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魔王の器 作者:月野文人

第四章 大陸大乱編

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勝機

 突然空に現れたそれは戦場のどこからでもよく見えた。背中に広がる白く輝く六枚の羽。それが普通の存在ではないことを示している。だからといって魔族でもない。それは見ている誰もが分かった。気の弱い者であればそのままその場に跪いてしまいそうになる神々しさ。その圧倒的な何かは魔族が持つものではないのだ。

「……あれが神族ですか」

 呟くヒルデガンドの声に畏敬の念は感じられない。どれだけ神々しい存在であろうとも神族は倒すべき存在。敵なのだ。

「ふっふっふっ。ルキフェル様のお手を煩わせることになったのは我らとしては遺憾ではあるが、これでお前たちはお終いだ」

「そうでしょうか?」

「まさか勝てると思っているのか?」

「ええ。思っています。そうでなければ私たちはこの場にいません」

 たとえ神そのものが相手であったとしても戦い、そして倒す。その覚悟を持った者だけが今この場にいる。出来る出来ないではない。やるのだ。

「……愚かな。神の使いに勝てる道理などないと何故分からない?」

「そんな道理は私たちの生きる世界には必要ありません。地の世界は地に生きる者の物。これが私たちが受け入れるただ一つの道理」

「……その気概や良し。だがそれだけでは世の中は変えられない」

「変えて見せます。さあ、貴方の相手をしている時間はありません。私はカムイの下に向かいます」

 カムイたちの状況がかなり悪いことは想像がつく。そうでなくても本来はもっと早くカムイに合流するつもりだったのだ。

「そうはさせん。ルキフェル様に万一の事などないと分かっているが、それでも戦いの邪魔をさせるわけにはいかない」

「では貴方を倒してから行きましょう」

 それを言うのとヒルデガンドが動いたのはほぼ同時。上段から振り下ろされたヒルデガンドの剣がオクに襲い掛かる。だがその剣はオクに届く前に横から伸びた剣に塞がれた。

「……悪いがそう簡単に討たれるわけにはいかない」

 伸びた剣はオフィエルのものだった。

「止められなくて悪いね。こいつ俺の魔法が効かなくて」

 少し離れた場所からオフィエルと戦っていたイグナーツが申し訳なさそうにヒルデガンドに謝ってきた。

「いえ……ニコラス。行きますよ」

「……はい」

 魔法が駄目であれば剣。ヒルデガンドはニコラスと共に勇者に向き合う。

「悪いがこれ以上、不覚を取るわけにはいかない。ルキフェル様もそうお考えのようだ」

「えっ?」

 空から降り注ぐ光の雨。それはヒルデガンドの戦いの傷を癒やしていった。広範囲回復魔法によるものだとすぐに分かる。そして、それは自分たちの為に発せられた魔法ではないと。

「……卑怯だと思いたければ思え。我らの生死はルキフェル様の意思のまま。我らの恥じる気持ちなどその意思の前では何の意味も持たないのだ」

 倒したはずのアストロンが不満そうな口調で話しながら立ち上がってくる。これで戦いは振り出しに戻った。時間を惜しむヒルデガンドたちにとっては最悪の状況だ。

「ではカムイと共にそのルキフェルを倒すまでです」

「それを許すと思っているのか?」

「許してもらうさ」

「何?」

 アストロンの体が燃え上がる。イグナーツの魔法によるものだ。

「無駄なことを! 我らには魔法は通用しない!」 

 全身を炎に包まれていながらもアストロンは苦しげな様子を見せることもなく、剣を構えてイグナーツに斬りかかろうとしている。
 だがそのアストロンに変化が生まれる。全身を覆う炎が大きく揺れ、渦を巻くような動きに変わっていった。

「……なっ……何だ……これはっ!」

 これまでとは異なる異常な温度上昇。何が起こったか理解出来ないアストロンが動揺の声を上げている。真っ赤な炎が青にそして白い輝きに変わっていった。
 次の瞬間、アストロンを中心にして凄まじい爆発が巻き起こった。その凄まじさはアストロンだけではなく周囲まで巻き込んでいく。近くにいたヒルデガンドたちも爆風に巻き込まれて地面に叩きつけられている。

「短い復活だったわねぇ。それともこれでもまだ生きているのかしら?」

 多くの人たちが何が行ったのか分からずに混乱している中、のんびりとした口調の声が流れてくる。

「……マリア。少しは周りのことを考えろよ。味方が怪我したらどうする?」

 現れたのはマリア。そのマリアにイグナーツが文句を言っている。イグナーツもまた爆風に巻き込まれた一人なのだ。

「カムイ兄のピンチにそんなの気にしていられないもの。ほら無駄口叩いてないでもう一発いくわよ」

「まったく……」

 自分と結婚しても相変わらずカムイ最優先のマリアに苦笑いを浮かべながら魔法の詠唱に入るイグナーツ。イグナーツとマリア、二人の詠唱の声が重なる。
 同時に放たれた魔法は腕と足を吹き飛ばされて地面に転がっているアストロンに向かい、そしてまた凄まじい爆発が巻き起こる。二人がそれぞれ持つ大規模魔法の同時発動による魔法融合。単体でもかなりの威力を持つ魔法を完璧にコントロールして同調させる。二人にしか出来ない技だ。
 爆発の中心にあったアストロンの体。爆風がおさまった時、それはいくつにも分かれて、あちこちに転がっていた。

「う~ん。もっとバラバラにする必要があるかしら?」

「……き、貴様らぁあああっ!」

 怒声をあげたオク。まさかの出来事に怒りよりも動揺の方が激しい。怒声はそれを誤魔化すためのものだ。

「何を怒ってるの? 思い上がって躱そうともしないほうが悪いんでしょ?」

「思い上がっているのは貴様の方だ!」

 マリアに向かって剣を振るうオク。

「ちょっと! いきなり斬りかかるなんて卑怯じゃない!」

 それにマリアは文句を言っているが、これはさすがに通用しない。オクの攻撃はさらに勢いを増した。
 オクはマリアとイグナーツによる融合魔法の威力を恐れているのだ。それを防ごうと思えば詠唱を許さないこと。その為の激しい攻撃だ。

「ち、ちょっと!」

 剣での戦いであっても常人よりは遙かに鍛えられているマリアだが、さすがに勇者相手では分が悪い。それはイグナーツも同じ。マリアを襲うオクを止める隙を見いだせない。それが出来るとすれば。

「邪魔をするなぁ!」

 マリアに向けられた剣をヒルデガンドに止められてまた怒声をあげるオク。だが勇者の側もただ叫んでいるだけではない。

「しつこいわよ!」

 オクを止めてもまだオフィエルがいる。ヒルデガンドがオクに向かったところでオフィエルが替わってマリアに攻めかかる。

「いい加減にしなさい!」

「うるさい! 諦めて大人しく討たれろ!」

「誰があんたなんかに! それに私が文句を言っているのはあんたじゃないから!」

「何……?」

 ブウォンという風斬り音がオフィエルの耳に届く。それに咄嗟に反応したのはさすがは勇者というところ。オフィエルがいた場所にとんでもなく大きな剣の刃が打ち下ろされた。

「馬鹿マリア! お前が余計なこと言うから気付かれただろ!」

「人のせいにしないでよ! 躱されたルッツが悪いんでしょ!」

 現れたのはルッツだった。

「まったく。ここで一人殺っておけば楽だったのに……さてヒルデガンドさん。ここは任せてくれて良いよ」

「……良いのですか?」

「カムイのところに行きたいでしょ? カムイの背中を守るのはヒルデガンドさんだって決まっているから」

「ではお願いします」

「そんなことを許すと思うのか!?」

 この場を去ろうとするヒルデガンドをオクが止めようとする。だがそのオクが振るった剣はヒルデガンドに届くことはなかった。

「すっかり忘れられているみたいだけど僕もいるから」

 ヒルデガンドとオクの間合いに飛び込んできたのはニコラスだ。ニコラスがオクを止めている隙にヒルデガンドは馬に飛び乗ってカムイのいる場所に向かって駆け出していく。

「残るのはニコラスだけでいい。後の人もカムイのところに行って」

「平気か?」

「ヒルデガンドさんは一対一で勇者を倒した。ヒルデガンドさんに出来ることが俺に出来ないはずがない」

 テレーザの問いに答えるルッツ。ルッツなりの意地と自負がその答えに込められている。カムイの背中を一番最初に追いかけたのは自分。その自分が他者に劣るはずがないという自負だ。

「そうだな。じゃあ任せた!」

 テレーザが、マティアスがヒルデガンドの後を追いかけていく。周囲で戦っている部隊を別にして、その場に残ったのはルッツとイグナーツとマリア、そしてニコラスの四人。勇者側はオクとオフィエルの二人だ。

「さあ始めようか。地の世界が誰の物かを賭けた戦いを」

「……望むところだ」

◇◇◇

 ヒルデガンドたちが支援に向かっているカムイの方の戦いはとなると、こちらは圧倒的にカムイたちが苦戦していた。敵は親玉であるルキフェルと勇者三人。それに対するのはカムイとランク、そしてマリーの三人だ。単純に数の問題ではない。宙に浮かぶルキフェルには近づくことが出来ない。魔法という攻撃手段を持つマリーはというと勇者に追いまくられていて魔法を唱える余裕がない。ただただ敵の攻撃を避けているだけという状況だ。

「しぶといですね。ですがいくら粘っても貴方たちに勝機などありませんよ」

「それはどうかな?」

「……何を企んでいるのです?」

「それを教えるはずがないだろ?」

 カムイの答えは策が存在することを匂わせるものだ。

「はったりですね」

 だがこの状況で何を企んでも無駄。正面からの戦いで決着をつける以外にはないはずだとルキフェルは考えている。

「そう思いたいならどうぞご自由に」

「……ではそうさせてもらいます。ファレグ! ベトール! ハギト! 何をしているのです!? さっさとカムイを討ち取りなさい!」

「「「はっ!!」」」

 戦況は圧倒的に有利。だがルキフェルが放つ魔法はことごとくカムイに躱されて、隙を狙って行われているはずの勇者たちの攻撃もカムイには届かない。負けることはない。だが決着をつける為の最後の一手も見つからない。ただただ時間だけが過ぎていくという状況だ。
 その時間の経過がカムイが求めていたもの。策謀は確かにあった。

「……何ですか?」

 何かに反応したルキフェル。それとほぼ同時に後方から喧噪が聞こえてきた。ルースア帝国軍は戦いを止めている。その理由をルキフェルは掴んでいないが、とにかく後方では戦闘は起こっていない、はずだった。
 だが後方の一カ所。クラウディアがいる陣の近くで戦闘が始まっていた。

「……カムイ・クロイツ! これが貴方の策ですか!?」

 自分と勇者を陣地から引き離した上でクラウディアを討つ。これがカムイの策だとルキフェルは判断した。だが、カムイの策はそれだけではない。

「その反応。やっぱりクラウディアを討たれるとヤバいんだな」

「なっ……?」

「ようやく勝ち目が見えた。こんな単純な策にかかるなんて天使もちょろいな」

「き、貴様ぁあああっ!!」

 この動揺がさらにカムイにルキフェルの弱点を確信させる。ルキフェルがこの世界で力を発揮するには、もしくは長く留まるにはクラウディアという媒介が必要なのだ。

「さてどうする? クラウディアを助けに戻るか。それともこのまま戦うか?」

「…………」

 選択肢は二つ。問題はカムイがどちらを望んでいるのか。考えを読もうとしてもカムイの思考は霞がかかったようにぼんやりとしている。では他の誰かと考えたのだが、ランクとマリーの頭の中にあるのは時間稼ぎだけ。より深い思考はカムイと同様に読むことを阻まれている。これがルキフェルにとっての最大の誤算だ。
 相手の策が読めないのであればあらゆることに備えなければならない。それをルキフェルは行うことにした。

◇◇◇

「押し込め! 前に進むんだ!」

 クラウディアの陣に攻撃を仕掛けているのは部隊を率いているのはディーフリート。カムイにルースア帝国軍の注意が向いているところで、時間差で且つぎりぎりまで見つからないように丘陵地を迂回しながらクラウディアの陣に近づいてたのだ。

「敵は動揺している! 一気に突き進め!」

 味方に激を飛ばすディーフリート。実際に勇者軍の兵士たちは大いに動揺している。完全に不意打ちをくらった上に彼らを率いる勇者たちは出払っている。突撃してきたディーフリートの部隊に押しまくられて崩壊の一歩手前まできていた。

「落ち着け! 敵はそれほど多くない! 陣形を固めて足を止めるんだ!」

 だが彼らを率いる将が一人もいないわけではない。それどころか彼らの多くにとって本当の意味での唯一の将、ディア王国騎士団長オスカーがいた。

「オスカー! 邪魔をするな!」

 そのオスカーに気が付いたディーフリートが叫ぶ。

「邪魔をしないでいられるか! 自分はディア王国騎士団長! 国王であるクラウディア様を守るのが自分の使命だ!」

 様々な葛藤を経験しながらもオスカーは騎士としてのあり方に忠実であろうと決めていた。多くのものを失って、それしか縋るものがなくなったという面もある。

「そのような狭い視野でいつまでいる!? 今の状況をもっと冷静に考えろ!」

「視野など狭くていい! 忠義一途! それが自分の生き方だ!」

「その忠義を向ける相手を間違えている! クラウディアはこの世界を滅ぼす存在だ! オスカー! 君は人族が滅ぼされても良いのか!?」

「えっ……」

 小さく驚きの声をあげたのはオスカーではない。その後方で心配そうに戦いの様子を見つめていたクラウディアだ。

「クラウディアは人族を滅ぼそうとしている! それが勇者たちの目的なんだ! ディア王国の兵士たち! ルースア帝国の兵士たち! 君たちは騙されている! 君たちもまたクラウディアたちにとっては淘汰されるべき存在なんだ! それでも君たちは戦うのか!?」

 ディーフリートの言葉にクラウディアの周囲を守る兵士たちに動揺が広がっていく。彼らは勇者たちの戦い方を知っているのだ。味方の犠牲など一切気にすることのない凄惨な戦い方を。

「違うよ! 私はそんなこと考えてない! 私はこの世界を平和にするの! その為に戦っているの!」

 これを叫ぶクラウディアはルキフェルの支配下にはない。本来のクラウディアの意思がこの台詞を言わせているのだ。

「クラウディア! そこにいたか! 今こそソフィーリア王女殿下の敵をとらさせてもらう! 姉殺しの報いを今こそ受けろ!」

 さらにディーフリートは過去のクラウディアの所業を暴露する。少々、脚色がされているのはクラウディアを守る兵士たちの動揺を強める為。そもそも今のディーフリートにソフィーリア王女の敵を討つという強い意志はない。もうそういう段階ではないのだ。

「……違う……違う! 私は殺してない! 姉上を殺したのはテーレイズよ!」

「それが嘘であることは私が知っている! 君に殺されたソフィーリア王女殿下の婚約者であった私が!」

「そんなの嘘よ! 私はそんなことしていない!」

「嘘じゃない! 真実を知った私を! それを君に告げた私を暗殺しようとしたじゃないか! これも嘘というのかい! 言えるはずがない! こっちには証人がいるんだ!」

 ディーフリートの暗殺については確かな証人がいる。テレーザがそうだ。だからといって今は裁判をしているわけではない。真実がどこにあるかなどはっきりさせることは出来ない。だがそれでいい。クラウディアを守る兵士は、とくにディア王国の兵士はかなり士気を低下させている。あとはその弱体化した守りを突破してクラウディアの首を取るだけ、だったのだが。

「これ以上、クラウディア様を侮辱することは許さん!」

 ただ一人、戦意を高めた人物がいた。いつの間にか前線まで出てきていたオスカー。剣を抜いて、ディーフリートを睨み付けている。

「オスカー。君は分かっているはずだ。それなのにどうしてクラウディアを守ろうとする?」

「仕える主に忠義を尽くす。それが騎士の生き方だ」

「その仕える主を生かすことで人族が滅びるとしてもかい?」

「それはクラウディア様の意思ではない」

「そうだとしても! クラウディアを殺すことで人族が救われる!」

「一度仕えると決めたからには! 主がなんであるかなど関係はない! 主が悪であるなら自らも同じ悪に染まるまでだ!」

 クラウディアが悪であることなど、ディーフリートに言われるまでもなく、随分前からオスカーは分かっている。だがそうであっても、そうだからこそオスカーは最後まで仕えると決めたのだ。多くの人がクラウディアから離れていっても自分だけは残ろうと。

「……オスカー。君は本当に仕える相手を間違えたんだね」

 オスカーの心意気はカムイに忠誠を誓う人々と同じ。カムイが闇に墜ちるなら自らも共に墜ちようという彼らと同じなのだ。

「自国の王に仕えているのだ。間違ってなどいない」

「強がるな。君は分かっているはずだ。まだ遅くない。やり直しは出来る。私みたいにね」

 仕えるべきはカムイ。そうであればオスカーはきっと楽ではないが、もっと生きがいを感じることが出来たはず。そうディーフリートは思っている。

「……それはない。自分はクラウディア様に殉じると決めたのだ」

「そうか。殉じるか……」

 殉じる。オスカーには死ぬ覚悟が出来ている。

「だが簡単には諦めない。最後まであがき続ける。それが自分の生き様だ! さあ来い、ディーフリート! クラウディア様に害をなそうという者は俺が倒す!」

「……良いだろう! では勝負だ!」

 オスカーの誘いに乗るディーフリート。カムイがこれを知ったら何を馬鹿なと思うか、仕方がないと思うか。とにかくオスカーとディーフリートの一騎打ちが始まった。
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