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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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剣術対抗戦 代表選抜

「この度、我が皇国学院とルースア王国の王立学院との剣術対抗戦が開催される事になりました」

 ホームルームの時間に担任のミリア先生が王立学院との対抗戦の開催を生徒たちに告げてきた。いよいよ、開催日が正式に決まったのだ。

「対抗戦は各校四チームでのトーナメント方式で行われます」

「先生、チームというのはどうやって決められるのですか?」

「それを今から説明します。出場チームは各クラスから一グループを選び、その五チームで選抜戦を行う事で決定します」

「選抜戦か」

 質問をして来た生徒ががっかりした様子を見せた。クラス対抗の選抜戦となれば、Eクラスに勝ち目は少ない。そう考えたのだ。

「でも剣術だったら」

「あっ、そうか。D組は」

 D組はマリーを中心としたクラス。剣よりも魔法に優れた生徒たちが多い。しかも、その生徒の半分は合宿の惨劇で亡くなっているのだ。

「その通りです。このクラスから出場チームが出る可能性は充分にありますよ。クラス内での選抜は立候補ですから、遠慮しないで手をあげてください。複数のグループが立候補した場合は、それ以外の生徒の多数決で選ぶことになります」

 そんな方法をとっても、出場するグループは変わらない。A組からはヒルデガンドのグループ、B組からはディーフリート、C組からはオスカー、そして、E組からはクラウディア皇女のグループ、になるはずだった。

「はい。では出場を希望するグループの代表者は手をあげてください」

「はい!」

 大きな返事とともにまっすぐに上がる手。

「テレーザさんは代表者じゃありませんけど。クラウディア様、立候補という事でよろしいのですね?」

「あ、はい」

「はい。では、クラウディア様の……、えっ?」

 ここでミリア先生に予想外の事が起こった。もう一つ、真っ直ぐに伸びた手があった。 

「カムイくん?」

「はい?」

「その手は何ですか?」

「立候補ですけど?」

「貴方が?!」

 まさかの事にミリア先生だけでもなく、他の生徒たちも驚いている。

「問題ありますか? 先生は遠慮しないでと言いましたよね?」

「はい。言いましたね」

「俺のグループは対抗戦への出場に立候補します」

「そうですか……。他に希望はありますか?」

 当然、他に手をあげるグループはいない。最初はクラウディア皇女への遠慮、辺境領の生徒の場合は無関心、であったが、カムイが手を挙げたとなれば、事情は変わる。
 同じ手をあげないにしても、カムイたちの参加を支持する為という事に目的が変わるのだ。
 何をするつもりかは分かっていなくても、何か面白い事が起こるに違いないという確信がE組の生徒たちにはある。
 そして多数決の結果は、当然、そんな生徒たちの気持ちを反映したものになった。

「そんな、馬鹿な?」

 多数決の結果を見て、テレーザが納得いかないという様子で呟いている。

「……このクラスの代表はカムイくんのグループですね」

 その気持ちはミリア先生も同じだが、決められた方法を覆す訳にはいかない。

「先生!」

「なんですか、テレーザさん?」

「カムイたちのグループは四人しかいません。それで対抗戦に参加出来るのですか?」

 そう言って笑みを浮かべるテレーザの顔はまるで鬼の首でも取ったかのようだ。

「あら、そうですね」

 テレーザの指摘はもっともだ。だが、こんな事は承知の上での立候補だ。テレーザの言い分など通すカムイではない。

「先生。確か、対抗戦の規定は、皇国で行われる皇国剣技会の規定に基づくと聞いていますが、間違いないですか?」

「はい。でも、カムイくん、よく知っていますね?」

「ちょっと小耳にはさみました。さて、剣技会規定には、こう書かれています。剣技会に参加するにあたって、参加チームのメンバー数は最大で七人とし、そのメンバーは事前に届け出を行わなければならない。対戦はその登録者の中からのみ選ぶことが出来、その人数は五人以内とする」

「よく覚えていますね」

「少し勉強しました。今言った通り、規定では、別に四人ではいけないとはどこにも定められていません」

「……たしかにそうですけど、それは、途中で負傷者が多く出た場合などの応急処置です」

「でも最初からそれをしてはいけないとはどこにも定められていません」

「それでは不利ですよ? 無条件で一敗になってしまいます」

「それは仕方がありません。四人しかいないのですから。四人の力を合わせて、頑張るしかありません」

「そうですけど」

 完全に否定は出来ないが納得も出来ない。ミリア先生の態度はそんな感じだ。

「だったら、私が入ってやるよ!」

「テレーザさん?」

「私が対抗戦の時だけ、カムイのグループの一員になれば良いんだ。そうすれば一勝は確実だからな」

「うーん。そうですね」

「先生、他のクラスはグループ間でメンバーを入れ替えたりするのですか?」

 考える様子を見せるミリア先生に、すぐにカムイは否定的な質問をなげる。テレーザが加わる事などは断固阻止するつもりだ。

「いえ、それはしないはずです」

「では、うちのクラスだけと言うのは、どうなのでしょう?」

「そうですね……」

「それに先生」

「なんですか?」

「俺達は最初から四人だった訳ではありません」

「はい。オットーくんは残念でしたね」

「俺達は、そのオットーの想いを胸に対抗戦を戦いたいのです。いなくなってしまった、オットーの為に、俺達のグループの足跡を対抗戦の場で少しでも残したいのです」

「カムイくん、貴方と言う人は……」

「学院を去っても、オットーは変わらず、俺達の仲間です!」

「……素晴らしいわ。先生は貴方がそこまで友達思いだなんて知りませんでした。良いでしょう。オットーくんの分も精一杯戦いなさい!」

「先生! ありがとうございます!」

「ちょっと、先生?!」

 テレーザはこの流れを認める訳にはいかない。ミリア先生に文句を言うと声を掛けたのだが。

「テレーザさん、カムイくんたちの想いを踏みにじるような真似はいけません。他校との対抗戦といっても、学院の行事である事に変わりはありません。そうであれば、皇国学院の学生として、友情を大切にする気持ちは何よりも優先するべきだと、先生は思います」

「そんな?!」

 何も言えないうちに、ミリア先生に、ばっさりと切られてしまう。

「では、決まりですね。E組の代表はカムイくんのグループです。オットーくんの、そしてクラスの皆の為にも選抜戦では頑張ってくださいね!」

「はい、先生! 俺達は、皆の想いを胸に精一杯、頑張ります!」

 友達思いの生徒に感動する教師とそれに応える生徒。その二人の姿を見て、生徒たちは感動に心を震わせている――はずがなく、笑いを懸命に噛みしめながら、下を向いて、肩を震わせていた。
カムイが仲間を大切にする事は知っていても、それをこんな場で公言するはずがない。これは同級生であれば誰もが知っている事だ。

「楽勝だな」

それを証明するかのように、アルトが小さくつぶやいた。

◇◇◇

 そして、各クラスの代表が出そろった所での選抜戦。結局、それが行われることはなかった。D組が代表を選ばなかったからだ。

「面倒な事頼んで悪かったな」

「別に。うちのクラスは、はなから剣術の大会になんざ興味ないからね。面倒だから、他に任せとけば良いだろ、そう言っただけで、済んだよ」

「あっ、そっ。まあ、そんなもんか」

 マリーのクラスの生徒はほとんどが魔道士団の関係者の子弟。剣に興味がある者は極めて少数だ。

「それよりも、何を考えてんだい? 目立つことが嫌いなあんたらが大会に出るなんてさ」

「ちょっとな。もっとも、今は前ほど秘密主義じゃない。それに対抗戦に出るからって、目立つとは限らないだろ?」

「あんたらは目立つさ。本気を出せばだけどね」

 マリーはカムイの本気を自分の目で見たことはない。それでも『惑いの森』での状況からカムイはそうとう強いと確信している。

「それはないな。そこまでの必要はないはずだ」

 そしてカムイもマリーにはあまり隠す気持ちはない。ヒルデガンドとは又、違う、人には言えない秘密を共有している者同士の、妙な信頼がある。

「そうかい。やっぱり何か企んでんだね。何をだい?」

「オットーに金がないんだ」

「そりゃあ、そうだろうよ。そもそも命があっただけでも、儲けものだろ?」

「まあ、そうだけど、これからの計画がな」

「計画?」

「商人の道を諦めさせるわけにはいかない」

「それで金がない。それと対抗戦に何の関係があるんだい?」

「あれ、マリーさんもやっぱり、良家のお嬢様か」

「その言葉をあたしに言うんじゃないよ。あたしはそう言われるのが、一番嫌いなんだ」

「実際そうだろ? 対抗戦で金を稼ぐ方法が思いつかないんだから」

「対抗戦で金ね……。ああ、そういう事かい」

 意地でも思い付いてやる。こう思って考え始めたマリーだが、割と簡単に答えに辿り着いた。

「分かった?」

「分かったよ。しかし、呆れたね。学生が賭博に手を出すつもりかい?」

 一般の剣技大会では、勝者を予想する賭け事が普通に行われている。これは別に違法ではない。公に認められている事なのだ。この収入を目的に、定期的に剣技大会を開催している国や貴族がいるくらいだ。

「オットーはもう学生じゃない」

「じゃあ、言い直すよ。八百長に手を出すつもりかい?」

「前評判が低いチームが番狂わせを起こすことを八百長とは言わない。相手がわざと負ければ、八百長だけどな。それは相手がしてくれないだろ?」

「まったく、相変わらずの悪知恵だね」

「僕たちは勝つために精一杯頑張るだけです」

 このフレーズを何気にカムイは気に入っていた。

「……白々しい。どこまで頑張るつもりなんだい?」

「別に荒稼ぎを目論むつもりはない。ほどほどに手元に残ればそれでいいさ。下手に勝ち過ぎたら、それこそ八百長を疑われるだろ?」

「まあね。どっちにしてもクラス順だと、二回戦はオスカーの所か。さすがにオスカーのチーム相手に三勝は難しいね」

「だろうな。ルッツはともかく、アルトとセレネの二人ともが勝つには、組み合わせをうまく考えないと」

 マリーの勝つのは難しいという言葉を肯定しておきながら、それに続く、言葉は勝つことを考えている言葉だった。

「……勝つつもりだね?」

「僕たちは勝つために精一杯頑張るつもりです」

「何が精一杯だい。しかも、今の話だと、あんたは戦うつもりはないんだね?」

「俺は大将だから。その前に決着が付けば戦う必要はない」

 隠せるものなら隠す。その為の努力を怠るつもりはカムイにはない。

「なんだかね。でも、そうなると、アルトが大変そうじゃないか?」

「そう。実は勝敗の決め手はアルトだったりする。その辺はうまくやらないと」

「アルトは強いのかい? そうは見えないけどね」

「まあ、対抗戦でのアルトを見れば、マリーさんは、きっと惚れ直す事になるぞ」

「ば、馬鹿言ってんじゃないよ」

 カムイの言葉に敏感に反応してしまうマリー。すれた言葉遣いが形だけのものだと、バレバレだ。

「あれ? まんざら的外れでもないんだ?」

「……何がさ?」

「いや、アルトとマリーさんが結構、親密だって周りが言うから。さすがに、それは無いだろうと思ってたんだけど、今の反応は……」

「そんな訳ないだろ?!」

「いやいや」

「だったら、お前とヒルデガンドは何なんだい?!」

「俺とヒルダはちょっと仲が良いだけだ。これ以上何かが進展する事は決してない」

「……まあ、そうだね」

「でもマリーさんは、ある程度は自由の身だよな。魔導を究めたいってのはあるだろうけど、それであれば尚更、政略結婚とは無縁なはずだ」

「まあ」

「あっ、でも、平民だとさすがにまずいか?」

「そんな事は関係ないよ」

「……なるほど、関係ないんだ。そうか、へえ」

 顔がにやけるのを懸命に堪えているカムイ。その様子が一層、マリーの癇に障った。

「は、はめやがったな!?」

「はめられたと思うって事は、つまり、そういう事だな。これは、ちょっと意外な組み合わせだ。マリーさんとアルトがね」

「面白がるんじゃねえ!」

「面白がってはいない。ただ……」

 一瞬で、ふざけた雰囲気を消し去って、真剣な目でマリーを見つめるカムイ。

「ただ、何だい?」

「一組くらいは、将来に希望が持てる組み合わせがあっても良いなと思った」

「……よりにもよって、ヒルデガンドだからね。セレネだって、悪くはなかっただろうに。傍で見ていてもお似合いだって思えたけどね?」

「セレには、ディーがいるだろ?」

 完全に否定しない所が、カムイとセレネの微妙な関係だったりする。

「それだって、先が見えた話さ。わざわざ実るはずもない方向をお互いに向いちまうなんて、策略に関しては、抜け目のないアンタたちがどうして恋愛事にはこうも不器用なのかね?」

「頭で考えて制御できる事じゃないだろ?」

「おや、ヒルデガンドの事を好きだって認めるんだね」

「別にそんな事は言ってない。一般論として恋愛ってそういう事だと言っているだけだ」

「一般論、まあ、そうだね」

「可能性の芽が少しでもあるなら、それを自分で摘むような真似は止めてくれ。摘む芽も無い俺達には、それはすごく贅沢な事だからな」

「そうだね……。分かったよ」

 カムイの真摯な言葉に、マリーは素直に了承を口にした――途端にカムイの顔に又、笑みが戻る。

「分かったという事は、認めたという事だな? そうか、やはりマリーさんはアルトの事が好きなんだ!」

「お、お前という奴は!」

 人をはめる事に関して、マリーは到底カムイには及ばないのだった。

◇◇◇

 合同授業が始まって、すぐに選抜四チームの面々に集合が掛かった。整列した生徒たちの目の前に立つのは、皇国騎士団の正装に身を固めた騎士たちだ。

「皇国騎士団より派遣されてきたリンメル千人将だ。しばらく、君らの指導を担当する。よろしく頼む」

「「「はい!!」」」

「後ろに並んでいる三人も、自分同様に、君たちの指導教官だ。各グループに一人つける。挨拶は、後ほど」

「「「はい!!」」」

「しばらくは、騎士団における新騎士調練と同じ課程をこなしてもらう。厳しい調練とはなるが、これに耐え切れば、必ずや君らの身になるはずだ。頑張ってもらいたい」

「「「はい!!」」」

「では、早速始める!」

「「「はい! よろしくお願いします!」」」

 リンメル千人将の号令で、各チームがそれぞれの鍛錬の場所に散っていく。その後を追って、担当教官も移動する。
 先に移動していたカムイたちの所にも一人の騎士がやってきた。

「えっと、E組は君らで良いのかな?」

「はい」

「君たちを担当する百人将のカシムという。よろしく頼む」

「はい。こちらこそ」

「話に聞いた通り、四人しかいないのだな」

「はい」

「そうか。まあ、いい。カムイくんと言うのは?」

「俺です」

「ルッツくんは?」

「はい。俺です」

「アルトくん」

「俺」

「セレネさんだな」

「はい」

 一人一人の名前と顔をカシム百人将は確認していく。そして、自己紹介が終われば、いよいよ鍛錬の開始だ。

「よし。君たちに当面やってもらうのは、さきほど、千人将の話にあった通り、新騎士調練と同じものになる。なんとか付いて来てくれ」

「はい……。あの?」

「なんだ?」

「実技の授業は二刻しかありませんが、時間は足りるのですか?」

「ああ、その点は学院と調整中だ。徐々に長く時間を取ってもらう事になる。が、最初は二刻で十分だと思うぞ」

 カムイの問いの本当の意味をカシム百人将は理解していない。この、カシム百人将の答えはカムイを誤解させる事になる。

「そうですか。わかりました」

「よし、早速始めよう。まずは走る事から。自分に遅れずに付いて来るように。いくぞ!」

「「「はい!」」」

 鍛錬の最初は、予想通りというべきか、地味な走り込みだった。カシム百人将を先頭に、闘技場の外周を走るカムイたち。他のグループも同じように列をなして、走っている。

「思っていたより、体力があるな」

 しばらく走り続けた所で、カシム百人将が声を掛けてきた。辛そうな様子を見せずに、カムイたちが付いて来ている事に、少し驚いているようだ。

「走り込みは、前に相当やらされましたから。それに、今もそれなりにはやってます」

「そうか……。だが、まだまだ続くぞ」

「はい」

 一刻が過ぎても、まだ走り込みは終わらない。

「君たちは、まだ大丈夫なのか?」

 それはカシム百人将にとっては想定外の事だったようだ。実際に他のグループからは落伍者が出始めている。

「俺達は大丈夫ですけど、セレがきつくなってきたようです」

「そ、そうか。セレネくん! 大丈夫か?!」

「は、はい。ち、ちょっと、苦しい……、です」

「まだ続けられるか?!」

「今の、そ、速度、では、無理、です」

「速度を落とせば続けられるのだな?」

「は、はい」

「そうか。他の者はどうだ?」

「大丈夫です。どうしますか、速度をあげますか?」

「速度をあげる?」

「このままでは走り込みだけで時間が終わってしまいます。最初から、その予定でしたら、良いのですけど」

 ただ走るだけであれば、カムイたちは二刻が四刻でも走り続ける。これでは何の鍛錬にならない。鍛錬が始まる前のカムイの質問は、たった二刻で鍛錬になるのかという意味だ。

「時間は特に定めていないが……、上げられるのだな?」

「はい」

「では、君たちは速度をあげなさい。セレネくんは、少し速後を落とすから、それに付いてくるように」

「は、はい」

「よし。じゃあ……、セレに最初に追いついたものの勝ちな! せえの!」

「「行けえ!」」

 今までは彼らにとって何だったのかと思う位に速度をあげて、カムイたちは前を走っていく。

「なっ?!」

 それを見て、カシム百人将の口から驚きの声が漏れた。

「あ、あいつ等、ば、馬鹿なん……、です」

 息を切らせながらも、そんなカシム百人将にセレネが説明をしようとしている。

「馬鹿?」

「は、走るだけなら……、何刻でも……、走りますよ」

「そうなのか?」

「そうなの、です」

 実際にカムイたちの走りは、とても一刻以上走った後とは思えない勢いだ。前を走っているグループの生徒がまるで歩いているように見えるくらいだ。

「まさか、あの勢いで、ずっとなのか?」

「いえ……、あれは……、あと一刻と……、思って……、わざと……」

「ああ、説明は良い。君は自分が走る事に集中してくれ」

「はい」

「残りの時間も走り切る前提で、あの勢い……。ただの勢いか、ちゃんと考えての事か」

「こ、後者です」

「あっ、すまない。独り言だ」

「……はい」

 そんな話をしている間に、カムイたちはあっという間にカシム百人将とセレネに追いついてきた。

「俺の勝ち!」

 真っ先に追い抜いて行ったのは、カムイ。そして意外にもアルトがその後に続いている。ルッツはそのすぐ後ろだ。

「……ルッツくんが、このチームで一番と聞いていたのだが」

 正確にはルッツだけが、このチームで唯一まともに戦えると、カシム百人将は聞いていたのだが、セレネの手前、こういう言い方を選んだ。

「ただの、体力なら、差は、ないです」

 それに答えるセレネも嘘ではないが、本当の事は言っていない。

「ああ、すまない」

「いえ、大分、落ち着き、ました」

「そうなのか?」

「休みの、日は、彼らに、一日中、付き合って、ますから」

「そうか……。いつもこんな鍛錬を?」

「まあ。気絶、するまで、やるのが、本来の、基礎訓練、らしいですけど」

「気絶? そんな馬鹿な?!」

 気絶するまで、体を追い込むなんて事は、そうそう出来る事ではない。どうしても、気持ちが、体自身も、そこまで行かない様に押さえてしまうからだ。

「そう、言って、いました」

「しかし」

「彼等を、失望、させないで、ください」

「どういう意味だ?」

「厳しい、鍛錬だと、思って、楽しみに、していました」

 だから、カムイはたった二刻にも納得したのだ。そのたった二刻でとんでもない鍛錬が行われるのだと勘違いしていた。

「……うむ」

「それが、これでは、この先、真面目に、やらなく、なります」

「彼等にはこれでは物足りないと言うのだな?」

「そうです」

「しかし」

 新騎士調練のメニューは、この走り込みを一刻、一定の速度でやり続けられようになる事を一つの基準としている。そして、セレネに合わせた今でさえ、決して、それとかけ離れた速度で、ゆっくりと走っている訳ではない。それの基準を超えるのに、三か月の期間がかかるのが、一般的な新騎士なのだが、カムイたちはすでに超えている。

「体力で、彼等を、普通に、考えるのは、間違い、です」

「彼等は、本当に弱いのか?」

「弱い、みたい、ですね」

「しかし、これだけの基礎体力があって」

「でも、そう言って、ます」

「……そうか」

 それを誰と比べてとカシム百人将は聞くことを怠った。カムイたちが弱いと言っているのは、それこそ、カシム百人将の実力では、十人同時にかかってもかなわない相手と比べての事なのだ。
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