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魔王の器  作者: 月野文人
第一章 皇国学院編
36/218

小旅行その五 隠れた真実

 東方伯家の別荘から西方伯家のそれへと移った日の晩。夕食の席でディーフリートが突然、驚きの事実を告げた。皇帝陛下が病に倒れているという事実だ。


「ちょっと、ディーフリート、それは、まだ公にされていない情報よ」


 ヒルデガンドが、ディーフリートを嗜める言葉を口にする。


「えっ、そうなの?」


 つまり、今聞いた情報は機密扱い。それをディーフリートが漏らしたという事実に、カムイは軽く驚いている。


「陛下の御不例となれば、皇国の混乱は必至ですから。今の段階では、まだ極一部の者しか知らされていません。私は実家からの情報で」


「そうか。何で、ディーはこんな秘密を俺たちに?」


 機密情報漏えいは立派な犯罪だ。これを、敢えて犯した理由をカムイは尋ねた。


「公になるのは、時間の問題だからね」


「それって、それだけ悪いってことだな?」


「そうだね」


 皇帝が病に倒れたなんて事実は、出来れば隠したい情報だ。それを公にするとなると、余程の状況だということになる。


「それでも、何で俺たちに? ヒルダとディーは、もろに影響を受けそうだけど。実家が知らせてきたのも、その為だろ?」


 皇帝崩御となれば、皇太子が登極することになる。そして、次の皇太子の選定が始まる。それぞれ継承候補者の婚約者候補である二人には、大きく関わってくる事態だ。


「さすが、鋭いね」


 カムイの発言で、ヒルデガンドの顔が曇ったのを横目に見ながら、ディーフリートは軽い調子で、それに答えとはいえないような返事をした。


「あっ、時間は限られているから、今の内にというセレへの圧力だな。なんだ拒まれたのか?」


「違うから。それに拒まれていないよ」


「……拒まれていない。俺達が風呂に入っている間に、そんな事を!?」


「ちっ、違うから」


「それも他人の別荘で。せめて今晩まで待てなかったのか?」


「そんな訳ないでしょ!」


 慣れないカムイの突っ込みに、ディーフリートが戸惑っているのを見て、セレネが横から突っ込んできた。


「セレ、突込みが早い。もう少し会話を楽しんでも良いよな。ヒルダも、そう思うだろ?」


「ふふ、そうですね」


「さすがだな……」


 ヒルデガンドに笑顔が戻った様子を見て、小さくルッツが呟いた。


「それで結局、何なんだ?」


「その後の影響。これは、カムイにも関係ないとは言えないからね。ちょっと早いけど、一応伝えておこうと思って」


「何の件?」


 皇帝の崩御が自分に関係するとなると、カムイには、一つしか思いつかない。だが、それは、ここで話せる内容ではないので、惚けておいた。


「東方に不穏な動きがある。まだ小さな動きだけどね」


「東方? それだと俺より、ヒルダだろ?」


 ディーフリートが伝えてきたのは、カムイが考えていたのとは別のこと。ディーフリートが何を言いたいのか、全く分からなくなった。


「カムイは中等部を卒業したら、領地に戻るつもりだよね?」


「そう。長く学生やっている余裕はないから」


「東方に何かあれば、クロイツ子爵家も駆り出される可能性がある」


「……そこまで大きな動きなのか?」


 確かにクロイツ子爵領であるノルトエンデは、北と言っても皇国の領土だけでみれば、東方ともいえる。だが東方の中では、外れに位置するクロイツ子爵領が争乱に動員される事態など、只事ではない。


「まだ分からない。ただ、背後にルースア王国の影があるって話だ」


「内乱じゃなくて、戦争ってこと?」


「それに発展する可能性がなくはない」


「早過ぎる」


 皇国を変えたい。これがカムイの目的の一つだ。国内の事態が、全く形になっていない間に、外との争いが始まってしまえば、その間、物事は全く進まなくなるだろう。戦争をしながら、混乱が予想される国内改革など、出来るはずがないのだ。


「早い?」


「いや、動きが早いなと思って。ルースア王国の動きは、公になっていない陛下の御不例を察知してのことなんだろ?」


 咄嗟についた嘘にしては、上出来だ。


「それはどうかな? 王国は、ずっと皇国を狙っているはずだからね。たまたま重なったと思ったほうが良いかもしれない」


「そこまでの野心を王国は持ってたのか」


 ルースア王国に関しては、カムイの頭の中には、全く入っていなかった。他国がどうかなど、今のカムイには関係ないのだ。


「野心というより恨みだね」


「恨み? 妬みじゃなくて?」


「皇国のお陰で、二番手に甘んじている訳だから、妬みもなくはないだろうけど、やっぱり動機は恨みだね」


「皇国は王国にそんな恨まれることをしたのか?」


 カムイが自分から言い出したことだが、妬みと恨みでは、随分と違う。恨みには、妬みよりも、ずっと陰惨なものをカムイは感じている。


「間接的に。結構、逆恨みというか、言い掛かりに近いものがある」


「全く分からない」


「これもカムイに関係ある」


「俺、王国に対しては、何もしてないけど?」


 ディーフリートの言葉こそ、カムイにとっては言い掛かりだ。


「他にはしているみたいな言い方だけど? まあ、それは今は良いか。カムイも間接的にだよ。勇者の件だから」


「ここで勇者?」


 ディーフリートの話は、益々分からなくなる。皇帝の病気から、勇者の話にまで展開してしまった。


「そう。王国が、皇国を恨みに思うきっかけは、勇者が作った。それも前回の、カムイの母上であるソフィア殿が同行した勇者だ」


「母上が何かしたのか?」


 これもカムイは嘘をついている、というよりは惚けている。母親と勇者が絡む話は、カムイにとって、あまり話題にしたくない内容なのだ。


「知らないみたいだね。じゃあ、一から説明するよ」


「……よろしく」


「勇者には、同行者が必ずつく。前回の同行者は、カムイの母上と神教の神官騎士、傭兵戦士、そして、ルースア王国の王子だ」


「それは知ってる」


「そう。事は、この王子が同行したことによって起きる。さて、勇者には何故、同行者が必ずつくのか知っているかい?」


「焦らすな」


 ディーフリートの問いの答えをカムイは知っている。


「同行者が付くのはね、勇者が弱いからだよ」


「「「……ええっ?!」」」


 これは皇帝御不例よりも、更に大きな驚きを与える発言だった。カムイ以外には。


「弱いといっても、それなりの実力はあるよ。でも、世界最強というほどではない。勇者はね、教会の操り人形なんだ」


「ディーフリート。ちょっと、それは」


 ヒルデガンドが、口を挟んできた。


「あっ、これはさすがに他言無用ね。教会に睨まれてしまうから」


 勇者は神に選ばれ、神の意思を体現するもの。これが教会の主張だ。そういう意味では、完全に間違いではないが、言葉が悪い。


「勇者は神教によって選定される。つまり、教会の意思に忠実な者が選ばれるんだ」


「それは、少し聞いている」


 少しどころか、勇者がどういう人物であったかまで、カムイは知っている。


「でも、それでは使命を果たせない。果たせなければ、それを選定した教会の権威が落ちる」


「だから勇者の同行者という名目で、本当に強い人を集める訳だ」


「そう。そして、前回選ばれた中での最強がルースア王国の王子だ」


「それが不思議。王国はそんな王子をよく出したよな」


 勇者に同行しての魔王討伐となれば、死ぬ可能性は十分に考えられた。優秀な王子を、そんな危険な任務に出す理由が分からない。


「そこに皇国が恨まれる理由が生まれる。教会に真っ向から刃向うのは難しい。広く布教している神教の影響力は大きいからね。それでも、何らかの理由を付けて、断る事が出来ない訳じゃない」


「そうだろ。じゃあ、どうして?」


「皇国が邪魔をした。皇国は、皇太子の婚約者候補、将来の皇妃を同行させるのに、王国は王子の同行を拒むのかってね」


「それ嘘だよな? 母上は婚約者候補であっても、実際に婚約者になる可能性はなかったはずだ」


 当時のことを良く知るゼンロックから聞いた話だ。間違いはない。


「さすがに知っているね。その通り。要は王国を騙したのさ」


「何でそんなことを?」


「さあ、その辺の真意は分からない。一つ噂があって、王国は、その噂を信じている」


「どんな?」


「他国の優秀な王子は、皇国にとって、脅威でしかない。であれば、魔王討伐の中で、殺してしまえば良い、そう皇国が考えたって噂だよ」


「なくはないけど、成功したら、その王子の名声は高まる事になる。絶対とは言えないな」


 皇国は、討伐を成功させない策を講じていたとも考えられるが、カムイはそれを示す事はしなかった。その場合、母親が、その策に絡んでいる可能性が生まれるからだ。


「まあね。でも、結果として王子は、魔王との戦いの中で亡くなった。そして、これは言いづらいけど、カムイの母上は生きて帰ってしまった」


「帰ってしまった、ね。皇国にとっては迷惑だったわけだ。母上の帰還は」


「ごめん。そういう風に考える人も居たって話だよ」


「王国としては疑うに十分な状況ってことだな」


「ああ、結果としてそうなった」


「なんだ、母上も案外、敵が多かったんだな。そうなると母上の病死もなんだか怪しくなってきたな」


 カムイの目がすっと細まって、鋭さを増す。わずかに口元に浮かぶ笑み。だが、その笑みはいつもの皮肉めいた笑みではなく、酷薄さを感じさせるものだ。


「……カムイ?」


「今からじゃあ、調べられねえ」


 カムイの雰囲気に戸惑うディーフリートにかまう事なく、アルトがカムイに話をしてくる。


「ああ、そうだな。でも、どこかに真実を知っている奴が居るかもしれない」


「なるほど、手掛かりは、そいつってわけだ」


 アルトの雰囲気も、物騒なものに変わっていた。


「ちょっと、変なことを考えてないかい? 仮に、そういう人物が居るとしても皇国か王国、どちらかの中枢に位置する人だよ?」


「だろうねえ。王国は見当もつかねえ。皇国内となると皇太子殿下周辺には居ねえな。皇太子殿下が、そんなことを許す訳がねえからな」


 ディーフリートの話を聞いても、話の方向は変わらない。


「案外、その周辺かもな。かつての想い人なんて、周りの者には邪魔にしかならない」


「皇太子妃?」


「それは無いな。あの方がそんなこと出来る人だと思うか?」


「ないな。となると……」


 直ぐに思いつく人物の中には、該当者は居ないと判断したところで、他の可能性をアルトは考え始める。


「ちょっと待った。その物騒な話は止めにしないか?」


「物騒って、可能性を探ってるだけだろ?」


「いや、とてもそれで終わるとは思えなかった」


「気のせいだと思うけど」


「とにかく、この話は終わり。話を戻そう。王国は皇国をその件で、相当に恨んでいる。将来の賢王、王国に発展をもたらすであろう期待の人物を奪われたのだからね」


「教会は? 大元は教会だろ。教会は恨まれてないのか?」


 そもそも、神教会が魔王討伐など考えなければ、考えても、同行者に指名しなければ、王子が死ぬことはなかった。


「恨まれてるよ。もっとも、その一件で、すでに教会の権威はがた落ちだ。選定の勇者が使命を果たせずに死んだのだからね。新神教って知ってる?」


「知らない」


「真神教ともいう。神教から分派した新しい宗派だ。まだ小さいけど、陰で王国の援助を受けていて、着実に勢力を拡げている」


「内紛ね。宗教界も大変だ。所詮、宗教は宗教なのに」


「どういう意味?」


 カムイが何気なく口にした、所詮は宗教、この言葉の意味が、ディーフリートは気になった。


「宗教なんて人族が作ったものだ。この世界の本当の神を、本当の理を語っているとは限らない」


「カムイ!?」


 神教批判はタブー。それだけの権威が、長くこの世界で唯一の宗教だった神教会にはある。今のカムイの話は、ディーフリートの勇者を揶揄する話よりも、遥かに明確な、神教批判、それを超えて神教の否定だ。


「失言でした。忘れてください」


「なんとも……、驚かせるつもりで始めた話で、こちらの方が驚かされているね」


「とりあえず、話は分かった。こうなったからには、動き出すきっかけは、皇帝陛下の容体って事だな?」


「ああ、皇帝陛下は、武帝と呼ばれるほどの皇国の武の象徴だからね。一方で皇太子殿下は武のほうは、あまり評価されていない」


「まあ、優しい人だからな」


「……さっきも思ったけど。もしかして、皇太子殿下と皇太子妃に会った事があるのかい?」


「……そんなこと、言いましたっけ?」


 この誤魔化しは、全く誤魔化しになっていない。


「会ったのですね?」


「会いました」


 ヒルデガンドの問いに、素直に応えてしまうカムイだった。元から、それほど隠さなければならない話でもないのだ。


「いつ?」


「ついこの間。クラウディア皇女に、城に連れられて行ったら待ち構えていた」


 待ち構えていたのは本当だが、クラウディア皇女に連れられては嘘だ。ソフィーリア皇女に呼ばれてが正しい。もっと言えば、呼ばれなくても城に上がる段取りが、既にカムイたちには整えられている。


「そう。クラウディア皇女の伝手は分かるけど、待ち構えてって言うのは?」


「……これは超重要機密だ。絶対に他言無用だからな」


「わ、分かった」


 カムイの厳しい雰囲気に、ディーフリートも表情を改める。


「俺に会いたかったらしい。皇太子殿下にとって、俺の母上は、初恋の相手だ。その息子の俺が来ると知って、どうしても会いたかったそうだ」


「……超重要機密?」


「過去とはいえ、人の恋路に関わる事だからな」


「あ、そう。皇太子妃も?」


 カムイに騙されたと知って、ディーフリートの顔には苦笑いが浮かんでいる。


「自分が似ていると言われた母上の息子が気になってという理由らしい」


「似ていたのですか?」


 カムイが、母親は世界一綺麗な人だと言い切っていることは、ヒルデガンドも知っている。


「……健康的なお方だった」


「えっと、それは?」


「子供を産んでから、随分とお太りになられたようだ。俺の顔を見るなり、あら、やだ。私と貴方似てないわよね、なんて言って、背中をバンバン叩いてきた」


 その時のことを思い出してカムイの顔に、笑みが浮かんだ。

 母親に似ていると聞かされていた皇太子妃。その皇太子妃と会えることには、カムイも少し楽しみだったのだが、現れた皇太子妃は、まるで食堂のおばちゃんの様な、恰幅の良い気さくな人だった。

 

「随分と気さくな方たちなのですね?」


「そうだな。施政者としては分からないけど、人としては良い方たちだと思う」


「ちょっと辛口ですね?」


「まあ。国を良くしてもらえて初めて、そこは評価するところだから」


「そうね。あの……」


 ヒルデガンドには、まだ気になることがある。


「何?」


「皇女殿下には会ったのですか?」


「毎日会ってますけど?」


「今、わざと惚けましたね? 分かっていて惚けるってことは、さては?」


 カムイには誤魔化さなければならない理由がある


「何か、鋭くなってないか?」


「カムイが考えていることなんて、私には直ぐに分かります」


「長年連れ添った夫婦かっ!?」


「えっ? そんな、夫婦だなんて……」


 カムイのツッコミに頬を染めてみせるヒルデガンド。これではカムイも、これ以上、このネタでからかうことが出来ない。


「ボケ、いや、ツッコミを間違えました。それで何の話だっけ」


「……そうですね。ソフィーリア皇女殿下のお話です」


「皇女殿下の何?」


「ソフィーリア皇女殿下は、カムイの母上に似ているのですか?」


 ソフィーリア皇女が、皇国一と言われる程の美形であるという噂は、ヒルデガンドも知っている。それと皇太子妃がカムイの母親に似ているが結びつくと、こういう質問になる。


「……似てなくもないかな?」


「やっぱり。それでどうでした?」


「何が?」


「お母様に似た女性だったのですよね?」


「驚いたかな。そんな女性が居ると思っていなかったから」


「そうですか……。やっぱり、カムイは、そういう女性が好みなのですね?」


「はい?」


「カムイが、お母様を大好きなことは知っています。ですから、そういう女性を求めているのかと思って……」


「母親だけど?」


「はい?」


 この話題に関して、二人の会話は噛み合わない。大きな思い違いがヒルデガンドにあるからだ。


「どこの世界に、母親を恋愛対象に見る子供が居るんだ? それおかしいよな?」


「「「ええっ?」」」


 カムイの言葉に全員が驚いた。筋金入りのマザコンであるカムイの求める女性像は、母親だと全員が思っていたからだ。


「……では、カムイの好みの女性って?」


「好みの女性? ……考えたこともない」


「背が高い女性は嫌いですか?」


「別に」


「髪の色とかは?」


「特にない」


「瞳の色」


「外見の好みは全くないな。外見では、やっぱり母上を超える女性は居ないと思う」


 これで、母親似が恋愛対象でないとなれば、誰を好きになれるのか。この場に居る全員が思った。


「……じゃあ、性格ですね?」


 ヒルデガンドは諦めない。何とかカムイの好みを知ろうとしている。


「性格……、それも思いつかない。あえて言えば……、背中を預けられる女性かな?」


「カムイ……、お前、それは女性の好みじゃねえだろ?」


 カムイの答えに、心底呆れたアルトが、我慢出来なくなって口を挟んできた。


「そうか? ということは……、好みはないってことだな」


「もしかして、今まで、誰かを好きになったことはないのですか?」


「……ない」


「今、間がありました!」


「いや、好きとかじゃなくて」


「居たのですね? 気になる女の子が」


「そんなんじゃない。それに、たった一度会っただけで、名前も聞いてない」


 たった、それだけを覚えていることが、気になっていた証拠だ。カムイにも初恋があったのだ。


「そう。そういう女の子が居たのですね?」


「何、怒ってるんだ?」


「怒っていません! もう、食事は終わり! 勉強しますよ!」


「はい?」


「ほら、早く立って。剣だけでは駄目です。文武両道、それが皇国学院の生徒としてあるべき姿です。さあ、行きましょう」


「あ、ああ」


 何だかよく分からないうちに、ヒルデガンドと一緒に勉強することになったカムイ。ヒルデガンドに手を引かれて、半ば無理やり、奥の部屋に連れ去られていった。


「結局のところ痴話げんかですか?」


 二人が居なくなったところで、ルッツが口を開いた。 


「そうですなあ」


 アルトが呆れた様子で、それに応える。


「いやあ、若いもんは良いですね」


「やってらんねえな」


「でも、ヒルデガンドさんの凄いのは、あそこまでいっても怒って立ち去らないところだよね?」


 オットーは、ヒルデガンドの行動に感心している様子だ。


「確かに。セレネだと、もう知らない、の後は、馬鹿とか死ねとか言ってどっか行っちまうからな」


 オットーの話にアルトが同意を示す。


「何か複雑だけど、そうね。私だったら、あそこで勉強しますよ、には絶対にならないわね」


 比較相手にされたセレネも納得した様子を見せている。


「ああいう強さがカムイの相手には必要なのかもしれねえな」


 自分の恋路になると途端に鈍感になるカムイだ。あれくらいの強引さがなければ、何も進まない。


「そういう意味では、ぴったりの相手なわけだ」


 これをいうオットーの表情は暗い。


「でもね」


「でもな。皇帝陛下は、もう駄目なのか?」


 そのヒルデガンドは、そう遠くないうちに別の男、皇子殿下の婚約者になる立場だ。皇帝の御不例という情報が、一気にそれを現実味のあるものに変えてしまっている。


「はっきりとは言えない。これで分かってよ」


 これだけで、ディーフリートが言いたいことは誰でも分かる。


「そういうことだよな。皇太子殿下が即位して、直ぐなのか? 立太子って」


「いや、恐らく……、婚約が先だよ」


「お互いの支援者を明らかにするってことか」


「下手すると、僕も中等部で勉強は終わりになるね。当然、ヒルデガンドは確実に。騎士学校なんて行かせてもらえるはずがないよ」


 妃になるヒルデガンドに剣の強さなど必要ない。政治もだ。ヒルデガンドが上級学校に行くことはまずない。


「後一年ちょっとか。短えな。三年って何だかあっという間だな」


「時間はない」


 時間がないのはディーフリートも同じ。この言葉には実感がこもっている。


「……何だったら、お二人も勉強でもしに行ったら? 時間が無いんだろ?」


 それに気付いたルッツがこれを告げる。


「そうだね、そうしようか?」


「え、ええ」


 からかい半分のルッツの言葉に、ディーフリートだけでなく、セレネまで乗ってきた。


「あっ、自分で言っておいて後悔した。何だよ、この二人はもう、からかい甲斐がないな」


「まあ、一応君たちのおかげでもあるわけだから、感謝してるよ」


「言葉ではなく、物で返してもらえるとありがたいですね。前に奢ってくれたステーキでどうですか?」


「良いよ、あんなもので良ければいくらでも。さっ、セレ行こうか」


 そして、ディーフリートとセレネもその場を離れて行った。

 そして、この場に残ったのはアルト、ルッツ、そしてオットーだけ。


「さっ、セレ行こうか」


 ルッツがディーフリートの口真似をしてみせるが。


「止めろ。聞いていて空しくなる」


 アルトの受けは良くなかった。


「だな。しかし、想定が狂ったな」


「狂ったなんてもんじゃねえ。次の立太子なんて十年以上先だと思ってたぞ」


 現帝の時代はまだまだ続くと思っていた。皇帝の御不例はかなりの誤算だ。


「卒業してすぐに婚約、そこから二、三年ってとこかな?」


「すぐに皇太子を決めなくちゃならねえってことはないから、何とも言えねえけどな。でも揉める要素があるなら、早めにはっきりさせようと考える可能性はある」


「直ぐに立太子ってことになれば良いのにね?」


 オットーは、アルトたちとは逆の考えを持っているようだ。


「何で?」


「皇太子相手でなければ、ヒルデガンドさん、嫁がなくて済むんじゃないかと思って」


 ソフィーリア皇女が皇太子に決まれば、東方伯がヒルデガンドを嫁がせる可能性は低くなるとオットーは考えている。

 有り得なくはない。わざわざ負馬に乗せる必要はないのだ。


「……俺たちに他が無視出来ない力があれば、可能だったかもしれねえな」


 その力は今はない。この先の十年で得るはずの力だったのだ。


「やっぱり時間がないか……」


「それに先に立太子はねえな。方伯家だって皇太子争いに力を発揮したいはずだ。それで恩に着せるのが目的だろうからな」


 特に東方伯家はそうだ。ヒルデガンドの婚約者である皇子が即位しても、妃であるヒルデガンドは政治事に対する権限は得られない。影響力を行使するには実家の支えがあっての皇位と思わせなければならない。


「そうなると報われることはないね」


「一つだけ方法はあるぞ」


 落ち込むオットーにアルトが可能性の存在を告げた。


「何それ?」


「皇国なんて、ぶっ潰しちまえばいいんだ。そうすれば、そんなしがらみはヒルデガンドさんには無くなる」


「……過激」


 呆気に取られた様子のオットー。発言の過激さもそうだが、皇国を壊すなんて発想は、オットーには決して浮かばない考えなのだ。


「何てな。それが出来れば苦労しねえ。でも、こんなことを言いたくなるくらいに、気持ちが納得しねえ。ヒルデガンドさんがあまりにいじらしいっていうか……」


「カムイが鈍感なのが却って良かったのかな」


 話を途中で止めてしまったアルトに変わって、ルッツが口を開いてきた。


「どうだろうね?」


 ルッツの言葉にオットーは懐疑的な反応を示す。


「何、オットーには異論があるの?」


「カムイは本当に気が付いていないのかな? 気が付いていて、惚けているような気が僕はするよ。そのほうがお互いの為だと思って」


「オットーくん、止めてくれ。切なくて涙が出そうになる。それは悲恋すぎるだろ?」


 カムイの口調を真似てルッツはおどけてみせる。こうでもしないと落ち込んでしまいそうだからだ。


「その主人公がカムイってのがどうかと思うけどな」


 アルトも同じ。冗談にして気持ちを紛らわそうとしている。


「確かに。全く似合わない」


「まっ、僕の気のせいだね」


 二人の気持ちが分かって、オットーも自分の考えを引っ込めた。考えが正しくても、何も良いことはないのだ。


「とにかく、感情に流されないで必要なことをやるだけ。その覚悟はしておこうぜ」


「だな」「そうだね」


 アルトの言葉にルッツとオットーが同意を示す。

 ここでアルトはある事実に気が付いた。


「……そういえばオットーは俺たちが何をしようとしているか知ってるのか?」


「知らない」


「だよな」

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