戻ってきてもらわないと」

 テレーザとの話を止めてクラウディア皇女は他の者たちに向き直った。

「交渉はうまくいっているのかな?」

「まあまあです。同意する事は間違いないのですが、少しでも優位に立ちたいと渋っている感じです」

 交渉の窓口を務めているのはケイネルだ。適任かどうかではなく、他に出来る者がいない。

「優位に?」

「有利な条件をこちらに飲ませる為です」

「そう。その条件ってなんだろう?」

「……以前、お話ししました通り、実権をディーフリート殿に、です」

 呆れた思いが表情に出ないように気を付けながら、ケイネルがクラウディア皇女の問いに答えた。

「あっ、そうだったね」

「確認しておきますが、クラウディア皇女殿下は本当にこの条件で宜しいのですか?」

 既に確認済の事だが、後で忘れていたなどと言われては堪らない。

「うん。ディーフリートさんは皇帝に相応しい人よ。それで良いの」

 皇帝の実権を求めないなら何故、継承争いを起こしたのか。ディーフリートがこの場に居れば、間違いなく問い詰める所だが、今いる者たちはそれをする事はなかった。
 彼らは実権を持つのがどちらでも構わないのだ。自分がいる派閥さえ勝ってくれれば。

「それで、情勢はまた五分に戻ります。後は南北方伯ですが……」

「それは大丈夫。だよね、テレーザ?」

「あの……、はい、大丈夫、です」

 クラウディア皇女に答えるテレーザを見る周りの目は冷たい。もう全員が分かっているのだ。テレーザが何をしているのかを。
 周りに軽蔑されても、その場に居ることを選ぶテレーザ。それが本当にクラウディア皇女への忠心からくるものなのか、テレーザ自身ももう分かっていなかった。

 そして話し合いを終えて、部屋を出て行く面々。オスカーが出た後を、それとなくテレーザは追った。

「あ、あの。オスカー様」

「……テレーザ殿か。何か用かな?」

「今晩……、その」

「それはもう止めにしないか? 自分はそんな事をしなくてもクラウディア皇女殿下を支持する。もうそうしなければいけない立場だからな」

「で、でも……」

 他の男とオスカーは違う、とは口に出来なかった。それは他の男に抱かれている事を自らの口で認める事になると気付いたから。

「悪いが、自分はテレーザ殿のような女性は好まない。テレーザ殿とは同じくクラウディア皇女を支持する派閥の仲間というだけのものにしたい。そうさせてもらえるかな?」

「……そうですね。そうですよね」

「では、そういう事で」

 少しの時間でも近くにいたくない。そんな態度をあからさまにして、オスカーはその場を去っていった。

(……そうだよな。私なんか……。終わったな。私の初恋)

 それを見送りながら、また言葉に出来ない思いを心の中で呟くテレーザ。瞳から涙が溢れている事さえテレーザは気が付かなかった。
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