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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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試作品お披露目会

 帝都の裏通りを歩く生徒たち。
 一緒に来た生徒たちは、重い荷物を抱えながらも、前を歩くカムイに置いていかれまいと、必死に付いていっていた。
 薄汚れた路地。怪しげな人々の視線が、初めてここを訪れた生徒たちの不安を煽っている。
 もっとも、そんな不安な思いも、何とも卑猥な服装の女性たちが、気軽に声を掛けてくるようになってからは、かなり薄れ、今は笑いを堪えるのに必死だ。

「カムイくん、今日こそ寄っていきなよ」

「良い」

「カムイ! サービスするよ! どう、今晩!」

「いや、良いから」

「カムイ、初めては絶対にあたいだからね。別の女に手を出すんじゃないよ!」

「それは俺が決める事だ」

「カムイ!」

 多くの娼婦たちが、冗談か本気か分からない誘い文句を、カムイに向かって投げかけてくる。

「うるさい! 俺はまだ学生だぞ!」

「また照れちゃって。これだから童貞は仕方がないね」

「余計なお世話だ!」

「いつでも相手するよ! カムイだったら、タダで良いから!」

「……タダ?」

 娼婦たちの誘いを、面倒くさそうに振り払っていたカムイの足が、不意に止まる。

「ああ、あんただったらね」

「…………」

「何考え込んでるのよ!」

 黙り込んだカムイに、すかさずセレネの怒声が飛ぶ。

「おやおや、セレネちゃん、ヤキモチかい?」

「違います!」

 カムイへの突っ込みをきっかけに、娼婦たちの的は、セレネに移った。

「あんたが相手してやらないからだよ。ぼやぼやしてると奪っちゃうよ」

「私は」

「何だったらあたいが教えてやろうか? 男をメロメロにする技をさ」

「必要ありません!」

「それは甘いね。男を掴むのは、料理の腕と夜の技だよ」

「そうそう。とびっきりのテクニックを教えてやるよ」

「もう、嫌っ!」

 セレネもすっかりここの住人たちに顔を覚えられていた。このやり取りも、今では、お約束のようなものだ。
 やたらとカムイを誘う娼婦たち。それにセレネが文句を言うと、今度はからかう相手をセレネに変えてくる。
 毎度毎度の事なのだが、それに素直に反応してくるカムイたちは、娼婦たちには格好の遊び相手だった。

「なんとまあ、お前たち随分と人気者だね」

 からかう様な口調で話しかけてきたマリーだったが、その顔を真っ赤だ。声を掛けてくる娼婦たちと同じ、すれた言葉遣いをしているが、マリーも実際の育ちは良家のお嬢様だ。娼婦たちの会話は刺激が強すぎる。

「面白がってるだけだ」

「それはそうだろうけど」

「なんだ?」

「裏街の人間も随分と明るいんだね?」

「それはそうだろ。どこでどんな暮らしをしていようが、生きている事に変わりはない。それに辛い境遇であればあるほど、笑いが欲しくなるものだ」

「……なるほどね」

 カムイの言い様は、まるで自分の事を話しているようだ。それが、少し気になるマリーだが、聞く事は止めておいた。

「ああ、着いた。ほら、ここだ」

「……ここ?」

 カムイが指し示した建物を見て、マリーは呆気にとられている。ここを最初に訪れる者の、いつもの反応だ。

「そう」

「食堂にはとても見えないね」

「外観はな。中はちゃんとした食堂だ。入るぞ」

 入り口の扉を開けて中に入るカムイ。開けた扉から見える中は、確かに食堂だ。

「驚いたでしょう? 私も最初連れてこられた時は、絶対に騙されたと思ったわ」

「ああ、そうだろうね」

「さっ、入りましょう。重い荷物を持ったままじゃあ、皆大変よ」

「そうだな。ほら、扉を開けておくから、先に入りな」

「はい。入り口狭いから気をつけろ、ちょっと下げるぞ」

 建物に荷物をぶつけない様に、慎重に運び込む生徒たち。無事に中に入った所で、目の前に現れた店員に、又、驚くことになる。とても堅気には見えない強面の男が、生徒たちを迎えていた。

「おお、持ってきたか。調理場はカウンターの奥だ。そこまで運んでくれ」

「こっちこっち」

 奥の方からカムイの声が聞こえる。

「大将、こんにちは」

「ああ、セレネ嬢も一緒か。どうせ、カムイに巻き込まれたんだろ?」

「そう。いつもの事よ」

 セレネもすっかり顔なじみだ。大将の強面など、全く気にしている様子はない。

「それで、こちらの嬢ちゃんは?」

「今回の件で、一番巻き込まれたマリーさん。これを作った人よ」

「マリーです。よろしく」

 セレネに紹介されたマリーは、大将に向かって、しおらしく挨拶をする。

「ほお、嬢ちゃんがな。その年で大したもんだ。他の生徒も巻き込まれた口だな」

「そう。紹介は後でね。とりあえず荷物を置かないと」

 男子生徒たちは、ずっと魔道具を抱えたままだ。挨拶どころではない。

「そうだな。カムイが中にいるから、指示に従ってくれ」

「はい。じゃあ、皆、奥にいきましょう。調理場の入り口は、更に狭いから気をつけてね」

「「はい!」」

 設置と起動が終わると、しばらくは待っているだけの退屈な時間になる。水を満たして、お湯が沸くまでには、それなりに時間が掛かるのだ。
 もっともそれは最初だけで、一度、湧いてしまえば、使った分の水を補充していくだけなので、一度に大量のお湯を使わない限りは、短時間で沸騰状態に戻る。

「はい。飲み物ね」

 セレネが慣れた様子で、厨房から飲み物を運んできて、皆に配りだした。

「……いつも来ているのかい?」

「まあ。カムイに付き合わされてね」

「付き合わされてだと? 好きで付いて来ているくせに」

 セレネの言い様に、カムイがすかさず文句を言ってきた。

「そうなのかい?」

「本当はね。ちょっとした小遣い稼ぎ。小遣い稼ぎにはならないか。節約ね。店の手伝いをした分、ご馳走になってるのよ」

 セレネは、ちょっとしたアルバイトをしているのだ。

「あんた、辺境領の貴族の娘だよね?」

「そうよ」

「それが、こんな店の手伝い?」

「こんな店はないわよ。量もあるし、美味しいし、何よりも安い。良いお店よ」

「だから、何故、安い店を好むんだい? 辺境領の貴族って事は、元は王族だろ?」

「だから?」

 マリーの勘違いに、直ぐに気付いて、セレネはもう苦笑いを浮かべている。

「贅沢な暮らしをしているんじゃないのかい?」

「ここにも世間知らずが一人いた」

「世間知らず?」

「辺境領の暮らしが、どういうものか知らないもの。中央の何倍もの税を、吸い取られていて、領主であっても贅沢なんて出来ないわ。王都の住民とそう変わらない生活だと思うわ」

「……知らなかった」

「魔法ばっかり勉強しているからね。でも、マリーさんの父親、は魔導士団長よね? その立場でも、そういう事を教えないの?」

 魔道士団長は、宰相、騎士団長と並ぶ、三役の一つだ。国政の頂点の一人と言っても良い地位になる。但し。

「父親の興味も、魔導と魔法にしかないからね。辺境に興味を持つとしたら、独自に伝わる魔導や魔法の事くらいさ」

 魔道士団長に関しては、マリーの父親の様なタイプが多い。政治になど興味を持たない者が多いのだ。

「なるほどね。さすがと言うべきかしら?」

 魔導一筋と、セレネは捉えたセレネだが。

「褒める事じゃないよ。魔導士としてはともかく、人としては最低の男さ」

 マリーは、セレネの勘違いだと、否定してきた。

「……嫌いなのね?」

「まあね」

「なるほどね」

「なんだい?」

 マリーは、妙に納得した様子のセレネが気になった。

「案外、カムイと似ているのかもね」

「「はあ?」」

 セレネの言葉にカムイも、マリーと一緒に驚きの声を上げた。

「ほら、気が合うじゃない」

「セレが変な事を言うからだろ? どうして、俺がマリーさんと似ている事になる?」

「カムイも生家の事は嫌いじゃない」

「たったそれだけで? そんなの他にもいるだろ? そもそも、俺は親の事は嫌いじゃない」

「そうだけど、何て言うの? 人嫌いな所あるじゃない」

「……貴族嫌いと言ってくれ」

 完全には否定出来ないカムイだった。

「それは認めるんだ?」

「認めないほうがおかしい。俺が幼年部で、どんな目に合ったか知っているだろ?」

「まあね。でも、それにしてはねえ」

「何だよ?」

「その貴族の代表みたいな人とは、随分と仲が良いみたいだけど」

 それが誰であるかは、今となっては、この場に居る全員が分かる。合宿以降、カムイとヒルデガンドの関係は、学院中の興味の的になってしまっているのだ。

「誤解を生むような発言はやめてくれるかな。ちょっと話をするようになっただけで、仲が良い訳じゃない」

「……ねえ、どう思う?」

「えっ、私?」

 いきなりセレネに話を振られてマリーは少し驚いた。セレネには、こういう所がある。カムイやマリーとは違って、人見知りする事なく、誰とでも同じように接するのだ。

「あれを仲が良いと言わないで、どれを言うのかしらね?」

「ま、まあね。というかヒルデガンドがあんなだなんて、私は知らなかったよ」

「そう言えば、マリーさんってヒルデガンドさんと親しいの?」

「親しくはないね。ただ、学院に入る前に、何度か会った事がある程度だよ」

「親同士の繋がりって事?」

「そう」

「じゃあ、ディーとか、オスカーさんとも会っているの?」

「ディー?」

「……ディーフリート、さん」

「おやぁ? 愛称で呼んでるのかい?」

 マリーの顔に意味ありげな笑みが浮かぶ。
 こっちの方は周囲には広がっていない。ディーフリートはカムイと親しいというのが周囲の認識で、セレネとの直接の接点は知られていなかった。

「内緒だぞ。実はセレは、ディーのお妾さん候補なんだ」

「お妾さんって言うな!」

「そうなのかい? へえ、あのディーフリートがね。真面目一辺倒な奴だと思っていたのに、案外やるもんだね」

「い、いや、だから違うから」

「どうでも良いけど、面倒な相手を選んだね。あんただったら、他にいくらでも居るだろうに」

 女性の目から見てもセレネは美人だ。それとなく思いを寄せている男子生徒もいるのだが、そういう事に全く鈍感なのは、セレネとカムイが似ている所。今も、ディーフリートとの話を聞いて、何気に一緒にいる魔導研究会の男子生徒二人が、がっかりしている事にも気がついていない。

「……居ないから」

「まあ、ディーフリートみたいな男は居ないね」

「そういう意味じゃないわよ」

「何だか、あんたたちは、学院の話題を、全てかっさらっていく感じだね」

「たち?」

「お前だってだろ? 合宿の時のヒルデガンドとの抱擁は、学院に衝撃を与えたからね」

 学院の男子生徒の憧れの的であるヒルデガンドに、恋人が居て、しかも相手は、E組の辺境領主の息子。驚くなという方が無理だ。

「……それ言うな」

「これでディーフリートと……、セレネって呼んで良いかい?」

「もちろんよ」

「セレネとの関係が広まったら、男子も女子も大騒ぎになるよ。まして学院の外に広まってみな。どうなっても知らないよ」

 マリーは、敢えて冗談めかして言っているが、実際に外部に広がれば、只事では済まない。皇家と方伯家が絡む、大事件に発展する可能性があるのだ。

「大丈夫。その辺の工作に抜かりはない」

「何かしてるのかい?」

「俺とセレが付き合っているという噂を、アルトが全力で広めてる」

 困ったときのセレネ頼み。だが、今回は、セレネにとっても利がある。ディーフリートの事が学院に広まれば、女生徒から、どんな仕打ちを受けるか分からないのだ。

「……あんた、そんな事に、大事な臣下を使うんじゃないよ」

「これだって大事だ。俺は東方伯家に恨まれて、平気な顔をしていられるほど、馬鹿じゃない」

「馬鹿じゃないだろうけど、お前だったら平気な顔してそうだ」

「どういう意味?」

「そういう意味だよ」

「それじゃあ、まるで俺が、とんでもなく鈍感みたいじゃないか?」

「鈍感よね?」

 セレネが嬉しそうに突っ込んできた。カムイの鈍感さは、セレネにとって、数少ない突っ込み所だ。

「セレネには言われたくない」

「何でよ?」

「セレネのほうが余程、鈍感だろ?」

 カムイもセレネの鈍感さには、常に呆れている。

「私はそんな事ないわよ」

 自分が鈍感であると気付かない程、鈍感なのだ。

「いやいや。ねえ、セレネって、男心に鈍感だよな?」

 今度はカムイは、いきなり男子生徒二人に話を振った。

「ま、まあ、そうかな」

「そうだな」

「ちょっと? ええっ? 私のどこが鈍感なの?」

 さすがに、カムイ以外にまで、鈍感だと言われると、セレネも気になる。

「ほら、セレネ。先輩方が困っているじゃないか。ダニエルさんもマイクさんも、そう思っているという事は、五人中三人がセレネは鈍感と感じている事になる。圧倒的な多数の支持を得た意見だな」

「それこそ、カムイに言われたくない。今日は不利だわ。これでアルトとルッツ、オットーがいれば、私のほうが多数なのに」

 三人は、常にカムイの鈍感さを口にしている。

「その三人も、セレネが鈍感である事には同意すると思うけどな」

「……もう、鈍感を競うのは止めましょう」

 カムイの言葉を否定出来なくなったセレネだった。

「じゃあ、何の話にする?」

「せっかくだから、マリーさんの話で」

「いや、私は良いよ。話題にされるのは好きじゃないね」

「でも、普段出来ないから。そうね。じゃあ、マリーさんはどういう男子が好み?」

「はあ?」

 マリーが嫌がっているにも関わらず、セレネは、とんでもない質問を放りこんできた。

「えっ? だって好みくらいあるでしょ?」

「無いね」

「またまた。じゃあ、分かり易く。カムイとアルトとルッツとオットー。誰が一番好み?」

 全く、容赦のないセレネだった。

「い、いや、それは」

「居るんだ。好みの男子が」

「……居ない」

「だって居ないなら、最初に居ないって言うわよね? それが答えに詰まったてことは、言いづらかったって事でしょ?」

 自分の事は鈍感なくせに、他人の事になると途端に鋭くなるセレネだ。こういう所も、実はカムイと似ている。

「そんな事ないよ。私はね、ガキには興味ないんだよ」

「まあ、確かに四人ともガキね。それも悪ガキってやつ」

「失礼な事を言うな」

 セレネの言い様に、文句を言ってくるカムイだが。

「あのね。女子のお風呂を覗こうとする奴らの、どこが悪ガキじゃないのよ?」

「あれは……」

 セレネに、とびっきりのカードを切られて、何も言えなくなる。

「あんたら、そんな事してたのかい?」

 合宿所を抜けだしていたマリーは、この事を知らなかった。呆れた様子でカムイに聞いてくる。

「そうなのよ。合宿の時に覗こうとして、それが見つかって立たされてたのよ」

「合宿……」

「そう言えば、マリーさんいた? お風呂場で会ってないわね」

 そしてセレネは、マリーが合宿の時に仕出かした事を知らされていない。マリーが答えに困る質問をしてきた。

「私は風呂が嫌いなんでね」

「そうなの? でも、あんなに汗をかいた後だと、入りたくならない?」

「そ、それはね」

「セレ、察してやれよ」

 マリーの窮地に、カムイが助け舟を出してきた。

「何を?」

「マリーさんはな、自分のささやかな胸を見られたくなかったんだよ」

「ふざけんな!」

 カムイなりの助け方なので、ありがた迷惑になってしまうが。

「事実だ」

「テメエ」

 フォローとは言えないようなフォローだったが、とりあえず話を逸らす事には成功した。

「ねえ、どうしてカムイは知っているのよ? あっ、怪しい。まさか、別の所でも覗いているの?」

「そんな事するか!」

「じゃあ、どうして?」

「逃げる時に疲れたマリーさんを背負ってたからだ。背中に当たるのは、固い感触しかなくて」

「いい加減にしろ!」

 事実だとしても、事実だからこそ、マリーは怒らないではいられない。

「もう、そうやって、すぐに人をからかう。カムイの悪い癖よ」

「癖じゃない。これは趣味だ」

「「もっと悪いわ!」」

「そうカリカリするなよ。ダニエルさんとマイクさんが驚いてるだろ?」

 すっかり満足した様子のカムイ。一仕事終えたという雰囲気だ。

「あっ、ごめんなさい」

 カムイの言う通り、二人が呆気に取られている様子なのを見て、セレネが謝罪を口にする。

「いや、そうじゃなくて。僕らが驚いているのは……」

「何?」

 二人の視線が、自分に向いている事に気付いたマリーは、怪訝そうな顔で、理由を尋ねる。

「会長が普通にくだらない、と言ったらあれだけど、こういう話題を楽しそうに話しているから」

「私? あっ、まあ、そうだね……」

 少し恥ずかしそうにしながらマリーは二人の話を肯定した。この態度も又、二人を驚かすものだ。

「普段は話さないの?」

 二人の話を聞いて、不思議そうにセレネが問いかけてきた。

「会長は魔導の事に関しては雄弁だけど、それ以外はあまり」

「会長なんて、よそよそしい呼び方しているからじゃない? 先輩なんだから、呼び捨てにすれば良いのに」

「いや、会長は魔道士団長の娘だから。馴れ馴れしい態度はちょっと」

 魔導研究会に入るような生徒だ。親は魔道士団員である者がほとんど。方伯家と従属貴族ほどではないにしても、やはり実家の上下関係が、子弟にも及んでいる。

「それは勿体無いな。こう見えてマリーさんは中々に、からかい甲斐がある人だ」

「どういう意味だい?」

「そういう意味だ」

「……全く」

「勝った」

 カムイにとって、満足できる結果が続く、実に楽しい場だ。

「何の勝負よ。でも、そうなのね。興味ある事しか話さないなんて、そういう所は、アルトに似てるわね」

「なっ?」

 セレネの話に、やや大袈裟な反応をマリーは示した。

「アルトもそうよね。無愛想なんだけど、自分が興味がある事に関しては、雄弁になるもの」

「そ、そうなのかい?」

 明らかに動揺を見せているマリー。これをカムイが見逃すはずがない。

「ほっ、ほう」

「……何だい、その気持ち悪い相槌は?」

「いやあ。そうか、アルトね」

「だから何だい?」

「別に。この話題は、じっくりと温めてからにしよう。そのほうが面白そうだ」

「……てめえ」

「その言葉は認める事になるけど?」

「……何をだい?」

 カムイの挑発を何とか堪えたマリーだった。

「まあ、それが無難だな」

「また悪巧み。マリーさん、気を付けてね」

「こいつに対しては、気を付けても無駄じゃないかい?」

「それは言えてる。ちょっと隙を見せると、もう駄目よね」

「天性の策士だね」

「人聞きが悪い。こんな真面目な俺を策士だなんて」

「……どの口がそれを言う?」

「「この口が」」

 カムイとマリーの言葉が綺麗に重なった。

「あっ」

「勝ったね」

「ま、負けた」

「だから、何の勝負よ?」

「随分と楽しそうだな」

 会話が一区切りするのを待っていたかのように、大将が声を掛けてきた。

「おっ、大将。どうだった。使ってみた感じは?」

「悪くないな。放っておけば湯が沸く。それも勝手に補充してくれるってのは助かる」

「好感触だな。このまま使えそうな感じ?」

 大将の反応は悪くない。ただ、カムイが目指すのは、もっと上だ。

「うむ……」

「どんな所が駄目だった?」

 黙り込むという事は、このままでは駄目だという事だ。

「ちょっとした事だがな」

「それはどんな所ですか? 詳しく聞かせてください」

 渋る大将に対して、マリーが説明を求めてきた。

「敬語?」

 がらりと態度を変えたマリーに、カムイは驚いてしまう。

「私だって、これくらいの分別あるんだよ。ていうか茶化すなよ。大事な話なんだから」

「悪い。じゃあ、大将、気が付いた事を教えて」

「ああ。まずは排水口がない」

「……排水口」

 マリーの頭には全くなかった単語だ。

「普段は良いが、掃除の時や、単純に水を入れ替えたい時に、すくい出すしか方法がないのは面倒だな。下の方に排水口があって、ちょっと捻れば水を出せると助かる」

「そうか。掃除の事なんて考えてなかったです。大型化すると、そういう事もありますね」

 元はお茶用の小さな湯沸かし器だ。手で持って洗えたので、掃除の事など、全く頭になかった。

「出来るかな?」

「やれない事はないと思います。改良点として取り組んでみます」

「そうか。後、もう一つあるのだ」

「それは?」

「熱だな。あれ自体が、結構な熱を出す。常に火を焚いている厨房で、さらに温度があがるのは、ちとキツイな。ただでさえ、夏なんて暑くてたまらんのだ」

「それは……」

 大将の話を聞いて、マリーは顔を曇らせている。それの意味する事は明らかだ。

「難しいのかな?」

「少し。いえ、かなりです。これも大型化の弊害ですね」

 水を沸騰させるのだ。それなりの熱量が必要になる。大きさからして、台所に、かまどを一つ追加したようなものだ。暑くなるのは当然と言える。

「そうか」

「でも考えてみます。うまく魔法の出力を制御して……」

「もっと簡単に考えたら?」

 悩むマリーに、カムイが助言してきた。

「どういう事だい?」

「例えば、周りを木で覆うとか、うまく熱を外に漏らさない素材があれば、それを使うとか」

「……なるほどね。魔導の工夫だけが全てじゃないね」

 元々、こういう考えで作った製品だった事を、マリーは思いだした。

「そういう事。実用的にするには、どちらかと言えば、そういう工夫の方が良いと思うな。魔導を複雑にすれば、それだけ事故が増えそうだ」

「確かに」

「他にもあるかな?」

 更に、カムイは大将に問題点を尋ねる。

「今日の所は、こんなものだな。使っているうちに、また何か出てくるかもしれんが」

「それが必要なんだ。ちょっとした事でも良いから、気づいた事を教えて」

「ああ、分かった。さてと飯食っていくだろ? 奢るぞ」

「やった!」

 奢りと聞いてカムイは喜んでいる。そして、その後ろでもセレネが、さり気なくガッツポーズをしていた。

「マリー嬢だったな。良い物を考えてくれたな。儂も協力するから、是非とも、あれを誰でも使えるものにしてくれ」

「あっ……。はい。頑張ります」

 大将の言葉を受けて、マリーの顔が赤らんだ。

「へえ」

「何だい? 何か文句あるのか?」

「いや、そうじゃなくて。良いものだろ? 人に喜ばれる物を作るのって」

「……まあね」

 魔法の才能を褒められた事は何度もある。だが、大将の褒め言葉は、その時とは違った嬉しさを、マリーに感じさせてくれていた。純粋に喜んでもらえている。それがどうにも嬉しかった。
 こんな喜びを得られる、きっかけを作ったのがカムイだと思うと、何とも複雑な感情が湧いてくるのだが、それでもやはり、嬉しさが消える事はない。
 自分は魔導が、人に喜ばれる魔導が好きなのだ。マリーは今日、はっきりと、それが分かった。
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