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魔王の器 作者:月野文人

第四章 大陸大乱編

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報い

 空を舞う色とりどりの精霊。はるか昔、人間が生み出した文明を塵に変え、人間を滅亡寸前にまで追い詰めたこの世界の力が再び顕現した。その力は敵味方関係なく戦場にいる全ての存在に向かって牙をむく。炎が兵士を焼き、風はその体を引き裂き、割れた大地が人々を飲み込んでいく。

「……神の力を操ろうとは……どこまで堕落したのですか!」

 周囲の様子を見てルキフェルに怒りを向けるアウル。暴れ回る精霊たちの力はこの戦場にいる多くの人々にとって脅威ではあるが、本来の力と比べれば極めて些少なもの。その事実は精霊の顕現が神の意志でないことの証明だ。

「堕落したのは貴方たちのほうです。魔族が神族に逆らうなどあってはならないこと」

「魔族も神族も等しく神に仕える存在。上下などありません。そもそも貴方は神に背いた存在。明確に我々の敵です」

「神がいないと言ったのは貴方ではないですか。いない存在にどうやって背くというのです?」

「そう考えることが背いているというのです」

 神はいない。だから自由にして良いなどという考えを本来、神族が持つはずがない。ルキフェルはやはりもう神族とは呼べない存在だとアウルは考えた。

「……貴方は知らなかったからそんなことが言えるのです」

「どういう意味ですか?」

「貴方の言うとおりです。神はいません。もう随分前にこの世界を去ったのです」

「やはり……」

 分かっていたことだ。それでもルキフェルの口からそれを聞かされるとアウルは気持ちが酷く落ち込んでしまう。

「人間は変わらない。人族となってもその性は人間のままです。それを知った神はこの世界に嫌気がさし、そして我々を見捨ててどこかに去ったのです。それを知った私の気持ちは貴方なら分かるでしょう?」

 神族にとって神は全て。自身の存在そのものだ。その神を失うことは存在意義を失うこと。絶望という言葉でもその思いを表すには足りない。

「……だからといって」

 神に成り代わるような真似は決して許されることではない。アウルはそう考えている。

「私がこの世界の調和を保ってきたのです。人族が驕ればそれに鉄槌を下し、魔族が自らの使命を忘れるような行動を起こせばそれを正し。そうやってこの世界を守ってきました」

「それは……」

 アウルもかつてそれを行っていた。それが神の意志だと信じて。だがそれは大きな誤りだった。

「私がこの世界の秩序。この世界の法。そんな私に逆らうことの愚かさを思い知りなさい」

「……愚かなのはどちらです? 神に成り代わったつもりでいるようですが、貴方の力など神のそれに比べれば塵芥のようなものです」

「たとえそうであろうと、この世界で私が一番であることは間違いない。力ある者が世界を支配するのが当然ではないですか?」

「支配……それが貴方の本音ですか」

 管理と支配は違う。ルキフェルは神に成り代わろうとしているのではなく、この世界をただ自分の思うままにしたいだけなのだ。

「どのような表現を使おうと私の自由。それを咎められる者は誰もいない。それを貴方にもはっきりと分からせてあげましょう!」

 両手を高くあげるルキフェル。何か強大な魔法でも使うのかと身構えたアウルであったがそうではなかった。ルキフェルが掲げた両腕の先にいくつもの光点が瞬いてくる。それが何かアウルにはすぐに分かった。かつて自分もそうであったのだ。

「……神族は……いえ、もう神族など存在しないということですか」

 天から降りてくる光点は神族。多くの神族がルキフェルの命令を受けて地に降りてきているのだ。神の不在を隠し、自らがこの世界を支配しようと考えている悪魔の指示に。
 空から降り注ぐ神族の魔法。それは地にいる人々に容赦なく降り注がれた。

「ヒルデガンド様!」

 アウルの耳に届いたのはテレーザの声。視線を声の方向に向けた時にはテレーザは地に倒れていた。そのテレーザに駆け寄るのはヒルデガンド。
 その光景を見てテレーザはヒルデガンドを庇って魔法を受けたのだとアウルは分かった。自分の教えに忠実にテレーザは行動したのだと。

「もう一度やり直すことにします。従順な羊だけがこの地で生きることを私に許されるのです」

「そんなことは許さない! 私たちの牙はそんな簡単には折れはしない!」

 ルキフェルに向かって大きく腕を振るうアウル。その腕から宙に向かってまっすぐに飛んでいくのは魔剣カムイ。ルキフェルはその魔剣を宙に浮かんだまま、大きく体を反らすことで避けた。

「……悪あがきを」

 ルキフェルの言葉はアウルに向けたものではない。ルキフェルが躱した魔剣を受け取って馬を駆けさせていくカムイに向かってのものだ。悪あがきであろうと出来ることを行うしかない。アウルの言うとおり、カムイたちの牙はまだ折れてはいない。

◇◇◇

 ディア王国軍の陣。ディーフリートが率いる軍勢をオスカーは見事に防いで見せている。防ぐどころかもう少しでディーフリートを討ち取れるところだったのだが、上手く逃げられてしまい、その後は陣を固めて守りに入っていた。奇襲を凌ぎ、兵士の動揺を治めれば数の上ではディア王国軍が有利。ディーフリートに付け入れる隙など与えはしない、のだが。

「何だ。あれは……」

 突然現れた精霊の群れが敵味方構わずに攻撃をしている。それに驚き、ディア王国軍は戦うどころではなくなった。それはディーフリートの側も同じだ。いつ精霊たちが攻めてくるか分からない。それを警戒して動けないでいる。

「……駄目。駄目だよ」

 クラウディアは呆然とした表情で呟きを漏らす。目の前で起こっているのは虐殺。宙を飛ぶ精霊相手に抵抗の術がない兵士たちはただ逃げ惑うだけ。その逃げ惑う兵士に対しても精霊たちの非情な攻撃は続いている。
 一人また一人、どころか十人、二十人がまとめて地に倒れ伏していく。数万の軍勢が見る見るその数を減らしていくのだ。戦場に響き渡るの恐怖の声、絶叫、断末魔の叫び。地獄が地上に顕現していた。

「ち、違う……こんなのじゃない……私はこんなのを……望んでいたんじゃない」

「……クラウディア様」

 熱にうなされているかのように呟き続けるクラウディア。その姿を心配そうにオスカーは見守っている。

「クラウディア! 君のせいだ! 君の愚かな野心がこんな事態を引き起こしたんだ!」

 そんなクラウディアの動揺をさらに激しくする声。ディーフリートの声だ。この事態を止めるには当初からの目的であるクラウディアを殺すこと。それを実現しようとディーフリートはディア王国の陣に攻めかかっている。

「私じゃない……私はこんなの望んでいないよ……」

「…………」

 クラウディアは本当にこの事態を望んではいない。それはオスカーには分かっている。だが引き起こした原因の一つであることも分かっている。

「嫌……嫌だ……私じゃない……私が悪いんじゃない」

 クラウディアの瞳から正気の光が失われていく。責任逃れの現実逃避。無意識のうちにそうすることで心が完全に崩壊するのを防いでいるのだ。
 だが事態はこれだけで治まらなかった。

「……天使……まさか……あれも敵なのか?」

 天からゆっくりと降りてくる多くの光。白く輝いて見えるその背中には翼が生えているのが分かる。もしあれが全て敵であるとすれば。それを考えたオスカーの心に絶望が広がっていった。
 その絶望はすぐに現実のものとなる。光点であった神族の姿はやがてその輪郭がはっきりと見えるようになる。その両腕が真上にあげられ、一斉に振り下ろされる姿も。
 地面を揺らすほどの衝撃が地に立つ人々を容赦なく押しつぶす。何百、何千人の絶叫が止むこと無く戦場に響いている。
 だがクラウディアの瞳に映っているのはその何千の中のたった一人。ヒルデガンドを庇って地に倒れるテレーザの姿だった。

「……だ、駄目……だ、だれか……」

 ふらふらとした頼りない足取りで歩き出すクラウディア。その足はディーフリートがいる前線に向かっていた。
 それに気付いて慌てて止めようとしたオスカー。そのオスカーの耳に届いたのは。

「だ、だれか……誰か私を殺して……お願い! 誰か私を止めて!」

「……ク、クラウディア様」

 ルキフェルを止めるには自分が死ぬしかない。クラウディアはそう考えているのだ。だがそれが本気かどうかオスカーには分からない。自己犠牲の気持ちが本当にクラウディアにあるのか自信がないのだ。

「僕が殺してやる! だから前を空けさせろ! クラウディア! 部下に命じろ!」

 ディーフリートはクラウディアが本当はどう考えているかなど関係ない。殺してというなら喜んで殺すまでだ。

「誰でもいい……私を殺して……もう嫌なの……こんなの……」

 クラウディアの両眼からは大粒の涙が流れている。だがそのクラウディアを見る周囲の瞳に浮かんでいるのは同情ではなく戸惑い。クラウディアを殺せば自分たちは助かるかもしれない。だがクラウディアを殺せばそれは主殺し。そう思って周りの騎士や兵士たちは躊躇っているのだ。

「……殺して……私は生きていてはいけないの……私には生きる価値はないの……」

 その周囲の目に気が付いているのか。クラウディアは自分を貶めるような言葉を呟いている。

「殺せ! 誰でも良いから彼女を殺せ! それで皆救われる! それが出来ないなら道を空けろ!」

 周囲の者たちを決断させたのはこのディーフリートの言葉。それを聞いて騎士や兵士はクラウディアの周りから離れていく。自らの手で殺すのは嫌なのでディーフリートに任せようというのだ。

「……私は……誰にも……必要……んっ、ぐっ……」

 クラウディアの口を吐き出される血が塞ぐ。その体に深々と突き刺さった剣。それはディーフリートのものではない。

「……申し訳ございません。クラウディア様」

「オ、オス、カーさん……?」

 クラウディアの体に剣を突き立てたのはオスカー。背中から抱きしめるような姿勢でクラウディアの胸に剣を押し込んでいる。

「……他の誰にも……貴方を……殺させるわけには……いきません……」

「……ま、まさか」

 苦しげなオスカーの声。それを聞いてクラウディアは気が付いた。自分の体に押し込まれている剣は背中から抱きしめているオスカーの体にも届いているのだと。

「主を、こ、殺して……自分、だけが……生き延びる。わけには……いきません」

「……ど、どうし、て?」

 自分はここまでの忠誠を向けられるような存在ではない。それはクラウディアにも分かっている。

「わ、わたしは……あ、あなたの……騎士……です、から」

「オ、オスカー、さんまで、死ななくても……」

「ひ、一人、くらい……こ、こういう、男が……い、いても、よい、でしょう? あ、あなた、にも……お、俺の、ように……い、いのちをかけて……つ、仕える、臣下が、いるのです」

「そ、そんなの……だ、駄目だよ……」

 誰一人して本当に自分に忠誠を向けている者などいない。ずっとクラウディアはそう思っていた。これを言うオスカーも自分への忠誠ではなく、騎士としての拘りだけで側にいるのだと思っていた。だが例えそうであっても自分と一緒に死んでくる人がいたという事実はクラウディアの心に小さな光を灯すことになった。

「あ、貴女を、ひ、一人には……しない………そ、そう決めていたの、です」

「どうして……?」

「……ク、クラウ、ディア、さま。わ、わすれ、たのですか?」

 途切れ途切れの言葉。苦しそうでありながらもオスカーの顔には確かに笑みが浮かんでいた。

「なに……?」

「じ、じぶんは……あ、あなた、の……こ、婚約者……だったの……ですよ?」

「…………」

 オスカーが共に死ぬのは騎士としての使命感ではなく一人の男として。それを聞かされてもクラウディアはにわかには信じられない。

「せ、せめて……さ、さいごは……」

 オスカーの手が剣を離れクラウディアの体を強く抱きしめる。だがそれはわずかな間。クラウディアは背後にいるオスカーの体がずり落ちていくのを感じた。

「……オスカーさん? オスカーさん!?」

 後ろを振り返ったクラウディアの目に腹部から大量の血を流し、地面に倒れているオスカーの姿が映った。

「ま、魔法。そうよ。助けないと」

 オスカーを助けようと神聖魔法を唱えるクラウディア。だが詠唱が終わっても魔法が発動することはなかった。

「ど、どうして? あ、焦ったら駄目。もう一度、落ち着いて」

 再び魔法を唱えるクラウディア。だが結果は同じだ。魔力はクラウディアの体内に留まったまま。発動することはない。

「……どうして……どうして!?」

 魔法が使えない理由が何か。クラウディアは薄々感づいている。瀕死のオスカーに比べてどうして自分は元気なのか。胸に刺さったままであった剣をクラウディアは一気に引き抜く。何もしていないのに傷がもの凄い勢いで塞がっていった。

「……も、もう一度……もう平気よ。私の傷は治ったから次は使えるわ」

 クラウディアは再度詠唱を口にするがやはり魔法は発動しなかった。

「……い、嫌。私は助けたいの。今度は助けたいの! 本当に助けたいの! お願い! 誰か! オスカーさんを助けて!」

 姉であるソフィーリアを見殺しにした時のことがクラウディアの頭をよぎる。だが今はその時とは違う。クラウディアはオスカーを本気で助けたいのだ。

「お願い……お願い……誰か……か、彼を……助けて……」

「そこをどけ!」

 やってきたのはディーフリート。クラウディアの呼びかけに応じて来たわけではないが、オスカーを助けたいという思いがディーフリートにはある。

「オスカー! しっかりしろ、オスカー! オスカー!」

 懸命に呼びかけるがオスカーは何の反応も見せない。

「他に神聖魔法の使い手はいないのか!? 誰かいないか!?」

 ディーフリートの呼びかけに手を上げるものはいなかった。神聖魔法の使い手などこれだけの軍勢の中でも数えるほどしかいないはず。その数人は残念ながら近くにはいない。
 せめて流れる血を止めようとオスカーの腹に手をやるディーフリートだが、触れた体はどんどん体温を失い固くなっていく。

「……駄目……か」

 頭を垂れて小さく呟くディーフリート。死者を生き返らせる魔法はない。あったとしてもそれはアンデッドを作るだけのこと。オスカーは戻らない。

『いやぁああああああああああああっ!! いやぁああああああああああっ!!』

 オスカーの死を知ったクラウディアの絶叫が周囲に響き渡った。

「クラウディア……」

 つい先ほどまで殺そうとしていた相手だが、今の状態のクラウディアに剣を突き立てる気にはなれない。悲しげな目でクラウディアを見つめていたディーフリートだが。

「……許さない……許さない……許さない……許さない」

「クラウディア?」

「……死んでしまえ……滅びてしまえ……こんな世界……なくなってしまえばいい」

「……それを許すわけにはいかない」

 クラウディアの口から紡がれる物騒な言葉。その体から発せられるのは悲しみではなく狂気。ディーフリートの心からクラウディアに対する同情は消えていく。

「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね。全てが滅んでしまえば良い!」

「それを許すわけにはいかないんだ!」

 ディーフリートが振るった剣が真上からクラウディアの頭を断ち切る。だがクラウディアは痛みなど全く感じていない様子で歩き出した。頭から吹き出る血。だがそれはすぐに勢いを失い、やがて止まった。

「……滅べ。滅べ。私を受け入れないこの世界なんていらない。消えちゃえばいい」
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