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魔王の器 作者:月野文人

第四章 大陸大乱編

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生み出されたもの

 草花が生い茂る緑の平原であった戦場はすっかりその様相を変えている。地面は激しく隆起し、ところどころ崖が出来上がっている。生えていた草花は燃えさかる炎で焼かれて灰になり、荒れ狂う風がそれらを全て吹き飛ばし、緑の平原は土がむき出しの荒涼とした大地に変わっていた。
 そのむき出しの大地の上には、ノルトエンデ軍であろうとルースア帝国軍であろうと、人族であろうと魔族であろうと関係なく殺された人々の骸が晒されている。
 それでもまだ精霊と神族の攻撃は止まない。逃げ惑う人々に襲い掛かりさらなる屍を増やしていく。

「クラウディアを殺そうとしても無駄です。彼女は人の手では殺せません」

 依り代であるクラウディアをルキフェルがそのままにしておくはずがない。クラウディアの魔力を全て自身の回復に向けるようにさせていた。さらに足りなくなればルキフェルの魔力の一部を与える。そうすることでクラウディアが殺されないようにしていたのだ。
 これにはただ依り代だからというだけでなく、クラウディアを弱点のように見せて罠にかけるという考えもあった。ルキフェルも最低限の策は用意していたのだ。

「だったらそこをどけ。俺の邪魔をする必要はないだろ?」

 クラウディアを殺そうと動いたカムイだったが精霊の攻撃に邪魔をされ、思うように近づけないまま、ルキフェルが追いつくのを許してしまっていた。

「邪魔をするつもりはありません。ですが貴方には自分が何をしでかしたかを、きっちりと分かってもらう必要がありますので」

「……心当たりがあり過ぎて分からない。今は忙しいからこの件は後にしてくれ」

「そんな冗談で誤魔化せると思っているのですか?」

「まさか俺が誤魔化せると思っていると思っているのか?」

「……全く反省する気がないようですね?」

 今この状況で自分をからかってくるカムイにルキフェルは怒りを覚えている。ルキフェルはカムイを追い込む為に追いかけてきたのだ。

「だから言った。反省することは山ほどあってどれのことだか分からないと」

「今の状況です。多くの人が命を落としている。しかもこれで終わりではありません。この先、大陸中でこの何十倍、何百倍の人々が死んでいく。それは全て貴方のせいなのですよ?」

 ルキフェルは自分が犯した罪の重さを思い知らせて、カムイを後悔の念で押しつぶしたいのだ。後悔の念を抱かせて、それに許しを与えることなく殺したいのだ。

「だとすると前言撤回だ。心当たりは全くない」

「……忠告をしたはずです。世界を乱すような真似をするなと。その忠告を無視した結果がこれなのです」

「だったら俺一人を殺せばいい」

「それで終わらせようとしたのに貴方はそれを許さなかった。この世界の人々の命よりも自分の命を優先させたのです」

 この惨劇の責任は全てカムイにある。そう訴えるルキフェルであるが。

「……殺せなかったのはお前が間抜けだからだろ?」

「何ですって?」

 カムイにあっさりと返されることになった。

「俺は自分自身を清廉潔白だなんてこれっぽっちも思っていないがお前よりはマシだ。少なくても自分の罪を人に押しつけることはしない」

「……まるで私に責任があるみたいな言い方ですね?」

「あるだろ? お前は勇者と自分だけでは俺を殺せないからこんな力を使った。自分の能力のなさが招いた事態を人のせいにするな」

 実際のところは違うと分かっているのだが、ルキフェルを挑発する為にカムイはこんな言い方をしている。

「……私一人でも貴方を殺すことなど簡単に出来ます」

「ではそうすれば良かった。それなのにお前は大量虐殺を選んだ。お前がそれをしたいと考えたんだ」

「そもそも貴方が事を興さなければ戦争になどなりませんでした」

 あくまでも罪はカムイにあるとしたいルキフェルは論点を変えることにした。

「それは嘘だ。そもそもお前がこんなことを始めたのは俺が混乱を引き起こしたからではない。俺が世界の混乱を治めてしまうと思ったからだ」

「何ですって……?」

 だが結局カムイの強烈な反撃を食らうことになる。

「お前の話は聞いていた。何がこの世界の調和を守ってきただ。お前がやってきたことは正反対。人族と魔族がまとまるのを邪魔し、この世界から争いが消えないようにしていたんだ」

「……そんなことをする必要はありません」

「必要はある。人々は苦しみの中でこそ何かに救いを求める。この世界の人々を苦しめ、それによってお前は神への信仰を強めようとした。いや、違うか。神の様に振る舞って自分をあがめさせようとしただな」

「…………」

 カムイの追求にすぐに反論出来なかったルキフェル。その反応がカムイに自分の考えは間違いではなかったと確信させた。

「はい、正解。これではっきりしただろ? 諸悪の根源はお前だ。今のこの状況だけでなくこの地に住む人々から平和を奪ったのはお前だ」

「……魔王レイと同じで口が上手いですね。ですが私はアウラエルと違って堕天なんてしませんよ。この程度のことで私の精神は揺らぎません」

「そうなのか? お前の体はお前の心を反映したように黒く染まってきているけど?」

「はっ、何を馬鹿な……ば、馬鹿な!? これは何ですか!?」

 カムイの言葉を鼻で笑ったルキフェルであったが自分の足下を見て驚きの声を上げることになった。カムイの言うとおり、自分の体が黒く染まっていたのだ。しかもそれは染みが広がるように徐々にその範囲を広げていた。

「……堕天じゃない?」

 ルキフェルの反応にカムイも驚いている。黒く染まっているのは神族から魔族、もしくはアウルが言っていた悪魔に変わろうとしている証だと思っていたのだが、どうやら違っていた。当然、では何なのかという疑問が湧くのだが、

「……クラウディア! 何をしているのです!?」

 すぐにルキフェルの叫びでクラウディアが何かしたのだと分かった。

「あれは……?」

 クラウディアがいるはずの方向に視線を向けたカムイ。その先には異様な光景があった。こちらに向かってくるクラウディアの周囲に、といってもかなり距離を取って、群がる人々。クラウディアの側にいれば神族から攻撃されることはない。かといってクラウディアの異常さを恐れて近くにもいたくない。そんな思いの結果だ。

「な、何なのです!? 一体何が!? この感情は!? ク、クラウディアッ!?」

 ルキフェルの口調が苦しげなものに変わる。黒い染みはその体のかなりの部分を覆うようになっていた。背中から生えた六枚の羽はすでに真っ黒だ。

「これは……?」

 驚きの声を放ったのはアウル。後を追いかけてきたアウルもルキフェルの様子を見てかなり驚いた様子だ。

「ぐっ、があっ……んっ、あっ……ぐぁあああああっ」

 言葉にならないルキフェルの声。もう黒く染まっていない部分は顔の一部だけ。そのわずかな部分が異様な盛り上がりを見せている。ルキフェルの顔が人のそれとは思えないものに変わる。肉の盛り上がりはさらに大きくなり、さらに形を変えていく。
 それはやがて人型になり、地面に落ちてきた。

「どういうことだ?」

 何が起きているのかカムイにはさっぱり分からない。アウルに尋ねてみたのだが。

「私にも分かりません。分かりませんが、あれが何かは分かります」

「……俺も分かる。会うのはこれで三度目かな?」

 地に落ちた人型。その人型の姿を見るのはカムイは三度目だ。

「ミハエル……やはり貴方が黒幕でしたか」

 ルキフェルから分かれて地に落ちてきたのは神族のミハエル。アウルにとってはかつての親友だ。

「黒幕という言い方は正しくありません。ルキフェルもまた私。隠れているつもりはありませんでしたから」

「ミハエルであることを隠していたのですから同じようなものです。悪事はルキフェル、善事はミハエルとでも使い分けていたのでしょう?」

「……悪事を為した覚えはありません」

「犯していますよ。今も犯したばかりです。自分が何をしでかしたかその目で見るがいい」

「なっ……?」

 ミハエルが分離した後のルキフェルであったもの。それは今や全身が漆黒に染まっている。それだけではない。美しかった六枚の羽は形を変え、それぞれがまるで一匹の蛇か何かであるようにうねうねとうごめいている。
 その蛇のような羽が一斉に四方八方に伸びた。

「そんな馬鹿な……?」

 ルキフェルであったものの黒い六枚の、六匹と表現したほうが相応しいそれに体を貫かれた神族たち。初めはゆっくりと、すぐに勢いを増して地に落ちていった。
 ルキフェルであったものの攻撃はそれで終わらない。六枚の羽は形を変え、伸び縮みして宙に浮かぶ神族に次々と襲い掛かっていく。
 突然現れた敵。ルキフェルのようであるそれが明確な敵だと理解した神族たちは反撃に出るがその攻撃は黒い羽に塞がれ、その体は同じ羽によって貫かれ、切り裂かれていく。たまらず逃げだそうとする神族もいたが、どこまでも伸びる羽はあっさりとその体を貫き、地に落としていく。
 虐殺者であった神族たちは殺戮される側に回ることになった。神族だけではない。空を飛び回っていた精霊たちも。そして地で逃げ惑う人族、魔族たちもルキフェルであったものの殺戮の対象外とはならなかった。

「……あれをクラウディアが?」

 ルキフェルはクラウディアの名を叫んだ。ルキフェルと一体であるクラウディアが何か干渉したのであろうことはカムイにも想像がつく。

「クラウディアと呼ぶことが正しいのかは分かりません。あれからは殺戮の意思以外、何も感じられません」

 アウルはカムイでは分からない何かをクラウディアから感じていた。
 クラウディアの周りに群がっていた人々も、今はクラウディアに背を向けて懸命に走っている。その人々を襲うのはルキフェルであったものと同じ黒い蛇のようなもの。それはクラウディアの背中から伸びていた。

「……行ってくる。まずはあれを止めないと」

 真の敵はすぐ目の前にいるミハエル。だが今はそれを置いてクラウディアを何とかするのが先だとカムイは判断した。

「ミハエルを殺すことで止められるかもしれませんよ?」

 そのカムイにアウルは違う考えを伝えた。人々を虐殺しているのはクラウディアがもともと持っていた力ではない。ミハエルから与えられた力のはずだ。

「……そうだった。力を与えているのがこいつだとするとそうか」

「それは違います。別に命が惜しくて嘘をついているわけではありません」

 カムイとアウルの考えを否定するミハエル。

「そうである証拠は?」

「ありません。ですが私と彼女との繋がりはもう絶たれています。そうしなければ私は自我を失っていましたから」

「……それを信用しろと?」

「それはご自由に。どちらでも私は困りません」

 味方である神族まで殺されている点以外はミハエルが困ることはない。あえてあげれば自分もすぐに襲われることになるだろうということ。それでもカムイに比べればクラウディアは脅威ではない。元々自分が行おうとしていたことを代わりにやってくれているだけだ。

「信用する必要はないな。見逃す必要も」

「そうそう。ようやく地上に落ちてきたんだから、とっとと殺しちゃおうよ」

 カムイたちの会話に入ってきたのはルッツとマリア。イグナーツも苦笑いを浮かべて立っている。

「じゃあ任せる、と言いたいところだけど」

 ミハエルはルッツたちに任せて自分はクラウディアのところに向かう。これが最良だと思えるが問題はルッツたちでミハエルを倒せるかだ。

「平気です。今のミハエルであれば王一人でも互角に戦えます。力をかなりあれに奪われたみたいですから」

 カムイの不安を取り除く発言をアウルがしてきた。そのアウルの話を聞いたミハエルの顔が歪められる。アウルの言うとおりなのだ。自我を奪われないように強引に分離したミハエル。自我を守る為にそれ以外の多くのものを残してくるしかなかったのだ。

「カムイ。お前その心配は俺たちに失礼だ」

「そうだね。三人がかりであればカムイにだって勝てると思うよ」

「私は一人でもカムイ兄に負けないけどね」

 アウルの推測など関係なくルッツたちは勝つつもりでいる。

「それもそうだな。じゃあ任せた」

 ミハエルをルッツたちに任せることを決めたカムイ。三人への信頼だけでなく、そもそも勝てる勝てないを考えている場合ではないのだ。ミハエルと戦っている間にクラウディアがどれだけの人々を殺してしまうかを考えれば優先すべきはどちらか明らかだ。

「地の者たちには倒せませんよ。私との繋がりが切れてもクラウディアが魔力に守られていることに違いはありません」

 この場を去ろうとするカムイにミハエルがクラウディアを倒すことは無理だと言ってきた。

「だからといって諦めるわけにはいかない」

「私が手伝いましょうか?」

「何?」

「クラウディアを倒すには彼女の精神を壊すしかありません。それが出来るのは神族である私しかいません」

 物理的な攻撃では倒せなくても精神を壊すことでクラウディアは止められる。それが出来るのは精神体である自分だけだとミハエルはカムイに訴えた。

「必要ない。地のことは地に生きる者たちで解決する。そうでなくてもお前の力なんて死んでも借りない」

「……貴方には倒せない」

「いや、可能性は充分にある」

 精神的な攻撃。ミハエルに頼らなくてもカムイにはその手段がある。それを教えてくれた存在がカムイの切り札だ。

「私も一緒に戦います」

 アウラが共闘を申し入れてきた。これをあえて言ったのはカムイではない共闘相手の許しを得る為。

(……物理的な体を捨てたら元には戻れねぇぞ)

 アウルの申し出に共闘相手である魔剣カムイが答えてきた。

「構いません。そんなものに未練はありませんから」

(……そうか。じゃあ、一緒に戦うか)

「ええ」

 嬉しそうに笑うアウル。この先に待つであろう困難な戦いも魔剣カムイと共にであれば恐れることはない。アウルが恐れるのは魔剣カムイを失うこと。大切な人?を失った後、無為の人生を長く生きることなのだ。
 アウルの体がその実体を失っていく。そうなってもアウルは魔剣カムイと共に生きることを選んだ。もしくは共に死ぬことを。
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