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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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女友達が出来ました

 実技の授業には月に一回、学年全体の合同演習がある。集団行動の演習を行うことが、本来の目的ではあるが、今はまだ上期も半ば。生徒たちは個人の技能訓練を行っている段階だ。
 では、この時期に合同演習で何をするかというと、クラスの枠を外したトーナメント方式での立会い訓練だ。
 授業も後半に差し掛かり、勝ち残った者たちによる立会いも、間もなく佳境に差し掛かる頃。

「勝者、Eクラス ルッツ!」

 実力を隠すことを止めたルッツは、順調にトーナメントを勝ち上がっていた。一方でカムイとアルトはといえば、一回戦で早々に敗退し、ルッツの戦いを横で見ているだけ。

「ねえ、彼はどうしたの?」

 そんなカムイに話し掛けてきたのは、同じグループで、唯一の女生徒であるセレネだ。

「どうって?」

「だって、今まではあんなに強くなかったわよね?」

 同じグループである彼女は当然、これまでのルッツの戦いぶりを知っている。

「それはきっと、弛まぬ努力の成果が、ここに来て、ようやく実を結んだんだな」

「……本気で言ってるの?」

 本気のはずがない。

「本気じゃなければ何だ?」

 それでもカムイは、白々しいお惚けを続けようとしている。

「嘘をついている」

 カムイの戯けた態度にも、セレネは誤魔化されずに、真剣な目をカムイに向けている。

「何故、俺が嘘をつかなければならない?」

「ああ、嘘をついていたのは彼ね。それとも貴方も嘘をついているのかしら?」

 セレネの目が意味ありげに細められた。貴方たちが実力を隠していることは分かっているのよ、こう彼女の目は訴えている。

「どんな嘘をついているのかな?」

 その鋭い視線に全く動じることなく、問いを返すカムイ。

「それは――」

 カムイの問いに答えようとしたセレネの言葉が止まった。これを説明すれば、自分も実力を誤魔化していることを認めることになる。そうセレネは気付いたのだ。

「何かしらね?」

 今度は、セレネが惚ける番だ。

「それでは話が続けられないな」

「そうね。困ったわ」

「俺も困った」

「狸」「女狐」

「「今なんて?」」

 会話らしい会話など初めてのくせに、妙に気が合う二人だった。

「……そちらからどうぞ」

「いえいえ、貴方からどうぞ」

「はっはっはっ」「ほほほ」

「お前ら怖いよ! オットーくんが引いてるだろ!」

 そんな二人にアルトが突っ込みを入れる。オットーくんというのは、もう一人の同じグループの生徒のことだ。アルトが言う通り、オットーは何ともいえない表情で、カムイとセレネを見ていた。

「セレネさん、同級生を怖がらせちゃいけないな」

「貴方こそ」

「……話が先に進まない。まずはそちらから白状したらどうだ?」

「そっちが先に話したら、私も話すわ」

「そうか。じゃあ、同時というのはどうだ?」

「同時? 良いわよ」

「よし、じゃあ行くぞ、俺たちが隠していることは、せえのっ!」

「「何もない!」」

 見事に二人の声が重なった。

「嘘をつくな!」

「そっちこそ!」

 そして、又、不毛な言い合いが始まることになる。

「ねえ、二人は、さっきから何を話しているのかな? 僕にはさっぱり分からないよ」

 二人のやり取りに呆気に取られていたオットーだったが、ようやく気持ちが落ち着いたようで、二人に尋ねてきた。

「オットーくん、この女狐、いや、失礼、セレネさんが言い掛かりをつけてきているのだよ」

「いえ、違うのよ、オットーくん。この狸、いえ、カムイくんが人を騙そうとするのよ」

「狸は失礼じゃないかな? セレネさん」

「そっちこそ、うら若き乙女に向かって女狐はないと思うわ」

「ちょっと二人とも。それじゃあ、喧嘩になるだけじゃないか」

 又、不穏な雰囲気になる二人を見て、慌ててオットーが仲裁に入る。

「確かに。セレネさん、女狐と呼んだことは謝ろう。でも、そんな風に人の腹を探るのは、同級生としてどうだろう?」

「そうね。狸は酷かったわね。でも、同じグループの人にそうやって探られるような隠し事をするのはどうかと思うわ」

「……駄目だ。ああ言えばこう言う。セレネさん、そんなことじゃあ、良い旦那さんは見つけられないぞ」

「お生憎様。これでも言い寄ってくる男くらい居るのよ」

「いやいや、それは無いだろう」

「まあ、セレネさんは美人だからね」

 カムイの否定の言葉に続いて、オットーが正反対のことを言いだした。

「……オットーくん、大丈夫か? いくらグループに女性は一人しか居ないとはいえ、それはいくらなんでも」

「ちょっと、どういう意味!? 別に自慢する訳じゃないけど、外見はそこそこだと思うわよ」

「それを人は自慢と言うのだろ? しかし、そうなのか?」

 こう言いながら、まじまじとセレネを見つめるカムイ。切れ長の目、琥珀色の瞳は、奥まで透き通っているように見える。透き通るような白い肌に、小さなピンク色の唇。実際のところ、セレネはかなりの美形だ。

「ちょっと、そんなに見つめないでよ」

 カムイに見つめられて、恥ずかしそうに頬を染める姿は、男子の心を惹きつけるのに、充分な魅力を持っている。
 ただ、残念ながら相手はカムイなのだ。

「まあまあ、かな?」

「……何か、そういう言われ方されると傷つくわ」

 セレネは不機嫌そうにその唇を尖らせた。その表情もまた、男心をそそるものなのだが、やはりカムイには全く心を動かされた様子はない。

「まあ、カムイは特殊だからな」

 明らかに落ち込んでいるセレネを見兼ねたアルトが口を挟んできた。

「どういうことかしら? もしかして趣味が悪いの?」

「セレネさんには悪いけどそれはないね。どちらというと逆だ。綺麗な人を見過ぎてるんだよ。おかげで、ちょっとやそっとの美形では全く心を動かさねえ。まあ、実際、俺も大分免疫が出来たな」

「そうなの?」

「うちの師匠たちは異常だからな」

「ねえ、それってどういう?」

「そうだな。十才の子供でさえ、欲情させてしまうような恐ろしい女たちだ」

 セレネの問いに答えたのはカムイだった。

「余計な事は言わなくて良い」

 アルトがカムイに文句を言ってくる。つまり、欲情してしまったのは、アルトということだ。

「事実だろ? アルトもルッツも最初の頃は大変だったじゃないか」

「それはそうだけど、ここで言うことじゃねえだろ?」

「面白がって見ていた罰だ」

「酷えな」

 実際に、カムイとセレネのやり取りを楽しそうにアルトは見ていた。カムイが女生徒と話す姿は、これまで、あまり見たことがないので興味津々だったのだ。

「へえ、カムイくんもそうなのね」

 詳しい内容は分からないセレネだったが、とにかく凄く綺麗な女性が側に居るせいだとは分かった。

「いや、カムイは俺とルッツとは違うね」

「じゃあ、どうして?」

「カムイの場合は、この世界で一番の美人は母親だからな」

「何、カムイくんは母親大好きなの?」

「そうだけど、何か問題が?」

「別に、悪くないけど……。子供ね」

 あっさりと、マザコンを認めてしまったカムイのせいで、セレネは、からかう楽しみを無くしてしまった。

「それは俺の母親を見てないからだ。幼い頃から母親を見ている俺にとっては、女性の美醜なんて、大した問題じゃない」

「そこまで言う? へえ、会ってみたいわね」

「残念、それは無理」

「皇都には居ないのね?」

「この世に居ない」

「あっ……ごめんなさい」

 すぐに謝罪を口にするセレネ。口は悪いが心根は優しいのだと分かる。もっとも、これがなくても、悪人ではないことはカムイには分かっている。だからこそ、こうした言い合いを続けていられるのだ。

「平気。亡くなってから随分経つからな。いまさら悲しむこともない。でも、そういう反応を見せるってことは、セレネさんは俺のこと、知らないんだな?」

「どういう意味?」

「俺の旧姓を知っていれば、母親の事、知っていてもおかしくないから」

「他人の素性を探る趣味はないから」

「意外だ。色々と探っているのかと思ってた」

「例えば?」

 心当たりがなくもないセレネだった。

「同じクラスのクラウディアさんのこととか」

「クラウディアさん……。彼女に何かあるの?」

 クラウディアについては、セレネには何の心当たりもない。自分の知らない何かがあると分かって、興味津々な様子だ。

「知らないんだ?」

「ええ、知らないわ。教えてもらえるのかしら?」

「食事を奢ってくれたら考えても良い」

「何、それデートの誘い?」

 言葉通り、カムイに母親の事を気にした様子が全くないことで、セレネの気持ちも元に戻ったようだ。

「三人分な」

「……また少し傷ついたわ。そんなに私、魅力ないかしら?」

 カムイが全く女性として見てくれないことに、セレネは割りと本気で落ち込んでいるようだ。アルトとオットーに向かって、真面目な顔で問いかけた。

「そんなことは……、僕はないと思うな」

 オットーは、少なくとも女性の美に関しては、普通の感覚を持っている。

「オットーくん、ありがとう。貴方だけね。私の味方は」

「何だそれ? 情報をネタにデートを強要するほうが問題だろ?」

 セレネの言い方に、カムイは不満そうだ。

「それはそうだけど、全く興味を持たれないというのは、女性としては傷つくわ」

「面倒くさいな」

「もう、食事でも何でも良いから教えてよ。あっ、でも情報が食事に値しないものだったら奢らないからね」

「……ケチ」

「いいから話しなさい!」

 最後までからかうことは止めないカムイだった。

「全く……。じゃあ、話す。クラウディアさんは皇国の皇女だ。皇太子の正妃の次女だな」

「嘘?」「えっ?!」

 セレネだけでなく、横で聞いていたオットーも驚きの声を上げた。

「多分、本当。裏は完全に取ったわけじゃない。でも、少し調べれば真実かどうかは直ぐに分かるだろうな。ちなみにテレーザさんは、正妃の実家に連なる家の娘。ハノーバー家の次女だ。テレーザ・ハノーバーは幼くして母親と共に宮中に上がっている。これは直ぐに調べられた。王女の乳姉妹ってやつ? そういうの当たり前にあるんだろ?」

 クラウディアに対する探りは難しくても、テレーザに関しての調査は、割と簡単な方だった。

「ええ、そうね。子供が生まれても身分の高い女性は直接育てるわけではないわ。身内の中で子供を生んだ女性を乳母として召抱えるのが普通よ」

「でも、どうしてだろう? クラウディア様が皇女だなんて話を、僕は学院で聞いたことないよ」

 カムイの話に、オットーが疑問を差し挟んできた。

「隠しているみたいだ。何か事情があるんだろうな」

「その事情は教えてくれないのかしら?」

「三食分」

 情報提供に対する報酬の要求だ。

「ねえ。貴方、貴族よね? どうしてそんなに強欲なの?」

「別に、こっちはどうしても話したい訳じゃない」

 これは嘘。どうしてもカムイは話したい。まんまと撒いた餌に食い付いてくれたのだ。これを本気で逃すつもりはない。

「オットーくん、割り勘ね」

 だが、セレネはカムイの本音に気づくことが出来ずに、駆け引きに負けてしまった。ただ、セレネもただでは転ばない。オットーにも負担させようと考えた。

「えっ? 僕が?」

「だって、貴方も知りたいでしょう?」

「それはそうだけど……」

「うわ、平民に奢らせるのか?」

 セレネの有無を言わせぬ口調に、口ごもってしまったオットーに代わって、カムイが文句を言う。オットーを助けるというよりも、セレネをからかうことが主目的ではあるが。

「あら、オットーくんの家は私の所よりも、よっぽど裕福よ」

「そうなのか?」

「知らないのね? オットーくんの実家は皇国内で三本の指に入る豪商の家よ」

「オットーくん、君と僕とは親友だよね? 今度奢って」

「……それは」

 露骨な金銭目当ての友情。了承出来るはずがない。

「ちょっと?」

 セレネも文句を言いたげだ。

「冗談だよ。何も無しに、たかるような真似はしない。友達なら尚更だ」

「じゃあ、私にもたからないでよ」

「友達じゃないし」

「あっ、そう。……ねえ、一つ聞いて良いかしら?」

「答えられることであれば」

「何故、それを教えたの?」

 これを疑問に思うくらいには、セレネは頭が回る。これを思いつくだけの事情がセレネにはあるともいえる。

「セレネさんは知っておいた方が良さそうだと思った。皇国に繋がりのある人間がクラスにいる。これは大事だろ?」

「そう。他の人に話しても?」

 大事に思うのは、セレネだけではない。Eクラスには、そういう生徒が大勢いる。

「必要だと思う人であればな」

「本当に食えない男ね」

「そっちもな。今ので分かった。セレネさんにはお友達が多そうだ。それも秘密を共有するお友達がな」

「なっ!?」

 驚くセレネに向かって、カムイは満面の笑みを浮かべている。こういった駆け引きがカムイは大好きなのだ。

「あまり警戒されたくないから言っておくと、俺も辺境に領地を持つ家の子供だ。それと他人のことに余計な介入をするつもりはない。その余裕はないと言ったほうが良いかな?」

「……その言葉を信じて良いのね?」

「信じるか信じないかはそちら次第」

「そう……」

「ねえ、また僕には分からない話かい?」

 二人の会話の意味は、平民であるオットーには分からない。

「オットーくん、人には知らないほうが良い話もあるんだよ。まあ、この先、オットーくんに話をするかどうかは、オットーくんの心がけ次第だ」

「心がけ?」

「そう。オットーくんが、商家の人間として利だけを追うのであれば、話す時も来るだろう。今言えるのはここまでだ」

「商家の人間として利を……。ねえ、カムイくんって、商人を信じるのかい?」

 セレネとの会話は分からなくても、こういうことは、オットーも直ぐに理解出来る。

「いや、信じるのは利を優先する気持ちだ。共通する利があれば、信じられる。お互いの利が相反するものであれば信じられない。そういう意味では、わかりやすい。勿論、その利というものの見極めを間違えれば、痛い目に合うことは分かっているつもりだ」

「……面白いね」

 呟くオットーの顔は、これまでと同じ人の良さそうな笑みを浮かべているが、その瞳の奥には、初めて見せる光があった。オットーも又、皇国学院に入学するだけの何かを持っているということだ。

「おや、オットーくんもどうやら狸のようだ。見た目や態度とは違う何かを持っている」

 それをカムイは敏感に感じ取る。表向きの顔の裏にある感情を読み取る感覚は、いつの間にか、カムイが身に着けたものだ。同情や優しさを装う裏にある悪意。虐められていた時に、何度も味わった裏切りの痛みがカムイにそれを身につけさせていた。

「それと同時に怖い。出来れば利が合うことを祈ってるよ」

「僕もだ」

「何よ。今度は私が仲間はずれなの?」

 会話に入れずにセレネは少し拗ねている。

「まあ、そういうことだな」

「それで終わらせないでよ」

「嫌だなあ。セレネさん、男には男にしか分からないものがあるのだよ」

「あら、やっと私を女性扱いしてくれたわね」

「よし、分かるように説明しよう」

「ちょっと!」

 カムイとセレネのやり合いは、まだまだ終わらない。

「随分と楽しそうだな」

 と思った所へ、突然、割り込んできた別の声。カムイが目線を向けるとそこには、剣術の担当教師が立っていた。

「いえ、楽しくはありません。セレネさんに絡まれて困っていたところです」

「それは私の台詞よ!」

「先に話し掛けてきたのそっちだろ!?」

「貴方が、質問に素直に答えないからでしょ?」

「うるさいっ!!」

 また、言い合いを始めたカムイたちに、教師の雷が落ちた。

「はい、すみません」「失礼しました」

「前に出ろ。前に出て立会いだ」

「いや、先生。僕はとっくに負けていますよ。そんな僕が割り込んでは他の人に迷惑です」

「もう、とっくに終わっている」

 担当教師の言う通り、中央には誰も居ない。カムイたちが気がつかない間に、とっくに終わっていたようだ。

「おや? それで優勝は?」

「これは授業だ。最後までやる必要はない。勝ち残ったのは、ほら、あそこに並んでいるだろ」

 実際には終わったばかりのようで、最後の立会いを終えた生徒たちは、まだ一箇所に固まっていた。
 ルッツもその中にいる。残っているのは十六人の生徒たち。最後の結果は分からないが、少なくともそこまで残る程度には頑張ったようだ。

「……終わっているのに、立会いを?」

「ああ、まだ時間は余っている。そしてお前らは元気が余っているようだな?」

「お前らというと?」

「お前と隣の女生徒だ」

「ああ、やはりセレネさんのせいか」

 わざとらしく天を仰いで嘆いてみせるカムイ。

「貴方のせいでしょ?」

 その挑発に、ついセレネは応えてしまう。

「責任転嫁は良くないな。男らしくないぞ」

「私は女よ!」

 さっき怒鳴られたばかりだと言うのに、結局、又、言い合いを始める二人。

「いいからさっさと立てっ!!」

 そこに、これまででもっとも激しい雷が落ちた。 

「はい!」

 返事だけは元気だが、行動はそれに伴っていなかった。セレネが素早く立ち上がったのに比べて、最後の抵抗とばかりに、ゆっくりと立ち上がるカムイ。

「……そろそろ時間では?」

「いや、まだ十分にある」

「そうですか……」

 あくまでも抵抗を続けるカムイ。

「おい、誰か剣を持ってきてくれ」

 カムイの抵抗を、妨害する指示を出す教師。

「いや、自分で取りに行きます」

「いいから、中央に出ろ!」

「……はい」

 時間稼ぎの口実は、教師に奪われた。それでも、ゆっくりと、ぶらぶらと手を振りながら、カムイは歩く。

「ねえ、時間稼ぎは無駄だと思うわよ」

「それは、もう分かってる。考える時間を作ってるだけだ」

「考える時間?」

「……五手くらいで良いかな? それで決着をつけよう」

 ルッツやアルト相手であれば、こんな打ち合わせは要らない。他の生徒でも、注目されていなければ何とかなるのだが、今はそうではない。

「そういうことね。じゃあ、適当に負ければ良い?」

「負けるのは俺のほう」

「ちょっと、私は女よ?」

「初等部にいた人間は俺が弱いのを知っている。その俺が勝ったらおかしいだろ?」

 初等部時代のカムイを知っている生徒は、同学年に大勢いる。それはそうだ。初等部からは、ほぼ全員が中等部に上がってくるのだ。

「そうなの?」

「魔法抜きならそこそこ出来た方だと思うけどな。そんなこと、もう忘れてるだろうな」

 魔法の授業が始まるまでは、カムイの剣は学年でトップクラスだった。だが、相手が魔法を使うようになれば、その差は剣の技量だけでは埋められない。やがてカムイの剣の成績も学年最下位に落ちることになった。

「手順は?」

「……考えてる暇はない。適当に合わせろ。俺が先手で二。後は任せる」

「あら、貴方は合わせられるの?」

 セレネが自由に剣を振るってもカムイは合わせると言う。それが出来る実力がカムイにあるということだ。

「俺を誰だと思ってる? 負けるのは得意中の得意だ」

「……あらそう」

 だが、カムイの口からは、決して認める言葉は出てこない。

「ほら、これだ」

 不意に男が、二人の会話に割り込んで剣を差しだしてきた。

「ああ、ありがとうございます」

「どうも」

 その男から剣を受け取って向かい合う二人。カムイが感触を確かめるように何度か剣を振る。
 だがその視線はセレネに向かっている。この速さで行くから合わせろ。このカムイの意思は、きちんとセレネに伝わっていた。

「構え!」

 担当教師の声が響く。その声を合図に詠唱を始めるセレネ。当然、カムイは何もしない。

「プロテス(守護)、アクセルレート(増速)」

 魔法の光が一瞬、セレネを包み込んだ。

「もう少し時間かけろよ」

「貴方は良いの?」

「僕、魔法使えないから」

「……もう良い」

 全くの嘘でもないのだが、セレネは信じなかった。

「じゃあ、行くぞ!」

「どうぞ!」

 軽く足を踏み込んで、カムイが間合いを詰める。それと同時に上段に構えた剣を振り下ろす。
 斜めに構えたセレネの剣が、カムイのそれを弾き返す。それに構わず、少し角度を変えて、剣を振り下ろすカムイ。
 それに対してセレネは、今度は少し剣を下から振り上げるようにして剣を交差させた。
 大きく剣が弾かれて、数歩後ろに下がるカムイ。

「ん?」

 剣に違和感を感じたカムイが、わずかに顔を歪めた。それを合図と受け取ったセレネは、カムイとの間合いを一気に詰めて攻勢に転じる。
 初撃を横に剣を振って弾いたカムイは、そのまま、大きく後ろに跳んて間合いを空けると、セレネに向かって叫んだ。

「ちょっと待て!」

 だが、セレネの追撃は止まらない。カムイの空けた間合いを、一足跳びに詰めて、上段から剣を振り下ろしてくる。カムイのそれを演技だと思っているのだ。

「ちっ!」

 下から一気に剣を振り上げるカムイ。二人の剣が交差する瞬間に、甲高い金属音と共に、二つの剣が折れるのがカムイの目に映った。
 折れた剣先が回転しながら、二人の間に落ちてくる。
 それにセレネが反応出来ていないことを見て取ったカムイは、セレネの手を取って、無理やり下に引き倒すと、そのまま覆いかぶさった。

「ちょっと!?」

「悪い。しくじった。後ろに跳べば良かったな」

「カムイ!」「大丈夫か!?」

 ルッツとアルトの叫び声が響いた。セレネが視線を、声のほうに向けると二人が血相を変えて、こちらに駆け寄ってくるのが見える。

「何?」

「……痛てえ」

 セレネの疑問に、カムイが答える。

「怪我してるの?」

「少しな」

「いいからどきなさい!」

「動けない」

「もうっ!」

 いつまで経っても動かないカムイに業を煮やして、セレネは強引に下から抜け出した。
 そのセレネの目に映ったのは。カムイの背中に刺さる折れた剣先。

「ちょっと!? 何これ?」

「触るな!」

「触るなって、早く抜かないと!」

「だったら素手で触るな。何か布を持て」

 全身に痺れるような感覚が広がっていて、カムイは思うように動けないでいた。ただの怪我で、こんな風になるわけがない。となれば、剣に何か仕込まれている。そうカムイは考えた。

「どういうこと?」

「いいから言う通りにしろ! ルッツ、しばらく誰も近づけるな!」

「ああ、分かった!」

「アルト。剣をよく見てくれ。何か塗られてないか?」

「……ちょっと待ってろ。すぐ調べる」

 カムイの問いの意味を、すぐにアルトは察した。

「ねえ、何が起きてるのよ?」

「おい! 大丈夫か?!」

 急な事態に。何が起きたのか理解出来ていなかった担当教師が、ようやくカムイたちに近寄ろうとしている。

「近づくんじゃねえ!」

 その担当教師を制したのは、アルトの声だ。

「近づくなとはどういうことだ!」

 事情を知らない教師は、当然、納得がいかない。

「いいから、この剣をカムイに渡した奴を捕まえろ! これは模擬剣じゃねえ、真剣だ!」

「何だと!? そんな間違いが!?」

「間違いじゃねえ! この剣には毒が塗られてる」

「何だと!?」

「間違いで、毒が塗られてるわけがねえだろ? 分かったら、さっさと犯人を捕まえろ!」

「分かった……、いや、怪我は?」

「だったら医者でも呼んでこいよ。まったく役に立たねえ野郎だな」

 教師の鈍感さが、我慢出来なくなって、アルトも口調が益々きつくなる。

「貴様……、いや、そんな場合ではないか。おい! 誰か、救護室にいって先生を呼んで来い!」

 教師の指示を聞いて、辺りが騒然となる。ようやく生徒の多くが、カムイが怪我していることに気がついたのだ。

「おい、大丈夫か?」

 ようやく教師を追い払えた所で、アルトがカムイに問い掛ける。

「何の毒かは、分からないよな?」

「悪い、そこまで見極める知識は俺にはねえ」

「そうか。まあ、即死じゃなくて助かった。周りには誰も居ないな?」

「ああ、今の所は遠巻きに見てるだけだ」

 信じられない事態に、生徒たちは誰も動けないでいる。そうでなくても、ルッツが、誰も近づけないように牽制している。

「よし。治療するふりをしろ」

「どんな風に?」

「そっか……。セレネさん、水属性の魔法は?」

「使えるわよ」

「よし、じゃあ、今からアルトが俺の背中を切るから、その後で水魔法を使ってくれ。血を洗い流すような感じだから、入門魔法程度で十分だ」

「ちょっと? 何をするのか説明してよ」

「今説明しただろ? 治療だよ。良いから始めるぞ。アルト頼む」

 まだ、腑に落ちない様子のセレネだが、カムイはそれを無視して、アルトに始めるように指示を出した。

「ああ、痛いのは我慢しろよ」

「慣れてる」

「そうだな」

 アルトはどこから取り出したのか、短刀を片手に持って、カムイの服を切り裂き始めた。肌が見えたところで、剣先が刺さっていた傷口を、更に短刀で切る。流れ出す血の量がそれにより更に増えた。

「ちょっと!」

「早く魔法を」

「……分かったわよ。万物の恵みたる魔力よ、その力を顕現せよ。ウォーター」

 魔法の詠唱を終えたセレネの両手に、見る見る水が溜まっていく。

「それをかけて。しばらく、それを続けて欲しい。毒を洗い流すつもりで」

「わかったわ」

「万物の……」

「恵みの力、癒しの力。浄化の力を我に与えよ。アンチポイズン」

 指示された通りに続けようとしたセレネの詠唱に、カムイの声が重なる。

「……何?」

 わずかな光が、カムイの身を包む。それも一瞬のこと。直ぐにその光は消えた。

「どうだ?」

「……我ながら完璧だな。後は医者を待とう」

 アルトの問い掛けに、カムイは満足そうに答えた。

「カムイくん、貴方……」

 カムイは何をしたのか、さすがにセレネも分かる。

「これ秘密な。セレネさんは魔法をもう少し続けてくれ。……しかし、どこのどいつだ?」

「さあな。そもそも、どっちを狙ったかも分からねえ」

「セレネさんは、命を狙われる心当たりある?」

「……無いわ」

 少し考えて、セレネは答えた。危害を加えるならまだしも、殺そうという相手には、心当たりがなかった。

「あれ、じゃあ俺か? そこまでのことをしてるつもりはないけどな?」

 心当たりがないのはカムイも同じだ。

「可能性としてはダークだが……」

 アルトは貧民街の可能性を考えた。平気で人殺しを企む貧民街の悪党であれば、普通のことだ。

「その可能性はかなり低いな。そこまでの動きはまだしていないし、そもそも学院に人を送り込めるとは思えない。だが、念には念か。ダークの所に、ルッツを向かわせてくれ」

 大丈夫だと思っていても、可能性がある限り、備えは怠らない。これが、カムイたちのモットーだ。

「一人で平気か?」

「アウルが付いて行ってくれるさ」

「じゃあ、安心だ。ルッツ!」

「どうした?」

 アルトの呼びかけにルッツが答える。

「ダーク」

「……分かった! 行ってくる!」

 ダークの名を聞いただけで、ルッツはアルトが言いたいことが分かった。全力で駆け出して、外に出て行く。

「ねえ、大丈夫なの?」

 カムイたちのやり取りが一区切りついたと思って、セレネが心配そうに声を掛けてきた。

「これくらいの傷はしょっちゅうだから平気だ」

「ごめんなさい。私をかばったせいで……」

「しくじったと言っただろ。セレネさんを蹴飛ばして、そのまま後ろに跳べば避けられたはずだ」

「……蹴飛ばして?」

 カムイの言葉に、セレネは実に敏感に反応した。

「ああ、それだったら確実に避けられただろ?」

 ただ、カムイの方は、自分の失言に気付いていない。失言とも思っていない。

「そうね。私を蹴飛ばせばね」

「何怒ってるんだよ? 俺、間違ってるか?」

「女の子を蹴飛ばそうなんて考えが正しいって言うの?」

「はあっ? お前を助けるためだろ?」

 セレネが怒っている理由は、カムイには納得出来ないものだ。

「あら、さっき、しくじったって言わなかったかしら?」

 そのカムイに、セレネは更に追い打ちを掛ける。

「……ああ、可愛くない女」

「可愛くなくても、綺麗だって言ってくれる男は居るわよ」

「それは趣味がおかしいんだな。お前のどこが綺麗なんだ?」

「お前って言わないでよ!」

「お前はお前だろ!」

 もう完全に二人とも、頭に血が上っている。周囲のことなど忘れて、大声で言い合いを始めてしまった。

「ああ、嫌だ! 女性の扱いも知らない子供の相手は疲れるわ!」

「お前のほうが子供だろ!」

「貴方のほうが子供よ!」

「何だと!?」

「何よ!?」

「お楽しみ中、悪いが治療させてもらえんかな?」

 そんな二人のやり取りに、いつの間にか、側に来ていた白衣を着た男性が、呆れた顔をしながら割り込んできた。 

「「……はい」」

「案外、似たもの同士かもな」

「「違う!」」

 医者と同じように呆れ顔のアルトの呟きを、全力で否定する二人だった。
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