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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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クラスメートの正体は

 周囲の視線を一身に集めながらも、それに何ら意識を払う事なくヒルデガンド・イーゼンベルクは、陽の光に輝く金髪を風に靡かせながら、堂々と学院を進んでいく。
 その後ろを歩くのは東方伯家、従属貴族の子弟たち。それ以外にも、学院の同級生でヒルデガンドと親しくなった無所属の貴族家の子弟が数人、後に続いている。
 誰もが、この列に並べる訳ではない。ヒルデガンドによって、その器量を認められた者だけの特権だ。
 入学後、わずか二か月で、出来上がったヒルデガンドの派閥。通称ヒルダ派だ。
 ヒルダ派の規模は、中等部一年の中では最大規模を誇る。もっと言えば中等部最大だ。他の学年には、そもそも派閥と呼べるようなものはないのだから。
 ヒルデガンドは、自ら数を求めた訳ではない。ヒルデガンドの美貌に魅せられた自称ヒルダ派が、学院内に山ほど居る為、周りからはそう見えるだけだ。
 結果として、中等部一年には予想通り、四つの派閥が出来上がった。
 ヒルダ派、ディー派、オスカー派、マリー派、A組からD組まで、各クラスに一つずつ。その中で、マリー派については、実際には派閥と言えるようなものではない。魔法研究会、もしくは同好会といった感じなのだが、派閥と呼ぶ方が、関係ない第三者には、何となく面白いので、そう呼ばれている。
 一年生の派閥形成は、徐々に中等部全体への広がりを見せるようになっており、有力家の勢力争いが、そのまま学院に持ち込まれるのではないかという教師の懸念は見事に当たったわけだ。
 もっともまだ子供である本人たちの意思は、大人たちが行っている勢力争いといった大げさなものではなく、相手には負けたくないという、ただのライバル意識に毛が生えたようなものに過ぎない。

 列の先頭を颯爽と歩くヒルデガンドの目に、校舎の裏から歩いてくる生徒が映った。
 銀色の髪を持つ、その生徒は、時折、校舎の壁に手をつきながら、どうにかこうにか足を進めている状態だ。それがヒルデガンドには気になった。

「彼は怪我をしているのではないですか?」

「はっ、どの生徒でしょうか?」

 ヒルデガンドの声に、後ろを歩いていた生徒の一人が足を速めて前に出てきた。ヒルデガンドがもっとも信頼している側近といえるマティアス・シュナイダーだ。

「あそこの彼です」

 その場に立ち止まり、壁に沿ってゆっくりと歩いている男子生徒を、ヒルデガンドは指差した。

「……ああ、彼ですか」

「知っているのですか?」

 マティアスの反応は、こうである事を示していた。

「はい。あの髪の色は間違いないと思います。皇国学院で銀髪の生徒は彼一人しか居ません」

「有名なのですね?」

 ヒルデガンドは、優秀な人材を求めている。側近中の側近と考えるマティアスが、その生徒を知っている事で、強く興味を引かれた。

「はい。ただ悪い意味ですが」

 直ぐにヒルデガンドの期待は、マティアスによって打ち消される事になった。

「どういう事ですか?」

「彼の名はカムイ・ホンフリート」

「ああ、ホンフリート家ですか」

 ホンフリート家の惰弱さは皇国では有名だ。カムイがホンフリート家の者と知って、一気にヒルデガンドの熱は冷めた。

「元ですが」

「……あまり、遠回しな物言いは、好きではありません」

 ヒルデガンドの整った眉が潜められる。会話を楽しむという余裕はヒルデガンドにはない。

「申し訳ありません。彼は初等部に居た時に虐めにあって、一度退学しました。ホンフリート家からも、その時に勘当されております。その後、別の家に養子として引き取られて、中等部から再入学したそうです」

 学院の情報を集める事。これも側近としてのマティアスの役目だ。

「虐め……。それはまた情けない話ですね」

 可哀そうとはヒルデガンドは考えられない。貴族は強者であらねばならないという思いが強いのだ。

「ええ、あの様子では再入学しても変わらないようです。そうであれば戻ってなど来なければ良いのにと私などは思います」

 マティアスも同じ考えだ。カムイがよろけているのは、虐めを受けた後だから、こう考えてヒルデガンドに話している。

「そうですね……。行きましょう」

 同級生に虐められるような軟弱な生徒に用は無い。カムイから視線を外して、またヒルデガンドは歩き始めた。

◇◇◇

 そのカムイが何故、そんなよろよろと歩いているかというと。

「ああ、痛て。アウルめ。全く手加減なしかよ」

 林の奥で鍛錬をした帰りだからだ。カムイが以前よく連れ込まれていた林だったが、今は虐めなどは存在していない様子で、ほとんど誰も訪れない場所となっていた。
 それに気が付いたカムイは、鍛錬の場所として使うようになったのだ。
 鍛錬の様子を、あまり人に見られたくないカムイにとっては、誰も来ない林の中は好都合な場所だった。

「しかし、猫に俺は負けるのか。弱過ぎるだろ」

 カムイのぼやきは止まらない。命の危険を感じない鍛錬などは鍛錬ではない。領地でカムイたちを鍛えていた師匠たちの共通の意見だ。
 それこそ何度死んだと思った事か。回復魔法でかろうじて助かった事もあるくらいだ。
 それを師匠たちは、きちんと計算してやっていると言うのだが、実際に死ぬような目に会うカムイたちには、とてもそうは思えない。
 そして、そんな厳しい鍛錬を行っていても、全く強くなった気がしないのが、カムイたちを悩ませている。実際には、カムイたちの実力は、同世代では、飛び抜けたものなのだが、如何せん、鍛錬の相手をする師匠たちが強すぎて測れないのだ。一が十になっていても、千相手では誤差に過ぎないという事だ。
 こうして鍛錬の度に、カムイは落ち込むことになる。

「ルッツは生きてるかな?」

 カムイの鍛錬が終われば次はルッツの番、その後はアルトだ。
 カムイが、その場を離れて戻ってきたのは勉強をする為。カムイたちに他人の鍛錬を、ただ見ているだけの時間は許されていなかった。
 学院にいる間に、手を抜いて成長の色が見えないとなれば、それこそ領地に帰った後で殺されてしまう。それに領地に残って鍛錬を続けているイグナーツとマリアに申し訳ないという気持ちもある。今この瞬間にも二人はスパルタ教育の渦中にいるはずだ。

「よし、行くか」

 気合を入れ直して、歩みを続けようとするカムイ。そんなカムイに声が掛かった。

「あの、大丈夫ですか?」

 陽の光に輝く金髪、青い大きな瞳を、更に大きく見開いてカムイを見つめる女生徒。同級生のクラウディアなのだが。

「えっと?」

「……クラウディアです」

 カムイに名前を覚えてもらえてなかった事に、少し落ち込むクラウディアだった。

「あっ、そうそう。クラウディアさん。こんな所で、どうしたんだ?」

「カムイくんの方こそどうしたの? 怪我をしていますよね?」

「ああ、これは気にしないで。全然平気だから」

「でも……」

 気にしないでいられるなら、クラウディアも初めから声なんて掛けない。

「大丈夫」

「……良かったら、治しましょうか?」

 カムイの態度があまりに素っ気ないので、クラウディアも少し意地になっている。どうしても、相手にされたくて、言ってはならない事を言ってしまった。

「クラウディア様!」

 クラウディアの失言を咎める声が響く。後ろに控えていたテレーザの声だ。慌てて、カムイとクラウディアの間に割って入るテレーザ。まるで、カムイからクラウディアを守るかの様だ。実際にテレーザはそのつもりだ。

「俺、何か変な事をしたか?」

 そんな行動と、自分を睨みつけているテレーザの視線に、カムイは戸惑っている。こんな態度を向けられる心当たりは、カムイにはない。

「ちょっと、テレーザ」

「しかし……」

「いいから下がっていて」

「……はい」

 二度もクラウディアに諌められて、それでも、かなり渋々という様子で、テレーザは後ろに下がる。

「ごめんなさい」

「別に良い」

「じゃあ、治しますね?」

「それも良い」

「えっ?」

「回復魔法だろ? 別にいらない」

「テレーザの事は……、その、私の事を心配して……。ごめんなさい」

 カムイが治療を拒否したのは、テレーザの態度に腹を立てたからだと思って、もう一度、クラウディアは謝罪の言葉を口にした。

「だから別に気にしてない。治すつもりなら自分で治すから良いって言っただけだ」

「えっ?」

「これは敢えて痛いままにしてる。本当はこれくらいの痛みで動きを鈍らせたら駄目なんだけどな。俺はまだまだ修行が足りない」

「もしかして回復魔法を使えるの?」

 痛いままにしているという事にも、疑問を感じたクラウディアであったが、それよりも自分で治すと言ったカムイの言葉のほうが重要だった。

「まあ」

「本当に!?」

 回復魔法は、極限られた者にしか使えないという事になっている。

「あっ。えっと、初級の初級だけ」

 クラウディアの反応で、カムイもそれを思いだした。

「でも使えるのね?」

「何を驚いているんだ? クラウディアさんも使えるんだろ?」

「はい」

「じゃあ、別に俺が使えてもおかしくないだろ?」

 自分の失敗を、開き直りで誤魔化そうとしているカムイだった。

「……そうですね」

 その強引なやり方は、クラウディアには有効だったようだ。ただカムイは、他にも失念していた事がある。

「……あっ。もしかして俺の昔の話、知ってる?」

「昔ですか?」

「知らないのか。じゃあ良いや。もう行ったら? 気にしてないとは言ったけど、ずっと睨まれているのは、あまり気分が良いものじゃない」

 後ろに下がった後も、テレーザはずっとカムイを睨んでいた。前に居たクラウディアはそれに気が付いていなかったのだ。

「テレーザ!」

「はい! すみません!」

 クラウディアに怒られて、謝罪の言葉を口にするテレーザ。だが、その謝罪は、カムイに向けてのものではない。

「……良いや、俺が行くよ。こんな所で無駄な時間を過ごしている場合じゃないからな」

「……ごめんなさい」

 無駄な時間と言われた事に、又、落ち込むクラウディアだった。

「それとそんなに謝らなくて良いから。俺、あんまり物事に拘らない性質だから、大抵の事は気にしない」

「はい」

「じゃあ。よし行くか」

 軽く気合を入れると、無理やり姿勢を正して、カムイは歩き出す。それでも痛みを我慢しきれない様で、すぐに歩き方がぎこちなくなった。それを無理やり堪えて歩き続けるカムイ。

「あれは何なのでしょうか?」

 そのカムイの様子を見て、不思議そうにテレーザは、クラウディアに尋ねた。

「さあ? 修行と言っていたね?」

「痛みを我慢する修行ですか。なんだか変な趣味ですね?」

「趣味って?」

「いえ、変な修行ですね」

「そうね」

「それよりもあんな男には関わらないほうが良いですよ」

「どうして?」

「あの男の事は調べました。以前、初等部に在籍していたのですが、虐めを受けて退学したそうです。そんな軟弱な男は、クラウディア様の友人には相応しくありません」

 ヒルデガンドにとってのマティアスのような役目を、テレーザは果たしている。収集している情報量は、比較にならないにしても。

「虐め。どうして虐めなんて?」

「なんでも、あの男は魔法が使えないそうです。貴族のくせに魔法が使えないなんて、あり得ませんからね。虐められても仕方がないと思います」

「……でも彼、回復魔法は使えるって言っていたよね?」

 テレーザの説明を聞いて、クラウディアはカムイの話の矛盾に気付いた。

「あれ? いや、でも虐めの原因は、確かに魔法が使えない事だと」

「おかしいね?」

「嘘をついているのではないですか? 魔法が使えないのに使える振りをしている。そう言えば、昔の話を知っているかと焦って聞いていたではないですか。きっと嘘がばれたかと思って焦ったのですよ」

 カムイが焦っていたのは事実だが、それは嘘がばれたからではなく、本当の事を話してしまったからだ。

「そうなのかな? じゃあ、あの怪我は」

「また虐められたのではないですか?」

「でも虐めを受けて退学したのに、わざわざ戻ってきたんだよ? また同じ学院に戻るなんて……」

「中等部になれば大丈夫だとでも思ったのではないですか? 浅はかな考えですね」

 カムイに対するテレーザの態度は、かなり厳しいものだ。客観性を持たない評価など、何の役にも立たない事が分かっていない。

「……テレーザは彼の事が嫌いなの?」

「クラウディア様に無礼を働く者は全員嫌いです」

「別に無礼じゃないよ」

「無礼です。なんですかあの口のきき方は。あれが皇国の――」

「テレーザ!」

 テレーザが失言しかけたのを、慌ててクラウディアが遮った。

「……すみません」

「もう、カムイさんの言うとおり。私たち謝ってばかりだね?」

「そうですね」

「でも、もし本当に使えたら。どうやって身につけたんだろうね?」

 クラウディアはカムイが嘘をついているように思えなかった。そうとなれば魔法を使えなかった者が、どうやって使えるようになったのか。これがどうしても気になる。

「ですから嘘に決まっています。それもよりにもよって回復魔法が使えるなんて、あり得ませんね。神聖魔法が使えるのは、極々わずか、それこそ持って生まれた才能が必要です」

「彼その事を知らないみたいだったね?」

「それは助かりました。気を付けてください。回復魔法が使えるなんて知れたら、直ぐに騒ぎになりますよ。クラウディア様の年齢で使えると言われている人は数えるほどしかいないのですから」

 回復魔法は神聖魔法に属する。火水風土の属性魔法が得手不得手はあるにしろ、魔法が使える者は誰もが使えるのに比べて、神聖魔法の使い手は少ない。
 それは神の恩寵の深い、選ばれた者の為せる技、それ故に神聖魔法と呼ばれているのだ。というのは、教会の主張である。
 クラウディアは、その数少ない神聖魔法の使い手である。神聖魔法の使い手は、その希少さ故に、注目を浴びることが多い。使えるとされている者の名は、広く知れ渡っているのだ。

「そうね。気を付けるわ」

「しかし、うちのクラスはロクな者が居ませんね? あれでは、クラウディア様の味方を見つけるなど、とても無理ではないでしょうか?」

「そんな言い方は駄目だよ」

「でも事実です。この二か月、クラスの授業の様子を見てきましたが、目に止まるようなものは誰も居ませんでした。別に驕っている訳ではありません。私、程度の力ではクラウディア様をお守りするには力不足だと分かっているからこそ、この私にも及ばない者たちを見て、失望しているのです」

 テレーザは知らない。カムイたちが授業中、常に手を抜いている事を。カムイたちにとっては授業での実技訓練など、命の危険の、きの字も感じない、お遊びのようなものだ。そんな所で本気を出しても意味はない。それくらいなら手の内を隠しておいたほうが良い。こんな風にカムイたちは考えていた。
 そしてそれはカムイたちだけではなかった。クラウディアのクラスの生徒の多くは、平民か辺境領の子弟だ。平民はこの先の就職の事を考えて、手を抜く事などしないのだが、もとより剣術や魔法において、初めて学ぶ彼等がテレーザよりも優れている訳がない。そんな者がいるとすれば、それこそ天賦の才を持ったものだが、クラスにはそういった平民の生徒はいない。
 実力を隠しているのは辺境領の子弟たちだ。
 彼等は、義務であるから学院に入学しているだけで、ここで力を認められようなんて考えを持っている者は、まず居ない。
 特に、心の中に皇国への複雑な思いを抱えている生徒は、徹底的に実力を隠している。
 いつ反乱を起こすか分からない辺境領に優れた者が居ると分かれば、皇国はそれを称えるどころか、潰しにかかるだろう。そう彼らが思う位に、辺境領と皇国の関係は、信頼とはほど遠い位置にある。
 そういった生徒たちの偽装を見破れないという点で、テレーザは自身が言う通りに、確かに力不足だ。

「そうかもしれないけど、剣や魔法が全てではないよ? 人として信頼できる。それが何よりも大切な事だと私は思っているの」

 それはクラウディアも同じだ。魔法に関して、特別な才能を持つといっても、他人の力量を見極める程の力はない。

「確かにそうですが……。どうしても私は焦ってしまいます。先ほどのあれをクラウディア様も見られたでしょう? 東方伯家は、この短期間の間に、確実に味方を増やしています。それは他家も同じ事。それに比べて私たちは……」

 仲間を見つける。この目的で学院に来たクラウディアたちだが、ヒルデガンドたちが派閥を作り、それを拡大している事に比べれば、何もしていないと同じだ。

「まだ二か月しか経っていないよ? それに、短期間で加わった人材が果たして本当に信頼できる人かな? わたしはそうは思わない」

「それでも……。いっその事、身分を明かしてしまうと言うのはいかがですか?」

「それをして何になるの?」

「人が集まってくるでしょう」

 クラウディアの身分には、それだけの価値があるという事だ。

「……どうかな? 継承順位も低い、後ろ盾も何もない私に近づく人なんて誰も居ないよ。仮に居たとしても、その人の実家に迷惑をかけるだけだよ」

「それではクラウディア様は、何の為に学院に来たのです?」

「私が誰であるかに関係なく、友人になってくれる人を探す為だよ」

「でも、それだけでは……」

 同じ人を集めるでも、クラウディアとテレーザの考えには違いがある。

「テレーザ、私は別に自分自身が継承争いに勝とうと思っている訳ではないの。私は、皇国の将来が、一部の特権貴族のものだけにならないように、それを防ぐ力を手に入れたいだけ。これは何度も説明したよね?」

「はい……」

「本当は別に味方なんて増えなくても良いの。皇国の将来を担うであろう、有力家の人たちが良識のある人であると分かれば、私は何もせずに、その人たちに任せるわ」

「それは……」

「その為には、彼らの為人を知らなくてはいけないの。彼等の素の為人をね」

「はい」

 仲間を見つけ、競い合うかもしれない相手の情報を探る。これは、カムイたちが行なおうとしている事と同じだ。

「私の身分を知った彼らが本当の姿を見せてくれるとは思えない。だから、私はただのクラウディアとして学院で学ばなければいけないの」

「……わかりました。以後、余計な考えは捨てる事に致します」

「そうして。そろそろ戻りましょう。遅くなっては、皆を心配させてしまうもの」

「はっ」

 会話を切り上げて、帰っていく二人。
 二人が去った校舎の影に、ずっと前に歩き去ったはずのカムイの姿があった。その隣に居るのはアルトだ。

「馬鹿」

 二人が居なくなった後、アルトの第一声がこれだ。

「悪い。つい口走った。それよりも、さすがはアルト。予想通りだったな」

「当然。身分を隠すにはお粗末過ぎんだよ。偽名くらい使うのが普通だろ? あれで誰にも気づかれないと思っているとしたら、とんだ間抜けなお姫様だな」

 ヒルデガンドにマティアスが、クラウディアにテレーザが居るとすれば、カムイにはアルトが居る。

「目的は? 今の話で何となく予想は出来たけどな」

「それについては、他に調べた事と一緒に説明したほうが良いだろうな。今はルッツも居ねえし、孤児院に帰ってから話をしよう」

「そうだな。アルトはまだ鍛錬はこれからだしな」

「はあ……、憂鬱だわ。俺、剣は苦手なんだよな」

 鍛錬と聞いて、一気にアルトの表情が暗くなる。
 カムイやルッツと違ってアルトは知能派だ。何て言い訳を許してくれる、師匠たちではない。

「それでも、ある程度身を守れるようにならなきゃだろ?」

「それは分かっているさ。でも、あれって身を守るとかいうレベルの鍛錬かね?」

「猫に勝てないようでは、身を守るも何もないな」

「その猫が実際は、そんじょそこらの魔獣よりも、はるかに強いとしてもか?」

 猫、猫と言っているが、それは皇都で目立たない為にその姿をしているだけで、中身はカムイたちの師匠だ。正確にはその分身に過ぎないが、それでも、学院全体を探しても勝てる者はまず居ない。

「それを言ったらお終いだろ? それにアルトの時は手を抜いてくれてるだろ? 俺たちよりも少しはマシなはずだ」

「それは分かっている。それがどうにも情けねえ。見た目は普通の黒猫なのに、それに全く歯が立たないって、へこむぜ」

「俺も、さっきまでへこんでた。まあ、いつもの事だけどな」

「さて、覚悟を決めて行ってくるか」

 いくら文句を言っていても、鍛錬がなくなる訳ではない。アルトは気合を入れ直して、鍛錬に向かう事にした。

「頑張れよ。俺はこのまま孤児院に戻るからな」

「ああ、俺も終わったら真っ直ぐ帰る。ルッツにもそう言っておくからな」

 カムイと離れて、校舎の裏手に向かって歩いて行くアルト。

「皇女様が、身分を隠して何をしたいんだか。全く、面倒くせえな。下手に動けねえじゃねえか。周りにも、それとなく伝えた方が良いかな? でも俺達が気付くくらいだから、とっくに知っている奴らは居るだろうけど……。こう考えると、うちのクラスって、案外食えねえ奴が多いな」

 皇国を陰で敵視している辺境領は多い。今は皇国の一部とはいえ、その多くは、かつて皇国に滅ぼされた国なのだ。辺境領から来た生徒の中には、それこそ亡国の王子、王女がいる。
 皇国の皇女が同じクラスとなれば、腹の中で何を思っていようとも、不審を抱かれるような言動は避けなければいけない。それがカムイにも、そして恐らく、他の辺境領の子弟にとっても面倒な事だ。
 結局、入学三か月目にして、本人の望みとは正反対に、クラウディアは本音を話すクラスメートを多く失う事になった。
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