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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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オットーの受難

 突然の凶報がカムイたちを襲った。それがもたらされたのは、ソフィーリア皇女との何気ない会話の中での事だった。

「不正商人の摘発?」

「そうよ。以前から進めていた不正取引に関する捜査の網に引っ掛かった商人が何人かいるのよ」

「不正取引というのはどういうものですか?」

「役人への賄賂や不当な値段の吊り上げ、他商家への妨害など、あげるときりがないわね」

「何故、今それを?」

 ソフィーリア皇女の説明は、カムイには腑に落ちない。ソフィーリア皇女の挙げた例は、特別な事とは思えないのだ。
 辺境領では、似たような事が皇国から派遣された役人の手によって、日常的に行われている。だから、辺境領主は苦労しているのだ。

「商家が不当にため込んでいるお金は相当なものになるそうよ。皇国の一年の予算に匹敵するどころか、それ以上ね」

「ああ、その金欲しさですか」

 それであれば分かる、とカムイは思ったのだが。

「違うわよ。それは本来、皇国に税として納められ民に還元されるお金よ? それが正しく税として納められない分、民への税負担が重くなっているのよ」

 王族であるソフィーリア皇女の立場では、受け取り方が違うようだ。それが良い事だとカムイには思えない。
 ソフィーリア皇女の言い分は、責任を他に転嫁しているだけだ。

「金がないのに使うからですよ」

「えっ?」

「民が納められる税の金額の範囲内でやりくりすれば良いのです。それをお金がないのに使おうとするから民の負担が増えるのですよね?」

 消費する予算がまず有って、その予算に必要な税金を集める。そうではなく、集まった税金を見て、消費する予算を決めろとカムイは言っている。当たり前の事だ。

「そう簡単にはいかないわ」

 だが、その当たり前の事が通じない。これまでの慣習や常識にとらわれるという悪癖は、ソフィーリア皇女も持っている。

「でも、国民はやっています。借金している人もいるでしょうけど、それは余程、困窮してですよね? それにお金が足りないからって、人から取ってきたら、それは泥棒です」

「国の運営と民衆の生活を同じにされてもね」

「そうでしょうか? 基本は変わらないと思いますけどね」

 こういうソフィーリア皇女の意識を少しずつカムイは変えようとしているが、中々、思うようには進んでいない。

「とにかく。商家が不正に持っているお金は国に入れられるべきよ。それは間違っていないわよね?」

「そうですね。それで賄賂として送られた金はどうやって取り返すのですか?」

「えっ?」

「先ほどの不正取引の中に賄賂も入ってましたよね?」

「そうね……」

 カムイの問いにソフィーリア皇女の勢いが一気に衰える。

「そうなると賄賂として送られた金も国庫に入るべき金ですね。送った先を洗い出して、取り返すのですよね?」

「それは、出来ないと思うわ」

「何故ですか?」

「それは……」

「その多くが貴族、そして皇族関係者まで含まれているからですね?」

「ええ、そうよ……」

「商人だけを悪人にして終わりですか。片手落ちですね」

「一度に全てを行う事は無理よ」

「はい、それは分かっています。でも、それでは足りない事をソフィーリア様は理解されていなかったようですので」

「そうね。改革が進んだ。そこまでしか考えていなかったわ」

「それではちょっと」

「問題ね」

「はい、この場合、かなりの問題が」

「そこまで?」

 ソフィーリア皇女の気持ちが落ち着いた所で、カムイの指導が始まる。いつものパターンだ。

「その摘発とやらで、賄賂を送られた方は、警戒を強めるでしょう。証拠のようなものが万一残っていたら、当然消すでしょうね。その時間を与える事になりました。何かを探っても、そうそう見つかりませんよ」

「そうね」

「それに不正を行っているのは、今回摘発する商人で全てなのですか? 一部だけを摘発しては同じように証拠隠しをされるだけです。この後の摘発は無理ですね」

「それは、分かっているわ。でも、一部であっても摘発する事に意味があると説明があった」

「もしかして、見せしめですか?」

「そうよ。摘発された商家はかなり厳しい処分を受ける事になるでしょう。同じようになりたくなければ、不正なんて二度とするな。そういう事」

「それなりの商家が必要ですね」

「ええ、かなり大きな商家も入っているわ。一番大きいのはなんて言ったかしら。ああ、サイモン商会ね」

 このソフィーリア皇女の一言で、指導の時間は終わった。

「なっ?! もしかして武器商人の?」

「ええ、そうよ。良く知っているわね」

「友達の実家ですから」

「えっ?!」

「厳しい処分と聞きましたが、それはどのようなものなのですか?」

「個々の処分内容は聞いていないわ。でも、当主は死罪、家族も同様か流罪。資産は全て没収。こんな感じだと思うわ」

「家族も同様?」

「それは罪にどれくらい関わっているかによるわ。あとは、その商家の罪の重さね」

「……摘発はいつですか?」

「今日よ」

「はあ?! なんでそんな大事な事を今まで黙っていたのです?!」

 これはさすがに言いがかりというものだ。カムイとオットーの関係など、ソフィーリア皇女は知らない。この件に関しては、それを隠していたカムイの方が悪い。

「そんな事を言われても、私も今日聞いたのよ。当然でしょ。どこから情報が漏れるかなんて分からないから、摘発日なんて秘中の秘よ」

「帰ります」

「どうするの? もう決まっている事よ、今更何も出来ないわ」

「何も出来ないという事はありません。何かあるはずです」

「それは何?」

「それは今から考えます。とにかく、急いで友達と会わないと」

 ソフィーリア皇女への答えもそこそこにカムイは部屋を飛び出して行こうとしている。

「待って! 貸してあげるから馬車を使いなさい! その方が早いわ! ゼンロック、準備を!」

「はっ!」

「ありがとうございます!」

 ソフィーリア皇女に礼を告げて、廊下へ飛び出していくカムイたち。その後を慌ててゼンロックも追いかけて行った。

「……こんな土壇場で何が出来るのかしら?」

 いくら考えてもソフィーリア皇女には何も思いつかなかった。

◇◇◇

 かなり駆け足で進む馬車の中。アルトが紙に懸命に文字を書いている。

「ああ、書きづれえな」

 揺れる馬車の上では、なかなかうまく書けずに文句を言うアルト。

「我慢しろ。連れて行かれたら終わりだ。とにかくオットーの所に急がないと」

「分かってるよ。もう少しだ」

「中身は?」

「確認している時間はあるか?」

「ないな。そのまま行こう」

「ああ」

 やがて見えてきたオットーの実家。大商家だけあって、かなり立派な屋敷だ。だが、その屋敷の前に今は多くの武装した兵が集まっている。王都の治安維持を担当する警護隊の兵士だ。

「もう来てるな」

「会えるか?」

「強引に行く。皇家の紋章付の馬車だぞ。それで通用しなければ顧問の出番だ」

 馬車の準備をするだけだったはずの、ゼンロックも結局、一緒に馬車に乗って付いて来ている。
 カムイたちだけに皇女の馬車を使わせる事に抵抗があったからだが、それはカムイたちにとっては、幸いな事だった。

「儂に何が出来る? 摘発に出ているのは、国軍の警備隊だろ?」

「それだからこそ、近衛騎士団顧問の地位が役に立つだろ?」

「何故?」

「警備隊の兵士は平民だ。横やりを入れられても逆らえない」

「おい、それは」

「不正だな。だが金を渡さなければ賄賂じゃない。ただのお脅しだ」

「お前な……」

 職権乱用もしくは越権行為という立派な不正だ。

「よし、着いた!」

 呆れているゼンロックを無視して、馬車から外に降り立つカムイたち。警備隊員たちは、皇家の馬車が突然現れた事に困惑している。

「そこの警備隊員! この屋敷の主は?!」

「はっ、今、拘束の兵が向かっております。もうすぐ出てくるかと」

「そうか。主以外も拘束しているのか?」

「いえ、それは罪が確定してからの事かと思います」

「それで大丈夫なのか? 逃亡の可能性は?」

「皇都からは逃げ出せません。既に各門には指示と人相書きが回っているはずです」

「屋敷の警備は?」

「当然、兵は張り付きます」

「屋敷の者の出入りは出来ないのだな?」

「いえ、そこまでの指示は。家財の持ち出すし決して許すなとは言われておりますが」

「なるほど、それで十分だな。分かった」

「あ、あの、貴方は?」

「私か? 私は城から来た者だ。馬車の紋章が目に入らないか?」

「失礼しました。随分とお若く見えましたので」

 それはそうだろう。カムイは未成年。しかも同年代でも小柄な方だ。

「良く言われる。伴の者が若いせいもあるのだろうな」

 それで通用しているのは、偉そうな態度のおかげだ。偉そうな態度については、相手にも違和感が全くない。

「そうですね」

「あっ、どうやら出て来たようだな。通るぞ」

「はっ」

「ゼンロック殿、ご同席を!」

「……お前という奴は」

「さっ、行きますぞ」

 呆れるゼンロックを引き連れて、カムイは出てきた警備隊員に声をかける。実に偉そうな感じで。

「あの、貴方は?」

「さる皇族の方のところから来た者だ。この屋敷の主と少し話をしたい」

「いや、そう言われましても、この者は、これから牢に送られる者です」

「それを邪魔するつもりはない。君たちの任務の内容もきちんと把握しているぞ」

「それでは何故、今?」

「牢に入る前にけりをつけておかなければいけない契約がある」

「あの、この者は牢に入るのです。今更、契約など」

「だからこそだ。それとも何か? 君は私が困る事になっても良いというのか? 私が困ると言う事は、どういう事か分かってるな?」

「しかしですね」

 カムイの脅しにも警備隊員は、譲ろうとしなかった。まだまだ足りないという事だ。

「君、名前は?」

「はい?」

「名前を聞かせてもらおう。私は、こう言う事は決して忘れない質なのだ。後々の為に、君の名前は覚えておいた方が良いようだ」

 何のために覚えておくのか、それは言われた方が勝手に判断してくれる。

「それは……」

 ようやく動揺の色が見えた相手に、更にカムイは駄目を押す。

「君が言わないなら、別の者に聞こう。ああ、主の件も、その者に頼んだ方が良いようだな」

「わ、分かりました。少しの時間であれば」

「そうか。いやあ、良かった。これで用件を果たせそうだ。君、名前は?」

「あ、あの」

「ああ、ここは聞かないほうが良いな。礼をと思ったが、手間取った事には少々不満なのでな」

「はい」

「では、主を馬車まで連れてきてくれ」

「はっ」

 どうにか警備隊員を丸め込む事が出来た。後は、仕上げに進むだけ。馬車の前まで来た所で、カムイは警備隊員をかるく制した。

「君はここまでだ」

「いや、しかし」

「別に攫って行こうという訳ではない。といっても君にも任務があるか。いいだろう、扉は開けたままにしておく。それで良いな?」

「……はい」

「では主、契約の話をしよう。馬車に乗れ」

「貴方は?」

「いいから、馬車に乗れ!」

「はい」

 オットーの父親を馬車に連れ込んだカムイは早速、用意していた紙を父親に差し出した。

「さて、この契約書にサインしてもらおう」

「しかし、何の事だか」

「中身を見れば分かるだろ? さっさと確認しろ」

「……これは?」

 契約書として渡された紙の中身を見て、小さく驚きの声をあげるオットーの父親。

「契約の中身は分かっただろう? サインしてもらえるな」

「……私は、どうなるのですか?」

「恐らくは死罪。家族にも類が及ぶ可能性がある。だからこそ、これが必要になる」

「……そうですか。分かりました」

 死罪と聞いて、がっくりと肩を落とした父親であったが、ペンを渡されると、素直に紙の上にサインを記した。どうしてこれが必要なのか、オットーの父親には分かっている。

「日付は?」

「今日でかまわない。まだ罪が確定した訳ではないからな。まあ、二、三日粘ってもらえば、より確実だな」

「分かりました」

「さて、ゼンロック顧問もサインを」

「儂もか?」

「第三者の証明が必要だろ? それともこんな事にも協力出来ないと?」

「分かった。全く、儂まで脅すか」

「別に誰も脅していない」

 偉そうな役人を演じると今のカムイのような態度になる。カムイには騙したつもりはあっても、脅したつもりはない。

「……ほら、書いたぞ」

「確かに。これでひとまず良し、と。では……、元気でとは言えないな。オットーの事は任せてくれ」

「はい、お願いします」

 自分の足で、馬車を降りるオットーの父。その父親の両腕をすかさず警備隊員が押さえる。
 拘束される様子を見て、少し胸が傷んだが、オットーの父親まで助ける力はカムイにはない。

「任務の邪魔をしてすまなかった」

「いえ」

「君たちはもう引き上げるのか?」

「はい。すぐに連行しなければなりませんから」

「そうか。警備の者は残してだな?」

「いえ、すぐに入れ替わりの者がきます」

「……そんな事で大丈夫か?」

「それは……、そういう指示で」

「ああ、なるほど。これは余計な事を聞いた。……ほどほどにな」

「あっ、はい」

 意味ありげな言葉を告げてきたカムイに警備隊員は笑顔で返事をした。

「では、私はこれで失礼する」

「はっ」

 これでカムイの役目は終わり。カムイの正面に座っているゼンロックはすっかり呆れを通り越していて、ただ笑うしかない。

「馬車を出して、最初の角を曲がった所で止めてもらえますか」

 そんなゼンロックを気にする事もなくカムイは御者に指示を出す。

「城に戻らんのか?」

「アルトたちを拾ってからだ」

「ん? そういえば、彼等はどうした?!」

「屋敷の中。オットーを連れ出してくるはずだ」

「いつの間に? そんな事をして、出てこられるのか?」

「入れ替わりの警備隊が来るには、少し間があるはずだ。問題ない」

「そう言えば、そんな事を言っておったな。あれはどういう事だ?」

 カムイの言葉の意味をゼンロックは理解していなかった。近衛騎士として王城内に居る事が多かったゼンロックは、こういった事には鈍い。

「お目こぼし、それとも裏で悪い事を考えてるか。俺のほどほどにで笑っていたから恐らく後者だな」

「意味が分からん」

「屋敷の者が逃げる時間をわざと作った、そして誰もいなくなった所で、金目の物を盗む」

「おい!?」

「冗談だ。でも、逃げる時間があるのは間違いない」

 思っていた以上のゼンロックの反応に、騒ぎ出すと面倒だと思ったカムイは、誤魔化すことにした。

「そうか。しかし、ペテンも良い所だな。儂の出番などなかったではないか」

「嘘は言ってないはずだ」

「いや、そんな事は」

「少なくともソフィーリア皇女の臣下とも使いとも言ってない。城から来た、皇族の所から来たとは言ったけどな。俺は城のソフィーリア皇女の部屋から、ここに来たのだから、嘘ではない」

「それをペテンというのだ」

「罪には問えないはずだ。問われるとしたら、不用意に接触を許した警備隊員のほうだな」

「可哀そうに。それでさっきの契約書は?」

「……まさか、中身も見ないでサインしたのか?」

 ゼンロックの世間知らずは薄々感じていたカムイだが、ここまでとは思っていなかった。

「お前がしろというからだろ?」

「不用心。借金の保証人だったらどうするつもりだ?」

「まさか?」

「そんな訳ないだろ。あれは絶縁証明だ」

「絶縁証明?」

「簡単に言えば、家族の縁を切る。親でも子でもないって事を証明する書類」

「そんな物があったのか?」

「ある。孤児が養子に入る時なんて、それを用意する事が多いな」

「何故、そんな物を?」

「養子になった後で生みの親が来て、自分の子を返せなんて言ってきたら面倒だろ? それに養子先が裕福だったりすると、それにたかろうとする親も少なくない」

「そうか……」

 孤児の暗い事情の一端を聞かされて、ゼンロックは落ちこんだ様子を見せる。

「これがあれば、血が繋がっていようが親子関係はないと主張出来る」

「つまり、家族として罪に連座させられることはないと。やはりペテンだな」

「ちゃんと皇国の法で定められている事だ」

「こんな使い方をするものはおらん」

「でも適法なはずだ。法を変えない限りはな」

「そうか」

 カムイのこういった話を聞くたびに、ゼンロックの胸には不安がよぎる。これはカムイたちに対しての不安という事ではない。
 カムイたちの話を聞いていると、自分では思いつきもしないような発想や策が出てくる。ソフィーリア皇女も驚いている事が多いという事は、皇女も同様なのだ。
 今のソフィーリア皇女陣営の参謀はまだ学生であるカムイとアルトが担っている。だが、そのカムイたちは、いずれ領地に帰ってしまうのだ。
 彼等がいなくなった後、代わりになれるものが、ゼンロックには思いつかない。
 クラウディア皇女が盛んにそういう者、それに限った訳ではないが、を探しているが、ゼンロックの目から見て、とてもカムイたちに並ぶような者はいない。
 かえって、クラウディア皇女の積極さに不安を覚えるくらいだ。

 今の所、継承争いは優勢に進んでいる。長子であるテーレイズ皇子に言葉というハンデがあるとはいえ、カムイたちの示す策が影響していないとは思えない。
 まして、そのカムイたちがまとめようとしている勢力が、継承争いの決め手になる可能性は充分にあるのだ。
 カムイたちが皇都を離れた後、果たしてこの優勢を維持していけるのか。この事がゼンロックを不安にさせていた。

 そんな思考をゼンロックが頭の中でめぐらしている間に、馬車の扉が小さく叩かれた。中から扉を開けると、そこにいたのはアルトたちだ。

「遅かったな」

 そのアルトたちにカムイが声を掛ける。

「ちょっと手間取った」

「揉めたのか?」

「警備隊との事を聞いているなら、それはねえ。見張りもいなかったぜ」

「そうか。オットーは?」

「ああ、無事だ」

 アルトの影から、マントをまとったオットーが現れた。だが、どう見てもマントの下に服を着ているようには見えない。足元も素足だ。

「……何だ、その恰好?」

「アルトが全部脱げって言うんだよ」

「はあ?」

「財産の持ち出しは罪に問われる。明確に自分のものだと証明出来ない限りは、置いて来るに越したことはない」

「それはまた徹底した事で。じゃあ、とっとと馬車に乗れ。裸の男と仲間だと思われたら恥ずかしいだろ?」

「恥ずかしいのは僕だよ。全く」

 文句を言いながらも、急いで馬車に乗り込むオットー。そのオットーの後にカムイが見たこともない女性が続いた。オットーがマントであるのに対し、女性のほうはシーツを幾重にもまいている。
 そして、そんな姿よりもカムイの目を引いたのは長く尖った耳だ。

「誰?」

「オットーの親父が囲ってたエルフ。彼女の拘束を解くのに手間取った」

「実家に置いていたのか?」

「そうみたいだな。俺もちょっと驚いた。愛人ってのは別宅に置いておくものだと思ってたからな」

「連れてきて大丈夫なのか? 財産とみなされると面倒な事になるぞ?」

 実際に奴隷は財産だ。正規の手続きで入手した奴隷であれば。

「非合法だからな。ちゃんとした契約書なんてない。大丈夫なはずだ。逆に大丈夫であろう、彼女だけを連れてきた」

「他にもいたのか?」

「まあ。人族だし、聞けば普通に借金で身を持ち崩した輩だ」

「そうか。とりあえず、馬車を出そう」

「ああ」

「それで、僕はどこに行けば良いんだろ?」

 馬車が動き出してすぐにオットーが口を開いてきた。

「孤児院に連れて行く。孤児なんだから問題ないだろ?」

「孤児?」

「オットーは親との縁を切った。この世に今の所、家族と呼べる人はいないな」

「ちょっと、それ、どういう事さ?」

 オットーはまだカムイたちの手立てを何も聞いていなかった。

「これ。オットーの父親のサインは貰ってある」

「絶縁証明……、これって?」

 オットーの反応はゼンロックと同じ。孤児か、孤児に関わりがあった人以外では、これを見ても直ぐには分からないのが普通だ。

「これを盾に罪の連座を逃れる。その為のものだ」

「そこまでの罪って事だね?」

 家族の縁を切ることで罪を免れる。逆に言えば、家族にも罪が及ぶような罪という事だ。

「ああ、父親はかなりの確率で死罪だな。今、言った通り、家族も連座させられる可能性がある」

「そんな……」

「見せしめらしい。他の商家に見せつける為のな。その筆頭が、オットーの家だ。商家の規模から言って間違いないと思う。その分、刑罰は厳しいものになる」

「そう」

「実際に不正な取引を?」

「細かい事はさすがに知らないけど、全く賄賂を使った事がない商人ってどれだけいるのさ」

「そっちを数えたほうが早いだろうな」

「値段の吊り上げなんてのもそう。需要のほうが多ければ値段があがるのは当たり前。それを罪に問う方が間違っているよ」

「他商家への妨害なんてのも、漠然としていて、それが妨害だと言えば、どうとでも言えると。そんな所だな」

「そうだね」

「狙い撃ちだな。不正取引なんて言っても、中身は漠然としている。どの商家でも当てはめる事が出来るわけだ。その中でオットーの所が狙われたと」

「だろうね」

「心当たりは?」

「僕にはないね。武器商って、大口、小口はあるにしても色々な所に卸しているからね。特定の貴族や組織との繋がりなんてないね。それがあったら却って、商売に困る」

「敵だろうと味方だろうと金を払えばお客様?」

「そう言うと悪人に聞こえるかもしれないけど、一方にしか武器を売らない武器商なんて信用されないよ」

「納得。国軍とかの大口は? 高く売りつけ過ぎて恨まれているとか」

「それはないとは言えないけど、じゃあ、他に国軍なんて大口も大口に納めるだけの数を揃えられる武器商はいるのかな?」

「数を揃えられるって事も商売の武器なのか」

「数だけなら、そこら中から買い集めれば良い。でも同じ品質で揃えるのは、簡単ではないよ」

「さすがはという事か。そんな所をわざわざ潰すなんて理解に苦しむけど、それは後で考えるとして」

 そこでカムイはエルフに目を向けた。向けられたエルフの方は怯えた様子ですぐに目を逸らした。

「アルト、どうするつもりだ?」

「一応、案は考えた。だが、彼女が受け入れるかは疑問だな」

「言ってみろ」

「まず、彼女はオットーの家の所有物ではない。そういう意味で、彼女は自由の身だ」

 そのアルトの言葉にエルフはハッとした様子を見せた。

「だが、皇都で自由なエルフなんていない。自由である事が、逆に彼女の不幸になる」

「今までも不幸だろ?」

「そうだけど、下手すれば行先は非合法の娼館だぜ?」

「なっ! 何だと?!」

 エルフが初めて放った声は驚きと怒りだった。

「別に俺達が売り飛ばす訳じゃねえ。その辺を一人で歩いていれば、数刻後にはそうなるって言ってるんだ。それくらい分かるだろ?」

「……分かる」

「そこで俺の案は、奴隷になるって事だ」

「ふ、ふざけるな! 今、お前たちは私は自由だと言っただろ!?」

「最後まで聞けよ。合法的な奴隷になれって言ってんだ。相手は、オットーで良いな」

「僕? どうして僕が?!」

「別に誰でも良いけど、元々、オットーの家にいたんだから」

「いや、そういう問題じゃないよね?」

「とにかく、合法的な奴隷になる事をお勧めする。そうすれば、他の奴らから法的には守れる。もっとも無理やりってのはあるから、完璧とは言えねえけどな。その上で、最終的な落ち着き場所を探す。最悪は、俺らと一緒に領地に来ればいい」

「領地? どこだ、それは?!」

「ノルトエンデ」

「お前達、ノルトエンデの者なのか!?」

 ノルトエンデと聞いた途端にエルフの顔に安心の色が浮かぶ。人族以外の種族にとって、ノルトエンデは特別な地なのだ。

「ちなみにカムイはそこの次期領主だ」

「なっ?! 本当か?!」

「嘘ついてどうする。俺は確かにノルトエンデ領主、クロイツ子爵の息子だ」

「そうか。……では、お前の奴隷で良いのではないのか? いや、奴隷になりたいという事ではなく、それしか方法がないのであればと言う事だ」

「冗談。そんな事したら、俺、師匠たちに殺される」

「師匠とは?」

「ノルトエンデにいる俺達の師匠。エルフ族もいるからな。俺が同族を奴隷にしたなんて知られてみろ。何をされるか分かったものじゃない」

「エルフ族は同族意識が強いからな。それはあるかもしれない」

 同族への侮辱を自分への侮辱と同等にエルフは捉える。こういう意識がエルフ族にはあった。

「だろ? それはアルトもルッツも同じ。結局、オットーしかいないんだ」

「僕は殺されないのかな?」

「……大丈夫だ」

「ちょっと、今、間が合ったよね?」

「気のせいだ。領地に戻るまでは一年ちょっと。その時はアルトに契約解除してもらえば良い。それでどうだ?」

「それを信用しろと?」

「約束を破るような男が、ノルトエンデの領主になれると?」

「……良いだろう。それが一番良さそうだ」

 カムイの問い掛けの意味をエルフは正確に理解した。

「よし、決まり。後は孤児院に戻って落ち着いてからだな。じゃあ、オットー」

「何?」

「もう、泣いて良いぞ」

「……前を向いてくれるかい」

「ああ、分かった」

 馬車の中でオットーが号泣する声が響く。決してそれを見ないように、カムイたちはじっと黙って窓から外を眺めていた。
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