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魔王の器 作者:月野文人

第四章 大陸大乱編

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決戦の刻2

 新たに現れた勇者はオフィエル。これで三人の勇者がこの場に集まったことになる。対するはヒルデガンドとマティアス、ニコラス、それにテレーザだ。ヒルデガンドに付き従っていたギルベルトは騎馬隊の指揮。マティアス隊にいたマテューも同じ。騎馬隊を率いてヒルデガンドたちが勇者と戦うのを邪魔させないようにルースア帝国軍と戦っている。
 だがギルベルトとマテューがどれだけ頑張ってルースア帝国軍の騎士や兵士を介入させないようにしても、三人の勇者相手ではヒルデガンドたちは分が悪い。一対一で渡り合えるのはヒルデガンド、そしてニコラスが押されながらもなんとか凌げる程度。マティアスとテレーザの二人は勇者相手では太刀打ち出来ない。
 そうであればと二人がかりでオフィエルと相対しているのだが。

「テレーザ! 下がれ!」

「げっ!?」

 マティアスの声に反応して後ろに下がったテレーザの足下からもの凄い勢いで水が噴き出した。ただの水であるはずがない。オフィエルの魔法だ。

「運の良い奴だ。だが貴様らでは俺は倒せん。諦めてこの場を去れ」

「お前の言うことなんて聞くか! 私はヒルデガンド様の近衛だ! ヒルデガンド様は私が守る!」

「愚か者が! 実力もないくせに偉そうなことを言うな!」

「うるさい! そんな台詞は私を倒してから言え!」

 こんな威勢の良い台詞を吐いているテレーザだが、勇者と戦うのに実力不足は明らかだ。

「うぉおおおおっ!!」

「甘いわ!」

 それはマティアスも同じ。テレーザと話しているオフィエルの隙を狙ったつもりだが、渾身の一振りはたやすく弾き返されてしまう。

「ちくしょう! これでどうだ!」

 今度はテレーザがオフィエルに向かって剣を振るう。

「なめるな!」

「ぐあっ!」

 だがそれもオフィエルの剣の一振りで、テレーザは大きく後ろに吹き飛ばされてしまう。あまりの実力差に二人には全く勝ち目は見えない。
 それでも諦めるわけにはいかない。必ずしも二人が勇者を倒す必要はないのだ。

「雑魚が! これ以上、邪魔するのなら容赦はせん!」

「容赦なんて最初から望んでない!」

「ならば死ね!」

 オフィエルの体が一瞬でテレーザの前に現れる。テレーザにとっては瞬きする間、といった感覚だ。片手で振り上げられた剣。それがテレーザの頭上に振り下ろされる、その寸前。

「ぐっ、ぐぁああああっ!」

 オフィエルの体が一瞬で燃え上がった。

「このまま燃え尽きてくれると楽なんだけどな」

 現れたのはイグナーツ。燃え上がるオフィエルを見つめながらこんなことを呟くイグナーツだが、その表情は厳しいままだ。

「うっ、うぉおおおおっ!」

 炎に包まれていたオフィエルが雄叫びをあげる。それと同時に魔法の炎が一気にその勢いを失い、小さくなり、やがて消えていった。

「やっぱり駄目か」

「……貴様、何者だ?」

 炎に包まれていたというのにオフィエルの体には火傷の一つもない。

「イグナーツ。って名乗って分かるのかな?」

「四柱臣の一人か。なるほど『燃えるように輝く』という名に相応しい使い手だな」

 カムイの四柱臣と呼ばれる四人の名はオフィエルも知っている。そして、それ以上のことも知っているようだ。

「『燃えるように……』って何?」

 当の本人であるイグナーツはオフィエルの言葉の意味が分からなかった。

「自分の名も知らないのか?」

「自分の名は知っている。さっき名乗っただろ?」

「俺が言っているのはそのお前の名、イグナーツが意味するところだ」

「名前の意味か……なるほど。初めて自分の名が気に入ったよ」

 自分の名の由来を知ったイグナーツ。その由来から付けられた名とは限らないが、それでも生まれて初めてイグナーツは自分の名が良いと思えた。

「名に気に入るいらないはない……が、まあそれは良い。なかなか良い魔法ではあったが相手が悪かったな」

「そのようだ。属性は水なのか?」

「ああ、そうだ。だが火に対する水というだけではない。我ら勇者には魔法は効かない」

「どうして?」

 勇者の魔法耐性が異常に高いということはイグナーツも知っている。せっかくなのでその理由を尋ねてみることにした。

「元は精神体である我らが生身であるお前らの魔法に支配されるはずがない」

「……分かりやすくいうと?」

「……気合いだ」

「えっ!? そういう問題!?」

「分かりやすくというから気合いだといったのだ。精神力と言えば良いのか? とにかく炎が炎であるには炎と認識されなければならない。炎は熱く、それに包まれれば焼けて死んでしまうと認識されなければ魔法の炎で人を殺すことは出来ん」

「……つまり熱い炎を気合いでこれは熱くないと認識したってこと?」

「それは……いや、まあ、そうとらえても間違いではないか」

 実際のところ、オフィエルにも魔法の理を完璧に説明出来るわけではない。彼らにとって魔法は理屈ではなく、生まれ落ちた時から自然にあったものなのだ。

「なるほど……つまり、その気合いでもこれはヤバいと思ってしまう魔法であればお前たちは倒せるわけだ」

「……それが出来るのであればな」

 やや緩んでいた雰囲気が一気に緊迫したものに変わる。イグナーツとオフィエルの戦いが本格的に始まろうとしていた。

◇◇◇

 新たに参入してきたイグナーツとオフィエルの戦いが開始された、そのすぐ近くではヒルデガンドとニコラス対オクとアストロンの戦いが繰り広げられていた。正確には二人がかりでヒルデガンドを捕らえようとする勇者二人をニコラスが懸命に邪魔している状況だ。

「この雑魚が! お前では我らは倒せない! それが分からないのか!?」

 ヒルデガンドとの戦いを邪魔するニコラスに焦れたオクが大声で叫んでいる。ニコラスにとっては思い通りの展開だ。

「倒す必要はない。倒されなければ良いのさ」

 ニコラスの目的は勇者たちにヒルデガンドを渡さないこと。一対一であればヒルデガンドは勇者と対等以上に戦えると考えているニコラスは、片方を押さえきれば何とかなると考えている。大事なのは勝つことではなく、ヒルデガンドに近づけないことだと。

「その考えが甘いと言うのだ!」

 素早い動きでニコラスとの間合いを詰めて剣を振るうオク。だが、スピードだけであればニコラスは勇者たちと互角に渡り合える。縦横無尽に振るわれるオクの剣をニコラスはことごとく防いで見せた。

「この野郎……雑魚だと思って侮っていたが……」

 ニコラスの奮闘にますます焦りを覚えるオク。今の状況は勇者たちにとって予想外だった。自分たちの敵はカムイのみ。それが思い上がりであったと思い知らされたのだ。

「……雑魚雑魚って言うけど、僕、前に君たちには勝っているからね」

 何度も雑魚呼ばわりされて、気弱なニコラスもさすがに頭にきたようだ。勇者選定の為の剣術大会。その剣術大会の優勝者であることを持ち出してきた。

「……剣術大会の時の我らは我らではない」

 一応はオクも覚えてはいたようだ。だが剣術大会の時のオクは、ケヴィン・オクではなく、ただのケヴィンだ。強さは今と比べものにならない。

「そんなことは分かっているさ。でも僕もあの時の僕ではないつもりだ」

 剣術大会などニコラスにとっては鍛錬の一つ。優勝したことに何の満足感も得てはいない。目指す高みは目の前の勇者より上。カムイなのだから。

「いいだろう。邪魔者ではなく、打ち倒すべき敵として認めてやる。喜べないだろうがな」

「そうだね。邪魔者のままで良かったかな」

 嘗められたままのほうがニコラスとしては都合が良かったのだが、そういうわけにはいかなくなった。本気の勇者。それがこれまでとどれだけの違いがあるのかニコラスには読めないが、どれほど強くても向き合うしかない。今、この時の為に自分は人生のほとんどを剣の鍛錬に費やしてきたのだと。それは無駄ではなかったのだと思える為に。

 一方、ニコラスの奮闘によってアストロンと一対一で戦えているヒルデガンド。戦況は不利ではない。どちらかと言えば押しているのだが、最後の決め手に困っていた。

「……固い体ですね」

 アストロンに対して剣を振るっても、岩を打つような固い感触が手に残るばかりで、傷つけることが出来ないでいた。

「我が属性は土。我が頑強な体を剣で貫けるなら貫いてみろ」

「もちろんそのつもりですわ」

「口だけなら何とでも言える。その前に我が力でお主をひれ伏させてくれる」

 ヒルデガンドに向かって拳を振るうアストロン。普通であれば素手での攻撃など物ともしないヒルデガンドだが、アストロン相手だと勝手が違う。自分の体の頑強さを信じ切っているアストロンは、ヒルデガンドの攻撃を避けることなく、間合いを詰めてくる。懐深く入り込まれるとヒルデガンドは思うように剣を振れなくなってしまうのだ。
 仕方なく、大きく跳んで間合いを空ける。そこにまたアストロンが、ヒルデガンドの剣を体に受けながらも構うことなく、懐に飛び込んでくる。それをまたヒルデガンドは躱すの繰り返しだ。

「逃げてばかりでは永遠に我を倒すことなど出来ないぞ!」

「逃げてばかりではありませんわ。攻撃もしています」

「その攻撃が効かないと言っているのだ」

「それはどうでしょう?」

「……強がりを言うな」

「教えて欲しいのですが、貴方の体はカムイの剣を受けても耐えられるのですか?」

「それは……耐えてみせる」

 耐えられるとは言い切れない。アストロンと同様に頑強な体を持つハギトは、カムイによって四肢を切り離されたのだ。

「どうやらカムイの剣であれば通用するようですね」

「……そんなことは言っていない」

「カムイに出来るのであれば、私もそれをしてみせます。私はカムイの妻ですが、競争相手であることを止めたつもりはありませんから」

「……出来るものか」

「答えは私の剣を身に受けてからにしてください」

 腰を落とした姿勢から、剣を大きく振りかぶるヒルデガンド。これまで一度も見せたことのない構え。守りを捨てた一撃に全てを賭ける構えだ。
 一撃必殺。皇国学院時代にカムイに敗れた時からずっとヒルデガンドが目指してきた剣の形。完成したとはヒルデンドは思っていない。ただ今出来る最高の攻撃を行うのみ。

「……うっ、うぉおおおおっ!」

 ヒルデガンドのただならぬ闘気に耐えきれなくなったアストロン。雄叫びを上げながらヒルデガンドに襲い掛かる。
 地に響く衝撃音と同時に宙に舞い上がる土煙。ヒルデガンドの姿は一瞬、視界から消え去り、次に現れた時にはアストロンと背中合わせになっていた。
 ゆっくりと斜めにズレ落ちるアストロンの上半身。

「……うっ……うそ、だろ?」

 呟いたのはオク。アストロンがヒルデガンドに倒されたのを見て、大いに動揺している。

「さすがはヒルデガンド様」

 ニコラスとしては耐えていた甲斐があったというものだ。これで二対一。二対一である必要などない。ヒルデガンドであればオクも倒せるとニコラスは信じている。

「次は貴方の番ですね。それともまたお仲間を呼びますか?」

 姿を現していない勇者はまだ四人いる。そしてクラウディアも。アストロンを倒した今、残りの者たちの居場所も掴まなければならない。ここで逃がしては、また最初から始めることになってしまう。

「……ああ、呼んでやる。俺が呼んだわけではないがな」

「……ルースア帝国軍。動きましたか」

 ヒルデガンドの目に、ルースア帝国本軍が前線に向かって動き出している様子が映る。ヒルデガンドたちにとっての邪魔者が動き出してしまった。

◇◇◇

 ルースア帝国軍の本陣。ニコライ皇帝を初めとしたルースア帝国軍の重鎮たちは前線で繰り広げられている戦いの様子を見つめている。
 何の前触れもなくわずかな軍勢で合流してきたクラウディアと勇者たち。ずっと命令を無視し続けてきたクラウディアに怒り心頭のニコライ皇帝は初めは追い返そうとしたのだが、どうにもならない現状を打破出来る可能性があるのであればと受け入れることにした。 受け入れただけで後は勝手にしろというニコライ皇帝の態度であったが、勇者たちは全く気にすることなく、三千から四千の部隊を編成して前線に向かっていった。勝手にさせてくれた方が勇者たちにとっては有り難いのだ。勇者たちと共にクラウディアも前線に向かって今はどこにいるか分からない。引き連れてきたディア王国軍と共にいることは分かっているのだが、軍旗を掲げることなくルースア帝国軍の陣に紛れているのだ。

「……陛下」

 じっと前線を見つめているニコライ皇帝に臣下の声がかかる。勇者が率いる軍はヒルデガンドの軍を追い詰めている。この位置からだとそう見える。

「今ならヒルデガンドを捕らえることが出来ます」

 これまでルースア帝国軍がヒルデガンドを追い詰めたことはなかった。追い詰めたと思ったことはある。だが、それはルースア帝国軍を戦いに引き込む為の策であると後に分かっている。

「陛下!」

 臣下の言葉に答えようとしないニコライ皇帝。理由は分かっている。自分が出来なかったことをクラウディアと勇者たちが簡単に成し遂げたことが気に入らないのだ。

「……軍を進めろ。ヒルデガンドを捕らえるのだ」

「はっ!」

 ニコライ皇帝の許可を得て、本陣から伝令が飛び出していく。軍に前進を命じる伝令だ。
 やがてゆっくりと動き出す二万の軍勢。勇者たちと戦っているヒルデガンドたちを包み込もうと本陣を残したほぼ全軍が左右に広がっていく。

「ようやくこの戦場での決着がつきますな」

 まだヒルデガンドを捕らえたわけでもないのに、バスキン将軍は勝ったつもりでいる。

「この戦場が勝利で終わったとしても、それで戦いが終わるわけではない」

 普段であれば同じように先走って喜ぶ性格のニコライ皇帝だが、今は機嫌が悪い為に慎重な言葉を口にした。慎重であっても勝利を確信していることに変わりはないが。

「陛下のおっしゃるとおりですが、少なくとも人質を取られた不利な状況からは脱却出来ます」

「そうだな」

 皇后と皇太子夫妻、それに王妹のユリアナといった皇族のほぼ全員がカムイに人質に取られている。ルースア帝国がヒルデガンドを捕らえようとしていたのは、人質交換に利用する為だ。そう思わせて、この戦場に引きつけるカムイたちの策であると知りもしないで。
 そして、そんなカムイたちが今のこの状況を想定していないはずがない。

『報告! 敵の新手が現れました!』

 ルースア帝国軍の本陣に響き渡る声。カムイ側の新たな軍勢が現れたという報告だ。さらに続く言葉がルースア帝国軍の本陣を驚かせることになる。

『敵将はカムイ! カムイ・クロイツと思われます!』

「何だと!?」

 カムイが現れたと知って騒然とする本陣。人々の視線はカムイが率いていると報告された新たに現れた騎馬隊に向けられている。
 総勢は千騎ほど。そのわずかな数でルースア帝国軍に向かって真っ直ぐに進んでいた。ルースア帝国軍の前線の中で唯一動きを見せない軍勢に向かって。ニコライ皇帝の命令を無視して動かないその軍勢こそがクラウディアと勇者が率いる軍勢だと見極めてのことだ。

「軍を転進させろ! 目標はカムイ! カムイを討て!」

 すでに動き出しているルースア帝国軍に向かって、新たな命令が発せられた。カムイが姿を現したとなればヒルデガンドはどうでもいい。とにかくカムイを討ち取ればそれで全てが終わるとルースア帝国側は考えているのだ。

「逃がすな! 敵を包囲するのだ!」

 命令が伝わった軍勢からカムイが率いる騎馬隊を包囲しようと動き出す。包囲の成功を願って息を詰めて前線を見つめているニコライ皇帝を始めとする軍の高官たち。

『敵襲!』

『防げ! 本陣に近づけるな!』

「な、何だと!」

 その耳にまさかの声が響いた。万の軍勢に囲まれている本陣にそう簡単に近づけるはずがない。
 だがそれはいた。ニコライ皇帝の目に黒装束に身を包んだ小集団が、人とは思えないような動きを見せて本陣に近づいてくる様子が映った。
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