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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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母の面影を持つ人

 皇都の城は、学院からほど近い所にある。直線距離にすれば、目と鼻の先と言っても良いくらいだ。
 だが、いざ城に行こうとすると、学院と城の双方の広大な敷地が邪魔をして、大きく遠回りする事になる。
 すぐ近くにありながらも、カムイは城を訪れるのは初めてだ。深い堀に囲まれたその城は、学院を遥かに凌駕する広大な敷地を有していた。
 堀に掛かる頑丈なつり橋を渡って、これまた頑丈そうな城門を潜る。そこから実際の城までも、かなり距離があるようだ。
 結構な時間が過ぎた所で、ようやく馬車が止まった。降りて直ぐに目の前に見えたのは、天高くそびえる城壁。それに呆気に取られていると、ゼンロックから声が掛かった。

「のんびりと城を眺めている時間はない、こっちだ」

 ゼンロックの後について、進んだ先には、先ほどまでとは異なる小さな扉があった。

「正面から行くと、色々と手続きが面倒なのだ。ここは皇族と近衛だけが通れる入り口だ」

 この説明を聞いて、逆にこんな入り口で大丈夫なのかと心配になったカムイであったが、扉を抜けると、直ぐにそれが杞憂である事が分かった。
 脇には歩哨の兵が立ち、その先にも、太い鉄格子の扉がある。更にその先もだ。幾つもの、そういった扉を、いちいち身分を確認されながら、進んで行くと、ようやく城内らしい廊下に出た。
 これで面倒でなければ、正面から入ると、どんな手続きが待っているのだろう。こんな事を思いながらも、廊下を進んでいく。
 そして又、両側に歩哨が立っている扉に突き当たった。

「ご苦労、この者は、カムイ・クロイツ。クロイツ子爵家の嫡子であり、クラウディア様のご友人だ」

 この台詞を聞くのも何度目か。だが、今回は相手の返答が少し違っていた。

「武器はここでお預かりしますので、全て出してください」

 ここから先は帯刀禁止という事だ。カムイは言われた通りに、背中に背負っていた剣を渡す。

「他には?」

 懐に入れていた短剣も差し出す。

「……他に?」

 両足首に仕込んでいた短刀を全て差し出す。

「お前という奴は……」

 ゼンロックが呆れ顔でカムイを見た。ここまでの用心をしている学生など聞いた事もない。

「もう、ありませんね?」

「ありません」

「では、帰りにお返ししますので、こちらの札を失くさないようにお持ちください」

「はい」

 番号の書かれた札を受け取り、ゼンロックの後について、扉の奥に入る。

「はぐれるなよ」

 ゼンロックが、わざわざ注意してくるだけの事はあった。扉の先は、四方八方に廊下が広がり、その先も複雑に曲がりくねっているようだ。これも侵入者防止のためなのであろうと、カムイは考えた。
 ゼンロックもクラウディアも迷う様子もなく、歩を進めている。初めのうちは、道順を懸命に記憶しようとしていたカムイであったが、途中で馬鹿馬鹿しくなってやめた。こんなものを覚えても、何の役にも立たないと気付いたからだ。
 いくつもの扉の前を通り過ぎ、ようやく目的の部屋にたどり着いた。

「ソフィーリア様は?」

 扉の前に立つ侍女に、ゼンロックが確認している。いきなり、ソフィーリア皇女の部屋に向かっていたようだった。

「お菓子は?」

「覚えていたのですね?」

「そういう約束でしたから」

「後で用意します。まずは姉上にご挨拶を」

「分かりました。……約束ですよ?」

「……分かっています」

「ほら、ぐずぐずしていないで入れ。クラウディア様も」

 既に扉の中に入っていたゼンロックが、入室を促してきた。

「はい」

 扉の中は、カムイが想像していたのとは異なり、割と質素な佇まいを見せていた。
 白く塗られた壁と天井。所々に置かれた家具は、落ち着いた造作のものばかりだ。そして、その中央に壁と同じ白い、天蓋付きのベッドが置かれている。
 白い薄絹で覆われていて、中の様子はよく見えない。

「姉上、こんにちは。お加減はいかがですか?」

 先にベッドの横に進んだクラウディアが、中にいるであろうソフィーリア皇女に挨拶をしている。

「ええ、元気よ。又、お友達を連れてきたのね?」

「はい。同じクラスのカムイさんです」

「そう。ご挨拶をしなければね。ちょっと待ってて」

「無理をなさらずに。ソフィーリア様がよろしければ、そのままで結構です。お初に御目にかかります。カムイ・クロイツと申します」

 ソフィーリアが立ち上がろうとする気配を感じたカムイは、それを制して挨拶をした。病床の人に無理をさせるほど、カムイは無神経ではない。

「……カムイ? もしかして、ソフィア・ホンフリート殿のご子息ですか?」

「ご存知なのですか?」

「もちろんですわ。なんと言っても、私の名の由来となったお方ですから」

「そうですか」

 そうだとしても、その息子、それも養子にいった息子の名を覚えているのは普通ではない。これが準備しての事でなけれな、人たらしの資質は、ディーフリートと互角か、それ以上。クラウディア皇女の姉は油断のならない人物だと、内心でカムイは警戒を強めている。

「近くに来て、お顔を見せていただけるかしら」

 ゼンロックが軽く頷くのを確認してから、カムイはベッドの近くに歩を進めた。開いた薄絹の間から、上半身を起こしているソフィーリアが見える。

「そこではお顔が見えません。もう少し近くにいらして」

「はい」

 もうそこはベッドの横だ。起き上がって、こちらを向いているソフィーリアの顔がはっきりと見えた。
 青い大きな瞳がカムイを見つめている。

「…………」

「はじめまして。ソフィーリアです。こんな格好でごめんなさいね」

「…………」

「私、変かしら?」

 カムイが、自分を見つめたまま固まっていることに気が付いて、おどける様に肩をすくめるソフィーリア。

「いえ、そんな事はありません。ちょっと驚いただけです」

「あら、何に?」

「大したことではありません。お加減は如何ですか?」

「心配しなくても大丈夫です。別に命に関わるような病気ではありませんわ」

 ――カムイ。心配しなくて大丈夫よ、お母さん、すぐに元気になるわ。命に関わるような病気ではないから。

 幼い頃の光景が、頭の中に蘇る。そう言って、この世を去った母の面影。カムイの中で、今の目の前にいるソフィーリアの姿がそれに重ねっている。
 何も出来ずに、ただ見守ることしか出来なかった幼い自分。その悔しさが、カムイの胸を刺す。

「カムイくん?」

「あっ、すみません。何でもありません」

「そう……。ごめんなさいね。クラウにつき合わせて」

「いえ、クラウディア皇女殿下のお誘いですから、お断りする訳にもいきません」

「あら? それは、あまり来たくなかったような言い方ね?」

「そんな事はありません」

 これまでも何人もの生徒たちが、クラウディアに連れられて、ここを訪れている。その生徒たちは、城に招待された事に舞い上がった様子だったのだが、カムイの態度は、そんな生徒たちとは少し異なっている。それにソフィーリアは戸惑いを覚えた。

「……そう。クラウとは同じクラスなのかしら?」

「はい、そうです」

「仲良くして頂いているのね?」

「……それ程でもありません。クラウディア皇女殿下の周りには、いつも多くの生徒が集まっています。俺などが割り込む隙間はありません」

「……貴方、やっぱり、これまでの人たちと、ちょっと違うのね?」

「さあ? 他の人たちが、どのような人かは知りませんので」

「……ふうん、さすがはソフィア様のご子息と言ったら、貴方に失礼かしら?」

 失礼なのは、他の生徒に対してだろう。カムイを褒めるソフィーリアの言葉は、他の生徒を否定している事になる。
 ソフィーリアは、これまでクラウディアが連れてきた生徒たちに、あまり良い印象を持っていない。それを素直に言葉に出してしまっていた。

「いえ、母は俺にとって尊敬する家族ですから。その母の息子と言われることは、最高の褒め言葉です」

「そういえば、ホンフリート家の方たちは残念でしたね?」

「別に」

「でも、貴方のご家族ですよね?」

「先ほどの言い方を間違えました。母は、ホンフリート家での唯一の家族です」

 母親以外は家族ではない。カムイは、正直にこの思いを言葉にした。ホンフリートの者と思われるのが、嫌なのだ。

「そう……。あまり、良い思い出はないのですね?」

「ええ、俺は幼年部で落ちこぼれましたから。それ以降、家族扱いされた記憶はありません。それに、その幼年部を退学する時に縁を切っています。俺とホンフリート家は全く関係ありません」

「落ちこぼれた?」

「魔法が使えません」

「あら、じゃあ、剣のほうを頑張ったのね?」

「……魔法が使えないと、剣もなかなか強くなれません」

 魔法により身体機能の強化がある限り、剣の強さは、魔法の上手さに比例する。

「じゃあ、勉強を頑張ったのね?」

「頑張ってますが、成績はそれ程良くありません」

「でも、頑張っているのでしょう?」

「そのつもりです」

「では、良いじゃないですか。結果が付いてこない努力は大変だと思います。それを貴方は頑張っているのですから、それを誇ってください」

「……そうですね。そうさせて頂きます」

 皇族というのは、こういうものなのかと、カムイは考えたが、それは直ぐに否定した。同じ皇族のクラウディアには、こういう心遣いは感じられないからだ。

「クロイツ子爵家の養子になったのですよね?」

「はい。孤児院に居たときに拾われました」

「孤児院?」

「ホンフリートを出たときはまだ九才です。生活する術もありません。孤児院で養ってもらってました」

「そう。孤児院の生活は、大変ではなかったですか?」

「司教様は厳しくも優しい方ですので。俺が尊敬する人物の一人です。もっとも、その頃は怒られてばかりで、いつも文句を言ってましたけど」

「あら、そう。やんちゃだったのね?」

「なんとなく自由になれた気がしたのです。それで勝手気ままに生活してました。司教様には随分迷惑を掛けたと思います」

「自由……。うらやましいわね」

 カムイの自由という言葉に、ソフィーリアは反応した。

「自由といっても孤児院ですよ?」

 カムイには、その理由が分からない。

「それでもよ。まあ、無いものねだりね。暮らしに不自由はないけど、自由はない。孤児院の子供たちは暮らしは不自由ですけど、自由」

 皇族としての責務が、ソフィーリアに、時に不自由に感じさせる。その責務が何かは分からないカムイだが、ソフィーリアが孤児の生活を、勘違いしている事は分かった。

「……孤児院にいる間だけです。一歩出れば、自由のない辛い生活が待っています」

「そうね。ちょっと軽率な発言だったわ。出てからの生活とはどういうものなのですか?」

「言い辛いですね」

「教えてください。私には、見当もつかない事です」

「女の子の多くは、水商売、娼婦になる者も少なくありません。男は大なり小なり、犯罪に手を染めていることが多いです」

 カムイの言葉に、ソフィーリア皇女がはっとした顔をした。貧しい生活は想像していたが、ここまでとは思っていなかったのだ。

「……ごめんなさい」

「ソフィーリア皇女殿下が、謝罪されるようなことではありません」

「いえ、皇族の一員として、私には責任があります。そして、何もしてあげられない事も、謝らなければいけません」

「ソフィア様、皇国は孤児たちへの施しは定期的に行っております。そこまで責任に感じることはないと思います」

「ゼンロック、施しでは何も解決しません。それは彼らを下に見ているという事です。皇国がやらなければいけない事は、彼らを皇国の国民に相応しい生き方が出来るようにしてあげる事です」

「申し訳ございません。浅慮を申し上げました」

 謝罪を口にしていても、ゼンロックの顔は誇らしげだ。ソフィーリア皇女の発言を喜んでいるのだろう。

「といっても私は何も出来ていない。偉そうに言える立場ではありませんね?」

 ソフィーリア皇女は又、カムイに緯線を戻し、自嘲気味に話しかけた。

「そういうお気持ちを持たれていることには感謝します」

「感謝しているようには見えないわ」

「形になった時は、本心から感謝を述べさせていただきます」

「口先だけであれば、何とでも言える、そういう事ね?」

「返答は控えさせて下さい」

 つまり、ソフィーリアの言う通りだという事だ。

「それは答えと同じよ。面白いわね。クラウは、もっと早く連れてきてくれれば良かったのに」

 恨めしげな視線を、ソフィーリアは、クラウディアに送った。

「ごめんなさい」

「冗談よ。さて、その歯に衣着せぬ物言いで教えてもらえる? クラウの欠点は?」

「姉上!?」

「ちゃんと厳しい意見にも耳を傾けなさい。これまで貴方が連れてきた人たちは、おべっかばかり、そんな人だけと付き合っていたら、良くないわ」

「……はい」

 そのおべっかを大いに喜んでいたクラウディアは、少し落ち込んでしまう。

「私の為に無理をしているのは感謝しているのよ。でも、クラウも自分の事を、ちゃんと考えないとね?」

「はい!」

 ソフィーリアのフォローに、あっという間に元気を取り戻すクラウディアだった。

「さあ、カムイくん、これで遠慮は要らないわ」

「しかし……」

 クラウディアは皇族。それの欠点を並べるなど、普通は許される事ではない。

「クラウの為よ。私が許すわ」

 ソフィーリアが、躊躇うカムイに発言を求めてくる。ここまでされては、拒否する事も非礼になる。カムイは、許すという言葉を信じる事にした。

「……視野が狭いこと、人を見る目がない事。大きくはこの二つでしょうか?」

「本当に遠慮なしね」

「すみません」

「いえ、私がお願いした事よ、謝る必要はありません。視野が狭いとは?」

「……周りが見えていません。特に自分が周りから、どう見られているかが」

「もっと具体的に」

「クラウディア様は何の為に、身分を隠して学院に来たのでしょうか? 恐らくは、有力貴族に対抗する為ですね? でも、対抗する時は、何年も先の話です。今から、その意思を明らかにする必要はありません。必要ないどころか、それは害にしかなりません」

 自分たちへの悪意を知れば有力貴族家は、必ず対抗手段を打ってくる。それは、今よりも状況を悪化させる事になるかもしれない。

「……そうね」

「そして味方にしようとしている生徒たちです。こういっては失礼ですが、彼らは、その有力貴族に相手にされなかった人たちです。対抗心はあるかもしれませんが、対抗する力はありません。その対抗心にしても、そちらから甘い言葉を囁かれれば、簡単に揺らぐようなものではないですか?」

 自分の力で、皇家と貴族家の力関係を引っくり返すという気概を持つ者など、極々一部のはずだ。多くは、有力貴族に誘われて、その恩恵に授かれると思えば、寝返るに違いない。

「……では、どうすれば良いと思うの?」

「はい。クラウディア様が探すべきは、決して有力貴族に付くことのない者たち。そして実力を持っている者たちです」

「そんな者たちがいるかしら?」

「実力にも色々あります。今は力がなくても、皇族の背景を持てば、実力を発揮する者は居るかもしれません」

「背景があってこその実力……」

 ソフィーリアには、カムイが言っている存在が全く思いつかない。

「そういう者も、その背景を求めています。うまくかみ合えば、協力し合える関係になれるでしょう?」

「どうやって見つけるの?」

「力を見せる事です。周りに支えられての力ではなく、周りを支える力がある事を。そういう点では、クラウディア様がやられていることは正反対です」

「あら?」

「今、クラウディア様の周りにいる生徒たちを見て、そういった者たちはどう思っているでしょう? 頼りになるとは決して思いません。逆に有力貴族家に対抗できるものではないと見切られています」

「……そう」

 カムイの説明に、落ち込んだ様子をソフィーリアは見せた。皇族の力を取り戻すという思いを、ソフィーリアも持っているのは、この反応で分かる。

「ただ、クラウディア様に同情すべき点は多くあります」

「それは何かしら?」

「そもそも相手が悪すぎます。俺たちの同級生は、教師たちから黄金の世代と呼ばれているそうです。その理由をご存知ですか?」

「知らないわ」

「東方伯家のヒルデガンド様、西方伯家のディーフリート様、皇国騎士団長のご子息であるオスカー様、そして皇国魔道士団長のご令嬢、マリー様。この四人がいるからです」

「……知らなかったわ」

「そして、肩書きだけでなく、四人が四人とも黄金と呼ばれるに相応しい実力を持っています。これに対抗するのは、中々厳しいかと」

「もう、とんでもないわね。そう、ディーフリートも同じ学年だったのね?それにヒルデガンドも」

「はい」

 敢えて、この二人だけは名指しで再確認する。方伯家とい事だけが、理由ではないと、カムイにも分かる。

「ほとんどの生徒が、その四人の取り巻きなのね?」

「後は、クラウディア皇女殿下が」

「……それ以外は居ないのかしら?」

「どこにも所属して居ない者は居ますね」

「たとえば貴方」

「いえ、俺はマリー派です。魔道研究会という、マリー様が、会長の研究会に所属しています」

 嘘はついていない。表向きは、確かにこういう形だ。

「貴方が人の下に? 信じられないわ」

「所詮は辺境の小貴族の息子ですから」

「……マリーとは会った事はないわ。でも、魔道士団長の娘で、そういう派閥争いに積極的なんて意外ね。貴方はそうとして、他の無派閥は?」

「当然居ます」

「それを纏められそうな人は?」

「さあ?」

「……カムイさんです」

 カムイが惚けた所で、クラウディアが口を挟んできた。

「あら、それはどういう事かしらね?」

 それを聞いてソフィーリアの顔が綻ぶ。一方のカムイは苦い顔だ。

「カムイ教室と呼ばれているものがあるの。カムイさんが、剣を教えている事で名づけられたのだけど、無派閥と言われる人の多くは、その教室の生徒なの」

「あらあら。無派閥どころか、もうひとつ派閥があったのね?」

 クラウディアの説明を聞いたソフィーリアは、実に楽しそうだ。

「ちょっと助言をしているだけです」

「剣も魔法も駄目な貴方に? それも不思議ね?」

 カムイの怪しさが、何となくソフィーリアにも感じられてきた。会話の中で感じる以上に、カムイには力があるのではないかと。

「俺は理論派なのです。理論倒れと呼んでいただいても結構です」

「そうなの?」

「それは知らない。でも、教室のきっかけが、演習合宿なのは分かってる」

 ソフィーリアに問いを向けられた、クラウディアが、又、重要な情報を伝える。元々、ソフィーリアに、こういった情報を伝えたくて、カムイを連れてきたのだ。

「あの事故?」

「カムイさんたちは、宿営地に残されたのに、生徒だけで、そこから逃げてきたの。その時に生徒たちはカムイさんを指揮官として扱っていた」

「つまり実力で、その彼らに認められたわけね? それこそ、周りを支える力を見せつけて」

「剣と魔法が駄目な俺は、指揮しか出来なかっただけです」

「貴方がいう、小貴族の息子に多くの生徒が付いてきた。それは肩書きの力を持って周りを纏めているさっきの四人よりも凄い事じゃない? なるほどね、もう一人の黄金がここに居たわ」

「…………」

 ソフィーリアは、カムイの言い訳をまともに聞いてくれない。カムイの苦手のタイプだ。

「それだけの人を纏めて、貴方は何をしようとしているの?」

「別に何も。学校で友達を作る。それだけの事です」

 わずかに見せていた苦い表情も、今は、綺麗さっぱり消え失せている。それが却って、ソフィーリアには、カムイの言葉を白々しく感じさせる。

「……クラウ」

「はい?」

「カムイくんに、そろそろお茶の用意をしてあげたら?」

「あっ、はい」

「準備のほうは、クラウお願いね」

「はい……」

 なんとなく腑に落ちない。そんな気持ちを持ちながらも、言われた通り、クラウディアは部屋を出て行った。この気持ちは正しい。ソフィーリアの意図は、クラウディアをこの場から追い出す事にあるのだから。
 クラウディアが部屋を出て行った所で、ソフィーリアは表情を改めて、カムイに向かい合った。

「何をしようとしているかは聞かないわ。でも何を求めているは、聞かせてもらえないかしら?」

「まずは領民が穏やかに暮らせることです」

「領民……。クロイツ子爵家の領地は、確か、ノルトエンデよね?」

「はい」

「領民というのは?」

 敢えて、これを聞くソフィーリアは、ノルトエンデがどういう場所かを知っているという事だ。

「領民は領民です。領地に住み、税を払っていれば領民です」

「そうね。その通りだわ。でも、それは皇国の仕事でもあるわね?」

「皇国にそれを期待しろと?」

「少し本音を出してくれたのかしら?」

 カムイの言葉は、皇国への批判だ。これを口にしたカムイに、逆に、ソフィーリアは、ホッとしている。

「いえ、普通の質問のつもりです。現状の辺境を考えれば、こういう質問が出ても、おかしくはないですよね?」

「そんなに酷い?」

「それは、まずゼンロック顧問に聞かれては? 元近衛騎士団長であればある程度はご存知かと」

 カムイは、ゼンロックに話を振った。当事者である自分が話すよりも、ゼンロックが話した方が真実味が増すと考えたからだ。

「ゼンロック?」

「それは……」

「ゼンロック。貴方も甘い言葉ささやくだけの人なのですか?」

 躊躇うゼンロックに、厳しい視線をソフィーリアは向けた。こういう一面もあるのだと、カムイは、少し感心している。

「……皇国は、辺境の領民を皇国の国民として扱っておりません」

「どうして、そんな事を?」

「度重なる反乱が、皇国に辺境を信頼させないのです」

「今日の食事にも困るようになれば、皇都の住人でも反乱を起こします」

 ゼンロックの発言に、カムイが説明を重ねる。

「カムイ!」

「事実です」

 それに怒声をあげたゼンロックだが、カムイの方は冷静に言葉を返す。この二人の態度が、どちらが真実を語っているか、ソフィーリアに分からせた。

「……そうなのですか?」

「皇国は、辺境から搾取に搾取を重ねています。確かに、復国を夢見て反乱を起こした辺境領もないわけではありません。でも、多くは、皇国の扱いに耐え切れずに、起こされた反乱です」

「……ゼンロック」

「事実、です」

 ソフィーリアの厳しい視線を受けて、ゼンロックはカムイの言葉が事実だと認めた。

「陛下は何故、それを放置されているのです? 父上は?」

「貴族の力が強すぎるのです」

「それは嘘です」

 又、すぐにカムイがゼンロックの言葉を否定する。

「貴様!」

「ゼンロック!!」

 カムイが言い返す前に、ソフィーリアがゼンロックを叱りつけた。

「……申し訳ありません」

「貴族の力は嘘です。辺境から搾取を行っているのは、皇国の役人です。それも、貴族といえば貴族ですけど、役人である以上、貴族が行っているで終わらせるのはおかしいです」

 ゼンロックが大人しくなった所で、カムイは事情の説明を行った。

「そうね。父上はそれを知っているのかしら?」

「それは分かりません。ただ、全ての報告を受けている訳ではないと思いますので」

 カムイは皇太子を軽くフォローする。ソフィーリアの父親である皇太子を否定して、良い事などないからだ。

「そうであって欲しいわ。どうなのかしら?」

「カムイの言うとおりですな。陛下や殿下が、一つ一つの領地の事を常に把握するのは困難です。それに、自分たちの都合の悪い事を、報告する役人などおりません」

 ゼンロックもカムイの言葉を肯定する。この件に関して、肯定以外の選択肢は、ゼンロックにはない。

「それを指摘する者も居ないのね?」

「嘆かわしい事ですが、不正を行っている役人は多いですからな」

「一掃するわけにもいかないのね?」

「それをすれば、国政は立ち行かなくなります」

 国政に影響を与えるほど、不正役人が多いと、ゼンロックは言っている。これは本来、言い訳にはならない。それだけの不正役人によって行われる政治が、良い物であるはずがない。

「それを理由に、放っておいて良いことでは……」

「殿下は、それをされようとしています。時間は掛かるかもしれませんが、少しづつ改善されるはずです」

「一代で終わることでしょうか?」

 ゼンロックの言葉に又、カムイが異議を唱えてくる。

「何が言いたい?」

「皇太子殿下が国政を変えようとされている事は少し噂に聞いてます。でも、それは始まったばかり。それに反発も強くなるでしょう。簡単に出来る事とは思えません」

「それはそうだが、何もしないよりは、マシだろう?」

「俺が言っているのは、それを継ぐ者が居るかという事です。恐れ多い事ですが、皇太子殿下が出来ることは下地を作る事くらいでしょう。本当の意味での改革は、次代が担う事になると俺は考えてます」

「……カムイ、お主は」

 ここまで分かっていて、カムイはソフィーリアに話を聞かせようとしている。その意図が、ようやく少しゼンロックにも感じられた。

「正直に言いましょう。俺は皇国には何も期待していませんでした。辺境は辺境の力で、自分たちの待遇を変えなければいけないと思っていたのです」

「それは!?」

「察しの通り、場合によっては皇国に逆らってでもです」

「反乱を起こすというのか!?」

 いくら一学生の発言とはいえ、さすがに、ゼンロックには、聞き捨てに出来ない内容だ。
 ただ、カムイの方は、ゼンロックの反応に、呆れた様子を見せている。

「今も、そのつもりなら、こんな話はしません」

「……どういう事だ?」

 カムイの様子を見て、ゼンロックも、すぐに落ち着きを取り戻した。

「考えが変わりました。学院で、同世代の人たちを知って。俺たちの時代で、皇国は変わるのではないか、こんな期待が生まれました。黄金の世代は伊達ではないのですよ」

「……でも、そこに皇族はいないのね?」

 ソフィーリアは、カムイの本当に言いたい事を、素早く察してきた。

「そうです。それが、何を意味するか、お分かりですよね?」

「ヴァイルブルク家は皇国の実権を失う」

「さすがですね。その答えを口に出来るとは思いませんでした」

 皇族であっても、ソフィーリアは一皇女だ。過度、に不穏な発言は行なえば、不敬を問われる可能性はある。

「そんな事が許されると思うのか!?」

 ソフィーリアを責められないゼンロックは、カムイに文句を言ってきた。

「それで皇国が、民の暮らしが良くなるのであれば、仕方がないのではないですか?」

「貴様!」

「それが嫌であれば……」

「皇族も、皇国の支配者に相応しい力を、覚悟を見せろというのね」

 続く言葉は、ソフィーリアが紡いだ。

「はい。ソフィーリア皇女殿下に、そのおつもりはありますか? 上の皇子殿下には、お二人とも問題があると発言されておりました。それが本当であるなら、その方に期待は出来ません。その代わりは、継承順位を考えれば、ソフィーリア皇女殿下になるはずです」

「貴方は、私に継承争いに立てというの? 兄と争えと?」

「別に。どうなさるつもりか聞いただけです。でも、クラウディア皇女殿下は、そのおつもりですよね?」

「そうね」

 クラウディアの本当の目的は、有力貴族に対抗する勢力を作るではなく、その勢力を、ソフィーリアの力にする事だ。その力が、ソフィーリアを、皇太子の座に導くと考えている。

「でも、今の状態では、クラウディア皇女殿下が、どんなに頑張っても勝てないでしょう」

「クラウでは、力不足よね?」

「いえ、ソフィーリア皇女殿下が、本当の意味でその気になっていないからです。ただ周りに言われるがままに、なんとなく、その位置にいる。失礼な言い様ですが、私にはそう見えます」

「…………」

 勝てない原因は自分。カムイのこの指摘は、ソフィーリアを驚かせた。

「宮中の様子は、俺になど分かりません。どなたが、次代の皇太子に向いているかなど、知る由もない事です。だからお聞きします。皇家は、次代を良いものに変えることが出来ますか?」

「それは……」

 カムイの問いに、ソフィーリアは即答出来なかった。

「少し、クラウディア皇女殿下を見直しました」

「えっ?」

 不意にカムイは、クラウディアの名を出してきた。

「拙い所は、多くあります。このままでは、うまくいく可能性も少ないでしょう。でも、少なくともクラウディア皇女殿下は、行動を起こしました。恐らくは、次代の皇家の中で只一人、何かを変えようとして」

「……そうですね。カムイくんの言う通りです」

 それに比べて自分は。カムイが声にしなかった言葉、がソフィーリアの胸に突き刺さる。

「話が長くなりました。ソフィーリア皇女殿下もお疲れでしょうから、俺はそろそろ失礼します」

「私が」

 その場を立ち去ろうとするカムイの背中に、ソフィーリア皇女の呟きが、聞こえた。

「はい」

「私が立ち上がると決めたら、貴方は私の力になってくれますか?」

「この身の全てをかけて」

「では、私は」

「と言いたい所ですが、それはお約束出来ません」

「はい?」

 焚き付けるだけ焚き付けて、ソフィーリアの願いを拒否するカムイ。まさかの返事に、ソフィーリアは呆気に取られている。

「俺の望みは、俺一人の物ではありません。少なくとも、今一緒にいる仲間が認めない限りは、きちんと明言は出来ませんね」

「ああ、そうね。でも、どうやって認めてもらえば良いのかしら?」

「会って話でもして下さい。何度も失礼ですが、クラウディア皇女殿下に比べれば、遥かに人を見る目を持っている者たちです」

「いつ会えるかしら?」

「こちらはいつでも。ただ元孤児の平民ですよ。城に上がれるのでしょうか? ましてソフィーリア皇女殿下との謁見なんて」

「ここで無理と言えば、それで終わりなのでしょう? 問題ありません、その彼らと会います。いえ、会わせてください」

 辺境領主の、それも無位無官の息子に対する態度としては異例のものだ。
 当然、それはカムイには好ましいものに映る。初見で、ここまでの好感を持つ事は、カムイにとって滅多にある事ではない。
 理由は分かっている。母の面影を持つソフィーリア皇女だからこそ。それが分かっていても、カムイは自分らしくもない行動を起こさざるを得なかった。
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