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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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貧民街制圧作戦

 深夜の貧民街はいつもとは違った喧騒に包まれている。
 響き渡るのは酔客のわめき声ではなく、争いの声。それも一人二人ではない。百人を超える荒くれ者たちが互いに殺り合う怒鳴り声だ。

「ガキどもは何してやがる?!」

「すぐに助っ人をよこすと言っていたのですが」

「まさか、裏切りやがったのか?!」

 貧民街を仕切る親分を、隙をみて殺ったまでは良かったが、それに浮かれている暇もなく、アジトを急襲される事態になっていた。
 本来であれば。こちらが行っているつもりの奇襲を、まんまと相手にもやられたのだ。
 相手は武闘派にはほど遠いグループだが、完全に不意をつかれた事と、他のグループの制圧に手勢を割いていた事で、かなり劣勢に追いやられている。
 慌てて伝令を送ったはずのダークたちのグループも一向に現れる気配はない。それはそうだ。親分の暗殺を相手に伝えたのは、そのダークなのだから。
 今現在、貧民街では三つ巴の戦いが繰り広げられている。親分直下の最大派閥の勢力とダークの兄貴分の配下の奇襲部隊。そして、この場での争いだ。
 当然、二つの勢力と同時に争っている兄貴分が一番劣勢だ。しかも、その配下も別に強い忠誠心を持っている訳ではない。劣勢になるにつれて、徐々に味方の数は減っていっている。敵がアジトに踏み込んでくるのも時間の問題だった。

「……どうしてこうなった?」

 思わず、口から出た嘆きの言葉。独り言のつもりのその言葉に、答える声があった。

「そりゃあ、兄貴。自業自得ってやつですよ」

「ダーク?! 手前、遅えじゃねえか?」

「いやあ、遅いって言われてもね。これでも、急いできたんですよ」

「まあ、良い。とにかく、助かった。それで配下は何人連れてきた?」

「ほぼ全員ですよ。何人かは、もうひとつの方に回してます」

「そ、そうか。よし、何とか敵を追い返せ」

「いやだなあ。もう、敵はほとんどやっつけてますよ。もう、残りはわずかです」

「ん? そうなのか?」

「ええ、そうです。後は、兄貴を含めた、ここにいる人数だけですよ」

「なっ? ぐがぁっ!」

 兄貴分の驚きの声も一瞬の事。それはすぐに呻き声に変わった。弟分であるダークだから知っている隠し扉を抜けて、次々と現れるダークの仲間たちが、その場にいた男たちを屠っていく。
 完全な不意打ちを食らった相手に敵する余裕はなく、動く者がダークの仲間だけになるのに、そう時間は掛からなかった。

「さて、ここは済んだと外に伝えてくれ」

「次は?」

「俺たちが手を出す必要はない。大人たちの真っ向勝負でお願いしよう」

「潰し合いをさせるのか?」

「まあ」

「そううまく行くかな?」

「少しでも数が減ればそれで良い。後は警備隊に任せる」

「何?」

「もうすぐ警備隊がやってくる。味方を引き上げさせろ。間違っても、とっ捕まるようなヘマをさせるなよ。警備隊の掃除の後にも、俺達にはやることがある」

「お前って奴は……。恐ろしいな。警備隊まで利用するのか?」

「味方になっておいて良かっただろ? 弱者の俺達は利用出来るものは何でも使う。まあ、今回は友人の好意だから、ちょっと違うな」

 貧民街で争い事が起きる可能性がある。それを警備隊に伝えたのは、カムイだ。勿論、ソフィーリア皇女の後ろ盾をうまく使っての事だ。
 特に難しいことではない。それはそれで警備隊の手柄になる事であるから、喜んで警備隊は出動を約束していた。勿論、それで不利益を被る者も警備隊にはいるが、そういった者たちは逆に、後でいくらでも懐柔出来る。出来なければ、裏で繋がっていると訴えれば良いだけだ。それは事実であるのだから。

「その友人ってのは?」

「お前が知る必要はない。良いから、とっとと皆に伝えろ!」

「あ、ああ」

 慌てて外に出て行く仲間たちを見送ったダーク。その横にはいつの間にかミトが並んでいた。

「カムイに伝えてくれ。第二段階も無事終了と」

「はい。分かりました」

「あれ? 何で敬語なの?」

「これからは誰が頂点かをはっきりと周りに分からせたほうが良いかなと?」

「確かに。よく気が回るね?」

「これくらい出来ないと……」

「カムイには仕えられない?」

「……伝令、行ってきます」

 はっきりとした答えはなかったが、ミトの反応が、自分の言葉が図星であったとダークに分からせた。
 仲間を取られたようで少し寂しい思いを抱いたダークだったが、それも一瞬の事だった。

「まあ、カムイだからな。でも、ミト大丈夫かな? 主としての憧れのままならいいけど、カムイに惚れちゃうと苦労するよな?」

「何故、苦労を?」

「俺の友達はモテるんだ。まあ、それは良いんだけど、鈍感でね。ミトじゃあ、一生気持ちを分かってもらえないと思う」

「ああ、ミトは、気持ちを表現するの苦手ですからね」

「あれ? お前まで敬語?」

「さっき、ミトが言ったとおり。俺らも、これからはケジメをつける時ですよ」

「ちょっと寂しいな」

「それが上に立つものの宿命です。なんてね」

「そうだね。ここまできたら覚悟を決めないとか。でも、敬語はいいけど、言いたいことがあったら、ちゃんと言ってくれよ」

「勿論。それも部下の仕事ですよね?」

「部下であり、同志でもある仲間のね」

「はい」

「さて、俺達も引き上げよう。ちゃんとバラバラにねぐらに戻るように」

「はい。ちゃんと伝えてあります」

◇◇◇

 普段であれば、この時間であれば酔っ払った客で賑わっている時間帯なのだが、今日は沈黙が食堂を覆っている。
 真ん中のテーブルに集まって座っている男たちの顔は、どれも暗い。誰一人、口を開くことなく、身じろぎもせずに、時間が経つのを待っていた。
 唯一の例外は、目の前にある食事を、せっせと口に運んでいるカムイくらいだ。
 この場に集まっているのは。この近辺を仕切っている有力者たち。その彼らからすれば、自分たちを全く気にする事なく、食事をしているカムイは何とも生意気で、それに腹立たしい思いを抱いているのだが、大将の手前、誰も文句を言えない。
 皆、何らかの形で大将に恩がある者たちばかりなのだ。

「……来たかな?」

 食事の手を止めて、不意にカムイが呟く。それに反応した男たちが入り口の方に目を向けると、すぐに入り口の扉が開いた。
 入ってきたのはミトだ。真っ直ぐにカムイの下にくると、ミトは一言だけ告げた。

「終わりました」

「そう。警備隊は?」

「すでに突入している頃かと」

「分かった。ありがとう」

「いえ」

 二人の会話はそれでお終い。少しだけ、名残惜しそうにしながらも、ミトは食堂を出て行った。

「つまり、どういう事だ?」

「潰し合いはほぼ終了。後は、警備隊が、残党を引っ張っていくだけだな」

「ほう。そうか」

 大将とカムイの会話を聞いて、男たちの顔に驚きの色が広がった。

「まさか、本当にやったのか?」

「いや、まだだろう。どうせ、すぐに戻ってくる事になる」

「そうか。そうなれば又、元通りだな」

 ここで男たちの会話にカムイが割り込んできた。

「すぐに戻ってくる事はない。例え戻ってきても、それほどの数じゃない」

「何故、そう言い切れる?」

「今回は警備隊も本気だからだ」

「本気?」

「本気で、貧民街の悪党共を掃討しようとしてるって事」

「そんな馬鹿な?」

 警備隊の手入れが手柄稼ぎの形だけのものである事は、裏町の者たちにとって周知の事だ。

「本当。だって、はるか上の皇国騎士団長が目を光らせているからな。ここで、下手なことをすれば、自分たちの首が危うくなる」

「……何故、皇国騎士団長がそんな事をするのだ? 騎士団長が貧民街のことを気にするなど、考えられん」

「俺が教えた。警備隊と貧民街の癒着を。かなり怒ってたな」

「お前が?」

「そう」

「……お前、何者だ?」

 ここで初めて男達がカムイを見る目が変わった。つまり、何も知らなかったという事だ。

「あれ? 大将に聞いてない?」

「何も」

「名を告げて良いものか判断がつかなかったのだ」

「あっ、そう。問題ない。俺の名はカムイ・クロイツだ」

「何だと!?」

「皇国の武!?」

「まさか!?」

 今の皇都でカムイの名を知らない者はいない。王国の対抗戦でのインパクトはそれほど強烈だったのだ。

「驚いてもらえて嬉しい。さて、皇国騎士団長との繋がりは信じてもらえたかな?」

「あ、ああ。しかし、お前が、いや、貴方が貧民街を治めるのか?」

「まさか。俺はただ警備隊、その上の騎士団の腐敗が許せなかっただけだ。たまたま、貧民街の内紛とタイミングがあっただけ」

 白々しい嘘なのだが、あえて、それを否定しようとは男たちはしなかった。
 下手にそれをすれば、自分の身に危害が及ぶ事を感じ取っているからだ。勘の良さも裏社会で生き残るには必要な事。この場に居る者達は、そういう勘を持っている者たちだ。

「そうなると、貧民街は誰が治めるのだ?」

「さあ?」

「おい?」

「集まってもらったのは、頼みたい事があるからだ。誰が貧民街を治めるかなんて、俺の知った事じゃない」

「おい、カムイ。さすがにそれは白々しくないか?」

 男たちの戸惑いを見兼ねて大将が口を挟んできた。だが、その大将にもカムイの言い分は変わらない。

「そういう事にしておいて。それに実際、俺はこの先、貧民街に関与するつもりはない。俺が思う人物が治める事になるとは限らない」

「そうか。では、頼みとは何だ?」

「貧民街に関与しないで欲しい。貧民街がまとまるには、少し時間がかかるだろう。その間は、弱体化していると言って良い。その隙をついて、外から誰かが入ってこられたら、困るんでね」

「なるほどな。その牽制か」

「牽制じゃなくて、お願い」

「どちらでも良い。だが、ただ頼むではいかんだろ?」

「駄目?」

「それはそうだ。まず第一に、貧民街から外に勢力を伸ばしてくる事はないと約束しなければならん。今回の事を知れば、それを恐れるのは当然だろ」

「あっ、そうか。関与しないで欲しいじゃないな。相互不可侵でお願い」

「難しい言葉を使うな」

「あっ、そう? じゃあ、お互いにお互いの縄張りは侵さない」

「どうやってそれを保証する?」

「保証なんているか? 貧民街が外に出てくるなんて、そもそも出来ないだろ?」

「それはそうだが」

「そうだな、こう言えばいいか? 貧民街は周りからの隔離を望んでいる」

「隔離?」

「わからないか……。じゃあ、独立」

「何だと!?」

「これも駄目? 独自のルールで暮らしていきたい」

「……初めからそう言え」

「説明難しいな。エルフ族や魔族がいる中では、独自のルールが必要だ。それは貧民街を一歩出れば通用しないものだから、外に出る事は逆に望まない。だから心配はいらない」

「ふむ、なるほどな」

 ようやく大将が納得顔を見せた。それは周囲の男たちも同じだ。

「やっと通じた」

「その独自のルールとやらは?」

「それは俺が説明出来る事じゃない。貧民街の住人が決める事だ」

「それがもう十分に独自だろうが。住人が決めるだと?」

「自分たちが暮らしやすいようにするんだから、そうなるだろ?」

「それはそうだが……」

「別に何をしても良いって訳じゃない。一度ルールを決めたら、それを守らなくてならない。貧民街を治める者は、それを守らせる役目を持つって事だな」

「ふむ」

「こんな所でどう? 回答もらえるかな?」

「どうだ? まだ聞きたい事はあるか?」

「本当に治められるのか? 混乱が続けば、その影響は外に及ぶだろう? そうなると、こちらも放っておくわけにはいかん」

「多分大丈夫。今の勢力を一掃出来れば、問題なくまとまれるだろう。多くの住人が協力するはずだからな。それに異を唱える者がいれば、その人には貧民街を出てもらう事になる」

「間違いないのだな」

「多くの住人の同意は既に得ている」

「そうか……。では、俺はかまわん」

「まあ、俺もだ」

「俺もだな。元々、縄張りへの野心はない」

「良かった。そうなると後、もう一つお願いがある」

「まだ、あるのか?」

「お願いというより、考えてもらいたい事だな」

「考えてもらいたい事?」

「もし、エルフ族や魔族の奴隷、非合法の奴隷ね、そういった人たちを手に入れる機会があれば、貧民街に譲って欲しい。ただとは言わない。買った値段に少し色を付けて買い取る」

「……何を考えている?」

 カムイたちの本当の目的を知らない者たちには、カムイの依頼の意味は理解出来るはずがない。誰もが訝しげな顔をしている。

「非合法奴隷は認めない」

「保護するという事か?」

「そうなるかな?」

「……貧民街を乗っ取るのは、それが目的か」

「さあ?」

「しかし、貧民街がどこまで受け入れられる? まあ、どれだけの数になるかは儂も分からんが」

「貧民街で無理な場合は、うちの領地で引き取る。魔族やエルフ族は、うちには大勢いるからな」

「……危険ではないのか?」

「今更。それをいったら、ノルトエンデが存在している事が危険という事になる。それにノルトエンデを皇国の領土として、魔族が暮らすことを認めたのは、先帝だ」

「そうか。まあ、それについては、取引という事だ。それぞれの、その時の判断で良いのだろ?」

「勿論。こちらだって、買い取る金がない場合もあるしな」

「ふむ。後は何かあるか?」

「後は、将来の話だな。貧民街がまとまって、ある程度、軌道に乗ったら、人材交流も考えて欲しい」

「また分からん事を」

「要は娼婦の派遣」

「何と?」

「魔族やエルフ族の娼婦は、貧民街に集める。それで貧民街と外との色分けが出来る。それは良いんだけど、貧民街を敷居を高いと感じる客は多いからな。値段じゃなくて、治安という意味で。治安は改善していく、でも、それは訪れてもらえないと分からない事だ。そのきっかけにしたい」

「おい! それではこちらが客を取られる事になるだろ?」

「だから派遣する。そうすれば魔族やエルフ族を抱きたい客も、外の娼館に来るだろ?」

「それでもこちらが不利だ」

「貧民街も高級化を図るから。場合によっては、外より高くする店も作る」

「なんと?」

「徐々に合法化していく予定だ。全ての店をな」

「……ふむ。つまり、こちらと貧民街の両方を合せて、一つの歓楽街とする訳だな」

「そう。さっき、隔離って言葉を使ったのは、あくまでも住む場所として。商売は別だ」

「色々と、相談する事は多いだろうが……、悪くはない」

「まあ、その辺の指導もお願いしたい。合法的な商売は素人に近いから」

「良いだろう。だが、まだ先の話だな」

「そう」

「しかし、お前は、そこまで考えていたのか?」

「考えざるを得なかった。まさか娼婦を続けるって言うとは思ってなかった」

「ん?」

「非合法に奴隷にされた人の多くは解放を望むと思ってた。でも、話を聞いてみるとそうじゃない事が分かって」

「ほう。確かに娼婦を続けたいと言うとは、不思議なものだな」

「まあ、詳しく聞けば納得だった。自由になっても、生活する術はないからな。貧民街が安心して暮らせる場所になるなら、残るほうが良いって。それに、娼婦がいなくなったら、貧民街はどうやってやっていくつもりだって、説教もされた」

 生活する術がないは口実だ。娼婦たちが残るのは、貧民街全体の事を考えての事。自分の身を犠牲にしてでも貧民街を良くする。そんな決意を娼婦たちは示したのだ。

「なんとも……、あれだな」

「間違いなく貧民街はまとまる。良い方にな」

「だろうな」

「まあ、そんな感じだ」

「一安心という所か?」

「まあ、これで、皇都でやる事はなくなった」

「領地に帰るのだな」

「ああ。次は、ノルトエンデが俺の仕事場だ。まあ、それ以外にも色々あるけど」

「色々?」

「変な期待を背負ったからな。その期待に応えて見せないと」

「皇国の武か?」

「それ」

「全く。次代の皇国の武の象徴になると言われるお前が娼婦の心配とは。こんな事を人に話しても、誰も信じてくれんな」

「話されたら困るんだけど?」

「話すか。俺等の口は堅い。そうでなければ、この世界では生きていけん」

「そうなんだよな。そういう点では裏社会の方が信用出来るってのも変な話だ」

「表が正義だとは限らん。そういう事だ」

「……そうだな」

 敵が悪であるとも限らない。カムイが皇都で学んだことの一つだ。
 敵と味方、裏と表。物事は言葉で簡単に表現出来るものではない。ずっとずっと複雑なのだ。
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