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魔王の器 作者:月野文人

第四章 大陸大乱編

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決戦の刻1

 初めの頃こそ激しい戦いを連日行っていた中央諸国連合軍とルースア帝国本軍だが、今では散発的な戦闘が行われるくらいで戦線は完全に停滞状態に陥っている。その理由はルースア帝国側にある。物資の不足によって兵の士気がこれ以上ないほどに落ちていて戦うどころではないのだ。西部で行われていたオッペンハイム王国との戦いが勝利に終わったという情報がもたらされてしばらくは戦意も回復していたのだが、一向に西部から物資も援軍も届かないことで、また落ち込んでいった。一度盛り上がった分、以前よりも酷くなったくらいだ。兵士の間には厭戦気分が広がっており、軍の上層部は逃亡を防ぐので精一杯。それも過ぎていよいよ暴動を恐れなくてはならない状況になっていた。
 そこまで追い詰められたのであれば本国に帰還すれば良いものだが、ルースア帝国上層部はその決断さえ出来なかった。東部を東方諸国連合に、帝都を真神教会に奪われた状態のルースア帝国本国。帰還したとしても結局は戦いが待っていることに変わりはない。しかも負ければルースア帝国滅亡となるかもしれない戦いが。仮にこの地で惨敗しても本国に戻って再起を図るとい手段が残されている。それに帝国上層部はすがっているのだ。
 もちろん、そんなものはただの気休め。この戦いで惨敗を喫すれば、それでルースア帝国は終わりだ。それが全く分かっていないわけではないのだが、それを認めるのが怖いのだ。ニコライ皇帝を含む帝国上層部のここまでの臆病さはカムイたちにとって誤算だった。ルースア帝国を打ち破るという計画当初の目的に対しては都合が良いのだが、勇者とそれを従える神族を討つことに目的が移った今は、ルースア帝国本軍は邪魔者でしかないのだ。だがただ邪魔者で終わらせても物事は先に進まない。こういった状況になってしまったのなら、それを利用するまでだ。

「……討って出ます」

 城砦の物見櫓からルースア帝国軍の様子を眺めていたヒルデガンドが、出撃すると言ってきた。

「これからですか?」

 それを聞いたトリスタンが少し驚いた様子で尋ねてきた。

「はい。今すぐにです」

「……無理に戦う必要はないのではないですか?」

 ルースア帝国軍は放っておいてもいずれ自壊する。兵士の士気の低下、厭戦気分がピークに達していることは明らかなのだ。

「帝国の陣地から漂う雰囲気が変わりました。その理由を確かめなくてはなりません」

「よろしいのですか? 激しい戦いになる可能性があります」

 出撃の理由を聞いたトリスタンは苦い表情を浮かべながら問いで返した。出撃に反対なのだ。

「そうなる可能性があるから出るのです。それが私たちの役目ですから」

「何もヒルデガンド様が自ら出撃しなくても良いのではないですか?」

「私が出撃するから意味があるのです。それは分かっていますよね?」

「そうですが……」

 ヒルデガンドが出撃する意味をトリスタンは分かっている。分かっていて止めようとしているのだ。

「もし私たちが追い込まれるような状況になったら支援をお願いします。では行きます!」

 トリスタンが出撃を止めようとしても、それでヒルデガンドが止まるはずがない。ヒルデガンドにはヒルデガンドの役割がある。どれだけ危険が待っていようと、それを果たさないでいられるヒルデガンドではない。

「出撃します! これまでとは違う激しい戦いになります! その覚悟を持ちなさい!」

 ヒルデガンドの命令を聞いてカムイ軍の騎馬隊が出撃準備を始めた。激しい戦いになるというヒルデガンドの言葉を聞いても、兵士たちの表情はいつものと変わった様子はない。彼らもまた自分たちの役割を分かっている。その為に命を捨てる覚悟はとっくに出来ていた。

◇◇◇

 砦を出撃したカムイ軍の騎馬隊は、ルースア帝国軍の陣に向かって駆けている。数は二千騎。それを二つに分けて一隊をヒルデガンドが、もう一隊をマティアスが率いている。前線を大きく後退させているルースア帝国軍の陣まではかなりの距離がある。これだけの距離があると砦からの支援は望めない。増援が必要な事態になってもすぐには参戦出来ない距離だ。それでもヒルデガンドはルースア帝国軍を攻めることを止めない。少なくとも出撃を決断することになったルースア帝国軍の戦意の変化が事実であるのか、事実であればその理由が何かを確かめるまでは。

「敵に動きがあります!」

 後ろからヒルデガンドに敵の動きを伝えてきたのはテレーザだ。

「……少ないですね。つまりはそういうことですか」

 ルースア帝国軍の陣から飛び出してきたのは二千ほどの軍勢。当初の三万からは数を減らしたとはいえ、未だにそれに近い軍勢を抱えるルースア帝国軍。わずか二千で騎馬隊を迎え撃とうするのは普通ではない。

「マティアス!」

 ヒルデガンドは並行して部隊を駆けさせているマティアスに向かって、左腕を大きく回した。それを見たマティアスは自らが率いている騎馬隊を大きく左に旋回させていく。

「……動きませんか」

 ルースア帝国軍の二千はマティアスの部隊の動きを無視して、ひとかたまりのままものすごい勢いで前に進み出てくる。
 それを見てヒルデガンドは右腕を真横に伸ばしながら馬首を右に向ける。テレーザ以下、後続の騎馬も全てその動きにならった。
 ルースア帝国軍はこの動きには反応を示した。目標はヒルデガンドの部隊ということだ。

「もう確かめられたのではないですか!?」

 後ろから叫んできたのはギルベルト。

「まだです! これまでもルースア帝国軍の目標は私でした!」

 これまで何度もルースア帝国軍はヒルデガンドを人質に取ろうと動いてきた。そうさせるのがヒルデガンドがこの砦にいる目的であるのだから、思い通りにルースア帝国軍は動いていたということになる。

「マティアスが動いた!」

「えっ!?」

 テレーザの声に驚いてヒルデガンドが視線を向けると、マティアスの部隊はヒルデガンドを追っている二千のルースア帝国軍に斜め後ろから襲い掛かろうとしていた。

「左旋回!」

 それを見てヒルデガンドも慌てて敵部隊に馬首を向ける。

「ヒルデガンド様! マティアスに任せても!」

 マティアスの動きはヒルデガンドに無理をさせないようにしようというもの。それが分かっているギルベルトはヒルデガンドを制しようと声をあげた。

「攻撃を仕掛けるにはまだ早いわ!」

 ヒルデガンドはマティアスの動きを自分を庇おうという気持ちから生まれた焦りとみた。敵が動きを見せたのなら積極的に攻撃を仕掛ける必要はない。その前にもっと状況を把握しなければならないのだ。 

「敵騎馬隊出現! もの凄い勢いだ!」

 テレーザの言うとおり、ルースア帝国の陣地から現れた敵騎馬隊はもの凄い勢いで駆けている。マティアスの騎馬部隊の側面を突こうという意図は明らかだ。

「マティアス隊を支援します! 突撃用意!」

 ヒルデガンドの号令を受けて、次々と剣を抜いて突撃の体勢を整える兵士たち。ヒルデガンドは部隊を最初の二千のルースア帝国軍の前面を回り込むように動かしていく。マティアス隊を襲おうとしている敵騎馬隊の側面を突く、と思わせることが目的だ。だが敵騎馬隊はヒルデガンド隊の動きなどまったく気にしている様子はない。まっすぐにマティアス隊に向かって突き進んでいく。

「……仕方ありませんね。敵騎馬隊の後方を突きます!」

 牽制で止まらないのであれば、実際に攻撃を仕掛けて止めるしかない。ヒルデガンドは一直線に並んでいる敵騎馬隊の後方を分断させるべく自部隊を動かしていく。

「マティアス隊! 敵歩兵に接触!」

 騎馬隊の動きとしてはマティアス隊のほうが敵騎馬隊よりも早かった。敵騎馬隊に側面を突かれる前に歩兵部隊に斜め後方から襲い掛かっていく。

「……固いですね」

 敵歩兵に突撃を仕掛けたマティアス隊だが、思うように突破出来ないでいる。それはこれまでのルースア帝国軍とは明らかに異なる強固さだ。

「左旋回! 目標を敵歩兵に変更!」

 ヒルデガンドは自部隊の攻撃目標を敵歩兵部隊に変えた。騎馬は駆けていてこそその威力を発揮出来る。敵部隊の中で足を止められてはいい的になるだけだ。マティアス隊がそんな最悪の事態にならないように支援をするつもりなのだ。

「深入りは不要! 敵の隊列を崩すだけでいいわ!」

 ヒルデガンドの目的はあくまでもマティアス隊の突破を支援すること。深く突撃をかけて自部隊も足止めされるような事態を避けて、外側から敵隊列を乱すだけにとどめるつもりだ。

「ヒルデガンド様! 危ない!」

 背中から聞こえてきたテレーザの危険を知らせる声。だがその声にヒルデガンドは反応しきれなかった。進行方向に突然巻き起こった衝撃波。それに驚いて棒立ちになる馬。振り落とされたヒルデガンドは何とか空中で体勢を整えて足から地面に降りたが、勢いを完全には殺せずに地面を転がることになった。

「ヒルデガンド様!」

 馬から転がり落ちたのはすぐ後ろを駆けていたテレーザたちも一緒。それでも彼らは急いで立ち上がるとヒルデガンドの周りに集まってくる。

「……なんてことを」

 馬から転げ落ちただけのヒルデガンドたちはまだ幸運だった。衝撃波をまとも受けた兵士たち。ルースア帝国の兵士たちが地面に倒れてうめき声をあげている。衝撃波はルースア帝国軍から発せられたもの。味方の魔法でその兵士たちは傷つき、死んでいるのだ。

「運のいい奴らだな」

 ルースア帝国の兵士たちの間から一人の騎士が進み出てきた。勇者の一人、オクだ。その口から発せられた言葉は味方の犠牲を悼む気持ちとはほど遠いものだった。

「……これは貴方が?」

「ああ、そうだ。殺してしまっては人質にならないと思って加減したのが間違いだったな」

「味方を殺したことを何とも思っていないのですね?」

「兵士は戦いで死ぬことが仕事だ。俺はその役目を果たさせてやっただけ」

 軍人を殺すことにオクは、オクだけでなく勇者たちは憐れみなど一切感じない。死にたい奴は殺せばいい。生かしておいても誰かを殺すだけ。こういう考えなのだ。

「兵士の犠牲を最小限にして勝つことが優れた将というもの。貴方に従う兵士たちは可哀想ですね。愚将が自分の指揮官だなんて」

「何だと?」

 ヒルデガンドには当然、勇者のような考えはない。一般民であっても軍人であっても命は命。軽んじて良いものではない。

「ああ、貴方は勇者ですね。それでは仕方がありません。勇者は将ではありません。兵士を率いる資格なんてないのですから」

「……ふざけやがって。その減らず口。今すぐに黙らせてやる。前に出ろ!」

 オクの命令を受けて、ルースア帝国軍の兵士たちが前に進み出てくる。地面に転がっている味方兵士の死体を踏みつけて。すでに狂戦士化している兵士たちに死を恐れる気持ちも、死を哀れむ気持ちも浮かぶことはない。ただ命令に従い戦うだけだ。

「人質はヒルデガンドだけでいい! 他の者は殺せ! 皆の者! これは神の命令である! 命を捨てて命令に従え!」

「「「おおおおっ!!」」」

 オクの激に答える兵士たちの声。すでに狂戦士化している兵士たちだが、さらにその戦意が高まっていく。

「はっはっはっ! 愚者は貴様の方だ! 神に逆らったことを後悔しながら、味方の死を指をくわえて眺めているがいい!」

 オクもまた高揚した気持ちを抑えきれない様子で、高笑いをしている。その間にルースア帝国軍の兵士たちがヒルデガンドたちに襲い掛かっていく。
 戦場に響く怒号。飛び散る血しぶき。戦いは一気に混戦になっていった。

「間違ってヒルデガンドを殺すなよ! 手足の一本や二本はへし折っても構わんがな!」

 嬉々としてこの台詞を吐くオクは知らないのだ。ヒルデガンドの、それに付き従う者たちの力を。ヒルデガンドたちに群がっていた帝国兵士たちだが、その勢いは目に見えて衰えていく。

「……討て! 死を恐れるな! 敵を道連れにしろ!」

 味方の兵士が押されている雰囲気を感じて、オクはまた檄を飛ばす。

「やはり貴方は名将にはほど遠い存在ですね」

 その激に応えたのは帝国兵士たちではなく、彼らを押し割って姿を見せたヒルデガンドだった。

「何だと?」

 群がる帝国兵士たちをヒルデガンドに近づけないように奮戦しているのはニコラス、ギルベルト、テレーザたちだ。特にニコラスの動きは凄まじく一瞬も動きを止めることなく剣を振り続け、敵兵士を屠っていく。

「敵の力量も見極められないままに味方兵士に戦いを挑ませる。やはり貴方は味方殺しの愚将です」

「……兵士相手に少し頑張ったくらいで調子に乗るな」

「では貴方が相手をしてくれますか?」

「いいだろう。格の違いというものを見せてやる」

 帝国兵士とニコラスたちの戦いは続いている。さらにそこに帝国軍が大きく隊列を崩したことで突破に成功したマティアス率いる騎馬隊も加わり、戦いはますます混戦模様になっている。
 その周囲で行われている激しい戦いを気にすることなく向かい合うヒルデガンドとオク。先手を取ったのはヒルデガンドだった。

「なっ!?」

 剣を上段に構えた体勢からはじかれたように一瞬でオクとの間合いを詰めて剣を振るう。その速さに驚きながらも、オクは大きく後ろに飛んで間合いを外そうとした。
 だがヒルデガンドはそれを許さない。振り下ろした剣を切り返しながら地を蹴ってオクの後を追う。

「くっ!」

 斜めに切り上げられた剣を地面に転がることで何とか躱したオク。さらにそのオクに剣を振り下ろそうとしたヒルデガンドであったが――それをすることなくヒルデガンドは大きく後ろに飛んで距離を取った。それとほぼ同時に激しい砂煙が地面から舞い上がる。

「情けない。女相手に何を苦戦しているのだ」

 現れたのはもう一人の勇者。騎馬隊を率いていたホルスト・アストロンだった。

「……油断しただけだ」

「油断しただけでそのざまか?」

「この女は思っていたより強い。だがもう大丈夫だ。油断はない」

「そうだといいがな」

「うるさい。黙って見ていろ」

 剣を構えてヒルデガンドに向かい合うオク。隙の見えないその構えは確かに先ほどまでとは違うものだとヒルデガンドにも感じられた。
 今度は先手を取ったのはオクだった。ヒルデガンドと同等か、それ以上の動きで一気に間合いを詰めて剣を横に薙ぐ。それを剣を合わせることで防いだヒルデガンドだったがオクの剣の勢いは凄まじく、完全に受けきることは出来ないと判断して剣の力に逆らうことなく体を浮かして後ろに跳んだ。

「甘い!」

 ヒルデガンドが体を浮かすことで生まれた隙。それを突いてきたのはオクではなく、アストロンだった。ヒルデガンドの着地点を見極めて剣を振るうアストロン。

「どっちがですか?」

 その剣はニコラスによって受け止められていた。

「……この雑魚が。出しゃばったことを後悔するがいい!」

 力任せに剣を振るうアストロン。

「ぐっ……」

 何度も繰り返し振り下ろされるアストロンの豪剣をニコラスは懸命に堪えている。

「ニコラス!」

 ニコラスの名を叫びながらアストロンに向かって剣を振るうのはマティアスだ。アストロンはその剣を易々と受け止めると、逆にマティアスを押し込んでいく。

「うおぉおおおおっ!!」

 アストロンがマティアスに向いたことで自由になったニコラスが雄叫びを上げながら斬りかかる。縦横斜め、息つく間もなく振り続けられる剣がアストロンの背中を切り裂いていく、はずだったのだが。

「……何だこいつ!?」

 アストロンの背中には傷一つ出来ていなかった。

「貴様の軽い剣で俺の体に傷をつけることなど出来ん!」

「軽いって……そうかもしれないけど、これ真剣なんだけど」

 手数で勝負するニコラスの剣は、ヒルデガンドやランクの剣に比べると確かに軽い。だからといって剣で切られて傷がつかないのは異常だ。

「雑魚の相手をしている暇はない! ヒルデガンド! 大人しく人質になれ!」

「それを受け入れるつもりはありません!」

「ならば力づくで従わせるまで! オク! ルキフェル様の命令優先だ! 二人がかりでいくぞ!」

「……分かった」

 勇者たちにとってルキフェルの命令は絶対。オクはプライドを捨てて二人ががかりでヒルデガンドを捕らえることを了承した。

「それは我々が許さない!」

 ヒルデガンドに不利な戦いをマティアスは、マティアスだけでなく周囲の者たちは許すつもりはない。

「ならば雑魚の相手は俺がしてやろう」

「何だと!?」

「俺の名はライナー・オフィエル! 相手をしてもらえることをありがたく思え!」

 三人目の勇者が現れた。勇者を引きずり出すことが目的であるのだから望むところと言いたいところだが、勝てるかとなるとヒルデガンドも確信は持てない。それでも戦わなくてはならない。やや計算違いがあるとしても、それがヒルデガンドたちが与えられた役目なのだから。
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