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魔王の器 作者:月野文人

第四章 大陸大乱編

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悩める人たち

 大陸西方東部。北にノルトエンデという本来であればもっとも激しい戦いが行われていてもおかしくない土地を抱えるその地域は、反乱勃発以降も全く直接的な戦闘は行われていない。ルースア帝国がノルトエンデに踏み込むことを躊躇していたことがその理由だ。ルースア帝国とは異なる目的を持つ勇者たちもカムイがノルトエンデの外で戦っている限り、魔族が多く住むノルトエンデにわざわざ攻め込む必要はない。間引きするのは人族であり魔族ではない。戦争に巻き込んで魔族の数を減らすような事態は望んでいないのだ。結果として大陸西方東部はこれまで戦乱に巻き込まれないで済んできた。
 だが中央諸国連合の参戦により、さすがにその状況は崩れることになる。北東にあるルースア帝国従属国とその南の中央諸国連合の間では睨み合いが続いていて一色触発の状況になっている。そこにさらに旧東方伯領の北半分を治める元東方伯の次男、ヒルデガンドの弟であるサミュエル・イーゼンベルクがその状況に介入しようと動き出していることで緊張状態は益々強まっていた。
 そんな中、今となっては旗幟を鮮明にしていない唯一の勢力といえる旧東方伯本家の当主マクシミリアン・イーゼンベルクは二通の書状を机の上に並べて悩んでいた。
 一通はディア王国国王であるクラウディアからのもの。もう何通目か分からないほど届いている参戦を督促する書状だ。そしてもう一通が一別以来全く連絡を寄越さなかったシュッツアルテン王国国王テーレイズからの書状。こちらは参戦とは少し違うが、とにかく旗幟を明らかにしろという内容の書状だ。どちらも旧シュッツアルテン皇国の皇族。その二人からそれぞれ自分に味方しろと言ってきているのだ。
 マクシミリアンは旧シュッツアルテン皇国の東方伯。皇帝であったクラウディアに仕えていた身であり、ディア王国が旧シュッツアルテン皇国を継承していることに形式上はなっているからにはディア王国の臣下である。どちらにつくかというよりはクラウディアを裏切ってテーレイズに付くかどうかの選択になる。大義名分に拘るのであれば悩む必要などないことのはずだが、現実には今マクシミリアンは悩んでいた。
 クラウディアは子供たちを敵に回しても構わないと思えるほどの忠義を向けられる相手ではない。だからといってクラウディアを裏切ってテーレイズに乗り換えるという選択も簡単に出来ることではない。娘であるヒルデガンドの夫であったテーレイズだが、それは自家の権勢を強める為に進めたことであり、テーレイズ本人に対してそれほど高い評価を与えていたわけではない。どちらかと言えば逆だ。当時あまり評判の良くなかったテーレイズであれば王家の力を取り戻すことは出来ない。上手くすれば思うがままに操れるくらいにマクシミリアンは当時思っていた。そんな人物を担いでこの戦乱の世の中で生き残れるのか。こんな風に考えてしまう自分にマクシミリアンは呆れている。自分が生き残る必要などない。敗者になった時の為にサミュエルにほぼ半分に近い領地を渡して独立させたのだ。どちらかが生き残れば、それでイーゼンベルク家は続く。そう考えてのことだ。そうであるのに今、マクシミリアンは勝つ為の算段を考えている。老いたはずの自分にまだそんな野心が残っていることが驚きだった。

「肝心の子供たちから何の便りもない。公私のけじめについて厳しく躾けたのは儂だがここは違うだろうに」

 サミュエルかヒルデガンド、二人のどちらかが協力を求めてくればそれは決断の後押しになったかもしれない。だが二人からは何の連絡も来ていなかった。
 二人の考えはマクシミリアンには分かっている。サミュエルは別々の勢力に分かれることでイーゼンベルク家を残すというマクシミリアンの考えを当然知っている。そのサミュエルが味方になれと言ってくるはずがない。ヒルデガンドはイーゼンベルク家を捨てた身だ。親子の縁は切ったくらいに思っているのだろうと分かる。
 二人とも私心を捨てて公の立場に徹しているのだ。そう教え込んだのはマクシミリアン本人ではあるが、今この時はそれを寂しく感じてしまう。
 心を悩ます原因は野心ではなく老いがもたらす哀愁かもしれない。こんなことを思ってマクシミリアンの顔に自嘲の笑みが浮かぶ。

「旦那様。また書状が届きました」

 扉の外から聞こえてきた女性の声。また新たな書状が届いたという報告だ。

「……分かった。持ってきてくれ」

 クラウディアとテーレイズ以外となると心当たりは二人の子供しかない。いよいよ待っていたものが来たのかとマクシミリアンは思った。おかしなものでいざ届いたとなると公私の区別がなっていないなんて思いが湧いてきてしまう。

「こちらでございます」

 部屋に入ってきた侍女は持ってきた封筒を机の上に置いた。その封筒を手に取ったマクシミリアンはペーパーナイフを使って封を開けると、中に入っていた紙を取り出した。

「何?」

 マクシミリアンの口から驚きの声があがる。取り出した紙は真っ白。何も書かれていなかったのだ。

「中身は口頭にてお伝えるするように言われておりますので」

「……それは誰の指示だ?」

 侍女の言葉にマクシミリアンは不快そうな表情を見せている。たとえ文字には残せない内容であったとしても、そんな内容であれば尚更、侍女に伝えるなど常識ではあり得ない。

「……アルト殿のご指示でございます」

「アルト?」

「カムイ殿と申し上げないとお分かりにならないですか」

「あのアルトか……」

 カムイの忠臣であり、ノルトエンデの交渉窓口として何度も皇国に煮え湯を飲ませたアルトの名はさすがに知っている。すぐに分からなかったのは目の前の侍女はもう何年もイーゼンベルク家で働いている古株と言っても良い女性だ。その侍女とアルトが頭の中で全く結びつかなかったからだ。

「いつからだ?」

 マクシミリアンは伝言の内容よりもまずはこれが気になった。侍女とカムイは通じているのは分かった。では自分はいつから騙されていたのだということになる。

「……申し訳ございません。実は最初から」

「なんと!? どうしてそんなことが可能なのだ!?」

 侍女を採用するにあたってはそれなりに厳しい身元調査が行われる。さらに東方伯家においては調査も必要ないくらいに身元のしっかりした女性、従属貴族家の令嬢しか侍女として雇わない。辺境領主ではなく東方伯家の従属貴族だ。カムイが繋がりを持つ機会があるはずがないとマクシミリアンは思っている。

「言い訳をさせていただきますとイーゼンベルク家を裏切っているつもりは全くございませんでした。ただカムイくんとは学院の時に親しくさせていただいて……」

「まさか……?」

「あっ、いえ、私の片想いです。ヒルデガンド様がいらっしゃるのに私なんて……」

「……そうか。それで何をさせられていたのだ?」

 皇国学院時代からの付き合い。それも侍女の方からの一方的な恋心だけで密偵のような真似をしていたなどマクシミリアンにとって理解出来ることではない。動機の追求は止めて、侍女が何をしてきたのかを問い質すことにした。

「特に何も。カムイくんとはずっと文通をしていただけです。あっ、たまに地方の珍しい産物をもらったりしました」

「その文通ではどのようなことを書いていたのだ?」

「日常の出来事です。カムイくんは様々な土地に行っているようで面白い話を沢山書いてくれるのですけど、私はずっとお屋敷にいるのであまり書くことがなくて」

「我が家の機密などを漏らしていたのではないのか?」

 ただ日常の出来事をやりとりするだけで何年も文通を続けるはずがない。マクシミリアンは侍女の話を信じられなかった。

「それはありません! 機密なんて私は知る立場にありませんから!」

「それはそうだが……本当に文通だけなのか?」

「はい」

「カムイとは全く会っていない?」

「全くというわけでは。ただカムイくん本人が現れるのは年に一回あるかないかでした」

「……カムイ本人が、ということは別の者は来ていたのか?」

「はい。カムイくんの侍女の人が来ていました」

 同じ街の中で手紙を届けるわけではない。ノルトエンデからであっても半月以上はかかる距離だ。それを普通の侍女が届けにくるはずがない。

「その侍女とはどこで会っていたのだ?」

「お屋敷ですけど。私は自由に外出出来ませんから」

「……なるほどな。そういうことか」

 諜報活動をしていたのは侍女ではなく、その訪れてきていた女性。正面から堂々と屋敷に侵入するために侍女は利用されていたのだと理解した。

「彼女が何か? 私より若い、普通の女の子ですけど」

「いや、いい。さてそろそろ伝言を聞かせてもらおうか?」

「ルースア帝国の皇太子は我が手の中にある。大陸東方の戦況はこれで分かるはず。これでもまだ判断材料に足りないか、です」

「帝国の皇太子を捕らえたというのか!?」

「……申し訳ございません。私は伝えられたことをそのまま言葉にしているだけですので」

 詳しい情報を求められても侍女は答えられない。

「そうだったな。しかし、それが本当であれば……いや、本当なのだろう。書面にしないということは、帝国皇帝にはまだ伝わっていない機密情報ということか? そうであれば……」

 侍女がもたらした情報。これもまたマクシミリアンを悩ませる。ルースア帝国の本国がある大陸東方はまさかのことだがカムイ側が有利に戦況を進めている。皇太子を捕らえたということはそういうことだ。恐らくはニコライ皇帝が戻るまで帝国はまともに戦うことも出来ないはずだ。この状況でどう動くべきか。それをマクシミリアンは悩んでいる。
 伝言にあった「これでもまだ判断材料に足りないか」の問いかけがマクシミリアンが決断出来ない根本原因を示している。簡単に言えば優柔不断。それは言い過ぎにしても、確実に勝ち馬に乗りたいのだ。だが戦争に絶対などない。ルースア帝国のステファン皇太子が捕らえられたとしてもニコライ皇帝は健在。大陸西方には十万を超える軍勢がいるのだ。

「……旦那様。私は」

「……お前はカムイと連絡が取れるのか?」

「手紙を出すことは出来ます」

「そうか……罪には問わない。何か頼むことがあるかもしれないから、このまま仕えていろ」

「……はい。承知いたしました」

 返事をして部屋を出て行こうとする侍女。扉の前で振り返ったがマクシミリアンは考えにふけっていて侍女のことなどもう気にしていない。
 軽く頭を下げて扉を開けて廊下に出る。周囲に誰もいないことを確認して、大きくため息をついた。

「はあ、相変わらずの優柔不断。あれじゃあ味方にはならないわね。まあ敵にならなければ良いって言っていたから目的は達成ね」

 何も知らない。それは侍女の嘘だった。確かに最初のうちはただ学院時代の初恋の相手とのやりとりを楽しんでいる程度の意識であったが、それが何年も続けばさすがにカムイたちの目的にも気付く。それでも付き合いを続けていたのは、どんどん先行き不透明になっていく世の中で何が助けになるか分からないと考えたからだ。カムイたちが大事になりそうなことを頼んでこなかったからという理由もある。

「お暇をもらうつもりだったのに。さてはアルトの奴、こうなることが分かっていたわね。こうなったら絶対にいい男を紹介させてやるから。誰がいいかしら? なんといってもマティアスさんよね。でもな、あまり高望みすると……他は誰がいたかしら……」

 将来の旦那様候補として誰を紹介してもらおうか、なんていう話は全く出ていないのだが、勝手に悩む侍女。こんな暢気な悩みが本当の意味で許されるようになるにはもう少し時間が必要だ。まだ世の中は戦乱の中にあり、彼女の旦那様候補たち?の戦いは続いているのだ。

◇◇◇

 元東方伯マクシミリアンが決断出来ないままであっても、それに関係なく物事は進んでいる。大陸東方中央から北西部に伸びる街道。そこを進む馬車の列があった。豪華な馬車が何台も連なって進んでいるのだが、その周囲はとても護衛騎士には見えない柄の悪い野卑な男たちが囲んでいた。盗賊に襲われて連れ去られるところ。こんな感じだ。
 実際の状況もそのようなものだ。馬車に乗る人々は皆、無理矢理連れてこられている。ただ相手が盗賊ではないというだけだった。

「止まれ! 停止だ!」

 街道の先に、こちらは騎士と思われる集団が現れた。それを見て馬車の周囲を囲む男たちの一人が声を上げた。男たちの顔に緊張はない。相手は仲間なのだ。
 騎士の側から一騎進み出てきた。かなり大柄なその男はランクだ。

「ご苦労だった。手荒な真似は、いや攫ってきたのだから全くしていないはずはないか。相手方に怪我人はいるか?」

「連れてきた中にはいません」

 怪我人は置いてきたということだ。

「……分かった。では一応は挨拶をしておくかな」

「へい。こちらです」

 男が案内したのは五台あるうちの真ん中の馬車。馬車の扉を開くと……短剣を持った女性がいきなり飛びかかってきた。
 不意打ちとはいえ、それで隙を見せるランクではない。短剣をたたき落とすと女性の後ろに回り込んで身動き出来ないように押さえつけた。

「……殺しなさい」

「殺すつもりであればとっくに殺している」

「辱めを受けるくらいなら私は死を選ぶわ」

「辱めるつもりもない。とにかく落ち着いて話を聞いたらどうだ? ユリアナ皇女殿下……で良いのか? 会うのは久しぶりなので自信がない」

「えっ?」

 相手が顔見知りだと分かって驚くユリアナ皇女。その反応を見てもう暴れることはないだろうとランクは考えて、ゆっくりとユリアナ皇女から離れた。

「それともすでに結婚して皇女殿下ではないのか?」

「貴方……ランクね」

 ユリアナ皇女がノルトエンデに訪問していた時、相手をしていたのがランクだ。随分前のことだがユリアナ皇女もランクを覚えていた。

「ここからは我々が案内する。挨拶のつもりだったのだが今更だな」

「貴方たちはこんな者たちまで抱えているのね」

「貴方たちという表現は正しくないな。彼らには彼らの主がいて、その主の命令を聞いているだけだ」

 これも正しくはない。彼らはダークの組織に属しているが、もとはカムイに従っていた者たちだ。そして彼らの忠誠の多くは、自分たちの暮らしを守ってくれたカムイに今も向いている。

「その主って誰よ?」

「それは俺が話せることではない」

「そう……もう出発するの?」

「こんなところに留まっていても仕方がないからな」

 ルースア帝国軍の動きは鈍いといっても全くないわけではない。ましてここにはユリアナ皇女、だけではなく皇后や皇太子妃もいるのだ。そうであると分かれば全力で奪回に来てもおかしくない。

「分かった。じゃあ、乗りなさい」

「はっ?」

「退屈だから話し相手をしなさいよ。いえ、まずはきちんと今回のことを説明してもらうわ」

「俺は世話係ではないのだが」

「皇族に対してはたとえ相手が人質であっても礼儀を尽くすものよ」

「……それと馬車に同乗するのは関係ないだろうに」

 なんて文句を言いながらもランクは馬車に乗り込む。馬車の中には皇后とお付きの侍女もいた。

「その者は何者ですか?」

 その皇后がランクを見て素性を尋ねてきた。

「彼はカムイ・クロイツの近衛騎士でランク。目的地までの護衛役を務めるわ」

「そう。やはりこれはカムイ・クロイツの仕業でしたか。分かりました。ランク、頼みましたよ」

「……はっ」

 誘拐犯を護衛役と呼ぶユリアナ皇女の感覚がランクには分からなかったが、皇后もそれをそのまま受け取ったことでそういうものなのかと納得することにした。

「それで? 私たちはこの先どうなるのかしら?」

 馬車が動き出すとすぐにユリアナ皇女はランクに質問を投げてきた。

「恐らくは戦争が終わるまで我らの下にいて頂くことになります」

「人質ということね」

「その価値があればそれほど待つことなく解放されるでしょうが」

 彼女たちを人質としてもニコライ皇帝が降伏するはずがない。戦いはまだまだ続くとランクは思っている。

「……ではどうして私たちを攫ったのかしら?」

「ニコライ帝は降伏しなくても周りの者たちはどう思うだろう。後継者のいないルースア帝国にこれまで通りに忠誠を誓うだろうか?」

「……陛下に叛くというの?」

「さあな? そこまでは俺には分からん。分かるのは我らの的はこれでニコライ帝だけになったということだ。ニコライ帝を除けばそれで帝国をまとめられる者はいなくなる」

「陛下を討てると思っているの?」

「討つ……出来れば捕らえたいと思っているが、さすがにそれは無理だろうな」

 ニコライ皇帝は自軍の奥深くにいる。よほどの奇襲が成功しないと生きたまま捕らえることは難しい。残念ながらニコライ皇帝の側にはミヤのように内側から手引きする存在はいない。

「それがたとえ出来ても結局は殺すことになるわ。自由になれば陛下はまた帝国をまとめるもの」

「その通りだ。ニコライ帝を生かすのは難しいだろうな。カムイがそうしたくても周りが納得しない」

「そして私たちも……」

 敗者側の支配者の血筋を残すことは後々禍根を残すことになる。ルースア帝国がこの戦争に負けるようなことなれば自分たちは誅殺されることになる、とユリアナ皇女は考えている。

「我らに女性を殺すつもりはない」

「……どうしてかしら?」

「戦争に継ぐ戦争で多くの犠牲者が出ている。その戦争の責任は我らにもあるが、だからこそ戦後復興についても考えなくてはならない」

「それと私たちを生かすことに何の関係があるの?」

「女性には次代を担う子供たちを沢山産んでもらわなければならないからだ」

「えっ……?」

 ランクの答えを聞いて、ユリアナ皇女はわずかに体を震わせている。隣に座る皇后の方はもっと反応が激しく、両腕で自分の体を抱いて小さくなっていた。

「……あっ、違う! そうではない!」

「何が違うのよ?」

「無理矢理ということではない。好きな人との間で自然とそうなれば良いということだ」

「今更ね。私をいくつだと思っているのかしら?」

「まだまだ子供は産める。それを支えられる知識も我らにはある」

「……分からないわ。貴方たちは私たちに何をさせたいの?」

「それは自分で決めることだ。子供について話したが、だからといってそれを強制することはない。皇女としてではなく一人の女性としてどのような生き方をしたいか。自分で考えてその通りに生きればいいのだ」

「一人の女性としてって……」

 そんな生き方を考えたことはある。だがそれが実現する日がくるなどユリアナ皇女はこれっぽっちも考えたことなどなかった。

「生まれや育ち、身分や種族に関係なく好きな人と一緒になれる世界。これがカムイたちの共通の目的だったそうだ。恋愛には興味のない俺には今ひとつピンとこないのだが、貴女であれば分かるのではないか?」

「そうね……でも、それは帝国が負ければの話よ。今は考える必要はないわ」

「ふむ。確かにそうだな」

 戦争はまだ終わっていない。特にカムイたちにとってはたとえニコライ皇帝を討てたとしてもそれで終わりではない。本当の敵は勇者たちとそれを従える神族なのだ。
 会話が途切れ、地を走る馬車の音が響いている。小窓から見える風景はかなりの速さで後ろに流れていく。目的地に向かってかなり急いでいるのだ。

「……貴方がずっと世話をしてくれるの?」

 しばらくしてユリアナ皇女が口を開いた。

「いや、俺は戦いに出なければならないので一緒にはいられない」

「そう……戦争が終わったら、貴方はどうするつもりなのかしら?」

「まだ何も考えていない。俺はただ強くなることだけを考えて生きてきた。まずはこの戦争を戦い抜き、無事に生き延びること。それが出来てようやく次のことを考えられるのだと思う」

「じゃあ……必ず生きて帰ってきなさい」

「はっ?」

「……あっ、ち、違うから! 誤解しないで! 私は敵であろうとなんであろうと、とにかく人が死ぬのが嫌なのよ! そういうことよ!」

 誤解されないように必死に言い訳をするユリアナ皇女。そんなことをしなくてもランクが誤解することはない。ユリアナ皇女に好意を向けられるきっかけも時間もなかったことをらんくは知っているのだから。

「……分かった。必ず生きて戻る。約束しよう」

「えっ……ええ」

 それでもランクはユリアナ皇女に約束の言葉を返した。強くなることだけを考えてきた自分。その努力に見合った実力は身につけたつもりだ。だがそれが神の使いに通用するのかとなると話は別だ。命を捨てる覚悟を持って臨んでも勝てないのではないかと思ってしまう。
 だから必要だった。何でも良いから自分の支えになるものを。「必ず生きて帰る」この約束を支えにしようとランクは思ったのだ。
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