挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
魔王の器 作者:月野文人

第二章 魔王編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

67/213

明かされたカムイの正体

 南の砦から続く山間の道を進んでいくと、やがて平原に至る。そこから、わずかな距離を進むと領主館があるノルトヴァッヘに辿り着く。カムイたちの旅程も終わりだ。
 通常であれば一週間はかかるであろう、その行程を、わずか四日で駆け抜けたカムイたちではあったが、それでも師匠たちは不満気だ。

「全然、駄目ですね」

「す、すみません」

 アウルから冷たい視線を向けられてミトは恐縮しきりだ。

「だらしないわね。貴女、今まで何をしていたの?」

「何をと言われても……」

 その隣では、ディーライトがシルベールから呆れ顔を向けられている。
 合流してから、ずっと二人はこんな感じだ。ロクに鍛錬などしたことが無い二人が、カムイたちに付いていけるはずがない。走っては倒れ、荷台で休んでは、又、無理やり走らされ、そんなことをずっと繰り返して、ここまで辿り着いたのだ。

「まあ、仕方ないだろ? 俺達だって、最初はこんなものだ」

 カムイがフォローを入れるが、それでも師匠たちの小言は止まらない。

「主はああ言うが、そんなことはないですからね?」

「は、はい」

「そもそも貴女は、本気で主に仕えようという気があるのですか? 鍛錬の経験がないようなので、体力がないのは百歩譲って許せるが、貴女からは這ってでも主に付いて行こうという気概が感じられません」

「す、すみません」

 こんな調子でアウルにずっと叩かれているミト。体力もそうだが、精神的にもかなり追い込まれている。

「ふむ、これから先も成長が見られない様だと、主への仕え方を考えてもらいましょう」

「わ、私、頑張ります! だから、カムイ様にお仕えするのを許してください!」

 せっかくカムイに付いて来たのに、ここで放り出されては堪らない。ミトは必死にアウ
ルに訴えた。

「仕えることは認めています。主の許しを得ているのですからね」

「では?」

「武で使えられないのであれば、色で仕えるが良い」

「色、ですか?」

 武は分かる。だが、色の意味がミトは分からなかった。

「主の夜伽の相手です」

「「「はあっ!?」」」

 思いもよらないアウルの言葉に一斉に周りから驚きの声があがる。

「主も成人を迎えられた訳ですから、今後は、そういう者も必要でしょう?」

「い、嫌、そんな気を使ってもらう必要は。それに、ミトはそんな約束で俺に付いてきたわけじゃない」

「不満か?」

 カムイから否定の言葉を受けながらも、アウルは更にミトに問い掛けた。

「私は、間者としてカムイ様にお仕えしようと……。でも、それも悪くは……。あっ、いっそのこと、両方でお仕えするなんてのも……」

 満更でもないミトであった。

「ち、ちょっと、ミトちゃん! 何を言い出すんだ?!」

 それに焦ったのはルッツだ。慌てた様子でミトに声を掛けてきた。

「でも、身も心も主に捧げるのが、臣下の務めですから」

「身も心も…………」

 頭に浮かんだ妄想で、ルッツは言葉を失ってしまった。

「いやあ、短い恋だったな」

「楽しむ間もなかったね」

 がっくりと項垂れてしまったルッツに。追い打ちをかけるアルトとイグナーツ。ルッツはそれに対して文句を言う気力もないようだ。そんなルッツを可哀そうに思ったのか、カムイがミトに向かって言葉を掛けた。

「ミト。あのさ、臣下として身を捧げるのと、女性のそれは違うと思うけど?」

「でも、他に仕える術がないのであれば」

「それまだ決まってないから。鍛錬はこれからだろ?」

「はい」

「ミトにはダークとの連絡役という重要な仕事がある。いきなり諦めるような真似はしないで、アウルに納得してもらえるように頑張らないと」

「……そうでした。私、頑張ります!」

 疲弊していたミトの精神が、カムイの頑張っての言葉で復活した。これではルッツの慰めにならない。

「と言うことで、アウル、もう少し長い目で見てもらえるかな?」

「はい。主がそれをお望みであれば」

「ん?」

 あっさりとアウルが了承したことで、却ってカムイに戸惑いが生まれた。カムイに関わる件については、妥協を許すことのないアウルなのだ。

「さすがの私もわずか四日で判断は致しません」

「……試したな?」

「はい。女性の忠誠を試す上で、一番単純な方法を取らせて頂きました」

「悪趣味だな」

 悪趣味な上に、かなり厳しい試しだ。ミトがカムイに強い憧れを持っていたからこそで、臣としての忠誠だけで体を差し出す女性は普通は居ない。

「しかし、最良の答えを得られました」

「最良なのか?」

「ミトは寵愛を受けるだけでなく、それ以外の働きでも主の役に立ちたいと願いました」

「……まあ、とにかく良かったな、ミト。合格みたいだ」

 説明の内容がどうかよりも、名を呼んだという事実が、アウルのミトへの評価を表している。かなりの高評価と言って良いものだ。

「合格、ですか?」

「まあ、その分、鍛錬はもっと厳しくなると思うけど」

「が、頑張ります」

 これよりも厳しい鍛錬は、ミトには想像もつかない。

「ああ、頑張れ」

「さて、主。お父上がお待ちでしょう。この辺りで一旦はお別れです」

「ああ」

「ミトは連れて行きます。わずかな時間も無駄にしたくありませんので」

「……構わない」

 少し悩んでカムイは了承を口にした。今から鍛錬は可哀想だが、少しでも早く一人前と認められることがミトにとって良いと考えたからだ。

「では。ミト、付いてきなさい」

「えっ、でも」

「主はこれからお父上や、その臣下の方々との面談がある。そこに我らが同席することは慎まなければいけません」

「はい」

「貴女もよ。付いてきなさい」

 シルベールもディーライトに向かって、自分たちに付いてくるように促す。

「私も?」

「貴女にも無駄にする時間はないわ。それに堅苦しい話を聞いても仕方ないでしょ?」

「……はい」

「じゃあ、カムイ。又、後でね」

「ああ」

 ミトとディーライトの二人を連れて、その場を去って行くアウルたち。ルッツたちは、貨車に馬を繋いで移動の準備を始めている。
 その準備が終わると直ぐにカムイたちは、領主館に向かって進んだ。

「ねえ、ディーライトさんは、何処に連れて行かれたのかな?」

 御者台の上から、オットーが少し心配そうにカムイに問い掛けてきた。

「師匠たちが住んでいる所。街の中だから心配するな」

「そう。同行は出来ないのだね?」

「領主館に居るのは、人族ばかりだからな」

「えっと」

 ノルトエンデでも異種族への差別がある。カムイたちを知るオットーは意外に感じた。

「父上の臣下は、皇国から派遣された者たち。その役目は領地を治めるというだけでなく、魔族の監視も含まれている。魔族を良く思っていない者も中には居る」

「そういうことか」

「共存と言っても、魔族に全ての権利が認められているわけじゃないからな。領政については、魔族は参加出来ない」

「でも、カムイは臣下と認めているよね?」

「鋭いな。それは……、後で説明する」

「うん、分かったよ」

 カムイの顔にやや険しさが表れたのを見てとって、オットーは、何か複雑な事情があるのだと察した。その中身も、何となくは分かっている。
 それっきり口を閉ざして何も話そうとしないカムイの雰囲気に少し重苦しさを感じたオットーであったが、一方で、説明すると言ってくれたカムイの言葉が嬉しくもあった。
 やがて周りに比べて、一際大きな建物が見えてきた。

「へえ、お迎えが居るぜ」

 建物の前に並んでいる数人の男達を見て、アルトが意外そうな口ぶりで呟いた。

「そうだな」

 その呟きにカムイも同意を示す。事情が分かっていないのは、オットーただ一人。他の皆は、アルトと同じように少し驚いた顔や、露骨に嫌そうな顔を見せている。

「お帰りなさいませ。ご領主様」

 そんなカムイたちの様子を全くに意に介さない様子で、一人の男が進み出てきた。
 クロイツ子爵家の家宰を務めるテベスだ。その丁寧な応対にカムイは戸惑ってしまう。

「あ、ああ。テベスさん、久しぶり」

「カムイ様、カムイ様は既にクロイツ子爵家の当主でございます。私ごときに、敬称は不要でございます」

「急にそう言われても」

 カムイの方に呼び捨てにしたくない事情があるのだ。

「まあ、追々慣れて頂ければ結構でございます」

「ああ、分かった」

「さて、お疲れだとは思いますが、ご隠居がお待ちでございます。帰領のご挨拶を」

「ご隠居?」

「お父上でございます」

「それは分かるけど、いきなりご隠居?」

 カムイの養父であるクロイツ前子爵はご隠居と呼ばれるような年齢ではない。

「そう呼ぶようにとのお達しでございます」

「切り替え早いな。それで父上は?」

 年齢に関係なく、もう領政には口出ししないという意志表示とカムイは受け取った。

「自室でお待ちでございます」

「分かった」

「馬車はこちらでお預かりいたします。載せてある荷物はいかがいたしますか?」

「そのままで良い」

「承知いたしました。お客様の馬車を」

「はい!」

 テベスの指示にすかさず下男が反応して、前に出てきた。オットーに代わって御者台に座ると、馬を御して、馬車を奥に進めていく。
 その間にテベスは、館の入り口に移動して玄関の扉を開け放っていた。

「じゃあ……、行くか」

「あ、ああ」

 それを見て、益々、戸惑いの色を隠せないカムイたち。館の中に入り、テベスたちが離れたところで、たまらずルッツが口を開いた。

「あれ、何? 何か企んでいるのか?」

「さあ?」

「領主になったからにはってことじゃねえか。あの爺らしい、割り切り方だ」

 アルトが自分の予想を話してきた。カムイも納得する内容だ。

「まあ、それが一番考えられるかな」

「何だか、随分な言い様だね」

 オットーにはカムイたちの会話の意味が分からない。ただテベスへの悪口を言っているように聞こえる。

「あの爺は、俺たちのことが嫌いなんだ。事ある毎に文句を言ってきたからな」

「どうして?」

 養子とはいえ、カムイは継嗣だ。そのカムイに文句を言うテベスの心情がオットーには分からない。

「俺たちは魔族に近すぎる。それが気に入らないみたいだ」

「ああ、そうか」

「まあ、あれはあれで役目に忠実ってことだから、文句は言い辛いけどな」

「カムイは偉いな。俺はとてもそんな目で見れない」

 ルッツはカムイの言い様に本気で感心している様子だ。だが、これを早とちり。

「そうでも思わないと、怒りが治まらないからな」

「それは言えてる」

「ほら、もう話は終わり。部屋についたぞ」

 こんな話をしている間に、目的の部屋に辿り着いていた。

「あっ、僕は?」

「オットーも同席しろ。紹介しておきたいし、どこまでの話になるかは分からないけど、事情は知っておいた方が良い」

「分かったよ」

 部屋の扉の前に付くと、カムイは軽くノックして声を掛けた。

「カムイです! よろしいですか!?」

「おお、来たか! 入れ!」

「失礼します」

 扉を開けて、部屋の中に入るカムイ。その後ろをルッツたちが続く。中にはソファーに座って、のんびりとくつろいでいる男女がいた。カムイの養父母、前クロイツ子爵夫妻だ。

「父上、母上、ただいま戻りました」

「おお、無事の帰還なによりだ」

「お帰りなさい、カムイ」

 嬉しそうにほほ笑んでいる父と母の姿を見て、カムイの気持ちは少し複雑だ。久しぶりに顔を合わせた両親は、三年前に比べて、随分と老け込んでいた。ご隠居という呼び方にも違和感を覚えない程だ。

「ルッツもアルトも、ご苦労だったな」

「「はい」」

 前クロイツ子爵に声を掛けられて、ルッツとアルトが畏まった様子で返事をする。二人にとっても、前クロイツ子爵夫妻は親代わり。特にアルトは、唯一甘えたところを見せる相手だ。

「ふふ、皆、元気そうね。少し顔つきが大人になったかしら?」

「そうですか? 自分たちでは分かりません」

「大人になったわよ。さあ、立っていないで座りなさい。今、お茶を入れるわ」

「はい。あっ、その前に友人を紹介します」

「ほう?」「あら?」

 久しぶりの対面に満面の笑みを浮かべていた両親の顔に驚きの色が広がる。カムイが友と呼ぶ人間が現れることを、望んではいたものの、実現するとは思っていなかったのだ。

「学院の同級生でした。今は商売を始めようとしています」

「うむ、手紙にあった人物だな」

「はい」

 商売という話で前クロイツ子爵は、オットーが誰か分かった。皇都でのことをカムイは細かく手紙で伝えているのだ。もちろん、全てではないが。

「オットー殿、カムイがお世話になりました。ありがとう」

「いえ、お世話になったのは僕の方です。僕がこうして無事でいられるのはカムイのお蔭です」

「そうなのですか?」

「はい」

「まあ、その辺の詳しい内容は追々説明する。話すと長くなるから」

 これは言い訳。長くなることよりも、詐欺まがいの行動を話しづらいのだ。

「そうだな。それでなくても話すことは沢山あるのだ」

 前クロイツ子爵は、つい先程までの、ほころんでいた表情を一変させている。

「えっと?」

「皇都では随分と派手に暴れたようではないか?」

「それについては、手紙で伝えていると思いますけど?」

「お前からの書状には、概要しか書かれておらんだろうが。まあ、内容が内容だけに仕方がないところもあるがな」

「まあ」

 皇太子位継承争いで、どういう動きをしているかなど書けるはずがない。運んでいる途中で皇国が中身を見ないという保証はないのだ。

「全く。随分と驚かされたぞ」

「それほど?」

 王都での出来事は驚いてもおかしくない話ばかりだが、前クロイツ子爵が自分で言った通りに、手紙には細かい内容は一切書いていない。
 ここまでの感想を言われるのは、カムイには意外だった。

「この数か月の間に儂がこの地に赴いてから、これまで受け取った書状より、はるかに多くの書状が届いた」

「それは俺以外からですね?」

 そこまで頻繁に手紙を送った覚えはカムイにはない。

「ああ、そうだ。しかも、相手が相手だけに、あのテベスまで目を丸くしておったわ」

「……ちなみに、それは誰からでしょうか?」

 ようやくカムイにも事情が分かってきた。自分が告げた以上のことを、他の誰かが教えたということまでは。

「まずは皇帝陛下から」

「はあ!?」

 さすがにこれはカムイにも予想外。

「知らなかったのか?」

「はい」

「内容としては、王国との剣術対抗戦での活躍を称賛なされた上で、皇国の武の誇りを守ってくれたことに感謝するというものだ。陛下からの感謝状だからな。十分に恩賞と受け取れるものだ。テベスが驚くのも無理はない」

 実際に感状も恩賞の一つ。恩賞に縁のない立場の貴族家では、過去に貰った感状を家宝にしている家もあるくらいだ。

「なるほど。他にも?」

 テベスの態度の変化はこれが理由だったのかとカムイは理解した。

「皇国騎士団長からは、領地に戻さずに騎士団に入れろと言ってきた」

「あの、親父。まさか実家にまで手を回しているとは」

 騎士団長は、カムイ本人にもしつこく勧誘をしてきた。それを振り切るのにカムイは相当苦労したものだ。

「いくつかの辺境領主からは、交誼を結びたいという挨拶状」

「あ、ああ」

 これはカムイにも十分に心当たりがある。この為に色々と活動していたのだ。

「そして」

「まだあるのですか?」

「ああ、東方伯家からだ」

「嘘!? 一体、何と?」

 まさか、と思いながらも、カムイの心は大きくざわめいている。

「東方伯家の従属貴族にならないかというお誘いだ。領地の位置から言っても、それが当家にとって望ましいのではないかと書かれていたな」

「……脅しですね」

 ヒルデガンドに関わる話ではないと分かって、かなりホッとしたカムイだった。

「それに近いものはあるな」

「それにしても反応が早いな。ちなみに返事は?」

「お誘いはありがたいが、当家は先の皇帝陛下直々にこの地をお預かりしたもの。皇帝陛下のお許しなく勝手は出来ないと、返しておいた」

「ああ、それは良い理由ですね」

 先帝の名を出しての断り。案外、前クロイツ子爵も巧妙だ。

「まあ事実だからな。これは他の方伯家からでも同じ答えを返すだけだ」

「はい」

「まだある」

「まだ?」

「テーレイズ皇子殿下からも届いておる」

「ええっ? それには何と?」

 カムイにとっては皇帝陛下からの書状よりも驚きが大きい。

「たった二行。気が変わったら、いつでも申し出て来い。そうでなくても、約束は守る。それだけだ。儂にはさっぱり意味が分からん」

「約束は守る、ですか」

「心当たりがあるのか?」

「はい……」

 ヒルデガンドを大切にして欲しい。テーレイズ皇子に対して、本来言える立場でない自分が口にしてしまった言葉を思い出すと恥ずかしくなる。

「ふむ、そうか」

 はい、と言ったまま、その内容を口に出そうとしないカムイ。これ以上の話は聞けないと、前クロイツ子爵は思って話を変えた。

「周りの反応とお前からの報告は大体一致している。反応が激しすぎるがな」

「はい」

「少々、急ぎ過ぎではないか?」

 書状に関わることは、クロイツ子爵家を正式に継ぐ前、学生の身で起こした物事だ。それに皇帝陛下まで絡んでくるのはさすがにどうかと前クロイツ子爵は思っている。

「それは、感じています。急いだつもりは無かったのですが、周りの反応の早さが予想以上でした。いくつか想定外の事態もありましたし」

「そうか……。それでどうするつもりだ?」

「ソフィーリア皇女殿下には、あまり事を急がない様にお願いはしました。今はまだ、力を蓄えるべき時だと申し上げて」

「ふむ。まあ、それしかないか。周りの反応は、ある意味仕方がない。お前自身が暴走しているのではないかと、心配だっただけだ」

「それは無いと、自分では思っています」

 本人に自覚がないだけだったりするのだが。

「であれば良い。だが、お前にはもう一つ言っておかなければならない話がある」

「ちょっと、あなた、帰って来たばかりで御小言ばかりではカムイが可哀そうよ」

 カムイが落ち込んだ様子を見せているのを心配した前クロイツ子爵夫人、フロリアが口を挟んできた。

「こういうことは一度に済ませた方が良いのだ。それに、テベスたちとの話の前に言っておかなければならない内容でもある」

「でも」

 フロリアの心の中にはカムイたちとは、もっと楽しい話をしたいという思いもある。

「母上、かまいません。父上の言うとおりです。お叱りは一度の方が俺も助かります」

「カムイが良いなら、かまわないけど……」

 カムイに言われては、フロリアも我慢するしかない。

「おい、別に叱るわけではない。心構えを伝えておきたいだけだ」

「あっ、はい」

「その前に。オットー殿は良いのか?」

「えっ、僕?」

 急に自分の名を出されて驚いたオットー。そのオットーの方を見ながら、カムイは問いに答えた。

「問題ありません。元々、オットーには全ての事情を話すつもりでしたから」

「そうか。友と紹介されたのだったな」

「はい」

「では、話そう。お前はクロイツ子爵家を継いだ。その意味をきちんと考えてもらいたい」

「意味ですか?」

 カムイはノルトエンデの特殊性は十分に理解しているつもりだ。前クロイツ子爵が何を改めて話そうとしているか分からなかった。

「ノルトエンデの民は、魔族やエルフ族だけではないということだ。人族もまた、お前が守るべき領民、そして臣下となる」

「……はい」

 魔族やエルフ族の為に。確かにカムイの中では、この思いばかりが強い。

「お前に領主の地位を渡すことについて、正直、儂は迷った。だが、お前が領主となることこそ、先の陛下が儂に託された使命なのだと考えた。お前は……。オットー殿」

「は、はい?」

 話の途中で名を呼ばれたオットーは又、驚くことになった。

「カムイの正体については、まだ何も聞かされておらんのだな?」

「はい。でも……、何となくは分かっているつもりです」

「何と? それを話してもらえるかな?」

「まっ、魔王ではないかと」

 やや言葉を震わせながらオットーは考えていたことを口にした。

「ええっ?」「嘘っ?」「へえ?」

 オットーの口から出た言葉に、カムイたちが一斉に驚きの声を上げた。オットーがこの事実に気が付いていたなど誰も思っていなかったのだ。

「それはいつ気が付いたのかな?」

「やっぱり、そうなのですね? 気が付いたのは、砦を抜けて、ここに向かう途中です」

 前クロイツ子爵の問いかけで自分の考えが合っていたとオットーは分かった。

「オットー、何故、気が付いた? アウルが王と呼んだからか?」

 オットーの説明を聞いて、今度はカムイがオットーに気が付いた理由を尋ねる。

「それはきっかけだね。確信を持ったのはシュテンさんの話だよ」

「シュテンの? シュテンは何を話した?」

「自分は人ならざる者だって。それは僕たちが言う魔物のことだと思って。魔物を従える存在を僕は魔王しか知らない」

「しまった。シュテンに言っておかないとだな」

 こんなところから推測されるとはカムイは思っていなかった。

「魔王なんだね?」

「魔王って言って良いのかな?」

「違うの?」

「いや、違うとも言えない。まあ、魔王で良いか」

 カムイの父も魔王と呼ばれたが、これは人族が考えた呼び名であって、正しくは魔族の王ではないのだ。ただ、これを説明するを長くなると思って、カムイは一旦、魔王という呼び名を受け入れることにした。

「一つ聞いて良いかな?」

「何?」

「どうやって魔王に? カムイは元々、皇国の貴族だよね? そのカムイがどうして魔族に魔王と認められたのかが分からない」

 カムイは人族、それで何故、魔王になれるのかがオットーには分からない。

「ああ、それね。それは俺が選ばれたから」

「選ばれた。それはアウルさんにかな?」

 アウルの放つ雰囲気は、アウルが王、女王だと言われても納得するものだった。魔族の中で高い地位に居るのだと、オットーは考えている。

「違う。俺が選ばれたのは剣にだな」

「剣?」

「魔族には昔から伝わる一つの約束事がある。魔族が滅亡の危機に瀕していた時に、突然現れて魔族を救った、ある魔王が定めたものらしい」

「約束。それはどんな?」

「魔剣カムイに認められた者は、それが何者であろうと魔族は従わなければならない」

 魔族の古の盟約。これをカムイはオットーに教えた。

「魔剣カムイ。同じ名なんだ?」

「そう。偶然じゃないと思う。恐らく生みの両親がそれから取って名を付けたんだな」

「えっと、ソフィア様が魔剣から名を?」

 オットーはカムイの親について母親のソフィアしか知らない。

「もう一つ言っておかないとだな。俺の父親は、どうやら前の魔王らしい」

「うっ、嘘!?」

 これはつまり、カムイは半分は魔族だということだ。魔王であると知ったのとは、又、異なる驚きがオットーの心に広がった。

「いや、俺も事実かは分からないけど、聞いた話ではそうみたいだ」

「ち、ちょっと待って? ソフィア様は勇者と一緒に魔王討伐に出たんだよね? そのソフィア様が……、えっ?」

「変な想像するなよ。無理やりじゃないからな。ちゃんと愛し合った結果だ」

 オットーが何を想像したかを思って、カムイは苦い顔で、それを否定した。人族が話を聞けば、ほとんどが同じことを考える。それがカムイは悔しい。

「そう。それは良かった」

「母上が囚われの身だったのは事実だ。でも、酷い目にあうどころか、かなり優しくされたみたいだな」

「どうして?」

「一目惚れって奴?」

「はい? それは魔王、いや、カムイのお父さんが?」

 魔王と一目惚れ。オットーの中では凄く違和感を感じる組み合わせだった。

「そうらしい。母上に一目惚れした父上は、懸命に母上を口説いたらしい。その父上の努力が実って、俺の両親は結ばれた、らしい」

「ま、魔王のイメージが……」

 魔王が懸命に女性を口説く。これも又、頭に浮かばない。

「皇帝陛下だって人を好きになる。魔王が人を好きになったって、おかしくないだろ?」

 その二人が両方、カムイの母親に惚れたのは、おかしい、面白いが。

「そうだけど、小さい頃から植え付けられたイメージってものがさ」

「それは人族が作った勝手なイメージだ。もっと教えてやろうか? 剣の約束事を作った魔王は魔族じゃない。異世界人だったらしい」

「ええっ!? それって、伝説の勇者だよね? 勇者が魔王?」

 異世界から召喚された勇者、その存在は言葉通り、伝説と化している。人族では真実を知る者など誰も居ない、はるか遠い昔の話だ。

「まあ、勇者にも色々居たみたいだし。そもそも勇者と魔王なんて、そんなものなんだよ。ちょっと力があるだけで、人であることに変わりはない。普通に人を好きになるし、裏切られれば相手を恨むこともある」

「何だか、頭の中が混乱してきた」

 魔王と勇者のイメージが、オットーの中で音を立てて崩れていっている。

「まあ、話を分かりやすくすると、とにかく俺は剣に認められた。それを知ったアウルたち魔族は、俺に従うことを選んだ」

「だから、クロイツ子爵家の養子になったんだね?」

「いや、違う。養子になった後に、それが分かった」

 カムイがアウルに再開したのは、ノルトエンデに来てからだ。自分の秘密を知ったのも。全てアウルから教わったことなのだ。

「それってさ」

「運命感じるだろ? 正直、この話を聞かされた時は、俺もパニックになったし、冗談じゃないと思った。自分が魔王の息子で、しかも、自分自身も魔王だぞ? いくら魔族に抵抗が少なかったとはいえ、さすがに魔王はな」

「だろうね」

 魔王は全人族の敵。これは人族であれば誰もが聞かされていることで、カムイも例外ではなかった。

「でもまあ、これも運命だと認めることにした。宿命、使命でも良いや。そうなると、やるべきことが、はっきりと見えてきた」

「ああ、そうか。だからカムイは、僕らとは違うのか」

「まあ、魔王だから」

「そうじゃなくて、背負っているものが違うって意味さ。とてもカムイには敵わないって思うのは、こういうところなんだね」

「オットーくんは、どうして時折、こういう恥ずかしいことを言うかな?」

 カムイは本気で照れると、いつもこうやって茶化してくる。オットーが何度も見ているカムイの態度だ。

「話を聞けて良かったよ。特にカムイのご両親の話はね。おかげで一気に魔王に親近感が持てたよ」

「それはどうかと思うけど、まあ、良かったかな?」

「ふむ。友と呼ぶだけのことはあるか。だが、全ての人族がオットー殿と同じというわけにはいかない。それは忘れるなよ」

 厳しい言葉を口にしながらも、前クロイツ子爵の顔はほころんでいる。オットーが真実、カムイの友であると実感出来て嬉しくてたまらないのだ。

「はい」

「儂が言いたいのは、そういうことだ。お前は魔族の統率者ではなく、その魔族を敵視する人族の領主にもなった。これまでよりも、なお一層難しい立場になったのだ。魔族の利だけを考えてはいられない。時には魔族への情を捨てても、人族の領民を優先しなければならないのだ」

「……はい」

 カムイの背中にまた一つ重い荷物が乗った。これはもうどうにもならない。こういう宿命を持って、カムイは生まれてきたのだ。

「それを忘れないで欲しい。そして、もう一つ。これは儂の我儘だが」

「何ですか?」

「皇国を、いや、皇家を滅ぼすような真似はしないでくれ。先の皇帝陛下に受けた御恩に背くような真似はしてもらいたくない」

「はい。皇族の方、全てに忠誠を尽くすことは、既にお約束出来ません。少々逆らう様な真似もするかもしれません。でも、二人の父上の息子として、最後の一線だけは、決して超えないと約束します」

「そうか。二人の父親の息子としてか。知っておったのだな」

「皇都に行く前にアウルに教えてもらいました。先の皇帝陛下が魔族にとって恩人と呼べる方であると」

 ほとんど知る者の居ない関係が先帝と前魔王の間にはある。それをカムイはアウルから聞かされいた。

「うむ。それで良い。それで儂は安心してお前に後を任せられる。後は好きにしろ。もう、ノルトエンデの領主はお前なのだからな」

「はい。そうさせてもらいます」

「さて、前領主としての話はここまでだ」

「あっ、終わり? いやあ、疲れたな」

「えっ?」

 態度を豹変させたカムイに驚くオットー。だが驚いているのはオットーだけ、他の面々は何とも思っていないようで、全員がくつろいだ雰囲気に変わっている。

「ああ、オットーも気楽にな。うちの親は堅苦しいのが嫌いだから」

「いや、でも、極端過ぎない?」

 ついさっき、カムイと養父の間で語られていた話にオットーは少し感動していたのだ。いきなりこれでは台無し感が強い。

「そうか? でもこういう切り替えが出来ないと、この土地では暮らしていけないから」

「カムイの言うとおり。ちょっと街を離れれば、とんでもない魔獣に襲われる。そんな厳しい土地だ。気を張る時と楽にする時の切り替えは覚えておいたほうが良いな」

「はあ」

「まあ、オットーは真面目だからな。恋愛の方も。あっ、そうだ。言うの忘れてた。オットーは結婚しているから。それも可愛いエルフと」

「カムイ!」

「事実だ」

「いや、それはカムイが……」

 学院に居た時と変わらないカムイが目の前に居る。そう思ったオットーの顔に笑みが広がった。

「何?」

「いや、僕の友だちは魔王なんだなと思ってさ」

「凄いだろ? こんな友達は他に居ないからな」

「それはそうだね」

 カムイが魔王であるとはっきりした。それが分かっても、やはりカムイはカムイだ。魔王であっても、半分は魔族であっても、自分の知るカムイに変わりはない。当たり前なのだが、こう思えたことがオットーは嬉しくて堪らなかった。
 自分はカムイの友で居られる。少し自信を持てたオットーだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ