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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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誓いの言葉

 アルトが孤児院に帰ってくるのを待って、カムイたちは司教に与えられた部屋に集まっていた。この場には、ダークも同席している。

「ダークも話を聞くのかよ?」

 戻ってきたアルトは、予定外の参加者に少し驚いている。

「ああ、直接の役には立たないだろうけど、情報を集めて、それに基づいて、何を考えるかなんて事は、経験しておいたほうが良いと思う」

「それもそうだな」

 カムイたちが居なくなった後、ダークは自分の仲間と同じような事をしなければならないのだ。

「それに、俺たちだって一人前って訳じゃあないからな。考える頭は多い方が良い。良い案が浮かばなくても、一緒に考える事は無駄にならないだろうしな」

 カムイたちにとっても演習のようなものだ。まだ彼等は学生。本番は、領地の政治に関わる様になってからだ。

「じゃあ、さっそくこれまで分かった事を説明するぞ。分かっちゃいたけど、俺達の同級生は人材の宝庫だな。それも優秀とかいう事だけじゃねえ」

 早速、アルトが調べてきた事の報告を始めた。

「どういう事だ?」

「まずは皇国、というより、皇家の現状を説明したほうが良いだろうな。時に世継ぎの問題についてだ」

「そこまでの話になるのか?」

 アルトが始めようとしている話は、カムイの想定以上の内容のようだ。

「同級生が、人材豊富と言ったのはそういう事だ。まず皇帝、これは既に高齢だ。嘗ての武を誇る事はもうねえだろう。政務のほとんどは既に皇太子に渡している。もっともその威が衰えた訳じゃねえ。皇国を統べる皇帝である事に何ら変わりはねえな」

「だろうな」

 今代の皇帝は、その武によって、皇国の威勢を多いに高めた人物だ。その実績に基づく、権威が簡単に薄れるはずがない。

「そして次代の皇帝である皇太子。この地位も盤石だ。そもそも皇太子は立太子以前から競争相手が居なかった。幼い頃から帝王教育を受けていて、武の面では実績はねえものの、問題なく次代の皇帝の座に就くだろうな」

「……全く問題ないじゃないか」

 世継ぎの問題についての話のはずが、アルトの説明には、全く問題となるような点がない。

「問題はその次にあんだよ。皇太子には競争相手が居なかった。それは、皇帝に子供が少なかった事を意味する。継承問題が起こらねえって事では良いんだが、それに不安を持つ廷臣が多かったみてえだな。皇太子に万一があった場合って事でな」

「多くても困る、少なすぎても不安だってか?」

「そんな所だ。ところが、皇帝の時の反発からか、皇太子の次代の備えが行き過ぎてんだよ」

「そんなに子供が大勢いるのか?」

 皇帝とは逆。それを、子沢山だと、カムイは受け取った。

「多いのは子供ではなく、かみさんの方だ。正妃の他に側室が大勢いる」

「……皇太子って好色なのか?」

 カムイの表情が、苦いものに変わった。
 側室を持つのは貴族であっても珍しい事ではないのだが、カムイには抵抗感があった。しかも、それが一人二人ではないと聞けば、皇太子への悪印象に繋がってしまう。
 だが、続くアルトの説明で、カムイの皇太子への悪感情は、すぐに消える事になる。

「そういう噂は聞かねえな。どちらかと言えば真面目な性格だって話だ。真面目だからこそ、義務感で側室を言われるがままに受け入れたって事じゃねえかな?」

「それはまた……、ちょっと同情するな。皇太子を種馬扱いか」

「言葉を選ばなきゃそういう事だ。そして最大の問題は、肝心の正妃に、女の子しか居ねえ事」

「おっと。ようやく世継ぎ問題らしくなってきたな」

 正室と側室の争い。吟遊詩人の唄や、昔話などで聞く話だ。あくまでもフィクションとなっているが。

「更にそれらしくなるぜ。長男の母親の身分が低い。それもあってか、皇太子は、次代の皇太子を明言していねえと言われてる。形式的な継承権はあるけど、本当に形式だ。今後、いくらでもそれは変わる可能性があるな」

「今の順位は?」

「当然、長子が一位。その次が正妃の娘。その次が、これまた別の側室の息子。皇太子から見れば次男だな。その後は……、説明するのも面倒くせえ」

「皇子より皇女が上なのか?」

 女性が皇位を継げるなどは、カムイの知識にない事だった。

「なんだかんだで、正妃を重んじているんじゃねえかな? それに何事もなきゃあ長子が後を継ぐのだから、第二位といっても形だけだ」

「それはそうだ。でも、それで済まない訳だろ?」

 アルトの言葉通りであれば、継承問題になどならない。

「そう。有力家が介入しようとしている。ここで、ようやく同級生が出てくるわけだ」

「なるほどね。ちょっと話が見えてきた」

 アルトが最初に言った能力とは別の人材の意味。それがカムイにも分かってきた。

「まず長兄。これに肩入れしようとしているのは東方伯家。後ろ盾のねえ長兄に力を貸す事で、影響力を高めようって所だな。当然、それだけの訳がねえ。正妃の座を狙っているようだ」

「今更? これまで何度も輿入れしてるだろうが」

 四方伯の一つである東方伯家。皇族との婚姻関係など、とっくの昔に存在している。

「そんなのは他家も一緒だ。そして今、皇族にもっとも近いのは西方伯家。皇后は西方伯家の人だからな」

「王妃になれば、その影響力が一気に塗り替えられる。不毛だな。今回、正妃になっても、いずれ、ひっくり返されるだけだろ?」

 皇家からすれば、四方伯家とは均等に付き合いたいと思うはずだ。次代の皇妃に、東方伯家の関係者がなるような事になれば、恐らく、その次は、北方伯家か南方伯家となる。

「でも、その時には現東方伯は居ない。自分の代で栄華を得たいってとこだろ。十分、繁栄しているのに、欲深い事だ」

「ほんと。そうなると正妃の娘。皇女の相手は……」

「そう。西方伯家に丁度良い男がいる。またまた同級生の登場だ」

「……血が近すぎないか?」

「それを貴族のお前が言うか?」

 貴族間でも婚姻は盛んに行なわれているのだ。いとこ同士の結婚なんて、当たり前。もっと近い間で婚姻が為される事だって、過去にない訳ではない。

「それもそうか。でも、その場合、そいつが皇帝になるのか?」

「実態はそうなるだろな。でも形式上は、あくまでも皇太子の子供が皇帝。つまり女帝だ」

「そんなの認められるんだ?」

「さあな。その辺の事までは調べてねえ」

「仮に成れるとすれば……、きな臭くなってきた」

 次の皇太子争い。これが激しくなる可能性は、かなり高い。

「だろう? 長く続く皇帝家。血生臭い後継争いなんて事はこれまでもあったんじゃねえか。もっとも、今回がそこまでに発展するかは、さすがに分からねえ」

「……他の二人は? また別の皇子か皇女につくのか?」

 東西方伯家の思惑は分かった。だが、同学年には、他に二人。有力家の子弟が居る。

「騎士団長はよく分からねえ。勝ちそうな方に肩入れしてって所じゃねえかな? いくら騎士団長とはいえ、騎士の爵位は最低だからな。皇家に血を入れるなんて、よっぽどの事がない限り無理だろ?」

 騎士は士爵。カムイの実家であるクロイツ子爵よりも爵位は下、というより、士爵の下は、準男爵や準士爵など、一代貴族しか居ない。

「その余程を待っている可能性もあるわけだ」

「東と西が潰し合えば目もある。そんな所だろうな。もっとも他に南北が居るんだから、儚い夢だろうけどな。まあ軍の影響力を強められるだけで、十分だと考えてるんじゃねえか?」

「もう一人は?」

 魔道士団長の娘も、カムイたちと同学年だ。

「これは相手からのラブコールだ」

「次男か?」

「そう。意外にも次男も後ろ盾を持たねえ。男子としては二番目なのにだ。それだけ二位の皇女に力があるって事なのか、これについては、今の所は分かってねえ。東西方伯に逆らう貴族など居ないので、皇国魔道士団に目を付けたんだろうな」

「いや、見事。この年でもう全員結婚相手が決まっている訳だ」

「全員じゃねえ。騎士団長の息子はフリーだ」

「そうだった。ちなみにクラスメート殿は?」

 男が余っているのであれば、女のほうで余っている者が気になる。そういうつもりでカムイは聞いたのだが、アルトの答えは、ちょっと違っていた。

「クラウディア・ヴァイルブルク皇女は、継承権で言えば五番目だ」

「……思ってたよりも高いな」

 実際には五番目ともなれば、継承の目は全くない。ただ、クラウディアから受けた印象と、継承権五位という事実が、カムイの中で噛み合わないだけだ。

「正妃の次女だからな」

「おっと、本当か?」

「というのは関係ない。正妃の長女を第二位にした以上は、後も、生まれた順番にしなければならないだろ? クラスメート殿は皇太子の五番目の子供ってわけだ」

「ちなみに皇子、皇女は全部で何人だ?」

「八人」

「……それって多いのか?」

 過去には二桁の皇子、皇女を持った皇帝も居た。八人というのは、微妙な所だ。

「最初に言っただろ? 多いのはかみさんのほう。正妃の姉妹を除けば、あとは全員、異母兄弟姉妹だ」

「六人の側室って事か……。なるほど皇太子様は真面目で、やはり正妃大事なんだな」

「なんでそう思った?」

 六人も側室を持って、何故、正妃大事なのか、アルトには分からなかった。

「こういう事じゃないか? 側室が来たらきちんと、その義務を果たす。でも子供が生まれたら、そこまで。また正妃に戻る」

 カムイの推測通りであれば、側室の方は、かなり可哀そうだ。真面目と言えるかは微妙な所だが、カムイも、それほど深く考えている訳ではない。

「それにしちゃあ正妃の子供が少ない」

「……そっか。さすがにこの年で男女の事を推測するのは無理があったな」

「それはそうだ。俺達はまだ十二だ」

 十二歳で、貧民街をどうにかしようとか、有力貴族家相手に悪巧みを考えている方が異常だ。

「しかし、継承権第五位で、何をしたいんだろうな?」

「継承争いで勝つには遠いな。始末しなければいけない数が多すぎる。それに姉が居るからな。あのお姫様がそこまで考えると思うか?」

「姉どころか、それ以外も無理そうだ。そうなると、やはり敵は皇族ではなく貴族か」

 個人の皇位継承が目的ではないとなれば、皇族としての行動になる。ただ、これも、カムイの中では、今一つ、ピンと来ていないのだが。

「そんな事を言っていたからな。継承権が上位の三人は、有力家の紐付きになる。そうなれば、皇族の力はかなり弱まるだろう。それを予測した上で対抗する力をと言うことだと思うな」

「その予測は見事だが……、間違ってるな」

「ああ、彼女は学院に来ている場合じゃねえ。まずは皇族の力を結集するべきだ。だれが次代の皇太子に、その先の皇帝になるにしても、皇族はバラバラになる事なく、その皇帝を支えていく。それが出来れば、皇族の発言力を維持するのは難しい事じゃねえ。そもそも、有力家が付け入る隙がねえからな。今の長男に後ろ盾がないのであれば、自分たち、皇族が後ろ盾になるくらいのつもりでやれば良いんだ」

「それがもう出来ない事態なのかな?」

「当人たちにその気が無くても母親。そしてその実家がって事はあるかもな。それにしてもだ。学院に来て、少々味方を増やした所で、なんの意味もねえ」

「まあ、それは勝手にやってろだな。俺たちにとって重要なのは、誰が勝つか。その人物の為人か」

 それが将来の皇国のあり方を示すことになる。カムイたちが知りたいのは、優秀かそうでないかではない。辺境領についての考え方だ。

「誰が勝つかについては今の段階では読めねえな」

「予想もつかないか?」

「俺は案外、皇太子の意向っていうのが色濃く反映されるんじゃねえかと思っている。南北が出て来てねえだろ。子息が居ねえというのもあるけど、この二家は皇帝に、そして後継ぎである皇太子に真面目に忠節を誓ってるんじゃねえかな? まあ、臣下としては当たり前の事なんだけどな。調べた限りでは二家の当主は、皇帝との付き合いが深い。皇家大事で動く、それはつまり、皇太子の意向を受けて動くと俺は思うね」

 北方伯家、南方伯家は、現皇帝とそれこそ轡を並べた仲。戦友と言っても良い関係だ。皇帝自らが、両家のいずれかから王妃を娶ろうとしたくらいの関係を持っている。
 しかも、それに対して両方伯は婚姻での繋がりではなく、あくまでも個人の友誼そのままを大切にしたいと断っているくらいだ。お互いに主従を越えた思いがあると考えられる。

「でもそうなると……、そうか、皇太子は長男を後継ぎだって公言していないのだったな」

 長幼の序を重んじるれば、そのまま、長男が後を継ぐ事になる。そう思ったカムイであったが、皇太子が公言していないという事が気になった。

「そう。後ろ盾云々を別にすれば長男が後を継ぐのが順当だ。それなのに公言していねえ。まだ早いと思っているのか、それとも別に思惑があるのかは、それは分からねえな」

「……東と西しか確かめようがないか」

「そう。特に西。こっちは称号が何になるか知らねえけど皇帝代理として実権を振るう可能性がある人物だ。その為人は確かめておいた方が良いだろうな」

「東は無視して平気か?」

「それは皇太子の長男次第。皇妃の言う事を大人しく聞くような人物であれば、確かめておくに越したことはねえな。女は政治に関わるな。そんな男だったら無視」

 アルトは口では、こう言っているが、皇妃が国政に口出すなど、余程の事態だ。まず、無視で問題ないと思っている。

「その長男の為人を調べる方法は?」

「さすがにそれは無理だ。本人どころか、周りの人間にだって接触出来ねえよ。今、周りに居るって事は、将来の皇国の重臣候補だぜ。近づけるもんじゃねえよ」

 無位無官、しかもまだ未成年のカムイたちが手を伸ばせるのは、学院の中しかない。

「そうなると、やはり同級生を当たるしかないか。でもどうする? このままじゃあ、中々調べられないだろ?」

 クラスが違う事もあって、中々情報が入ってこない。まして、彼等の周りは、常に取り巻きが囲んでいる。接触する機会などないのだ。
 であればと思って、周りを探ろうと思っても、当人たちに近い人間はさすがによく教育されている。余計な事は一切話す事をしない。

「一つ提案がある」

 この事態を悩んでいたアルトは、一つの考えを思いついていた。

「なんだ、提案って?」

「さて、ここでやっとルッツの出番だ」

「おっ、俺? 俺に策謀なんて無理だって」

 ルッツも同席してはいるが、それはあくまでも話を頭に入れておく程度の目的だ。自身で考える事をルッツは始めから放棄している。そんな自分に出番だと言われて、ルッツは少し焦っている。

「策を練ろっていう話じゃねえ。ルッツには餌になってもらおうと思っている」

「餌ってなんだよ?」

「実力を、もう少し見せたらどうだろう?」

「……ああ、そういう事か」

 このアルトの言葉を聞いて、カムイは納得したようだった。

「俺は何の事か分からないぞ」

 当人であるルッツは、未だに理解出来ていない。

「東も西もどうやら人材好きだ。優秀な人材を自分の派閥に入れようとしている。ルッツが自分の部下に相応しい力を持っていると分かれば、向こうから接触してくるはずだ」

「だから餌……。それ、俺である必要ないだろ?」

 優秀な人材という事であれば、カムイもアルトもそうだ。

「カムイにそれをさせる訳にはいかねえだろ?」

 ルッツの考えを見透かしたように、アルトは、カムイでは駄目だと言ってきた。

「どうして?」

「あのな、カムイを派閥に引き込むという事は、将来のクロイツ子爵を引き込むってえ事だ。実家に目が行く可能性があるだろ。それでなくても親父さんの所に圧力がかかったらどうすんだよ?」

 方伯家からの圧力だ。本気でやられたら、かなり厳しい内容になるのは、間違いない。

「俺の場合は?」

「カムイには圧力がかかるだろうな。でもルッツは、あくまでもカムイの臣下。クロイツ子爵家の意向は関係ねえと言い張れる」

 家同士ではなく、あくまでも個人の問題で治めようというのが、アルトの考えだ。

「なんとなく分かった。でもアルトは?」

「俺じゃあ、無理。剣も魔法も奴らのお眼鏡にはかなわねえだろうな」

「でも策略は?」

「そんなの見せられっかよ」

「……それもそうか。じゃあ、仕方がないな」

 他に居ないのであれば、自分がやるしかない。ただ嫌だというだけで、ごね続けるほど、ルッツも子供ではない。

「ただリスクはある。主にカムイにだけどな」

 アルトの視線が、ルッツからカムイに移る。

「分かってる。圧力のかけ方だろ。ルッツを手に入れる為に手段を択ばないとなれば、俺の身に危険が及ぶわけだ」

「そうだ」

「……でも、それはないな」

 少し考えて、カムイはアルトの懸念を否定した。

「そうかな?」

「二人とも真面目そうだ。大貴族様の誇りってやつかな? 汚い手を選ぶとは思えない」

「絶対とは言えねえな。本人たちがやらなくても周りがそれをする可能性もある」

 大抵はこうだ。汚い仕事は、主に気付かれないうちに済ませるのが、優秀な部下というものだ。

「まあな。でも、この件は、相手の為人を確かめるには良い方法だ。平気で汚い手を使う性格か、それとも不正を許さない潔癖な性格か。どっちにしろ仲良くは出来そうもないけどな」

 アルトの心配をよそに、カムイは相手の出方を調べる良い機会くらいに思っている。相手が何をしてこようと、大抵の事であれば躱せる自信があるのだ。

「もし仲良くなれそうな人物だったら?」

「……味方には出来るかもな」

「味方、仲間じゃねえんだな?」

「それはそうだ。相手は方伯家の人間だぞ? 家を捨てて、一個人になれば可能性はなくはないけど、それはないだろ?」

「まあねえな」

 辺境を苦しめているのは皇国だが、方伯家も無関係ではない。方伯家には自領以外にも、影響を与える力がある。それは方伯家以外の有力貴族も同じだ。

「だから仲間になる事はない。ルッツもそのつもりでな。何だかんだで、ルッツは人に甘いからな。変に情が移ると後で苦労するぞ」

「ああ、気を付ける」

「それはカムイもだよね?」

 ここで、じっと黙って話を聞いているだけだったダークが割り込んできた。

「なんだよ、ダーク? 急に口を開いたと思ったら」

「だって、カムイも人に甘いだろ? 特に困っている人には滅法甘い」

「だから俺がいる。カムイが甘い所を見せたら、俺が止めるさ」

 これを言うアルトも、カムイには甘い所があると思っているという事だ。

「どうかな?」

 アルトの発言に対して、ダークは疑わしげな視線を向けている。

「なんだよ? 俺は他人なんて信用してねえぞ。甘い所なんて絶対に見せねえな」

「でもアルトは、きっとカムイには甘い」

「おっと」

 人を信じないアルトにも例外がある。それがカムイだ。

「カムイがどうしてもと言ったときに、アルトは止められるかな?」

「……うるせえ。その時は、ちゃんとそれにあった策を考えれば良いんだろ?」

 という言葉を吐くという事は、止められないと認めた事と同じだ。

「それがカムイに甘いっていうのさ。でも、聞いて良いか?」

「何だ?」

「いや、アルトがカムイに付いて行くって聞いた時は驚いたけど、結局、理由を聞く機会がなかった。アルトはどうしてカムイに付いて行こうと思ったのさ?」

 アルトはカムイと仲が良かったとは言えない。どちらかと言えば、カムイの行動には批判的な態度だったと、ダークは記憶している。

「……説明しづらい」

「でも、何かあったんだよね?」

「教科書を貰ったな」

「はあっ!? それだけ?」

 あまりに意外な答えにダークは驚きの声をあげた。他の二人も、声には出さなかったが、驚きに目を見張っている。

「俺にとっては重要な事なんだよ。俺はこういっちゃあ何だけど、人よりも頭は良いほうだと思っている」

「それは認める」

 一緒に暮らしていたダークたち孤児だから分かる事だ。勉強とかではなく、アルトの地頭の良さは、暮らしの中で感じられていた。

「でも孤児院にいた時、それは苦痛でしかなかった。頭が良いからといって勉強する機会が与えられる訳じゃねえ。勉強をしたからといって、それが役に立つような仕事に就ける訳じゃねえ。そう思ってたんだよ」

「……そうか」

「ところがカムイが来て、全てが変わった。勉強をしたいと思っていたら、目の前に教科書が現れた。勉強した事を活かしたいと思ったら、貴族に仕える道が現れた。俺にとってカムイは光だ。俺が進むべき道を切り開いてくれる光なんだ。その光を活かす為なら、俺は影である事を厭わないね。俺の影が濃ければ濃い程、カムイの光が強いって事だからな」

 これがアルトの決意。アルトはこの年でもう、汚れ仕事は自分の仕事だと割り切っている。光であるカムイを輝かせる為には、自分のような代わりに手を汚す者が必要だと知っているのだ。

「聞いている僕が照れるね」

「照れくさいのは俺のほうだ。もう二度とこんな事言わねえからな」

「じゃあ、次は俺だな」

 アルトの思いを聞いて、今度はルッツが自分の理由を話そうとしてきた。

「いや、ルッツは分かるよ」

 ただ、ルッツの理由には、ダークは興味がない。ルッツが、カムイに付いて行くのは、当たり前の事だったのだ。

「何だよ。良いだろ? 聞いてくれよ」

「はいはい、じゃあ、どうぞ」

「カムイは俺にとっての目標だ。カムイの背中を追っていれば、俺はどこまでも行けそうな気がするんだ。孤児に生まれたこの俺が。先なんて何も見えていなかった俺に、カムイは目印を示してくれた。だから、俺はカムイにどこまでも付いて行く。俺が俺らしく生きる為に」

「……思ったよりもまともだった」

「なんだよ、それ?」

 照れ隠しでこんな言い方をしたが、ルッツの決意で、ダークは少し感動してしまっている。これに感化されて、自分もと思って、口を開いた。

「じゃあ、僕も。僕はカムイに付いていけなかったけど、二人と同じようにカムイは生きる目標を示してくれた。届くかどうか分からない目標だけどね。皆と一緒に居られる時間は、その中でわずかな期間かもしれないけど、僕は皆を同じ道を歩む仲間だと思っている。そう思っているから、僕はこの先も頑張れると思う」

「そうだな。ダークも俺達の仲間だ」

 アルトが。

「ああ、そうだな」

 そして、ルッツも、ダークを仲間と認める言葉を口にした。これまでも仲間だったが、目的を共有する仲間として、改めて言葉にしたのだ。

「なんだ? お前たちどうした?」

 一人、取り残され気味なのはカムイだ。
 恥かしい言葉を平気で口に出す仲間たち。こんな様子を見るのは、カムイは初めてだった。

「今度はカムイの番だね」

 そんなカムイにダークが発言を求める。

「俺?」

「そう。カムイは僕たちをどう思ってる?」

「……仲間だな。……ちゃんと話そうか。皆がそうしてくれたわけだから」

 照れて誤魔化す場面ではない。こう思って、カムイは表情を改め、話し始める。

「俺は、自分が魔法を使えないと分かった時に、人生のすべてが閉ざされたように感じた。周りの態度が一変し、家でも学院でも常に白い目で見られて、この世界の全ては俺に対する悪意に変わった」

 世界の全てが自分の敵だと、カムイは考えていた。

「でも、家に捨てられ、学院を去って、何もかも失くしたと思った瞬間から、俺の周りの悪意は消え去った。正直、孤児院に来た時は不思議だった。皆、俺が魔法を使えない事なんて何とも思わない。じゃあ、俺が悩んでいた事は何だったんだろうってな」

 カムイの張りつめていた心は、孤児院に来た事で一気に解けた。自分の価値観が変わった瞬間だった。

「今の俺の周りは俺への好意で一杯だ。だからこそ強くなりたい。自分を、俺を支えてくれる仲間を守るために。皆、俺のおかげだって言うけど、俺がこうして頑張れるのは、皆のお蔭だ。仲間が居る、これが俺にとって何よりの救い。おれはそれに感謝してる」

「……俺たちはお前を裏切らねえよ。一生な」「俺も」「当然、僕もだ」

「ありがとう」

「そう言えば始祖と四英雄の誓いって知ってるか?」

 シュッツアルテン初代皇帝と四英雄の誓い。まだ皇国が皇国と呼ばれる前の小さな国であった頃、この世界の荒廃を憂いて集った五人の仲間たち。
 この五人が、世の中に平穏をもたらす為に立ち上がった際に誓ったと言われた言葉だ。おとぎ話に出てくる話を、突然アルトが持ち出してきた。

「なんだよ、急に?」

「同じように誓わねえか? 俺たちで」

「それってどういう誓いだ」

 英雄譚は男の子にとって憧れだ。それはカムイたちも例外ではない。

「確か……、我等ここに集いて誓わん。この先の人生の全てを苦しむ民の為に費やし、必ずやこの世界に平穏をもたらすことを。生まれ育ちは違っても、願わくば、死ぬときは同じ場所、同じ時間で。こんな感じだな」

 誓いの言葉をアルトは空で口にした。この場に持ち出してくるだけあって、好きな話なのだ。

「良いけど、四英雄って、四方伯の祖先だろ? それと同じ誓いをするのか?」

 方伯爵の地位は、四英雄に対する皇国建国時の貢献への報償なのだ。方伯家を敵視するカムイには真似るのは少し抵抗がある。

「それもそうか。じゃあ、どうする?」

「こんなのはどうだ? 生まれ育ちは違っても目指す先は同じ。例え、誰かが道半ばで倒れたとしても、必ずやその思いを受け継ぎ、先に進もう。俺たちの一生は同じ志の下にある」

「……良いねえ、それ」

 カムイの考えた言葉に、ダークが感心した様子で呟いた。

「ああ、その方が良い。死に場所なんていつどこでもいい。やるべき事があれば、その為に命を掛ける覚悟は出来ている」

「ああ、その通り」

 それにアルトとルッツも同意する。カムイを支えると心に誓っている二人にとっては、こちらの方が自分の思いにピッタリ合っている。カムイの為に必要であれば、命を捨てる。既にそういう覚悟を定めているのだ。

「じゃあ、これで。最後だけ合わせる形でいいな」

「ああ」「それで」「おお」

「生まれ育ちは違っても目指す先は同じ! 例え、誰かが道半ばで倒れたとしても、必ずやその思いを受け継ぎ、先に進もう!」

「「「「俺達の一生は同じ志の元にある!」」」」

「そして」

それで終わりのはずの誓いの先の言葉をアルトがつむぐ。

「「「我が忠誠の全てをカムイ・クロイツに捧げる!」」」

「えっ?」

「後ろは臣下としての誓いだ。これからもよろしくな。カムイ・クロイツ様」

「よろしく、カムイ様」

「僕も離れていても、忠誠はカムイ様に預けるよ」

「お前等……」

「言っておくが、俺達の忠誠はクロイツ子爵家のカムイじゃなくて、カムイ個人にだからな。またお前が家を捨てる事になっても、俺達の忠誠は変わらねえ。それは忘れないでくれよ」

「……ありがとう」

 この時の彼らには思いもよらない事だったろう。後の世で、この日の彼らの誓いが、始祖と四英雄の誓いと同様に、人々の間で語り継がれる事になるなんて事は。
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