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魔王の器 作者:月野文人

第二章 魔王編

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魔王覚醒

「愚かな事だ」

 ノルトヴァッヘの城壁の上に立ち、間近に陣取っているレナトゥス神教騎士団を見て、カムイの養父である前クロイツ子爵は呟いた。
 レナトゥス神教の軍勢の侵攻は、ノルトエンデの入り口となる砦を越えた所で把握した。それまで把握出来なかったという事は、皇国がそれを秘匿していたという事だ。
 先帝と前魔王の間の密約を知っている前クロイツ子爵としては、それが嘆かわしかった。
 魔族の安全を保証した先帝の約束は、次代でもう反故にされてしまったのだ。

「ご隠居様。これからどうなるのでしょうか?」

 隣で一緒に神教騎士団の様子を見ていたテベスが、不安そうに問いかけてきた。

「分からん」

「教会の目的は魔族です。大人しく魔族を差し出せば、それで済むのではないでしょうか?」

「それは出来ん」

「しかし」

「誤解するな。カムイを気にしての事ではないのだ。儂は先帝に、この地を、そしてこの地に住む魔族を託された。その信頼を裏切るような真似は出来んのだ」

「……そうでした」

 これは周知の事実だ。先帝がはっきりとこの考えを示す事で、クロイツ子爵の意に逆らう事は皇帝に逆らう事と同じになるからだ。ノルトエンデという難しい場所を任せるクロイツ子爵に対する先帝の心遣いだ。

「その魔族はどうしている?」

「戦う準備を進めております」

「何と? 何故、それを止めん?」

「それが」

「何だ!?」

「教会の目的が自分たちであれば、戦いに出て討ち取られれば、それで終わるだろうと。それで教会が引き下がる事がなければ、危険は住民全てに及ぶ。逃げる準備をと言われました」

「……また一方的に恩を受けるのか。それではこれまでと何ら変わらんではないか!?」

 結局、自分は魔族に何もしてやれていない。そんな気持ちが前子爵の声を荒げさせた。

「しかし、魔族が全て討ち取られるような事態になりますか?」

「それは分からんが勝つことは絶対に無い」

「まさか? 彼等は強い。私どもの常識では測れない程です」

「ノルトエンデに住む魔族は、人族不殺の誓いを立てておる。戦いなど出来んのだ」

「……馬鹿な? 何故、そのような誓いをしているのです?」

 テベスが前クロイツ子爵の言葉を理解するのに、少しの間を必要とした。それだけ想定外な事だった。

「馬鹿と言える事か? ノルトエンデに住む人族の民に決して危害を加えない。信頼を得る為にやっている事だ」

「しかし、戦闘となれば話は別でございます」

「魔族にとってはそうでない。不殺と決めたら、それは絶対なのだ」

 約束は契約であり、契約は絶対。多くの場合、魔族は死よりも契約に誠実である事を選ぶ。まして人族不殺はカムイの指示だ。破る者など誰もいないはずだ。

「そんな……。それは、ご領主様の指示でございますね?」

「ああ。カムイにとっては失敗だったな。皇国を信用し過ぎたという所か」

「信用し過ぎた、ですか?」

「皇国が教会の侵攻を伝えていれば、不殺の誓いを解いておくことが出来た。だが、皇国はそれをしなかった。皇国はカムイを、魔族を裏切ったのだ」

「裏切ったなどと。教会に逆らう事は幾ら皇国であっても簡単に出来る事ではございません」

「それをやらねばならなかったのだ。これで皇国は魔族の統率者であるカムイの敵になるだろう」

「……魔王ですね」

 さすがにノルトエンデでカムイの様子をずっと見ていれば、人族の者たちもカムイの正体には薄々気付いていた。

「国を持たぬ魔族に王などいるか。カムイは恐らくはノルトエンデを捨てるであろう。いつかは取戻しに帰ってくることがあるかもしれんがな。その時が来て、初めてカムイはノルトエンデの王であり、魔族の王になるのだ」

 前クロイツ子爵は真実を分かっている。魔王という呼び名は、人族が勝手につけたもので実際には居ない。魔族の王が居るとすれば、魔族が暮らす国の王であって、それは国王だ。

「そのカムイ様ですが、ご無事でしょうか? ノルトエンデが狙われるとなれば、それは領主であるカムイ様へも当然手が伸びているのではありませんか?」

「あれが、ちょっとやそっとの事でやられる者どもか。カムイと共にいる魔族は、儂が戦った魔将にも匹敵する力を身に付けておる」

「そこまででしたか」

「それに四人の子供たちもいる。あの四人もとても人族とは思えない力を持っておる」

「当たり前の事なのですが、彼らは人族なのですね。不思議なものでございます。彼らは魔族に何の偏見も持たずに接する事が出来る。何故でございましょう?」

「カムイの影響が大きいのだろうな。それと彼等は孤児だ。まあ、孤児院の司教が余程の人物のようで、誤った事実を耳にする事なく、その状態で魔族と知り合う事が出来た」

「魔族への恐れがなかった」

「違う。偏見がなかったのだ。彼らが証明している。偏見などなければ、魔族とは共存出来るのだ」

「……そうかも知れません」

 テベスたちは知っている。ノルトエンデの幼い子供たちは、人族、魔族など関係なく普通に仲良く遊んでいる事を。その子どもたちが、このまま大人になればノルトエンデは本当の意味で人族と魔族が共存する地になるはずだ。

「この世から偏見を持った大人など、消えてしまえば良いのだ。そうなれば、この世の中はもっと住みやすくなるであろうよ」

「それは極論でございます」

「分かっておる。全く、いくら愚痴を言っても、気持ちが晴れんわ。もう良い。戦いに出る。儂の武具を用意してくれ」

「ご隠居様!?」

「儂は彼等と共に死なねばならん。そうしなければ、亡き先帝陛下にあの世でお会いした時に何とお伝えすれば良いのだ?」

「しかし……」

「それに儂が下手に生きておっては、カムイも不自由であろう。これは儂の最後の意地だ。先帝陛下の思いを踏みにじった皇国への仕返しと言っても良い。皇国にはカムイを裏切った事を後悔してもらう」

 前子爵の恨みは皇国に向かっていた。ノルトエンデを任されてから、充分とは言えなくても、それなりに魔族と共存出来てきたという自負が前子爵にはある。
 そして、カムイが領主になった事で、自分が出来なかった事が実現され、ノルトエンデは住み良い場所に変わっていった。それが今、全て水泡に帰そうとしている。それが前子爵には無念でならない。

「お主らには頼みがある」

「何でしょうか?」

「恐らく教会は魔族を討った程度で引き上げる事はしないであろう。ようやくわずかに蓄えた富を洗いざらい攫って行こうとするに違いない」

「はい」

「住民にも危害が及ぶかもしれん」

「そこまでしますか……」

「それをどうにかしようなどと思うな」

「なっ?」

 あまりに意外な前クロイツ子爵の言葉に驚いたテベスだが、続く言葉で、前クロイツ子爵らしいと思い直す事になる。

「お主らは、とにかく生きろ。地を這いつくばってでも生き延びるのだ。生きて、教会の無法を世の中に伝えて欲しい」

「それは……」

 前クロイツ子爵の思いは分かっても、すぐにテベスは返事が出来なかった。

「別に無理にとは言わん。教会に逆らう事は勇気のいる事だからな。さて、儂が言い残す事はこれで全てだ。武具を持ってきてくれるか」

「もう持ってきましたわ」

 前子爵の声に応えたのはいつの間に城壁の上に登っていた妻であるフロリアだった。

「さすがだな」

「何年、夫婦をやっていると思っているのですか? 貴方の気持ちくらい御見通しです」

 そう言いながら、夫人は前子爵が鎧を身に付けるのを手伝っていく。前クロイツ子爵が鎧を装うのは久しぶりの事だが、かつては二人ともに何度も戦場に身を投じた身。手慣れたものだった。

「共に来るのか?」

「当然です。私が生き残っても、カムイに迷惑を掛ける事になりますわ」

「……そうだな」

「でも、久しぶりね。戦いなんて。錆びついていないと良いけど」

「煉獄の魔女と言われたお前の腕が錆びつくものか」

「その呼び名は嫌いだわ。でも、そうね。堕落した教会騎士に地獄の業火がどんな物なのか見せてあげるのも良いわね」

「相変わらずだ。お前のそれは久しぶりだ」

 今の夫人は普段の穏やかな感じは綺麗さっぱり消し去っている。常に側に居るベイカーやミセス・ロッタでさえ、やや恐怖を感じるような物騒な雰囲気をまとっていた。

「貴方のその姿も久しぶりね。やっぱり、貴方には鎧兜がよく似合うわ」

 そして、それは前クロイツ子爵も同じ。二人とも戦いだけに生きてきた、嘗ての自分たちに戻っている。

「嬉しい事を言ってくれる。ふむ、少し若返った気がするな。これは、そう簡単には死にそうにない。百や二百は道連れにしてくれよう」

「では、行きましょう。貴方」

◇◇◇

 突然やってきた神教騎士団の軍勢に周りを囲まれて街の住人たちは恐慌に陥っていた。それが神教騎士団の侵攻に時間が掛かって、落ち着きを取り戻す時間が与えられると、今度は理不尽な侵攻への怒りが湧いてくる。その怒りの矛先は、手の届かない神教騎士団ではなく、街の警護部隊に向かっていた。

「どうして助けないのだ!?」

 今、神教騎士団と戦っているのは、街にいた魔族たち。わずか五名の魔族が、三千の軍勢に相対しているのだ。それが出来ているのは魔獣対策の為に掘られた深い濠のおかげだ。街への唯一の進入口となる橋の上で、五人の魔族は懸命に侵入を防いでいた。

「教会の目的は魔族討伐だ! 手出しは教会に刃向う事だと言われているのだ!」

「魔族を見殺しにする気か!?」

「仕方がないだろう!? そもそも相手は三千、こっちは三百しかいないのだ!」

「魔族は五人で戦っているのだぞ!」

「我々が手助けをしてどうする!? 街全体が教会を敵に回すと言うのか!」

「それは……。だが、俺たちはどれだけ彼等に助けてもらった? 暮らしが豊かになったのも、安全に住めるのも、全て彼らのお蔭じゃないか!」

「分かっている。そんな事は分かっているのだ! でも、どうしようもないだろ!? 俺たちに何が出来るというのだ!? 俺たちは武器を持っていながら、ただ見ているしか出来ないのだ!」

 警護部隊の兵たちが感じている無念さは、住民たち以上と言える。彼等を鍛えたのは魔族だ。
 師匠とも言える魔族たちを見殺しにする事は、戦う力がある分、尚更、兵たちに悔しさを強く感じさせていた。
 固く手を握りしめて震えながら叫ぶ兵の姿を見て、住民たちも、ようやく兵たちの気持ちが分かった。

「……すまない」

 住民たちの警護隊への怒りは一気にしぼんで、今度は一緒に落ち込んでしまう。何も出来ないのは住民たちも同じなのだ。

「ああ、一人倒れた」

 そこに更に住民たちの気持ちを沈ませる言葉。

 三千の敵、それをたった五人で、それも殺さずに街への侵入を防ごうというのだ。そんな事は出来る訳がない。
 一人の魔族が倒れた事でかろうじて保っていた均衡が崩れた。一人、又、一人と倒れていく魔族。やがて邪魔する者のいなくなった橋を渡って、神教騎士団が押し寄せてくる。
 先頭には門を壊す為と思われる大きな杭を抱えた兵が進んできていた。

「お、おい! 奴らは何をしようとしているのだ?」

「……まさか街を襲うつもりか?」

「そんな馬鹿な!? 目的は魔族討伐だと言っていたじゃないか!」

「くそったれ! そういう事か! 女子供を逃がせ! 老人もだ!」

「わ、分かった!」

「警護隊! 門の前に集合! 隊列を組め! 街への侵入を許すな!」

「ま、魔法だ!」

 神教騎士団から容赦なく放たれる火魔法。幾つもの火の玉を浴びて、街の入り口近くの建物が燃え上がった。
 それと同時に門を揺るがす衝撃音が響く。

「来るぞ! 陣形を固めろ! 教会だからって遠慮するな! 奴等はただの盗賊だ!」

「「「おおっ!!」」」

 打ち破られた門から次々と現れたのは煌びやかな装束に身を固めた教会騎士たち。

「ふん、雑兵風情が抵抗するつもりか?」

 隊列を組んでいる警護隊を見ても、神教騎士には焦りの色はない。蔑んだ様子で眺めているだけだ。

「馬鹿な奴等ですな。もっとも抵抗しなくても殺すことには変わりはありませんがね」

「まあな。よし! 女子供は生け捕りにしろ! 魔族の生き残りがいればそれもだ! 特に女! それは逃がすでないぞ!」

「はっ!」

「やれっ!!」

 正に盗賊その者の台詞を吐いて、警護隊に襲いかかってくる教会騎士たち。
 だが、彼らは、彼らが言う所の雑兵の強さを知らなかった。

「放て!」

 警護隊の後方から一斉に放たれる矢。その矢が次々と教会騎士たちの体に吸い込まれていく。

「なんだと!?」

「盾だ! 盾を用意しろ!」

 狼狽して慌てて、盾を揃えようとする教会騎士たちであったが、そんな事を許すような、生ぬるい戦いをする警護隊ではない。前衛が一気に間合いを詰めて、目の前に迫っていた。

「馬鹿、遅いんだよ。死んじまえ!」

「ぐあっ!」

 警護隊が振り下ろした重い戦斧の前には、神教騎士の兜も意味をなさない。その重さによって、頭を割られ地面に倒れていった。

「一気に押し返せっ! 十倍の敵がなんだっ! 鍛錬に比べれば楽勝だぁっ!」

「「「おおっ!!」」」

 三千の神教騎士団は、十分の一の警護隊によって圧倒され、押し戻されるどころか、そのまま逃げ出す羽目になる。

◇◇◇

 神教騎士団がノルトエンデに侵攻してから、すでに二ヶ月近くになる。その神教騎士団はノルトヴァッヘの城門の目の前で数千の騎士や兵を整列させていた。
 前領主を討ち取った後、神教騎士団はノルトヴァッヘを占領。そこを拠点として軍を分けて周辺の街への侵攻、というよりも略奪に動いたのだが、一つの街も落とす事が出来ないまま、又、ノルトヴァッヘへ戻る事になった。
 各街で十分の一程度の警護部隊に散々にやられた結果だ。
 仕方なく、全軍を集結させて一つ一つの街を攻める事にし、今まさに、最初の街への進軍を開始しようとしている時だった。

「まさか、こんな事になるとはな」

 今回の教会軍を率いるルイ・ジョフレ第三師団長の口から愚痴のような言葉が漏れる。

「教会に刃向う背教者どもが。こうなれば一人残らず、地獄に叩き落してやりましょう」

 自分たちが行なった事も忘れて、そんな事を口にするのは副官であるエミール・ギュオー教会騎士だ。

「それは良いが、教会への献上物の確保も忘れるでないぞ」

「もちろんです。しかし、領主がいる街にしては、思いの外、蓄えは少なかったですね」

「まあ、所詮は辺境だ。情報に誇張が合ったのであろう」

 そうではなく、ノルトヴァッヘには領政に必要な最低限だけ集め、後は全て各街に残してあるのだ。街周辺の開墾や水路整備などの経費もそこから出している。地方分権という事ではなくただ資金を動かすのが無駄だとカムイが考えただけだ。
 当然、神教騎士団にそんな事が分かるはずはない。

「だとしても、このままでは。魔族もエルフ族も一人も確保出来ておりません。これで、献上物の量まで少ないとなれば、我等の責任を問う声があがる可能性があります」

「献上物はまあ情報の誤りのせいにすれば良いが、奴隷についてはな」

「どこかに隠れているはずです。それを早く見つけ出さないとなりません」

「その為にもさっさと街を一つ二つ落として、情報を得なければならん。今回は失敗出来んぞ」

「今度は大丈夫です。全軍で攻め込むのです。数百の雑兵どもでは抗う術はありません」

「力押しだけではな。軍の数が減るばかりだ」

 従う騎士や兵を心配している訳ではない。ノルトエンデの全ての街の財を、全土に広がっているであろう魔族やエルフ族を根こそぎ手に入れようという強欲さからの言葉だ。

「もちろん、策は考えております」

「それは?」

「背教者の首を掲げて進軍いたします。元領主がすでに討たれていると知れば、抵抗を諦めて街も出てくるでしょう」

 部下の方は強欲なだけでなく、愚か者だった。

「ふむ。前領主だな」

「それとその妻です」

「……あれは勿体なかったな」

「ジョフレ師団長殿は、年増好みですか?」

「年増などと言うな。中々に良い女であったではないか」

「まあ、そうですが」

「ノルトエンデに来てからまだ一度も良い思いをしておらん。はずれを引いてしまったかもしれんな」

「まあ、お楽しみはこれからです。さあ、進軍のご指示を」

 ルイ・ジョフレ第三師団長の号令によって軍勢は進み始めた。先頭に前クロイツ子爵と、その妻の首を高々と掲げて。
 愚か者たちによる、地獄へ向かっての進軍の始まりだ。

◇◇◇

 ノルトヴァッヘから進軍を始めてすぐの事だった。行く手を遮る様に騎乗した五人の集団が、神教騎士団の目の前に現れた。
 神教騎士団には、それが建前とはいえ侵攻の目的である魔王、カムイであるとは分かっていなかった。

「何者だ!」

「…………」

 教会騎士の誰何に答える事なく、カムイたちは槍に刺されて、宙に晒されている首を見つめていた。目に浮かぶのは強い怒りの色。

「邪魔だ! そこをどけ! 殺されたいのか!?」

「何事だ」

 進軍が止まった事で、ジョフレ第三師団長とギュオー騎士が先頭に現れた。

「はっ。道を塞ぐ者がおりまして」

「ん? 何をしておるのだ。さっさと捕まえてこんか」

 道を塞ぐ者の一人は女だと分かったジョフレ師団長の顔には笑みが浮かんでいる。

「ああ、男は殺して構わん。女だけ生かして連れて来い」

「……承知しました。おい! 行くぞ!」

 二十名程を引き連れて前に進む教会騎士。剣を抜いて、男たちに切りかかろうとした所で、その騎士たちの頭が弾け飛んだ。首を失った騎士たちの体が、次々と馬上から転げ落ちていく。

「何だと!?」

「敵だ! 陣形を整えろ!」

 わすか五人を相手に陣を整えはじめる神教騎士団。滑稽のようではあるが、間違いではない。ただ無駄なだけだ。

「貴様等、魔族か!?」

「その首をこちらに渡せ!」

「首? なるほど、元領主の関係者か。渡してやっても良いぞ! 大人しくこちらの言う事を聞くならな!」

「もう一度言う! その首を渡せ!」

「だから言う事を聞けと言っている!」

「では、お前らを皆殺しにしてから返してもらう事にしよう!」

「おいおい! たった五人で何を偉そうにしておるのだ!」

『闇に蠢く者共よ。我の呼びかけに応えよ』

「なっ!?」

 驚きの声を上げたのは神教騎士団ではない。カムイ以外の四人だった。カムイが戦闘で上級魔法を使う事などない。カムイには致命的な欠陥があるからだ。

『我の憎しみの心は、我の敵を滅する事を望む。常世の闇に沈めよ! パーディション(堕地獄)!』

 カムイの詠唱が終わると共に、神教騎士団の軍勢の足元に、黒い影が広がっていく。その影から宙に伸びる漆黒に染まった何本もの手、手、手。

「うっ、うわぁああああっ!」

「ぎいゃああああっ!」

「たっ、助けてくれぇえええ!」

 その手に足を掴まれた教会騎士たちが、次々と地面に引きずり込まれていく。初めて経験する魔法に大混乱に陥る神教騎士団。
 そしてカムイたちもやや混乱していた。

「馬鹿か! お前は!」

「……う、うるさい。こいつら……、絶対に許さない」

「だからって、こんな全魔力を消費するような大規模魔法使う事ねえだろ! 消耗した魔力どうすんだよ!? 回復能力が人よりも数段劣っている事は分かっているだろうが!」

 これがカムイの生まれた時から持っていた欠陥だ。消耗した魔力を回復するのに、多大な時間を要するカムイは、練習すればするほど魔力が減り、初級魔法に必要な魔力量もなくなってしまう。学院の幼年部時代はその悪循環に陥っていたのだ。
 魔力そのものは魔剣を体内に宿す事で格段に増えているのだが、回復の遅さは今も完全には治っていない。

「とにかく、攻撃に入る。お前はしばらく休んでろ!」

「じ、冗談じゃ」

「休んでろ! 自業自得だ! ルッツ行くぞ!」

「お、おお!」

「アウル! 攻撃に移る!」

 アルトの呼びかけに神教騎士団の周りに潜んでいた魔族が一斉に立ち上がった。その数は三百。ノルトエンデに残っていた魔族の一部も既に合流を果たしていた。

「魔族だ! 陣形を整えろ!」

 魔族が現れたのに気が付いた神教騎士団から号令の声があがるが、軍全体は、すぐにそれに反応出来る状況ではない。そこに更に、イグナーツとマリアの魔法が炸裂した。
 わずかに整えられていた陣形はそれでズタズタになった。そこにルッツたちが突入していく。
 カムイだけは例外として、狙い通りの戦いだ。軍としての体をなさない個々の戦いになれば、魔族側が圧倒的に有利なのだ。

「……ち、ちくしょう」

「カムイ兄、大丈夫か?」

「へ、平気だ」

「マリア! カムイを気にしてないで攻撃しないと。敵を近づけないようにね」

「お、おう!」

 魔法攻撃とカムイの護衛を兼ねて、イグナーツとマリアはカムイの側に残っている。

「……ぜっ、絶対に、許さない。奴等は……、俺の手で……」

(……に……い……か)

「ん?」

 ふいに頭に響いた雑音。何が起こったのか分からなくてカムイは頭をぶんぶんと振リ始めた。

「カムイ兄どうした?」

「マリア! 集中!」

 カムイの様子に気付いて心配そうに声を掛けたマリアだったが、すぐにイグナーツに怒られる事になった。

「でも、カムイ兄が変なのです!」

 だが、マリアも大人しく黙っていない。カムイは頭を抱えて、きつく目をつむって苦しそうだ。

「……どうしたカムイ?」

「何か……、頭の中が……、うるさい」

「はあ? ねえ、大丈夫? 使い慣れない魔法使ったせいで、おかしくなってない?」

「それは、ないと、思うけど」

(……憎い……か? ……復讐……を……望むか?)

 雑音だと思っていたものが、意味のある言葉に変わっていた。意思あるものの言葉が頭に響いている。それが何かとなれば、カムイには一つしか考えられない。

「お前……、剣か?」

「ちょっとカムイ?」

 横で聞いているイグナーツにとっては、まだカムイが変な事を言っているとしか思えない。イグナーツにはカムイが聞こえている声は聞こえないのだ。

「いや、おかしくないから。ちょっと待て、剣が話しかけている気がする」

「それ、おかしいよね?」

「ちょっと黙っていろ。お前、剣か?」

(……ちょっと……待て。……ああ、テス、テス、テス。本日は晴天なり。本日は晴天なり)

「曇っているけど?」

(うるせえ!)

「おおっ!?」

 更に、ただの言葉ではなく感情まではっきりと感じられる人の声に変わった。

(よし、調子が戻ったみてえだな。いやあ、久しぶりの覚醒だからよ)

「覚醒?」

(ずっと眠ってた。さすがに千年も剣の中にいるだけだとよ。辛いもんがあんだよ)

「剣の中? 剣そのものじゃない?」

(その辺は説明が面倒。とにかく俺の名は魔剣カムイだ)

「その魔剣が何の用だ?」

(魔剣って。カムイって呼べよ)

 名を呼ばれたいという事は、元は人のような存在だったのかと、カムイは分かったが、魔剣カムイの望む通りにはしてやれない。

「それは出来ない、俺の名もカムイだから。自分で自分の名を呼ぶの変だろ?」

(……よりによって、どうして)

「じゃあ、魔剣さんにしてやる」

 落ち込んだ感情まで頭に伝わってくるので、慰めるつもりで言ったのだが。

(魔剣で良い)

 当たり前だが、却下された。

「何だよ。それで魔剣が何の用?」

(何の用だ、はひでえな。俺はお前に呼び起されたんだぜ)

「俺、何かしたか?」

(お前の復讐を望む心に反応したって所だな。俺は復讐を糧に生きていたからな)

「……何だか分からないけど、まあ、良いか」

(……お前)

「それで?」

 戸惑いの感情を受け取ったが、カムイは無視して話を進めた。考えてみれば、今はのんびりと話していられる状況ではないのだ。

(覚醒してもらったお礼だ。手伝ってやるよ)

「何を?」

(戦いを。そうだな、どうやら俺とお前の相性はパッチリのようだな)

「どこが?」

(お前、魔力の絶対量が少ないな。まあ、魔王にしてはだけどな。それよりも気になるのは回復が遅い事だな)

「何で分かる?」

(そりゃあ、ほとんど眠っているとはいえ、お前の体の中にいた訳だから。それ位は分かるさ)

「なるほど。それと相性に何の関係が?」

(俺を使って相手を斬れ。そうすれば俺が失った魔力を補充してやる。俺には相手の魔力を奪う力があるからよ)

「おおっ!?」

(相性バッチリだろ?)

「バッチリ、バッチリ。じゃあ、とりあえず少し補充してくれ。すでに魔力切れ気味だから」

(…………)

「おーい?」

(目覚めたばかりで、俺も少ねえんだけど)

「平気、平気。すぐに何人か叩き切って補充してやるよ」

(それは俺の役目だろうが。仕方ねえな。ほら、こんなもんでどうだ?)

 頭に届いた声の通り、体の中に魔力が広がるのをカムイは確かに感じた。

「十分。よし行くか」

「カムイ、平気なんだね?」

 ずっと独り言をつぶやいていたカムイ。その体に力が宿った様子を見て、イグナーツは安心しながらも、念のために確認の言葉を投げかけた。

「ああ、話はついた。素晴らしい相棒を見つけたみたいだぞ。じゃあ、俺も行ってくる。やつらは一人もノルトエンデからは出さない。皆殺しだ!」

「ああ、そうだね」

 神教騎士団に向かって突っ込んでいくカムイ。振るわれる剣によって、次々と教会騎士が倒れていく。それと共に輝きを増していく剣。黒光りする剣の刃は騎士が身に付ける鎧など紙のように切り裂いてしまう。
 それを、驚きを持って見つめていたのは、先に戦闘に入っていたアウルだった。

「……レイ・カミシロ殿。いや、魔剣カムイが蘇ったのか」

 その言葉の意味を知るのは、それを発したアウル以外にいなかった。

 それから数日の後、人族の知らない所で、一つの宣言が大陸全土を駆け巡っていった。

『魔剣カムイに認められた魔族の統率者、カムイ・クロイツが告げる。全魔族よ、我の下に集え。復讐の時は来た――』
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