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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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初めての登城

 ディーフリートがE組の教室に現れた。始めの頃は、騒いでいた生徒たちも、いつもの事だと気にしなくなっている。わずかに女生徒の視線だけが、その姿を追いかけているくらいだ。

「やあ、皆、元気かい?」

「改めて聞くような事じゃないでしょう?」

「まあ、そうだけどね」

 カムイには、何となくディーフリートが浮かれているように見えた。ディーフリートの、こんな様子は珍しい事だ。

「それで、今日はどんな用件ですか?」

「今日はカムイじゃなくて、セレに用があってきた」

「私?」

 名を呼ばれて、セレネは軽く驚いている。

「そう。今週末、時間空いているかな?」

 ディーフリートの言葉に、教室の空気が、ざわりと動いた気がした。

「……空いていますけど」

「じゃあ、今週末、買い物に行かない?」

「買い物ですか?」

「あれ、忘れているのかい? 約束したじゃないか。防具をプレゼントするって」

 演習合宿の帰りでの話だ。自分の防具だけが、どこにでもある普通の物だと、ぼやいたセレネに、ディーフリートはプレゼントを約束していた。
 ただ、セレネは、それは慰める為の言葉だと思っていた。

「本気だったのですか?」

「本気に決まっている。良い店を見つけるのに時間が掛かってしまってね。ようやく先日、良さそうな店が見つかったんだ。さすが皇都だよね。武具屋が、あんなにあるとは思わなかった」

「わざわざ探して?」

「ああ、実家はお店で買うなんて事はしないからね。皇都のお店の場所を聞いても、誰も知らなくて。自分の足で探すしかなかったんだ」

 大貴族家ともなれば、武具職人を自家で抱えている家が多い。そうでなくても、購入するのは既成品ではなく、オーダーメイドが通常だ。店に行って買うことなどない。

「そうですか」

「一応、良さそうな物は見つけてある。でも実際に見てもらったほうが良いからね。それにサイズの調整もあるだろうし」

「そんな、大丈夫です。防具なんて高価な物、頂けません」

「心配しなくて大丈夫だよ」

「でも……」

「僕の気持ちだから。僕の大切な人を守る防具だ。良い物を身につけて欲しいと思うんだ」

「あっ……」

「ええ!? まさか、ディーってセレが好きなのか!?」

 ディーフリートの告白に、誰よりも先に驚きの声をあげたのはカムイだった。

「……驚くのは僕のほうだよ。君たちは、皆、知っているものだと思っていた」

「知らないよな?」

 アルトたちの方を見て、問いかけるが、返ってきたのは、三人のため息だった。

「あれ、俺だけ?」

「そうみたいだね?」

「しかし、ディー。相手はセレですけど?」

「それが何か?」

「ちょっと趣味が……」

「どういう意味よ!?」

 素早く反応したのは、やはり、セレネ本人だ。ここから、いつものやり取りが始まる。

「だって、ディーだぞ? 学院の人気投票第一位」

「そうだけど……」

 実際に人気投票などしていないが、それくらいの人気である事は、セレネも良く知っている。

「憧れている女生徒は数知れず。選び放題じゃないか。それが何で、セレを選ぶんだ?」

「……それだけ私が魅力的って事よ」

「それ、自分で言うか? しかし、ディーが、いやいや、あり得ない」

「うるさいわね! カムイには関係ないでしょ!」

 カムイの挑発に、怒ったセレネが声を荒げる。ここから、更に、カムイが挑発を繰り返すのでが、いつものパターンなのだが。

「そう。この件はカムイには関係ないよ。僕とセレ二人の事だ」

 少し不機嫌そうな声で、ディーフリートが割り込んできた。

「ディーフリートさん?」

「週末、良いよね?」

 優しく聞いてきているが、どこか有無を言わせぬ雰囲気がある。

「……はい、大丈夫です」

「良かった。じゃあ、楽しみにしているよ。待ち合わせは、五の鐘の時に、正門の前で」

「分かりました」

 セレネから、了解の返事を貰って、嬉しそうに教室を出て行くディーフリート。その姿が見えなくなった途端に、教室は大騒ぎになった。

「セレネとディーフリート様が? いつの間に?」

「嫌ぁあああっ! ディーフリート様ぁあああっ!!」

「これは久しぶりのゴシップだ。すぐに広めなくては!」

 女生徒はもちろん、男子生徒も大騒ぎだ。

「……こりゃ大変だ」

 大騒ぎしている生徒たちを見て、アルトがぽつりと呟いた。

「学院中に広まるのも、あっという間だよね?」

 それに、オットーが続く。

「セレは女生徒の半分は敵に回したな」

 更に、ルッツが物騒な事を言ってくる。

「嫌がらせとか来たりして」

 それに被せるオットー。

「女の嫌がらせ。怖ええ」

 アルトが、わざとらしく震えて見せる。

「ちょっと? 他人事みたいに言わないでよ」

 三人の態度に、セレネが文句言うが。

「いや、セレネさん、これは僕たちには他人事だよね?」

「オットーくんまで……」

 まさかのオットーに、冷たく返されて、茫然としてしまう。

「どうする?」

 そのセレネを見ながら、アルトがカムイに問い掛けた。

「これは無理だろ? 誤魔化そうにもディーのほうに隠す気がなさそうだ」

「諦めだな」

 どう考えても、ディーフリートは、わざと周囲に知らせようとしている。これでは、誤魔化しようがない。

「そんな事言わないでよ。ねえ、何とかならないの?」

「無理。一つだけ、手があるとしたら……」

「何?」

「セレが、ディーに相応しい女だという事を、周りに認めてさせることだな」

「……却下」

「まあ、そうだよな。それは無理だ」

「そういう意味じゃないわよ! それって私がディーフリートさんと……、その、付き合うって事でしょ?」

「付き合う。おおっ、何だか新鮮な言葉。ついに俺達の中にも、恋の話題が生まれた訳だ」

「「「…………」」」

「あれ?」

 浮かれた感じのカムイの言葉だが、それを聞いた周りの方は、白けた様子を見せている。
 それに戸惑うカムイに対し、アルトがわざとらしく、一つ溜息をついてから、口を開いた。

「お前は他人事じゃねえだろ? ヒルデガンドさんとの事はどうする?」

「ああ、あの件か。別にあんなの何でもないだろ?」

「公衆の面前で、男と女が抱き合って、何でもない訳ないだろ?」

「あれは事故。それにとっくの昔に手は打ってある」

「いつの間に?」

 アルトには、何かをした心当たりはない。

「ヒルダは、授業以外で俺の前に現れる事は無い。少なくとも、噂が完全に消えるまではな」

「そういえば、最近、教室で見ねえな。何だ、話したのか?」

「マティアスさんがな。変な噂が立つと俺が困ると言って、説得したみたいだ」

 本来は、ヒルデガンドも困るはずなのだが、本人には全く、そういう思いがない。そうであれば、側近であるマティアスが、動くしかない。

「出来た側近だねえ。話題に上がる事も減ってはいるようだし、このままなら大丈夫そうだな」

「だろ? これでセレの話が広まれば、生徒たちの関心は完全にそっちに移る。こう考えると良いタイミングだったな」

「良い訳ないでしょ! もう、ほんと酷い。カムイなんて、大っ嫌い!」

 目に涙を一杯に溜めて、セレネはカムイを睨みつけている。

「あっ……」

 それを見て、自分のやり過ぎを悟ったカムイ。だが、カムイが謝るより先に、セレネは席を立って、教室を出て行ってしまった。

「カムイくん、さすがに今のは、セレネさんにひどいよ」

「オットーくん、君のその言葉も俺にはひどい。一応、今、落ち込んでいるから、追い打ちかけないでくれ」

「落ちこむんだ?」

「俺を何だと思ってる? 今のは、さすがに口が滑った」

「そうだね」

「謝っとけよ」

 アルトも、今回は、カムイのやり過ぎだと感じている。

「分かってる」

「それこそ、あれが役に立つんじゃねえのか?」

「ディーがプレゼントするって言ってる。割り込んだら悪いだろ?」

「何の話?」

 カムイとアルトの会話が、オットーには、さっぱり分からない。

「セレの為に、防具を実家から取り寄せてたんだ。そういう約束だったからな」

「それって、お母さんの形見って奴だよね?」

「そう」

 これも合宿の時の話だ。セレネとの約束を、カムイも忘れていなかった。

「へえ、あげるつもりになったんだ?」

「なったけど、必要なくなったな」

「でも、セレネさん喜ぶと思うよ?」

 この話に関して、やけにオットーは積極的にカムイに話をしている。オットーには、そうしたい理由があった。

「人のお古よりも新品のほうが嬉しいだろ?」

「それはどうだろうね? 母親の形見をプレゼントされるなんて嬉しいと思うな」

「そうだな。これは、母が大事にしていた物だ、君にも大切にして欲しい、なんて」

 オットーの意見に、アルトも同調してくる。

「ええ、一生、大切にするわ、なんてな」

 そしてルッツも。ただルッツのは、少し悪乗りが過ぎた。カムイは眉を寄せて、怪訝そうな顔をしている。

「……お前等、何か企んでるだろ?」

「別に」「何も」「全く」

 白々しくカムイの指摘を否定する三人。多角関係作戦は、変わらず継続中の三人だった。

「あの?」

 四人がこんなやり取りをしている最中に、割り込んできた女生徒が居た。

「ん? ……クラウディア様?」

「ちょっと良いですか?」

「告白なら遠慮いたします」

 はっきり、嫌とは言い辛いので、カムイは、別の言葉を使ってみた。

「違います」

「プレゼントなら喜んで頂戴致します」

「違います」

「では、何の御用ですか?」

 残念ながら、クラウディアには、遠回しの拒否は、通じなかった。

「少し、お話ししたいのです」

「はあ、それは御馳走付でしょうか?」

「……お菓子なら用意出来ます」

 カムイが嫌がっている事は、さすがにクラウディアも分かっている。それでも今日は引く様子はない。

「お菓子……。それは美味しいですか?」

「はい。すごく美味しいです」

 カムイが話に乗ってきた事で、クラウディアの顔が一気に明るくなった。

「……じゃあ、話をお聞きしましょう」

 皇族が食べるお菓子への欲求に、負けてしまったカムイだった。

「本当ですか?! じゃあ、早速行きましょう!」

「はい? どこに?」

 ただ、ちょっと結論を出すのは、早計だった。

「自宅です」

「ああ、自宅ですか。自宅?」

「はい。他に話せる場所を知りません」

「……クラウディア皇女殿下のご自宅と言う事は?」

「お城です」

「ですよね。……あっ、図書館で話すなんていかがでしょう?」

 教室で話すだけと思ったから、カムイは了承したのだ。登城となると話は大きく違ってくる。カムイは自分の迂闊さを、大いに反省しているが、一度了承した約束を簡単には翻せないのが、カムイだ。

「会わせたい人もいるのです」

「会わせたい……。残念です。急に用を思い出しました」

 クラウディアが言う会わせたい人が誰だかは分からなくても、面倒な人である事に間違いない。さすがに、これは、受け入れたくない。

「では別の日でも良いです。いつが良いですか?」

 だが、カムイにとって残念な事に、今日のクラウディアは執拗だった。

「いつが良いでしょう?」

「私は、いつで構いません。カムイさんの都合の良い日を言ってください。それに合わせます」

「えっと、それは会わせたい人というのも?」

「はい、カムイさんのご都合に合わせて予定してもらいます」

「……やっぱり今日で」

 この件に関しては、珍しくクラウディアに引く様子がない。そうなれば面倒事は早く済ませようとカムイは考えた。

「はい。じゃあ、行きましょう」

「あっ、皆も……。居ない!?」

 さっきまで、席に座っていたはずのアルトたちが、いつの間にか居なくなっていた

「皆さんは、あそこに……。出て行きましたね?」

 腰をかがめて、こそこそと逃げ出すように教室を出て行く三人。実際、逃げ出したのだ。

「仕方ありませんね。二人で帰りましょう」

「はい……」

 クラウディアは、二人でと言ったが、実際に二人で城に向かうはずがない。正門を出た所に立派な馬車が待ち構えていた。
 クラウディアの身分が公になった事で、送迎の馬車も、こそこそと隠れる事無く、堂々と学院に現れるようになっていた。
 二人が馬車の横に立つと、前から御者が現れて、扉を開ける。慣れた様子で乗り込むクラウディアに続いて、乗り込もうとした所で、カムイの動きが止まった。
 馬車の中に居た、厳つい顔をした男性が睨むような目で、カムイを見つめている。

「……えっと」

「カムイさん、どうぞ」

「ああ」

 クラウディアに促されて、カムイが座ろうとすると、今度はボンボンと座席を叩く音が聞こえる。先にいた男が、自分の隣の席を手で叩いた音だ。

「あっ、そっちね」

 その意味に気が付いて、カムイは男の隣の座席に腰を下ろす。その男が軽く壁を叩くと、ゆっくりと馬車が動き出した。

「クラウディア様、本日の授業はいかがでしたか?」

 低い落ち着いた声で、男はクラウディアに話しかけた。厳つい外見に似合わない、優しい口調だ。

「とても為になりました。でも、戦略の授業は少し難しかったです」

「ほう、もう戦略学の講義が始まっていますか」

「はい。基礎が始まったばかりですけど」

「どういった点が難しかったのですかな?」

「弱者の戦略という所です。敵のいない所で戦う。勝てる所で戦うというような事を先生は説明してくれたのですけど、あまり理解出来なくて」

「……なるほど。分かりにくい所ですな。まあ、ある程度進めば、もう少し分かってくるでしょう」

 男自身は分かっているのであろうが、それをクラウディアに教えようとはしなかった。何もかも人に教わっては、自分のものにはならない。まずは自分の力で解決を試みる事が大切だと考えているのだ。

「そうだと良いのですけど。カムイさんはどうですか? 今日の授業分かりました?」

「…………」

 カムイの視線は、クラウディアとは正反対を向いていた。

「カムイさん?」

「ん?」

「何を見ていたのですか?」

「外です。知っている風景も、視点が変わると、がらりと雰囲気が変わるものだと思いまして」

 馬車が動き出してから、ずっとカムイは、馬車の小窓から外を見ていた。普段歩くよりも、少し高い視点から見ると、普段見えないものが見えてくる。それを楽しんでいたのだ。

「そう。弱者の戦略なのですけど……」

「話していた事は聞こえてました」

「カムイさんは理解出来ましたか?」

「クラウディア様は、何が理解出来なかったのですか?」

「例えば……、勝てる所で戦えと言っても、十あるうちの二で勝てても、それは勝ったことにはならないですよね?」

「そうでしょうか?」

「私、間違っていますか?」

「……視点を変えれば、物事は変わる、です」

 その言葉を告げると、カムイは、又、外の風景を眺め出した。

「あの?」

「……クラウディア様がお尋ねになっているのだ。お答えするのが礼儀ではないか?」

 クラウディアの戸惑う様子を見て、隣の男が、カムイに文句を言ってくる。

「ご自身で説明されては? 俺よりも、遥かに理解しているのでしょう?」

「儂が説明しては、いきなり結論になってしまう。それではクラウディア様のお為にならん」

「俺が話しても同じでは?」

 人から教わるという点では、誰が話そうと同じ事だと、カムイは思う。

「お前も所詮、学生だろう。すぐに正しい結論を導き出せるわけではない」

「まあ、そうですね。では、クラウディア様の言う十とは恐らく場所、領土とかを考えていますよね」

 少し居住まいを正すと、カムイは視線を、クラウディアに真っ直ぐに向けて、説明を始めた。

「はい」

「その視点が間違いだと私は思います。まず戦争に勝つために必要なものは何ですか?」

「強い兵、敵よりも多い数、優れた武器、防具。もちろん将もですね」

「それだけですか?」

「あとは……、戦略と戦術」

「他には?」

「えっと……、何ですか?」

 考えてみたが、クラウディアには他に思いつくことがない。

「例えば、有利な戦場。物資、それを運ぶ運送力。その為のお金。そのお金を生み出す経済力。兵の士気、民の意思。他にもあると思いますけど」

「はあ」

「これはどれが欠けても負けに繋がります。優れた将、強い兵、敵を凌駕する数を揃えても、食べ物がなくては戦えません」

「そうですね」

「大軍を揃えれば、それだけ多くの食料が、毎日消費される事になります。どんなに兵を揃えても食べ物が尽きれば、兵を引かねばなりません。兵を引かせれば、守るほうの勝ちです」

「はい」

「今のは一戦場を例にした単純な説明です。絶対に勝つには、ありとあらゆる全てで、敵に優っていなければいけません。これを逆から見れば、どれか一つだけでも優っていれば、勝てる可能性が生まれるという事になります。それが弱者が考える戦略だと思います」

「はああ、凄いですね」

 カムイの説明を聞いてクラウディアは目を丸くしている。

「お主、名はなんという?」

 男の関心が、初めてカムイに向いた。カムイが、まさかここまでの説明をするとは、想像もしていなかったのだ。

「カムイ・クロイツ」

「クロイツ……、クロイツ子爵家か。たしか、辺境領、それもノルトエンデだな?」

「はい」

 クロイツの姓だけで、男は、カムイの実家を言い当てた。

「クロイツ子爵は武勇に優れた領主だったと記憶しているが」

「強いのは確かですね」

 子爵本人の情報も知っているようだ。

「その息子が自分を弱者と言うのか?」

「そんな事、言いましたか?」

 カムイが口にしていない事を、男は問い質してきた。予め、誰かから話を聞いていた証拠だ。
 初めて聞いたような振りをしていたが、実家などの情報も、事前に調べていたのだ。

「奥方も魔法では優れた術者だな」

 カムイの問いを無視して、男は話を続けた。

「血の事を言っているのですか? それであれば、俺は養子ですから」

「養子?」

 この情報は、男は持っていなかったようだ。そうなると、大して深く調べていなかった事になる。

「孤児院で暮らしていた時に、養子に来ないかと誘われたのです」

「これから行くのは城だ。礼儀は大丈夫なのか?」

「それは、小さい頃に叩きこまれたので、ある程度は出来ると思います」

「なるほど、孤児といっても貴族の生まれか」

「生まれはホンフリート家です」

「ホンフリートか……。待て、ホンフリート家で生き残っているのは」

 悪評高いホンフリートの生まれと聞いて、がっかりとした男だったが、すぐに思い出した。ホンフリート家の者は、全員が自裁している。ホンフリートの生まれで生きているのはただ一人だ。

「お主、ソフィア・ホンフリートの息子か!?」

「はい」

「神聖魔法は? 神聖魔法は使えるのか?!」

「使えません」

「使えない?」

「はい」

「そうか……」

 カムイの返事を聞いて、がっくりと肩を落とす男。カムイには、何が何だか分からない。

「あの、それ、嘘ですよね?」

 カムイにとっての、余計な口出しを、クラウディアがしてきた。

「クラウディア様! それはどういう事ですか!?」

 嘘という言葉を聞いて、クラウディアに詰め寄るように迫る男。

「えっ、あの……、カムイさんは神聖魔法を使えるはずです。使えるのにそれを隠しているの」

「……それは間違いないのですな?」

「前に、傷は自分で治せるって言っていました。間違いないと思います」

「貴様!?」

 怒気を発して、今度はカムイに迫ってきた。カムイの方は、淡々とした表情のままだ。心の中では、クラウディアに毒づいているが。

「……何でしょうか?」

「何故、嘘をついた!?」

「嘘と決めつけないでください。クラウディア皇女殿下、皇女殿下は、俺が神聖魔法を使った所を見たことがあるのですか?」

「……無いです」

「では、俺が神聖魔法を使えるとは言えませんよね?」

「でも……」

「想像で話をしないでください。下手な風評で、迷惑を被るのは俺なのですよ」

「ごめんなさい」

「いえ、謝れとまでは言っていません。気を付けてくださいと言っているのです」

「はい……」

 とりあえず、今後の事も考えて、きっちりとクラウディアに釘を刺しておく。

「でも、何でそんな騒ぐのです? 神聖魔法なら、クラウディア皇女殿下が使えるではないですか?」

「私では駄目なの」

「話が全く分からないのですけど?」

「そうですね。始めからお話しします。実は、姉上は病気なのです」

「姉上、上の皇女殿下ですね? 病気というのは?」

 心の中では、皇族の病気なんて重要情報を、自分が聞いて良いのかと思いながらも、カムイは、クラウディアに質問をする。

「はい。命に係わるという事ではないのです。でも、いつも具合が悪くて」

「医者は? 当然見せたのですよね?」

 皇女の病気だ。国内最高の医師が診ているはずだ。

「原因が分からないと言うのです。だから完全には治せないって」

「……それで神聖魔法。でも駄目だったのですね?」

 クラウディアはもちろん、他の使い手も、治療にあたったはずだ。

「はい。私の神聖魔法では、一時的に体調は回復しても、すぐに元に戻ってしまうのです」

「もしかして、それを俺に直させようとして城に?」

「いえ、それは違います。カムイさんにも、姉上の味方になって欲しくて」

「俺にも……。もしかして他の生徒も会わせているのですか?」

「はい」

「そんな状態の皇女殿下を、継承争いに挑ませようとしているのですか?」

 クラウディアの話を聞いて、少しカムイは腹を立てている。病気の姉に、無理をさせるクラウディアの神経が、カムイには理解出来ない。

「でも、元気になればお姉様は……」

「それでも争いになる事に変わりありません。何故、長子である皇子殿下では駄目なのです?」

「それは……」

 カムイに皇子について、問いを向けられたクラウディアは、口ごもってしまう。姉の病気は話せても、皇子の事は話せないようだ。

「良いです。それは、聞かないほうが良いですね。知ってしまった事がばれたら、それだけで問題になりそうです」

「はい」

 クラウディアが肯定した事で、カムイは、めまいがしそうになった。どうやら将来の皇帝陛下は、問題のある人物のようだ。それはカムイたちの望みが叶えられるのが、益々困難になる事に繋がる。

「その……、いい加減、名前教えてもらえませんか?」

「近衛騎士団 顧問のゼンロックだ」

「顧問?」

「元近衛騎士団長と言った方が良いかな。解任された後も、無理を通して近衛騎士団に席を置いている」

「はあ。その顧問殿は、何を期待していたのですか?」

「お主がソフィア・ホンフリートと同じだけの力があれば、もしかして治せるのではないかと思ったのだ」

「そういう事ですか。母上を知っているのですね?」

「それはそうだ。儂は元近衛騎士団長だぞ。何度も会って話した事がある」

「近衛騎士団長と母上が? 勇者同行の件ですか?」

「いや、それは……」

 ここで、何故か言葉を濁すゼンロックだった。

「違うのですか?」

「いや、まあ」

 なんとも歯切れが悪い。視線をクラウディアに向けても、クラウディアも分からないようで、首を傾げている。

「ま、まさか?」

「何? 分かったのか?」

「ゼンロック顧問は、母上を口説こうとしたのですね!?」

「ええっ?!」

「違う! 儂じゃない、殿下だ! ……おわっ!」

 あっさりと口を割ってしまったゼンロック。自分が何を口走ったのか気が付いて、固まってしまった。

「……クラウディア皇女殿下」

 まんまと口を割らせたカムイも、やや茫然としている。

「何でしょうか?」

「ゼンロック顧問が、殿下と呼ばれる御方は?」

「一人しかいません。皇太子殿下、つまり、私のお父様ですね」

「ですよね……」

「「ええっ!!」」

 カムイとクラウディア、二人の思いが、初めて同じになった瞬間だった。

「しまった。儂とした事が……」

「いや、でもそんなに秘密にしなければいけない事でもないですよね?」

 酷く落ち込んだ様子のゼンロックに、少し可哀そうになったカムイが慰めの言葉をかける。

「うむ、まあ」

 それでもゼンロクの歯切れが悪いのは変わらない。

「まだ、何かあるのですか?」

「嫌、そんな事は無い」

 ゼンロックは、根本的に、嘘をつくのが下手なようだ。

「……お父様に聞いてみようかしら?」

「クラウディア様!」

 クラウディアにしては、中々に、上手いやり方だ。ゼンロックは、まんまと引っ掛かって、焦っている。

「何かあるみたいだ」

「そうですね」

「……分かりました。お話しします。いずれにしろ、カムイをソフィア様に会わせるのですからな」

「ソフィア様? ソフィーリア様では?」

「愛称なのだ」

「俺の母上の名と同じだ」

「つまりは、そういう事なのだ」

 ソフィーリア皇女の愛称は、カムイの母親の名からきていると、ゼンロックは言っている。これが、意味する事は。

「ソフィーリア皇女殿下は母上の子供?」

「ええっ?!」

 これにはクラウディアも驚きだ。

「違う! そうではない! ソフィーリア様の名前は、ソフィア殿から来ているとだけの話だ」

「それって」

 では、何故、そうしたのかという疑問が残る。

「全てをお話ししますから、クラウディア様は、お怒りになられませんように」

「……分かりました」

 これを言うという事は、怒らせるような事を話すという事。クラウディアは、曇った表情を見せながらも、了承の言葉を口にした。

「殿下がソフィア殿を見初めたのは、妃殿下とご結婚になる前の事です。一目惚れ、まさにこれですな。ソフィア殿は、それはそれは美しいお方でした」

「まあ、母上は世界一の美人だからな」

 ゼンロックの言い様には、カムイも納得顔だ。

「マザコン?」

 クラウディアは、このカムイの態度を、少しだけ、からかうつもりだったのだが。

「それは認めます」

「認めるのですね……」

 カムイが肯定してきて、少し引く事になった。

「先に進めます。殿下の強い希望で、婚約者候補になったまでは良かったのですが、なんと言っても、実家がホンフリートですからな。周囲の者は、正妃としては決して認めようとしませんでした」

「でしょうね。あのジジイじゃ、舞い上がって、何をしでかすか分かったものじゃない」

「そういう事だ。それでも殿下は、ソフィア殿との婚姻を求められた。殿下の強い意思を知らしめれば、周囲の反対は、何とかなると考えたのだ。それは間違いではない。ソフィア殿以外の正妃はいらない、何て言われては反対し切れんからな」

「でも、母上は候補で終わってます」

「本人がな。首を縦に振ってくれんかった。ホンフリート家に権勢を与えてはいけない。そう言い張っておった」

「さすが母上」

「そうこうしている内に、勇者同行が決まり、ソフィア殿は旅立った。そして、誰もが亡くなったと思ったのだ」

「それで皇太子殿下もあきらめた」

「まあ、色々あったがな。周りも気を使い、少しでもソフィア殿に似た女性を殿下のお相手にと。それが妃殿下だ」

 クラウディアに怒らないで話を聞いて、と言った理由がこれだ。だが、ゼンロックの願いは無駄に終わった。クラウディアの表情は、普段は見せない不快な感情を表している。

「酷い。母上はソフィア殿の代わりですか?」

「怒らないでくださいと申しました。この事は妃殿下もご存じだ。そうでなくては、ソフィア様の名を許す訳もない」

「……確かに」

 ソフィーリア皇女は、皇妃の娘。その娘の名を、ソフィアに由来するものにしたのだから、少なくと恨んではいないはずだ。

「幸いにも、お二人の仲は睦まじく、殿下も、きちんと別の女性として妃殿下を愛されておる。これは儂が保証します」

「そう」

「ただ問題は」

「問題が?」

「ソフィーリア様が、ソフィア殿の面影を持って生まれてきた事。大きくなってからは益々に似てきたように感じる」

「……それはない。母上は唯一無二の美人だ」

 ゼンロックの言葉を、きっぱりと否定するカムイ。カムイの筋金入りのマザコン振りを、クラウディアもゼンロックも思い知らされた。

「……まあ、そっくりという訳ではない。それでも殿下は、ソフィア様にソフィア殿の面影を重ねられた。それだけなら良いのだがな」

「まだあるのですか?」

「ここからはクラウディア様もご存じの話。次代の皇太子は、その、あれなのだ。あれというのは、つまり……」

「まあ、それで意味はわかりますから、細かくは良いです。言い辛いですよね?」

「助かる。一方でソフィア様は幼い頃から聡明な方でな」

「それはつまり、次代の皇太子争いは、今の皇太子殿下がきっかけなのですね?」

「そうだ」

「こう言ってはなんですが。それは皇族として、どうなのですか? 個人の感情で、無用な諍いを生み出すなんて」

 こういった諍いが、国を滅ぼすきっかけにもなる。皇太子のやり様は、軽率なものだと、カムイは思った。

「それを言われると儂も耳が痛い。もっと早い段階で、御諫めするべきだったのだ。言い訳に聞こえるかもしれないが、殿下は決して、後継ぎにと明言した訳ではないからな? ただ寵愛がソフィア様に傾きすぎていた」

「それで周りが勝手に動き出したと」

「そういう事だ」

「皇太子殿下の口から、はっきりと後継ぎを告げれば良いのではないですか?」

「殿下には、まだその資格はない。それが出来るのは陛下だが、陛下であっても、次の次の皇帝位を定めるのはおかしな事だ。それにな。殿下が少しお怒りなのだ。勝手に周りが動いたと簡単に言ったが、すごいものだったのだ。あっという間に、東西が二つに分かれて対立。そこに更に第三勢力まで立ち上がる始末」

「自業自得です」

「そう言うな。貴族の動きは、儂から見ても目に余るものがある。殿下はその事にお怒りなのだ」

「……それで新しい宰相を推挙し、権力を貴族から奪おうとしていると」

「ほう、よく知っているな」

「中央の混乱で、迷惑を被るのは、俺たち辺境の者たちですから。半分は推量だったのですが、これで事実だと分かりました」

 カムイの推測を、事実だと認めてしまったのは、ゼンロックだ。やはり、駆け引きに向く性格ではない。

「なんともまあ。クラウディア様、貴方の同級生は、とんでもない男ですな」

「買い被りです。俺の世代には俺なんかより、もっと凄い人たちがいます」

「例えば?」

「ディーフリート。王の器を持つ男です」

「それは……」

 ディーフリートの事は、当然、ゼンロックは知っている。西方伯家の子息であり、ソフィーリア皇女の婚約者候補なのだ。

「その人を決して手放さない事ですね。皇太子継承争いを本気で行うつもりであれば」

 こう告げながら、カムイの頭の中で、新しい絵図面が描かれていく。
 辺境が、他種族が穏やかにこの国で生きていくためには、どのような形が一番良いのか。
 その絵図面の、最大のピースの一つと。カムイはこれから会う事になる。
+注意+
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